アラカン新米ママの東京ぐうたら日記

45歳でできちゃった婚、46歳でいきなりシドニー移住&出産、東京に戻り、右往左往のままはや娘は10歳を過ぎ・・・。

娘の初「出張」に付き添い。

2015-05-30 03:26:40 | 日記
一泊で名古屋にいってきました。娘の「出張」に付き添って行ったのです(笑)。


これから新幹線に乗るよ〜!

先日埼玉の公園で行った広告写真の撮影が、今度は名古屋で行われたので、保護者として一緒に行ってきました。
初めてのことなので、心配もあり、夫もいっしょで、ちょっとした家族旅行になりました(笑)。
本来は同行する保護者は一人だけしか認められていないようなのですが、もう一人分の交通費は自分で出しますから、とお願いして。


新幹線の中!

夜にホテルに到着し、お腹は空いているし、眠たいし、ということで、ホテルの目の前にあるイタリアンレストランにはいったら、
これが意外に(?)美味しくて、ラッキー!「ピザとトマトパスタ!」と娘が叫ぶので、イタリアンレストランがあった
だけでもラッキーだと思ったのですが、このお店、小洒落てはいるけれどには数人しかお客さんがいませんし、まわりはまだ8時過ぎなのにすでにお店の8割が
閉店しているというエリアです。味には目をつむろうと覚悟していたら、あらら、わりといけるじゃない?と夫とふたりで
ちょっと驚きました。


子供用のお皿も用意してくれたよ〜

日本語にすると、おばさんのホテル、という名前のホテルも、期待していたよりも室内は広くて、これまた得した気分(笑)。
娘も「新しいお家、好き!」とベッドの上でぼんぼん跳ねていた、と思ったら、あっという間に眠りに落ちました。
昼間保育園にいって、新幹線にのって、それからまたたくさん電車にのって、という強行軍によく耐えただけでなく、
旅行好きなのか、どこかに行くということ自体にワクワクして楽しんでいた様子です。


電車の中で遊んでます。

セキュリティーの厳しい現場で、内容については触れられませんが、娘は9時から17時までの現場を楽しく過ごしたようでした。
かなり待機時間も長かったのですが、最初の1カットだけ「ヤダ」が出てちょっと手こずった以外は、
ずっと機嫌よく、協力的かつフレンドリーで、スタッフたちにも楽しく遊んでもらい、撮影が終わってから、とくにモデルのお姉さんと
お別れするのが辛かったようで、半べそ状態。


。プラットフォームで踊る。

帰りの新幹線の中でも、駅弁を食べながら鼻歌を歌ったり、おもちゃと釣りごっこをしたり、ご機嫌のまま
「写真撮影、またやりたいな〜!」。


帰りの新幹線で、魚釣られごっこ??

うん、またできるといいね〜!

ポーランド暦の(?)母の日、暑い中公園での撮影

2015-05-27 19:51:15 | 日記
昨日、家に帰ったら、娘が「ママ〜ハッピー!」ときれいな花束をくれました!


さっそく花瓶にいれました。

わあ、きれい、ありがとう!と言いながら、あれ、今日は何の日だっけ??と頭の中がクルクル動いてる・・・
「ハッピーマザーズデー!日本の母の日は旅行中だったから何もできなかったでしょ?だから今日、ポーランドでの
母の日をお祝いすることにしたよ」と夫。ナルホド。


花束とカード。

まったく予想もしていなかったので、すごく嬉しい!「ママが大好きだからね、お花あげるの」と娘がいってくれて、
なんだか口元がゆるんでしまいました(笑)。そして夫の心遣いに大感謝!


ロケバスの中で待機中。

今日は、埼玉の広い公園で広告写真の撮影がありました。
ひろびろとした公園で、のんびりバーベキューを楽しむ人もちらほら、でも基本的にだだっ広い緑が広がります。


よいしょっと。

他にもちょっと年上の男の子モデルがふたり、お母さん役、お父さん役のモデルさん、と合計「5人家族」の設定です。
娘は末娘役、とは言っても単に一緒に写真をとるだけの話ですが。

最初は知らない人たちにびっくりして、かなりシャイになってしまい、私から離れませんでした。
どんどん暑くなるし、娘は半べそだし、このまま長い1日になるぞ・・・と覚悟を決めたのでした(笑)。


ピンクのゾウさん!

でも休憩になり、娘のリクエストしたチョコレートアイスクリームとオレンジジュースの差し入れがきたら、一挙に
ご機嫌回復(笑)。まずは他の「お兄さん」役ふたりの男の子と仲良く遊びはじめ、そのあとの撮影では、
「両親」役のモデルさんにも抱きついたり、メイクさんやスタイリストさんにも抱きついたり、すっかりみんなに
打ち解けて、たくさん遊んでもらい、私には寄り付きもしません。



丸1日の撮影が終わり、お疲れ様〜と別れる頃には「明日もまたやろう!」と大ご機嫌。明日に移動し、明後日、場所を変えての
撮影があるのですが、5人家族は「離散」して、お母さん役のモデルさんとふたりになるらしい。
「いやだ、お兄さんたちもいっしょがいい〜〜!!」と半べそ。

・・・明後日の撮影もうまくいきますように!!

もりだくさんの週末に・・・。

2015-05-26 02:10:03 | 日記
知り合いの運動会にピアノ教室、写真展のトークショーに、ラオス・フェスティバル、と盛りだくさんの週末
でした。


ラオス・フェスティバルなのに、ヘナアートをする娘。

その週末が始まる直前の話。
なかなかうまくいかずに提出できなかった検便を、やっと提出できました!
娘がむずむずして「うんちする!」といった瞬間、しっかり容器をとってきて、待機体制にはいった夫と私。
「でた〜!くさ〜い」と自分でいう娘は、容器を持っている私たちを見て不思議そうな顔です。
「うんち、どうするの?」と娘。
この小さい入れ物にいれるの。
「この入れ物どうするの?」
先生にあげるのよ。
「え〜〜!!うんち、先生にあげるの??先生怒らない???」絶叫する娘。


ラオス・フェスティバルと同じ代々木公園にいたヤギのうんちに興奮してました(笑)

ええとね、これは先生にあげて、先生がお医者さんにあげて、バイキンマンがいないかどうか調べるのよ。
「バイキンマンいないよ!」と今度はやや御機嫌斜めになってしまいました。
ええと、それだけじゃなくて・・・と適当にお茶を濁そうとしたのですが、
いつまでも「先生にうんちあげるんだ〜」と妙に感心している娘でした・・・。


エコバッグ制作もしちゃったよ。

写真展のトークショーでは、自分より年下の女の子、ラオス・フェスティバルでは年上の小学生の女の子と、遊んでいた娘です。
年下の女の子に対してはお姉さんぶって、年上のお姉さんにはちょっと甘えたりしてました。どちらとお別れするときも
ちょっと泣いたりして、いっしょに遊んで、とても楽しかったみたいです。


トークショー前にごくごく。

たくさん遊んだ週末の帰り道。
地下鉄の席に座った娘が鼻をホジホジしてるので「ちゃんとティッシュでふいて」と娘の指と鼻をふいたとたん、
「鼻くそ、食べようと思ったのに〜〜〜!!!!」
と大声で怒る娘。
まわりの人たちはいっせいにこちらを見た、ような気がしました(笑)。
一瞬凍りついたように恥ずかしくなり、でも次の瞬間、あまりにおかしくて大笑いしてしまった!
まわりの人たちも堪えずに笑い出したみたいです。


ポーズ。

まわりにウケたと思ったのか、娘は喜んでわざと「鼻くそ、ママがとっちゃったから、もうなくなっちゃったよ〜」
とまた半分癇癪をおこしたフリ(笑)。
鼻くそは、ちゃんとティッシュで取らないとだめだよ、といちおう言うものの、ツボにはまった笑いが
なかなか止まりません・・・・いやはや、困りました(笑)


カチューシャして地図見てます。

このくらいの子供って、うんち、おしっこ、おしり、鼻くそ、あたりが大好きなんですね。
おかげで私も年中そんな話ばかりしています(笑)。

久々の「ミリキタニの猫」とそのまわりの人々の話。

2015-05-23 07:14:19 | 日記
大好きな映画で、もう8、9年前に監督の通訳を2度させていただいた「ミリキタニの猫」を再びスクリーンで見てきました。


日本で劇場公開したのは、2007年かな?

中野ゼロホールで、特別上映があったのです。新作短編「ミリキタニの記憶」もいっしょに上映され、そのあとに主人公のジミー・ミリキタニと
交流のあった人々のトークショーがありました。

この「ミリキタニの猫」はニューヨークの路上アーチストであったジミー・ミリキタニのドキュメンタリー映画ですが、奇跡の物語でもあります。それも戦争によって引き裂かれた家族と人生が、人々の善意によってふたたび結びつけられる、という夢のような、でも現実のお話です。過酷な過去と目の前で起こる、奇跡(それも人々の努力によって起こる)に、初めて見たときも涙が止まりませんでしたが、8、9年ぶりに見た昨日も、あとで目の周りが腫れて恥ずかしくなるくらい泣いてしまいました。


リンダとジミー。

ジミーが監督のリンダ・ハッテンドーフが知り合い、9・11のあとリンダが招き入れていっしょに暮らすようになり、彼が絵にしていた、広島の原爆、日本人収容所での生活、さらに市民権剥奪などのジミーの過去、同時にアメリカの歴史が、どんどん明らかになっていく。リンダやまわりの人々の尽力により、市民権を再取得し、社会保険を受けられるようになり、日本人収容所時代以来生き別れになっていた実姉と50年ぶりの再会を果たし、ツールレイク収容所に追悼訪問。それまでアメリカ政府を恨んでいたのが「もう怒っていない。過去は通り過ぎるだけになった。いい気分だ」と言い切るジミーの穏やかな顔で、このドキュメンタリー映画は終わります。


若かりし頃のジミー。

次に短編「ミリキタニの記憶」が上映され、もとは誇り高いサムライの一族で、有名な日本画家に師事し、アメリカで日本画を広めるという志を抱く「グランマスターアーチスト」だという、一見空想癖のおしゃべりのように聞こえたジミーの話が、実は事実に基づいていたということがわかります。ニューヨークの路上で生活するようになっても、毎日絵を描き、その絵の代金以外は一切施しを受け取らないジミーの誇り高さ、強さの背景が見えたような気がします。

そのあと、ジミーと交流のあった人々が、今は亡き(2012年に92歳で亡くなりました)ジミーとの思い出を語ることで
「ミリキタニの猫」以前のジミーの生活が垣間見れました。もっと若かった頃の、もっとクレイジーなジミーに惹かれてシャッターを押し続けたカメラマン。
週末ボランティアでホームレスの人々の食べ物を提供したことでジミーと仲良くなった、当時駐在員だった日本人男性。映画が取られた頃に、やはり
その存在感に、またいっしょに過ごす時間の心地よさでとにかくジミーに会い続け、写真をとり続けた他のカメラマン。この映画のプロデューサーであり、撮影監督であり、その後、リンダとともに保護者のように手厚くジミーをケアし、サポートし続けたマサ吉川さんの司会で、2本の映画では見えなかったジミーの姿が
どんどん浮かび上がってきます。


ジミーの絵や関わった人々の文章が載った冊子。私の文章も入っています。

「ミリキタニの猫」はジミーの映画ですが、同時に彼を自宅に招き入れ、彼の過去を探っていき、彼が自立するために必要な煩雑な法的手続きをとっていった監督リンダの話でもあります。それがこの映画の驚くべきところだと思うのです。単に映像作家として被写体であるジミーを撮るだけでなく、9・11という悲劇が起こったとはいえ、彼の生活を引き受けてしまうリンダの人間としての度量の広さが、この映画の奇跡を起こしたように思えます。


なるほど。

トークショーで、ボランティアとしてジミーと知り合った男性が「大げさかもしれませんが、神様が上からみていて、ジミーはもう十分に苦労したから、と
リンダという天使を彼に送ったような気がします」とおっしゃっていましたが、私も同感です。


うん。

人は死んでからその形が見えて来る、というようなことを白洲正子がどこかで書いていたような記憶があります。お目にはかかったけれど、
ほとんど会話もしなかっただけのジミー・ミリキタニの人生に思いを馳せながら、帰路に着いたのでした。

映画「マミー」で心が叫んだような。

2015-05-22 01:29:57 | 日記
「マミー」という映画、前に見た同じ監督の「わたしはロランス」以上に、ぐさぐさと心を掴まれ、圧倒され、思ってもみなかったところにあった水源を
刺激されたように涙が一時止まらなくなりました。


母と息子の愛の物語。

舞台は架空のカナダで、障害児を親が施設に法的手続きなしにいれてもいい、という法律が制定されたあとのこと。
多動症で過激に暴力的になる息子が、放火事件を起こして施設を追い出され、失業して掃除婦などのパートタイムをしながらどうにか生計を
たてているシングルマザーの母親とふたりで暮らすことになり、深い愛情がありつつも、激しく衝突しあう生活が描かれます。
近所に住む、おそらくトラウマで吃音になり、教師を休業中の主婦が、この親子に関わりはじめ、一見自体は好転するように見えますが、なかなかそうもいかず・・・。ネタバレになるので、この辺でやめておきます(笑)

最後の最後のシーンでは、いきなりの希望、自由があり、そこで終わる、とだけ書いておきますね。


主人公の男の子、スティーブ。

母と息子のあまりにも激しい愛情と葛藤。ジェットコースターの毎日。だからこそ、一瞬の安らぎの日々には、見ている方も
とっても平和でほっとして幸せになる。映像も正方形の画面から始まり、みんなの心が開けてきたときには普通の長方形の
画面になったり、など斬新なんだけど、どれもそこにある感情を効果的に見せてくれて、「斬新のための斬新」がない
のが、思ったよりも親しみやすさを感じさせるのかもしれません。

とはいえ、激しい感情のアップダウンにいちいち心を動かされて、たくさん泣いたせいか、見終わったらなんだか
ぐったり疲れてしまいました(笑)。

バンドネオン奏者の小松亮太が、アルゼンチンタンゴの曲を聞くと「一曲でもうお腹いっぱいで、しばらくほかの曲を聴きたく
なくなる」というようなことを言ってましたが、そんな感じ。
でもね、笑っちゃうところもたくさんあるし、幸せなシーンもけっこうあるし、内容は暗めですが色調は明るいのですよ。
だから最後まで引き込まれて見れるのかもしれない。ちゃんと計算されていてうまいこと泣かされたのかもしれません(笑)。

全然スタイルは違うのですが、この感じ、ペドロ・アルモドバル監督の作品を見たあとの感じとちょっとにているかもしれない。
設定や人物たち、感情も強烈なんだけど、底流にあるのは、恋愛とか家族関係とか、とても普遍的なテーマなのです。
だから、ショックはあるけれど、深く心が動かされる。そこが、似ている、と私が思う理由かもしれません。


監督のグザビエ・ドラン

25歳のこの美しい青年が監督、脚本、制作してます。19歳で監督デビューし、これまでの作品すべてカンヌ映画祭などで絶賛されているらしい。
小さい頃から俳優もしていて、最初の3本は自分も主演です。天は二物も三物も与えるんですね〜。

興味がある方は、監督のインタビューも読んでみてください。
http://natalie.mu/eiga/pp/mommy

この主人公のスティーブ、設定は15歳ですが、なんとなく3歳児の娘と似たような言動をするのです。
突然切れて、まわりのものを叩いたり、泣き叫んだり。本人なりに道筋はあるんでしょうが、まわりからは
わかりにくいし、体が大きいから3歳児の癇癪を起こされると、とんでもない暴力になるわけですね。


ややふてくされ気味。

この前遊びにきてくれたお友達が、認知症のご老人たち相手にアートセラピーをしたりしているのですが、
そういうご老人たちも、なんとなく3歳児みたいな言動をする、と話してくれました。

子供の心って、ず〜〜〜っとみんなどこかに持っていて、それを隠す技術とか見栄とか常識とか分別とかを
「社会人」は身につけることになっているのですね。でないと、「社会」から出されちゃうの。


たんぽぽの綿毛、ふ〜っ。

あれ、私がこの映画で大泣きしたのは、自分と3歳児の娘の関係を見たから、とか???あるいは、母と娘である自分、とか?
あるいは今の自分と3歳児の自分、とか??

まあ、この映画のように、母と息子の関係だと、もうちょっと微妙なゆらぎもでてくるんだろうけれど。

いずれにしても、大好きな映画でした!この監督のこれからの作品もとっても楽しみです!!