あの青い空のように

限りなく澄んだ青空は、憧れそのものです。

天声人語を読んで思うこと

2012-02-17 21:16:01 | インポート

2/14付の天声人語を読んで、正論ではあるものの果たしてそうなのかなと疑問に思うことがありました。

本文は、個性について書かれた次のような内容でした。

~ 昨今の就職活動では、「個性を封印する」黒のリクルートスーツが流行している。「服装の自由化」を学生に勧める有力企業もあるが、説明会ではやはり黒の上下で埋まってしまう。就活は「人生をかけた椅子取りゲーム」にも例えられ、得点より減点が怖い時、周りから「浮く」のはそれなりの勇気がいる。黒はいわば、無難という名の保護色なのだろう。

夏目漱石が「草枕」に書いた「文明はあらゆる限りの手段をつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆる限りの方法によってこの個性を踏み付けようとする」の一節は、どこか今の就活に重なる。

幼時からの教育はさかんに「個性」を言う。しかし、社会に出る学生は、指南本やセミナーの説く寸法に合わせてノウハウの尾ひれをつけ、就職戦線を泳ぐ。個性も、総体としての多様さも、色あせないかと心配になる。

むろん個性は外見よりむしろ中身だろう。とはいえ服装一つでも、同調圧力に抵抗力のある人は頼もしい。小器用に空気を読む人ばかりでは組織の活力も生まれまい。人との違いを楽しめる。そんな個性を応援したくなる。 ~

私は、黒のリクルートスーツを身につけた学生が、「指南本やセミナーの説く寸法に合わせてノウハウの尾ひれをつけ、就職戦線を泳ぐ」「同調圧力に屈した」学生とは一概に言えないのではないかと思うのです。むしろ就職戦線が厳しいが故に、無難な服を選ばざるを得ない学生の側の切実な状況について考えてしまいます。減点されることを恐れるのではなく、服装にとらわれずに自分の中味を評価してほしい。そういった思いが、無難な服を選ばせているのかもしれません。経済的に余裕のない学生にとっては、スーツを一着あつらえるだけでも大きな出費となり、冠婚葬祭を含めいろんな場で着用できる無難な色のスーツとして黒を選んでいるのかもしれません。また、採用試験を受ける会社によっては、個性的な服装を求めず、無難な服装を求めるところがあるかもしれません。黒系統が好きなので、選んだという学生もいるかもしれません。

三番目の娘が、就職戦線を戦う姿を見ており、地味な服装を好む私自身であるが故に感じる思いでもあるのかもしれません。

ただ、現象面で黒のリクルートスーツが目につくとしても、個々の学生にとってはさまざまな事情や理由があって、黒を選択しているように思えるのです。

大切なのは、目に見えることだけで、人なりは判断できないということなのではないかと思います。個性は、内に輝くもので、その人しかもたないかけがえのないものです。採用する側は、服装にとらわれずに学生のもつその人なりを判断し、学生の側も自らの内を磨く努力を大切にしてほしいと考えます。

確かに、内なる個性を外にも表現できる人は、服装にも自分らしさを表現できる人なのかもしれません。そういった積極的に自己表現できる個性を求める思いも理解できます。

しかし、たかが服装なのに、されど服装になってしまうところが問題なのではないかと思うのですが…どうでしょうか。

外に見えるものだけで、何事も推し量ることはできないのではないかと思えるのです。

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中学生の句が世界をつなぐ

2012-02-17 20:52:13 | インポート

新聞の県内版で、女川一中の子どもたちが読んだ震災の俳句が紹介されていました。柔らかな感性で震災の印象や思いを綴った句に、そこから新たな一歩を踏み出そうとする若く力強い思いを感じてきました。その作品がNHKのラジオ国際放送で世界に紹介され、聞いた人々から励ましの詩が送られてきました。その詩を読んだ中学生たちが、その届けられた思いを句にしました。

放送では、「見上げれば がれきの上に こいのぼり」の句が紹介され、これに続く詩が募集され、49の国と地域から約800もの詩が寄せられたとのこと。そのうち25作をNHKが選び、生徒たちがその詩を七・七の形に直し、短歌に仕上げました。その作品を次に紹介します。

○ 見上げれば がれきの上に こいのぼり 涙の先に 新しいいのち

 『涙をふいて笑ってください。美しい故郷をもう一度立て直しましょう。桜はまた咲くから』 中国から寄せられたこの詩の思いを、第1句をつくった泉美さんは上記のように「涙の先に 新しいいのち」と詠み直しました。「新しいいのち」は、春に咲く桜の花でもあり、故郷の復興を願い新たな思いで歩んでいくという決意でもあるのかもしれません。涙の先に希望を見出す若さに頼もしさを感じるとともに、詩を書いた人の温かい励ましに心が打たれました。

○ 見上げれば がれきの上に こいのぼり 風が吹いたら 必ず逢える

 『こいのぼりがはためく 心に風が吹くところで 誰かがあなたを待っている』 中国から寄せられたこの詩を読んで、作者の日菜さんは津波で亡くなった人々を思い、かわいがってくれた親類の老夫婦への思いを込めて「風が吹いたら 必ず逢える」という句にしたそうです。風が吹くところで笑顔をいっぱいにして待っていてくれるのは、優しい老夫婦なのでしょうか。心の中に確かに生きている人々との思い出を、これからも大切にしていくのでしょうね。そして、もしかすると夢や希望を与えてくれる誰かが、未来で待っていてくれるのかもしれません。詩を書いた人は、風を受けて元気にはためくこいのぼりを、子どもたちの未来と重ねて見ているのかもしれないと思いました。

○ 見上げれば がれきの上に こいのぼり 希望をもって 明日へと泳ぐ

 『明日は現実になる 夢のこいのぼり』 この詩は、内戦が終結したスーダンから寄せられたとのこと。スーダンの人々は、同じ国民同士が殺し合う内戦という悲劇が終わることをどんなに待ち望んでいたことでしょう。平和がやっと訪れたことの喜びがあるからこそ、夢が現実になることを実感されたのではないかと思います。その思いを汲み取った作者の健斗さんは、「自分の目には映らなくても、明日は町のどこかが再生している」と感じ、「希望をもって 明日へと泳ぐ」という句にしたようです。南スーダンでは、食料事情が悪化し、餓死者も数多く出ているようです。新しい国づくりを進めていく困難さは、震災から再興を目指す被災地と共通するのかもしれません。明日を信じ希望をもって生きることの大切さを、強く感じました。

○ 見上げれば がれきの上に こいのぼり 忘れないんだ あの太陽を

 『忘れないで どんなに夜が長くても また太陽がのぼること』 メキシコから届いた詩です。作者の優太さんは、この詩を読んであの日を思い出しました。震災当日の空は暗くそのまま変わらないのではないかと思えた。だが、数日後の暖かな日差しに「いや変わるんだ」と奮い立つことができたとのこと。その時の思いを込めて「忘れないんだ あの太陽を」という句を書いたそうです。太陽は、希望そのものでもあるのですね。夜が長ければ長いほど、辛いことが多ければ多いほど、太陽の存在を忘れてしまうのかもしれませんが、それでもいつかは太陽がのぼる日が来るということを、忘れてはいけないのですね。太陽は、希望であり未来を照らす光であるということ。また、未来をつくる子どもたちの存在自体が、太陽そのものであるのかもしれません。

○ 見上げれば がれきの上に こいのぼり 祈りが届いた 遠い被災地

『可愛い子どもたち 毎日祈っています 健やかでありますように』 ミャンマーから届いた詩です。温かな呼びかけをうれしく感じ、作者の望月さんは「祈りは被災地のみんなで受け取りたい」と考え、「祈りが届いた 遠い被災地」という句にしました。国や地域が異なっていても、人が人を思う気持ちに、国境はないことを痛感します。女川の子どもたちの思いは、世界中の人々の心に届き、届いた思いが詩としてまた女川の子どもたちの心に届き、その届いた思いが短歌となって詩を書いた人に届けられる。

女川の中学生の心が世界をつないだ 感動的な出来事だったのではないかと思います。

国境を超えた人間としての温かい心のつながりのすばらしさを痛感します。

 

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