アラカン新米ママの東京ぐうたら日記

45歳でできちゃった婚、46歳でいきなりシドニー移住&出産、東京に戻り、右往左往のままはや娘は10歳を過ぎ・・・。

サマーキャンプの最終日、プロポリスの塊を96度のスピリタスに漬ける。

2016-08-27 03:36:15 | 日記

OKパークのサマーキャンプにて

ポーランドから帰国して3日目、東京が蒸し暑すぎて、太陽が出ている間は眠気も出ず、おかげさまで時差ぼけがあんまりない感じです(笑)。



猫のフェイスペイント、嬉しそう。

娘は、義姉の家近くの室内外遊技場のOKパークのサマーキャンプ最終日に行ってきたようです。
これまで参加した人全員が招待されていて、これまでよりも需実したプログラムだったらしく、大喜びで帰ってきたそうな。


ひっくり返って足をバタバタしてるところ。

ちょうど前日、スカイプで娘と話をしていたら、急に駄々をこねてひっくり返って足をバタつかせていました。
「もう東京に帰りたい!!」と言っていたので、フライトを変更しようか、と夫とも話していましたが、サマーキャンプの後は、
ご機嫌で、しばらくまだポーランドにいたい感じらしい(笑)。


きのこ天日干し

義姉たちが森にきのこ狩りに行ったらしく、そのあとできのこを天日干しにしている写真が送られてきました。


かなり大量。

へへ、私たちにもお土産でいただけるそうです!
香りが強いので、真空パックにしないとスーツケース中きのこの匂いが染み付きそう。その分、「おだし」はしっかり
とれるようです。


プロポリスの原物。

「プロポリスがポーランドにあれば買ってきて」と母に頼まれていました。
義姉に話したら「あら、これのこと??」と、底に白っぽい沈殿物がたまっている茶色い液体の入ったガラス瓶を
見せてくれました。なんと自家製です!!


硬いので、トンカチで叩いて割る。

「叔母が養蜂家だから、頼んであげるわ。それをスピリタスにつけると、こうなるわよ」
ええ、原材料をいただけちゃうんですか!?


手でほぐします。膠みたいでちょっとベタつく

ということで、お土産にいただいたプロポリスの塊、こういうものなんですねえ。
96度のスピリタスはポーランド産で、日本のスーパーでも売っています。
プロポリスの塊を細かく砕いて、ガラス瓶に入れてスピリタスを注いで蓋をするだけ。

スピリタスの蓋を開けただけでも、ものすごく強いアルコール臭。
「こんなに強いお酒、飲んだらヒックリ返っちゃうわ」と母はビクビクしながら、ガラス瓶に注いでいます。


スピリタス。500mlで1990円でした。

「いくらプロポリスを漬けたからって96度の酒をそのまま飲むわけにはいかないだろう。ポーランドのお義姉さんに
もう一度飲み方を教えてもらいなさい」と父。
でもなあ、そのままショットグラスで飲んだって夫も言っていたんだけど、まあ、ウォッカ慣れした人たちの胃と日本人は
違うんだろうなあ。


あっという間に透明なスピリタスが茶色になります。

義姉に飲み方を聞いて、と夫に頼みつつ、ネットでも検索してみたら、ありました、スピリタスで抽出したプロポリス!

http://my.prema.co.jp/shopbrand/ct1593/

普段、母はノンアルコール抽出のプロポリスの液体を飲んでいますが、アルコール抽出の方が、よりたくさんの「いいもの」が
抽出できるんですねえ。飲み方もこのサイトに出ており、水で薄めればいい、とのこと。ウォッカの水割りですな(笑)。

ちょっと話がずれますが、ヨーロッパでペストが流行した時、ユダヤ人に感染者が少なかったことから、「ユダヤ人が犯人だ!」とユダヤ人狩りになったそうです。でもポーランドではなぜか他の国よりペストの死者が少なかったので、ユダヤ人を責めることもなかった。なので、それまでもポーランドには結構ユダヤ人が来ていたけれど、さらに増えた。ポーランドでなぜペストの死者が少なかったかというと、ウォッカを常飲していたので、ペスト菌が殺菌されたのではないか、というよう
嘘だか本当だかわからないような話を見かけたことがあります。

義母は、よく「消化不良の時の薬」と称して、ウォッカに黒胡椒を真っ黒になる程漬け込んだものをぐいっと飲んでいます。余計に消化不良になりそうですが、
「か〜っときて、スッキリする」そうな(笑)。

普通のウォッカは40度くらいなので、96度のスピリタスの殺菌力はものすごいことでしょう。プロポリスの抗菌力がなくても、十分に効きそうな・・・いや、プロポリスとの相乗効果でとんでもないことに(笑)??



合計1000mlのスピリタスにつけたプロポリス。手間はつかったトンカチ(笑)。

ところで、このサイトを見ると、ブラジル産のプロポリスのスピリタス抽出液、60mlで19800円もするんですね〜。

今回、塊を二つお土産にいただいて、それぞれ500mlのスピリタスにつけたので、全部で1000mlちょっとの量になります。
となると、ブラジル産のプロポリスだとしたら、30万円以上の分量!

ブラジル産とポーランド産がどれほど違うのかわかりませんが、私たちがいただいたのは原材料のロウ状態のプロポリスそのものですから、
嘘が全くございませんです。

ものすごいお土産を頂き、大感謝!!

大好評の紅茶豚、折り紙&日本語の名前書き、そして無事に東京に戻りました!

2016-08-24 22:50:50 | 日記

折り紙の「鶴」を教えています

最後の最後にちょっとした「文化交流」をして、おかげさまで無事に東京に戻り、暑がっております(笑)。


5歳児が後ろにくっつきながら、折り方の説明中。

おそらくことの起こり(?)は、義姉が会長をしている「第3大学(地域で定年した人たち対象に行う講座やイベント)」の集まりで、「うちの義妹が
日本人で、たまたま東京から来ている」という話にでもなったのでしょう。
好奇心旺盛なおばさま方が集まっているらしいので「じゃ、その人に日本の話をしてもらおうじゃあないの」→「日本っていうと、やっぱりオリガミ?」→「じゃ、折って見せてもらおう!」みたいなノリだと想像してます。だって帰国するちょっと前にいきなり言われたんですから(笑)。


参加者の名前をひらがなとカタカナで書いています。

当日になって「あとね、みんな自分の名前を日本語で書いてもらいたいらしいんだけど、いい?」と聞かれました。
もちろん、おやすい御用です(笑)。お習字下手でも、わかんないだろうし!

そういえば、グダンスクでは「日本語であなたの名前書きます」という屋台(?)がありました。
話してみると日仏のハーフの若者で、日本語は流暢ですが、お習字は要練習(笑)。それでも筆を使って、台紙に貼られた和紙にひらがなで
書かれた文字、ついでにサイン代わりに朱色の印章を押されると、なんとなく「それっぽい」感じがするのです(笑)。
ちなみに一枚5ズロテ(130円くらい)。


興味津々。でもへたっぴーで申し訳ないです・・・

まあね、私もアラビア文字で自分の名前を綺麗に描いてもらえたら嬉しいし、香港で花文字で自分の名前を書いてもらったことあるし、
同じような感覚なんでしょうね。ただ、私が書いたのは超シンプルなので申し訳ないのですが・・・


娘もオリガミを「教えて」、自分の名前を日本語で「サイン」してます。

折り紙で私がすぐにできるのは「鶴」のみ。
まあ、でもね、全部で1時間だと聞いたので、折り方説明して、日本語の名前を書いてあげたら終わりだな、
と簡単に考えておりました。


「本当は人の名前を書いてあげたかったの、でも自分の名前しか書けないから」と娘。

しかし、普段は手が覚えていてやっていることを、改めて言葉で説明しながら、さらに通訳が入り(夫が英語からポーランド語に通訳してくれました)、
ゆっくりデモンストレーションするのって難しんですね〜!
途中で逆に折ってしまって、鶴が開かなくなり、パニックしました(笑)。


まずはケーキとコーヒーから始まる、第3大学です(笑)。

また、途中で娘が「私の方がもっと簡単なやり方を知っている!私が教えたい!」と癇癪を起こして、泣き叫び、途方に暮れてしまいました・・・。
が、さすがそこは皆様、お孫さんがいらっしゃる方々なので、すぐに「おばあちゃんモード」になってくださり「ああ、そうなの、上手ねえ、
教えてちょうだい。あなた、名前もかけるの?じゃあ、あなたのサインを日本語でちょうだいね〜」となだめるのもプロ級、さすが!


一通り終わると今度はワインです(笑)。

1時間の予定が、間にいろんな質問があったり、おしゃべりがあったり、鶴も何度かやり直したりで、結局2時間半くらいかかりました。
10人くらいかも、と言われていたのですが、蓋を開けたら20人以上集まっていて、さらに11歳の男の子やそのおじいさん、15歳くらいの
女の子までいて、賑やかでした。

最後にみなさんからお礼の素敵な銀のペンダントとイヤリングをいただき「第3大学のためにありがとうございます!いつでも大歓迎なので、
また来年も再来年も来て欲しいです!」と言ってくださり、なんだかいい気分(笑)。


後ろのレンガの建物が「第3大学」の教室。

その前日に、夫の家族を招いてのディナーだったのですが、そこで作った紅茶豚が義姉たちに大好評。
「第3大学」の終わりに義姉が「昨日作ってくれた日本の豚の料理がとても美味しかったので、レシピも教えてもらいましょう!」というので、
cookpadからの引用そのままのレシピをお伝えしました(笑)。

必ずしも日本料理とは言えないかもしれませんが、まあ、お茶でお肉を茹でる、という発想がショッキングで面白かったようです。
一見ローストしている風なのに、食べてみるとしっとりと柔らかいのも驚きだった様子で、みんな一生懸命メモ取っていました!
今週末のプチェムクフ村では、たくさんの家族のテーブルに紅茶豚が出そうな気配・・・(笑)


15人のはずが10人のディナーになりました。

普段から、家族総勢10何人で集まる習慣のある義姉たちの家には、巨大な鍋釜がゴロゴロしていますし、お台所も表キッチン、裏キッチン、
さらに一人の義姉の家にはスモーク用の第3キッチンまであります(笑)。


私と夫が作る、はずが義姉たちに頼りっぱなしでした

チキンドラムスティックのパイン缶煮も作りましたが、ドラムスティックの大きさが日本の3倍(笑)。それを35本、大きなパイン缶を
3つを知るごと入れても、まだまだ余裕の鍋がたくさん。だって、他にジャガイモとか人参、野菜をゆでるだけでなく、スープも作らなくちゃ
いけないから、大きな鍋やフライパンなどはいくつあっても足りないんですねえ。


義姉たちが作ってくれたプラムのクランブルケーキとアップルケーキ、美味しかった!

普段からろくに料理をしていないせいもありますが、今回いくつか日本っぽいお料理、そして普通のポーランドのスーパーで手にはいる材料で
できるレシピを探しながら、改めて、日本のお料理はお砂糖(みりんも甘いでしょ?)をたくさん使うんだなあ、と驚きました。

もともとはデザートってあんまり食べないですよね、日本では。すでにお食事でたくさん甘い物取っているんですよね、気がつくと。
お魚もお野菜も、煮物ってなると甘辛の味付けがメインだし。


腹ごなしの散歩。

「第3大学」は今週末、サイクリング1泊旅行で古城を見学するそうです。皆さんスタミナあります!「日本もそうみたいだけど、ポーランドも
定年した後は、女性の方がぐんと元気いいねえ」と夫と二人で話しておりました。


もう一度、義父のお墓詣り。

最後にまた義父のお墓に行き、今度はちゃんとたくさんのロウソクをともしてきました。
今回は前回のような「サイン」(?)はなかったようですが、最後にご挨拶できた気がして、よかったなあと思います。


最後の朝ごはん

夫と私だけでクラコフ旅行している間、一人で過ごした娘は、ちょっと里心がついたらしく「ママと一緒に日本に帰る」と言い出しましたが、
数日一緒に過ごしたら「う〜ん、やっぱりお友達とも遊びたいし、もうちょっと後で帰る」(笑)。


ヴロツワフ空港で、別れのコーヒー(?)

夫と娘は9月中旬に帰国予定ですが、もしかしたら少し早まるかな?


浮き輪、気に入ってます〜!

あ〜、それにしても7月頭から今まで、おかげさまでよく遊びました!
夫や夫の家族やお友達にすっかりお世話になって、大感謝です!
本当にいろんな人たちのお世話になって、なんだか30年以上も前に経験した、高校時代のAFS交換留学生だった時のようです。


バランス〜!

そう、今回は家族3人で、高校の時のホストファミリーにも会えたし、通った高校も見てきたし、また夫の大学や同窓生、幼馴染にも会えたし、
これまでの人生がぐるっと一巡した感じがします。


最後に風船ガムでバイバイ!

さて久々の時差ぼけ、どのくらいでなおるでしょうか??

広〜い旧市街に、元工場や元ホテルの夜遊び場、可愛くて美味しいお店もいっぱい、クラコフはやっぱり楽しい!

2016-08-20 08:14:53 | 日記

クラコフの旧市街の夜

初めて娘と離れての旅行、なんだか妙に寂しい上に、午前10時過ぎに出発するはずが、レンタカーのトラブルで午後4時過ぎに出発となり、不安な気持ちで始まったクラコフへの旅ですが、夜9時過ぎに到着した旧市街はものすごく広くて、ものすごく活気があって、薄暗くライトアップされた建物がとても美しくて、「わあ!!来てよかった〜!!」としみじみ思ったのでした。


たくさんの屋台(?)、賑わってます。

思った以上に広大な広場、雰囲気は違いますが、「世界の半分はそこにある」と言われたイランのイスファハーンの広場を思い出しました。
真ん中にあるのが、教会とか市庁舎といった尖塔のある建物でなくて、長くて広い織物会館だった、というのもあるかもしれません。


旧市街の中心にある織物会館

17世紀にワルシャワに遷都するまで、ポーランド王国の首都であったクラコフは、ポーランドの都市にしては珍しく戦火を逃れ、昔の姿をそのまま
とどめているます。その歴史的価値によって、1978年に最初に登録された世界遺産12箇所の一つに選ばれたわけです。


夜も馬車は行く・・・

戦火でほぼ壊滅して、新しい建物が多い、新しい首都のワルシャワは東京みたい、古い首都で戦火を逃れたクラコフは京都みたいだ、と夫が
言っていました。ただ東京は、ワルシャワのような歴史地区はないですが・・・。


チョコレート屋さん


チョコレートでできた「工具」

ワルシャワは広くて、観光スポットが点在しており、また数も多いので見切れませんでしたが、クラコフは壁に囲まれた旧市街、そのほぼ隣にある旧ユダヤ人街のカジミエシュ地区などの歴史地区にほぼ見るべきものが固まっているので、こじんまりと歩きやすいです。


上から見た旧市街


昼間の旧市街も賑わってます




巨大なパン!


織物会館の中のアーケード。ここもちょっとオリエンタルな香り。


聖マリア教会、圧倒される装飾、ややオリエンタルな色合いです。

なんとなくオリエンタルな雰囲気があるのは、ポーランドがタタール人やオスマントルコに攻められたことと関係してるんでしょうか・・・?


マリア様の物語が木彫り担っている聖壇、ヨーロッパ最大で国宝。

京都でいうと二条城のようなヴァヴェル城の中はいくつにも分かれていて、チケットがそれぞれ別に売られているのですが、ものすごく並びます!
ぐうたら観光客の私たちは昼過ぎに行ったのですが、長蛇の列に驚いて、別の日に出直しました(笑)
朝一番に行っても30分くらい並びましたですよ。


ヴァヴェル城。

夫はこれまで数回クラコフを訪れたことがある、というので、頼っていたのですが、最後に訪れたのが11年前で、これほど
並ぶことはなかった、と驚いていました。一番人気の、寝室などは、チケットがすでに売り切れていて見れませんでした・・・。


ヴァヴェル城の中庭

さすが世界遺産に最初に登録されただけのことはあります(笑)。観光客の数が違う!


旧ユダヤ人街、カジミエシュ地区のカフェ

旧ユダヤ人街のカジミエシュ地区には、古い建物がそのまま可愛い、おしゃれなお店、雰囲気のある酒場になっています。


壁の絵も可愛い

昔のニューヨークのイーストヴィレッジみたいな感じ、と思いながら古着屋さんや雑貨屋さんなどをチェック。


おしゃれなカフェ・ワインバー

軽くお酒を飲んで何か摘もうと思って、Resto&Barと書いてあるお店に入りました。


すごい量のアンティパスト盛り合わせ!

このResto&Barという名前、あちこちで見かけました。
カフェとかワインバーとかビストロを足して3で割ったような感じ??


怪しい雰囲気の酒場にあるミロンガ

カジミエシュ地区にミロンガがありました。半分タンゴ、半分違う曲でヌエボを踊る、割と上手な人たちが集まっていました。


暗くて見えませんが、小さなステージがあるPod Baranamiでのミロンガ

旧市街にあるPod Baranamiというお店は、夫も「知ってる!有名だよ!いろんな人が歌を披露するところだよね」というシアターバー(?)
で、14世紀の建物の中にあります。ここでミロンガがありますが、大学生がメインなので、今は夏休みでほとんど人がいませんでした。


しばしの別れにカードを作ってくれた娘。

今回のクラクフ旅行中、一回だけ娘と電話で話しました。
私たちがいなくて寂しい、のではなくて、早く友達の沢山いるプチェムクフに連れて行ってくれ、と泣きながら訴える
電話でございました(笑)。


工場跡・・・?

クラコフに住んでいる、夫の甥っ子の友達が、「チェックすべきお店3つ」リストアップしてくれました。


バーや屋外映画場などが集まっているエリア

古い工場を使って、バーとかレストランとか屋外映画場とかステージなどにしているSamo Zという場所、おしゃれな若者が
たくさんいて、賑わっていました!


元工場がバーになってます

なんともかっこいいスペースなんですね〜。こういうところ、好きだな〜。

http://www.studioqulinarne.pl/studio-qulinarne/

オススメのもう一軒は、元バス倉庫を利用したレストラン、Studio Qulinarne。
おしゃれで美味しく、量もちょうどいいという、私たちがこれまで訪ねたポーランドのレストランの中では珍しいお店です(笑)。


アミューズの牛のパテにラズベリー。


貝柱に青豆、ゆず風味のソース、りんごのツマがのってます


スモークサーモンにクリームチーズ、ディルのソルベ


鱈とタコ、インゲンと大麦のソース


仔牛にシャンテレル茸


デザートのラズベリーシャーベットとパンナコッタ。


大満足!

最後は、フォーラムなんとか(名前忘れました!)というところ。


暗くて見えませんが、誰も使っていないホテルに巨大なビルボード。

住所を見ると、川岸です。でも見えるのは、打ち捨てられた巨大なホテルのみ・・・。_
そばに行ってみたら、車がたくさん。ドイツの観光バスも数台。


リバーサイド・バー

明かりがある方に行ってみたら、あらら、人がたくさんいます。ホテルの受付だったところがバーになり、川岸に
砂利が敷かれてビーチ(?)になり、デッキチェアーが置かれて、ビアホールというかビーチ・バー??


クラコフ現代美術館も他の元工場エリアにあります。

映画「シンドラーのリスト」のシンドラーの工場だったところに、シンドラー記念館があります。このエリアは、工場地帯だったようで、
他にも現代美術館やおしゃれなレストラン、ワインバーなどがあります。


シンドラーの工場だったところ。今記念館。

川岸のバーで一息ついた後、この元工場エリアを歩いてみました。たまにおしゃれなマンションが建っていたりしますが、まだまだ
がらんとした元工業地帯。そんな中におしゃれなお店がポツリポツリ。


こんなお店もあったりして。

黄色い光の中、お店は全て閉じていますが、危険な感じはなく、たまに人が散歩していました。
現代お伽噺の中にいるような、不思議な雰囲気なところでした・・・。


地下130mの元岩塩坑の広場。コンサートや結婚式も開かれるそうな。

クラコフの近くには、もう一つ1978年、最初に世界遺産に登録された12箇所の一つ、ヴィエリチカ岩塩坑群があります。
13世紀からつい最近、1996年まで岩塩を採掘しており、廃坑になっていないものとしては世界最古の製塩企業だそうです。



観光客向けの 3.5 km の坑道で、歴史上や神話上の様々なモチーフを象った彫像が並んでいるのが圧巻です。


壁に彫られた様々なキリスト教モチーフのレリーフ。

壁のレリーフや、チャペルの彫像は坑夫たちが信仰のために岩塩を彫り上げたものだと聞きました。
命の危険を伴った作業を続ける中で、必要だったんだろうなあ・・・。


岩塩、美しいです。

コペルニクスやゲーテ、ショパン、最近の人だとビル・クリントンなどたくさんの有名人も訪れたそうです。


岩塩水(?)の噴霧される中で、一息。

娘がいないのが寂しいと思ったのは最初だけで(笑)、昼も夜もあちこち歩いて、見て、食べて、ついでに踊って、足が痛くなりました(笑)。
ポーランドの歴史は長く、複雑で、教会やお城を見学するたびにそれを思い出させられます。
ポーランドについて全く無知でしたが、かなり今回の旅行で集中講義を受けた感じで、頭も心もいっぱい、いっぱいな感じです。


帰りのドライブ中の風景、平原が続きます。

義姉の家までクラコフから4時間ちょっとのドライブです。
「途中に古城があるから見ていく?」と夫が提案してくれましたが、お城も教会も、もうお腹いっぱいで、これ以上入らない(笑)。


帰宅ドライブ中の夕焼け。

さらに今回はレンタカーで、新車なので、エアコンも聞き、揺れも少なくて快適です(笑)。
寄り道せずにまっすぐ帰りました。

さて、あと数日で日本です。
残すは、夫の家族15人くらい集まってのディナーを作ることと、プチェムクフの婦人会で日本の話をすること。
うまくいきますように・・・。

8月15日は聖母昇天祭りと軍隊記念日。

2016-08-16 14:03:01 | 日記

戦車に乗って上機嫌

8月15日は日本では終戦記念日ですが、ポーランドでは聖母昇天祭と軍隊記念日のダブル祝日だそうです。
軍隊記念の日は、ヴィスワ川の奇跡というソ連軍をポーランド軍が破った勝利の日を記念しているそうです。


歌合戦(?)に出る人たち。

近くの教会でお祭り(?)があるというので行ってみました。








オートバイにも乗ってみる。

移動式遊園地もあったりして、かなり盛況です。


軍隊スープ(?)を提供中。


手前が無料で提供されていた軍隊スープ(教会スープだという人もいました)、フルーツの乗ったゴーフレに、ソーセージ。


綿あめもあります

楽しそうだな〜と思っていたら、何やら奥の方に黒いものが・・・軍用車が何台もあり、子供達が中に入れてもらっています。


もちろん娘も乗りたがりました(笑)。



いい年のおじさんまで装甲車に乗せてもらっているのを後で見て、「な〜んだ、大人も乗っていいなら、私も乗ってみたかったのに!」
とちょっと悔しかったりして。


教会をバックに装甲車が並びます。

教会の前に装甲車が並び、軍服を着た人たちがにこやかに子供達を相手にしている・・・・キリスト教と軍隊両方のお祭りが重なると、
こういう絵になるんですね。


パズルやっている後ろの赤い柱が、遊園地の乗り物の一つ。

さて、今日から娘を義姉たちに託して夫と二人で今度はレンタカーでクラコフに行ってきます。


大きなキスを送ってくれています?

デブノからトルンを経てワルシャワに行った旅で、何度も泊まる場所が変わることに疲れた娘は「もうしばらく動きたくない!
プチェムクフのお友達ともゆっくり遊びたい!」と言い、一緒にクラコフに行かない、と言い張るのです。

ポーランドの京都、クラコフは是非見たかったので、どうしても行きたい私、では娘を置いていきましょう、ということになりました。
娘は「いってらっしゃ〜い!」と全く元気で平気ですが、夫と私が妙に寂しくなっています・・・

おまけにレンタカーの手配がなかなかうまくいかず、自宅に届けてくれるはずの車が予定時刻を1時間過ぎてもまだ来ません・・・
無事にクラコフにたどり着けますように・・・!

ポーランド最古の都市カリシュで一泊し、お城を経由してグォグフに戻る。

2016-08-14 14:27:53 | 日記

レジーナ城前の公園で遊ぶ!

ワルシャワから義姉の家のあるグオグフまでグーグルマップによると5時間弱。日差しが強い日で、エアコンは壊れたままなので、
また私の体調がおかしくなりそう・・・なので中間点のカリシュで一泊することにしました。


19世紀の貴族のお家だったというホテル

ワルシャワから2時間半くらいのカリシュの中心地から7キロ離れたところに、昔の「お城」だったというホテルがあったので、そこに泊まることにしました。
お城と言っても、大きなお家、くらいな感じですが、インテリアはクラシカルでシック、なかなか素敵。レストランは、帽子二つ(どうやらポーランド版
ミシュランガイドみたいなものらしく、帽子3つが最高らしい)が付いていました。夜遅く着いて、朝出てしまったのでレストランで
食事することなく、10時間くらいの滞在だったのが残念・・・。







Dwor Stary Chotow、ドゥウォル・シュタレ・ホトヴという名前のホテルで、サイトはポーランド語だけですが、booking.com などからも
予約できます。3つ星で、お値段はかなり手頃ですが、雰囲気はとてもいいです。

私が宿泊者として初めての日本人だそうです(笑)。私たちが出発した次の日に2番目の日本人宿泊者が来る、と女主人が嬉しそうに言ってました。

http://www.dworstarychotow.pl/


カリシュの旧市街の旧市庁舎。

カリシュはすでに2世紀には定住する人がいたらしく、プトレマイオスがその名前に言及したとされるポーランド最古の都市だそうで、
9世紀に作られた街が原型になっているのが今の都市の姿らしいです。


広場に幾つかカフェがあって、可愛らしい。

こじんまりとまとまった、かわいらしい広場を歩くと、なんだかスペインのどこか小さな町の広場にいるような気持ちにもなります。


グラフィティもカトリック(笑)。

1264年に「カリシュの法令」と呼ばれるユダヤ人の自由に関する一般憲章が発令され、ユダヤ人の自由が認められたらしい。
そういえば、ワルシャワのポーランド・ユダヤ歴史博物館にそういう記述があったような?


ゴシックな聖堂の内部には立派な壁画がありました

旧市街は小さいですが、綺麗に手入れされている建物ばかりです。東欧のベニスと呼ばれている、と夫がどこかで読んだらしいの
ですが・・・う〜ん、かなり誤解を招く記述だと思いますです(笑)。


青空市場がありました。

こういう青空市場を歩くと、どこかアジアの国の田舎いるみたいです。


青空市場のディスプレイ。


石鹸屋さんでお買い物中


バナナとキウィのナチュラルアイスを舐めながら一休み。

25度くらいですが、湿気がないので日陰はひんやり。でも日差しが強いので、少し歩くとクラクラします(笑)


パパとママはりんごのケーキ、シャルロットをシェア。

さらに車で1時間ほど西へ行くと、レジーナという古城があるので、見学しました。


15世紀に建てられ始めたお城。


中はピンクでかわいらしい。


結婚式の披露宴の準備中かな?

このお城、かなり大きくて立派ですが、二つ星のホテルで、英語でも読めるホームページがあります。

http://en.zamek-rydzyna.com.pl/

こういう古城ホテル、2つ星とか3つ星が多いようです。お部屋はそれほど広くないところが多いし、設備にそれほどお金をかけてないから
なんでしょうかね?


グオグフのテスコ

レジーナ城から1時間ほどでグオグフにつきました。
義姉はまだフランスにいるので、果物やパン、ハム、チーズなど念のため食料を調達してから義姉の家に戻りました。

義兄や甥っ子二人、甥っ子の息子、と男性四人3世代が迎え入れてくれ、無事に「帰宅」できたとホッとしましたです。