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農業の現場の おはなしなどなど。

“多様性に富む”農業経営のかたち。

2011-12-31 11:38:35 | Weblog
“多様性に富む”農業経営のかたち。

新潟日報の編集委員をされていた望月迪洋さんが、昨年9月の農業新
聞に「夏の記憶」と題したお話を寄せておられました。
8反の田んぼの稲作農家だったというご実家の農業を手伝っていたと
いう子どものころのお話です。
お話の中の昭和30年代の、平地の平均的な農家であろう望月家の営
農状況には、次のようなものであったのだそうですよ。

 

トマトスイカ、ダイコンや鶏卵などは早朝、母が町で売り歩いた。
 コメにムギ、ソバといった穀物から、カキやクリにイチジクも栽培
 し、作物の収入のない冬はワラ縄をなったり、コメ俵作りが父の日
 課だった。またが一頭いたので、早朝に父が田のあぜ草を刈って
 いた。ほかにはニワトリを100羽ほど飼っていた」

と、いうもの。小規模ではあるけれども複合経営であったことがよく
わかる話ですね。

そしてこのような形態の農家の子どもであった望月さんの、夏の日課
は・・・

早朝に父の刈った草をリヤカーでかき集めて、浜辺に干す。草履や
 握り飯の包みとなる〔現金収入が見込める〕竹の皮をあつめ、これ
 も浜辺に干す。夕陽の落ちるころになると、カラカラに乾いた浜辺
 に広げた草を納屋に納め、乾していた竹の皮を集めて家にかえる


と、いうような1日であったそうです。冬を除いて、両親と朝食を
いっしょにとったことはなかったことも思い出
であったと書かれて
いるのが、とても印象的でした。

これが、50年前の日本の平均的な農家のひとつのかたち。。
このような町場に近い農家の実体験も、じつに“多様性に
富む農業形態”
であったのですね。

現代の、イナ作だけの農家や、大規模畜産農家、ハウスや果樹の農家
といった大量生産・大量消費に適合した専業の農家の経営形態と大き
く異なっていたことに、改めて気づかされた次第です。

大規模化や専業化の営農スタイルとともに、今回の望月家の営農スタイ
ルも、〔とくに都市近郊での営農として〕これからはありだなと思いま
したよ。


▼ 日本の集落はいろいろな農家で成り立っている は、 こちら

51P4M6yKWYL__SL500_SS75_.jpg 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染