春夏秋冬

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ときどきつぶやいています
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バイクとさようなら

2022年02月28日 | 日記

三日月というとふつうは夕方西の空に出て、そのまま2時間位で沈んでしまうものですが、午前5時にふと外を見ると、眉のような細い三日月が右側が空いている(西の空では左側)状態で美しく輝いていました。

写真では不鮮明ですが、肉眼ではもっと細くて長い弧を描いている。

またその上にある星はなんだろう。

 

今日は2月最後の日。

20年間愛用のバイクとお別れしました。

なんだか可哀想で見ていられない。

つくもがみが乗り移っています。

このバイクはHONDAリード100ccで、二人乗りができるんだけど、ついに一度も実行しなかったのが心残り。

東海地震が来る来ると騒ぎ始めた昭和40年代なかごろに、こういうのに乗れれば災害の時に便利かと思ってわざわざ教習所へ行って自動二輪(小型)の免許を取り、あれから50年!

ついに東海地震はこなかった。

実際にバイクを購入したのは2001年ごろで、最初からエンジンのかかりが悪くあまり調子がよくはなかったのですが、13年くらい経ってからリコール対象されているのに気づいて大幅にフレッシュアップし、それからは時々乗るようにしていました。

しかしよる年波に勝てず、行きはよいよい帰りは怖い、いったんエンジンを止めるとかからなくなってパニックになります。

もう潮時だと観念して本日廃車することに決定。

廃車直前、あてもなしに近くをぐるっとまわり、気が向いたので2kmくらい離れたところに住む高齢(94歳)の一人暮らしのおともだちの家に寄りました。

すごく元気で、突然の来訪を喜んでくれ、もう握った手を離さない。

それでもあのバイク、いったんエンジンを止めると起動しなくなる恐れがあるので、またの訪問を約束して立ち去りました。

もう少し若かったら、新しいバイクに買い換えるんだけど、絶対誰からも反対されるに決まっている。

うちにあっても1ヶ月も使わないこともあったのに、いざいなくなると本当に寂しい。

 

昼はドリプラの戸隠蕎麦に行きました。

なんと、偶然ですが、本日を持って閉店ですと。

ここの「天磯おろし」は美味しいんですよ。

行きつけの店が次から次へと閉店していく。

中華料理の蘭蘭、鳥坂の魚がし鮨、絶品魚料理の魚政、これでついに戸隠も。

あと残っているのは、ハンバーグのさわやか、とんかつのかつや、この2店。

がんばってください。

というか、さわやかは以前とまったく変わらず大人気、かつやも十分繁盛しているようです。

 

 

 

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阿頼耶識?

2022年02月27日 | 日記

今朝NHKラジオを流し聴きしていたとき、女性の評論家が高齢者の終活について意見を述べていた。

耳に残ったのはわずかだが、高齢者が住む家の始末をのちのちの子孫に手間をかけさせないため、最後はマンションに移って相続の暁にはとりあえず賃貸に移行することを視野に入れたほうがいいとか。

これは財産相続を受ける立場からの一方的な見方で、高齢者のことをまったく考えていない。

何十年と住んでいる家の場合、真っ暗闇でも距離や方角、段差など熟知できていてなんの不安もない。

長い年月のすべての出来事がこの家とともに阿頼耶識の奥底に蓄積されている。

そういう場所を放棄して高齢になってから環境を変える(施設へ入るのも同じ)ことは百害あって一利なし。

こういうことを考えるこどもがいたら悲しいね

断捨離というけれど、あれはみんな記憶の蓄積場所である阿頼耶識のようなもの。

全部始末したらあとはあの世へ行くしかない。

多少風通しをよくする程度にはがんばらないといけないけど。

 

サンスクリット中級のテキストがドライブにアップされていて、それを印刷すると、デスクトップ2台のそれぞれでフォントが違っている。

Win7とWin10の違いだろうか。

7のほうではデーヴァナーガリーのnaの字体が左端に○がついているのになっていてこれは見やすくてペンでも書きやすい。

10のほうはふつうのいわば明朝体のようなきれいな文字であまりおもしろくない。

7のほうの字体の名称と入力方法を解明したいと思います。

 

 

 

 

 

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サンスクリット中級、大乗起信論

2022年02月26日 | ZOOM

大乗起信論、来年度の計画(プラン)を発表。

4月からはまた「大乗起信論」を最初からやり直すことになったそうです。

私にとってはまことに有り難いことで、この1年間、参考書をいくつか読んできたので、あらためてやり直すことができるのはうれしい。

授業形態もハイブリッドで実施してくれるそうです。

たまには東京へ行ってじかにお話を聞くのも可能性としては残っています。

はじめの頃は新幹線通学が当たり前、くらいに意気込んでいましたが、昨今の世界的な時事問題を思い巡らせると、そんな悠長なことは言っていられなくなりそうです。

物価が上がり、年金の実質的な目減りがあり、同世代がつぎつぎに健康上の問題を抱え始め、いつ我が身がそうなるか一瞬先もわかりません。

きょうもまた一番先に指名があって、参りました・・・

 

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野鳥の水浴び

2022年02月23日 | 日記

この野鳥の名前はなんでしょう。

大きさは鳩くらい。

全体が灰色で白がまじっている。

もしかしてシロハラ?

彼らは交互に水に飛び込んで水浴びを繰り返し、飛んでいった。

この水槽はやがて蓮の茎が伸びてきて葉に覆われる。

野鳥は目白くらいしかわからなかったのですが、最近、よく見かける鳥が「オオアカハラ」だと思っていたけど、もしかして「モズ」の間違いかも。腹が赤くて両脇に白い丸模様がある。

緑梅。

 

 

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サンスクリット初級、チベット仏教

2022年02月19日 | ZOOM

サンスクリットは難しいの一言。

さっぱりわからない。

受動態とか命令形というような英語に出てくるのは理解できるけど、アオリスト、重複完了なんて言われましてもねー。

相変わらず落ちこぼれていますが、このサンスクリットだけははしっかり有料コース(半年で11000円程度)、真面目にやらなくては(心に思っているだけ)。

それでもコロナ禍のおかげでZOOMで受講でき、毎回新幹線代が浮いて大助かり。

もうあのころのファイトはまったく消えてしまったので、いまさら東京まで勉強しに行きたいなどサラサラ思わず。

その他、午後1時から予定の「古典を読む」というのは5回で1000円くらい。

レベルが高すぎてまったく歯が立たない。

サンスクリットは難しいといっても、それなりに役に立っていますが、これだけはどうしようもないので今日は入室を諦めました。

来年度はこんなふうに手当り次第申し込まないで、少しは「己を知る」謙虚な気持ちをもって、厳選しようかと思います。

たぶん、初級サンスクリットはまた最初からやり直し、中級は考慮中(あまり手を広げすぎるのもどうかと思うので)。

短期講座で有料のがあったら、サンスクリットをからめてない、日本語だけの講義を選びます。

 

「チベット仏教入門」

西沢先生は資料をたくさん提供してくださって、お話もおもしろく仏教の根本を知るのに役立つことが多い。

河口慧海の「チベット旅行記」(じつは持っている)から「鳥葬」のところを紹介され、その内容の凄まじさにびっくり、夕飯を作るのに影響が出そうな内容です。

チベットでは火葬が一番ランクが高いそうで、ダライ・ラマとかパンチェンラマがこれにして、そのつぎが鳥葬、水葬、土葬の順。

火葬が少ないのは樹木(薪の材料)が生えていないから。

土葬は疫病で死んだ人の場合。

そういう死体を風葬にすると鳥が病気を媒介して疫病を蔓延させるから。

鳥葬はふつうに死体を置きっぱなしにして鳥に食べさせるのではなく、まずバラバラにされちゃうんです。

最後は骨をくだいて麦焦がしと混ぜて団子にして全部鳥が食べ、残るのは髪の毛だけですと。

水葬もバラバラにしないとあっちこっちでひっかかるからだそうです。

遺体を損壊するなんてそんな野蛮なことは文明社会ではできるはずがないですよねー。

肉を削いで、骨をバラバラにするのはお坊さんではなくて御坊(おんぼう)という民間人がやります。

現代でもこの鳥葬はやっているんだそうです。

先生はチベットに留学されているので見たことがあるらしいです。

河口慧海のこの本はうちにもあったのですが、先生の資料と比べると、イラストはいっしょでも文章が微妙にあちこち異なっています。

日本人の著作なので翻訳の違いであるはずはないのになぜ文章が異なっているのだろう。

 

 

 

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日中は暖かい

2022年02月18日 | 日記

ごまちゃん、ひだまりでくつろぐ。

 

ドリプラ横の岸壁から見る富士山

右の雪をうっすらかぶった山は愛鷹山かな?

 

トルコドラマの「オスマン帝国外伝4」。

皇子ムスタファが父親に処刑されて(息子の徳望、人気、軍への影響力を恐れ)、彼を慕う異母弟のジハンギルが心神耗弱して死んだ。

迫真の演技で見ている方もつらい。

このあとムスタファの幼い息子メフメトが殺され、妃が後を追って自殺するらしい。

このままスレイマン皇帝の后のヒュッレムが一人勝ちして、自分の息子が円満にあとを継ぐのではなく、今度は息子同士が争って、ムスタファに似ている勇敢で心優しいバヤジットが嵌められて一族もろとも虐殺される。

そして最後に残った酔っぱらいのセリム皇子が次の皇帝となる。

権力闘争に明け暮れたドラマでした。

 

昨晩はオリンピック女子フィギュアのフリーを中継で見ていて、まず韓国選手がトリプルアクセルを含み全部成功させて、つぎに樋口新葉がそれを上回り、ロシアのトルソワが超人的なスコアを叩き出し、坂本花織がトリプルアクセルもなしにロシア以外では高い順位に入った・・・というところまで見て、あとはもうロシアの二人だけなのでメダルは絶望だと思ってテレビ観戦をやめた。

そのため、ドーピング疑惑のワリエワが失速するシーンを見ることができなかった。

 

 

 

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3科目はきつい

2022年02月12日 | ZOOM

午前中、「仏教世界を歩く」

中国人の先生による中国仏教のお話。

真実味があり、大変興味深い。

午後、「サンスクリット中級」

今日の一偈、というのが好きで、そこだけは音声をメモしてあとから復習するつもりですが、その他の文法はじつにまったくわからない。

基礎ができていないとどうしようもないかも。

午後3時半から5時半まで、「涅槃会」、「蘇るブッダ 近世の仏教(末木文美士)」という特別講義。

これだけ授業が続くとたまりません。

体のふしぶしが痛みます。

高田良信『高田長老の法隆寺いま昔』に、師匠から言われた言葉として「人間、一生勉強や。くよくよせんと死ぬまで勉強せえ」と書かれています。

多川俊英『唯識入門』の中で、林家正蔵の芸談として、「人間いつも勉強していたら、こわいものなどありません」という言葉が載っています。

つねに目標をもってコツコツやっているしかないですね。

 

 

 

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阿頼耶識、末那識

2022年02月10日 | 日記

県立図書館の本棚で多川俊英『唯識入門』春秋社を見つけて借りてきて読みました。

著者は学者というより興福寺管主をされた方なので、唯識専門であることは間違いなく、学者の本と違って「どこそこからの引用」というのがほとんどなくてとても読みやすかった。

その中で「阿頼耶識」というものについて、私がイメージしていたものがまるで間違っていたことに気づいて愕然としました。

末那識という言葉も知りました。

この本は役に立ちそうです。

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「サンスクリット初級」「チベット仏教入門」

2022年02月05日 | ZOOM

「サンスクリット初級」

一言で、難しい・・・・・

次年度はまた受講してそれで駄目ならまたさ来年もやるしかない。

「チベット仏教入門」

受講生が23名程度あって、実際に先生から指名されるのは5,6人程度であるのに、また当たってしまった。

ほかは立派な意見を述べられる人たちなのだが、私はといえば、「世界ふしぎ発見!」の野々村真くん状態であり、「聞思修(慧)」の「聞」の段階でストップしています。

だから聞いているだけで十分なんですが、なんでこうも当たってしまうのかしらねえ。

思い当たることといえば、ZOOMに入るときにけっこう早く入室しているので、もしかしてリストの上のほうに載ってしまっているのかなあ。

これからは始まるぎりぎり直前に入室しなくては。

柳田国男の『先祖の話』がおもしろいらしいのでアマゾンで注文しました。

授業中に紹介される本は、1000円前後だったら図書館で借りたりせずにさっさと注文。

前回、中村元『ブッダ最後の旅』というのは買わずに借りて読めばよかったと思っています。

「蘆舌」

稚児舞楽の個人練習は毎日やっています。

蘆舌にはめるセメという竹でできたパーツですが、ふくらみが減ってぺったんこに近くなるとはまらなくなるので、両脇から圧力をかけてひろげます。

その作業をペンチを使ってやってみたら、あまり力をいれなくてもできた!と思った直後、ペンチが強すぎてセメが傷んでしまいました。

やっぱり手でそっとがんばるしかないようです。

 

 

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篳篥の調整

2022年02月03日 | 雅楽

2年連続コロナのために稚児舞楽奉納に参加できなくなっていました。

1年目はそれでも神主さんだけが演奏するのを観に行ったけど、2年目(昨年)はそれもしなくなり、ついに今年は私の年齢が危険水域に達するのでもう諦めていました。

しかし、2022年1月(つい最近)に浅間神社稚児舞楽が国の重要無形民俗文化財に指定されたというニュースが新聞に載り、よしこれで動く!と思って活動再開を期待して、篳篥の調整を開始。

長い間蘆舌にふれることがなかったので、新品でありながら縦に亀裂が入ってしまったのもいくつかあり、どれがどれだか選ぶのが大変。

篳篥本体は本管が1つ、樹脂管が3つあります。

音の出る出ないは本管かどうかではなく、蘆舌のよしあしにあると思うのですが、息を吹き込むと楽に豊かな音が出るのがあっても、音程が合わないとどうしようもない。

昔は低めの音が出なくて困ったことが多かったのに、今回は音が低すぎるパターンでそれも困っています。

巻く紙の厚さを変えるとか、セメの圧力を調整するとか、いろいろ悪戦苦闘していますが、これでよしと思ったのに翌日になると駄目だったり、篳篥の難しさここに極まれり。

演奏するより前にこの音程音量の調整で四苦八苦しています。

根が単純なので、ひとつ希望(やりたいこと)が見えてくると、いままで修論の壁に悩んでいたのが雲散霧消し、雲間から日光が差し込んできたような気分です。

後で気がついたこと

音が低めに出るのは紙が厚く巻いてあって下へおりないのが原因だと思いこんでいたけど、じつはセメの圧力によって変わるということがわかった。

セメがきついと音が高くなる。

きつすぎると開口部がより薄くなって今度は音そのものが出なくなる。

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