脚と角

関西を中心に国内外のサッカーシーンを観測する蹴球的徒然草。

喜怒哀楽の真髄は蹴球にこそ有り。

スパイクサプライヤー選抜

2007年06月01日 | 脚で語るサッカーギア


①オールasics選抜

GK 下川健一
DF 海本慶治
   柱谷哲二
   相馬直樹
MF 礒貝洋光
   澤登正朗
   ラモス瑠偉
   小野伸二
FW 城彰二
   山口敏弘
   小倉隆史

 どうだろう、かつてasicsを愛した選手たち。GKは川口よりも下川の方がasicsの印象が強い。そして海本は三都主が去ったJで唯一インジェクタージャパンを履くサムライDF。柱谷と相馬は説明不要。見ていたか、フランスの地で躍動した相馬のシュータンに燦然と輝くあの日の丸を。
 中盤、孤高の天才礒貝はインジェクター2002の愛用者。90年代中盤の澤登もそうだった。ラモスも説明不要のasicsプレイヤー。イエローラインはフィールドに映えた。そのラモスも90年にはNIKEを日本でいち早く着用していた。
 3トップはやはりこの3人。皆が2002を愛用した。城は後年NIKEを、小倉はadidasを愛用したが、原点はやはり2002だ。礒貝とのホットラインで黎明期のガンバにてゴールを量産した山口敏弘も忘れてはならない。サブにはニーノ・ブーレを配置しよう。彼も外国人選手には珍しく2002を愛用し、ゴールを量産した。

②オールmizuno選抜

GK 曽ヶ端準
DF 加地亮
   小村徳男
   茂庭照幸
   新井場徹
MF 山口素弘
   森島寛晃
   中村憲剛
FW 柳沢敦
   ウェズレイ
   鈴木慎吾

 この11人はおそらくmizuno以外のスパイクを履くことはない。偶然にも全員が現役の選手になったが、特に名作スパイクであるモレリアの名を広げた森島と柳沢の貢献度は著しい。そしてウェズレイは3試合に1回は新品のモレリアを履く、まさにサプライヤーを泣かせて止まない広告塔だ。

③え!?この人がこんなサプライヤーを!?世界選抜

 タファレル <DIADORA>
 パオロ・マルディーニ <DIADORA>
 ジーコ <DIADORA>
 レオナルド <ennerre>
 ミカエル・ラウドルップ <PATRICK>
 シニサ・ミハイロビッチ <FILA>
 カルロス・バルデラマ <REEBOK>
 サルバトーレ・スキラッチ <KRONOS>
 ガブリエル・バティストゥータ <KRONOS>
 ドゥンガ <YASUDA>
 ミシェル・プラティニ <PATRICK>

 もうポジションもどうでもいい豪華な面々だ。タファレルは派手なDIADORA製のスパイクを着用してファンを魅了した。カルチョ時代のジーコもDIADORAを愛用した一人。DIADORAといえばファンバステンだが、若かりし頃のパオロも履いている。
 レオナルドは鹿島時代にチームサプライヤーであったennerreを愛用していた時期がある。
 FILAといえば、98年W杯時の中田英だが、ミハイロビッチも愛用していた。ほかにヴェロンやレイナなどもFILAをこっそり履いていた。
 特筆すべきはKRONOSが世界を代表する名ストライカーに愛された点。90年W杯得点王のスキラッチもそして、REEBOKでお馴染みのバティさえKRONOSを愛用していた時期がある。94年にはまたW杯得点王のストイチコフが履いていたことでもよく知られている。得点王気質の選手に愛されたサプライヤーである。
 しかし、何といってもレジェンド・オブ・レジェンドはPATRICKだ。将軍プラティニが愛したPATRICKは、偶然にも85年トヨタカップで来日したユーベの一員としてプレーする若き日のミカエル・ラウドルップの足元にも輝いていた。日本でも横浜Mの前身である日産時代から野田知、山田隆裕、日本代表右サイドバック平川弘などが愛用。後にラウドルップ兄弟がPATRICKの代名詞となる。ケビン・キーガンから世界に愛された伝説のサプライヤー、それこそがPATRICKなのである。