尾園先生の初級サンスクリットは、少しあとから当日の板書をGoogle Driveで配信してくださるので助かります。
その板書にあたる部分はワードで入力するところを画面で見ることができるので、ノートを作る過程を知ることもでき参考になります。
東大系に多い早口ではなく、静かにゆっくり語られるのも特徴で、惹き込まれるのはまちがいないですが、なにしろ私自身の頭の中が「空」なのでどうなることやら。
「大乗起信論」もZOOMで受講中ですが、これもじわじわとハマってくる内容です。
とにかくさっぱりわからない。
途中ウトウトするとどこまで進んだのかわからず、先の方を探しまくってようやくたった数行しか進んでいないのに気づくとか。
橘川先生は授業の終わり頃にひとりずつ指名して、なにか質問は?と問われるので、その時間が緊張します。
テキストは岩波文庫の『大乗起信論』(宇井伯寿・高崎直道)ですが、これだけ見ても絶対何がなんだかわからない。
そこで高崎直道『大乗起信論を読む』(岩波セミナーブックス)と竹村牧男の『大乗起信論を読む』(春秋社)をそれぞれ図書館から借りて読むことにしました。
岩波のほうはおもしろいと思います。
購入したいのはやまやまですが、定価が1900円なのに中古価格で5000円以上もするので難しい。
市立図書館に聞いたところ、つぎに予約者がいなければ続けて借りることができるというので、がんばって借り続けます。
その本の中に作者が平川彰『大乗起信論』(大蔵出版)がわかりやすい、と薦めているので、これは早速「日本の古本屋」に昨日注文したのですが、もうレターパックで我が家に届きました。
どこがわかりやすいのか、ぎっしり字が詰まっていていますねえ。
チベット仏教の西沢先生もおっしゃられているのですが、チベットでは大乗仏教を20年学んでから密教に入る、ということです。
教える師匠がいて、勉学に励む仲間がいて、環境の整ったところで僧侶になっていても20年ですよ。
私が密教をわかるわけがないじゃないですか。
まして大乗仏教がなんたるかもわかっていません。
そういう反省から時間的余裕もないのに『大乗起信論』など読もうとしているわけです。