脳脊髄液減少症患者のつぶやき、「とりあえず、生きてみよか・・・。」

過去から現在へ、脳脊髄液減少症、体験克服記。

不思議な症状の組み合わせ

2008年05月25日 | 症状の説明
絶好調だった日から、
体調が下り坂です。

動きすぎたのか、
天気が崩れてきたせいか、

特に昨日は朝から体に力が入らず、
一日不調でした。

でも、きのうはひとつ、いい事がありました。

いちご赤福を、
作って食べたことです。

作ったといっても、

ただ、いただいたおみやげの伊勢名物のあの赤福に、
いちごをのせる事を思いついただけですが・・・。

いちごの甘ずっぱさと、
赤福の味わい深いあんこと、やわらかなおもちの、
素敵なハーモニーは、

いちご大福そのもの・・・。

おもちと、あんこと、いちごという
同じものの組み合わせだから、
同じ味わいなのは当たり前ですが、

赤福のあんこは、また普通の大福とはまたちがって上品な味だし、

赤福のおもちは、普通のだいふくとちがって、塩気も感じないし、
取り粉もついてないから、

お口の中でのハーモニーは、とても新鮮な味でした。

みなさんも一度おためしあれ。

ところで
いちご大福ならぬ、
いちご赤福を食べて幸せを感じた時
同時に、

脳脊髄液減少症の症状の、不思議な組み合わせについて
あらためて感じました。

というのも、
いちごとあんことおもちの微妙な味を感じとれた前日、

体調が良かったのに、味覚障害を感じていたからです。

具体的には、
昨日は不調な一日でしたが、
いちご赤福の味わいを感じ取れました。

おとといは体調はよく、
なんとか起きて一日活動できましたが、
カップ麺のカレー味すら感じ取ることができないほどの味覚障害が出現しました。

体調がいいのに味が感じられなかった原因として、
想像できることは、
限界まで起きて動いた後で食べたため、脳が下垂してしまい、
機能障害を起こしたのかもしれません。

昨日は体がだるく、手足に力が入らず、不調でたびたび横になっていて、
横になっていた直後に、起きて、
赤福にいちごをのせて食べたので、

脳が比較的いい状態で、微妙な味のハーモニーが
感じ取れたのかもしれません。


長年自分の症状とつきあって、観察していると、
その一見不可解な症状の組み合わせにも、
意味があるのが見えてきたりします。


動いて、疲れきって、
カレー味のカップめんを食べた時、
全く塩気が感じられなかったのです。

こんなことはよくあるので、慣れていますが、
体が塩分を欲していて、塩気がたりなく感じることもあるので、

カップ麺に塩をひとつまみ入れてみましたが、
味けなく、
さらに塩を足しても、塩味を感じず、

「やはり、味覚障害 」と、あきらめて、
味けない思いをしたまま、食べました。

その日、その時間の状態によって、さまざまな症状が、
さまざまな組み合わせで、出たり消えたりするのが、
脳脊髄液減少症の特徴だと思います。

これは、おそらく、私ひとりの症状ではないと思われます。

主治医も、「回復期には、脳脊髄液の増減により、症状が出たり消えたりする。」
というようなことをおっしゃっていましたから・・・。

医学的な詳しいことはわかりませんが、
私の体感では、
日々、刻一刻と、脳脊髄液の量は変化しているのかもしれません。
私の場合、脳にとっていごごちのいい脳脊髄液の量を
まだ常に維持できない体なのかもしれません。

もしかしたら、まだ漏れているのかもしれません。

症状の組み合わせはさまざまです。
必ずしも、全身状態の不調時に、その他の症状がすべて悪化したり、
かならずしも、
ある症状が同時に出るとは限らないのです。

症状の組み合わせは日替わり、時間がわりによって変化することもあります。

だるさ、痛さ、脱力、呼吸困難など体幹の症状があっても、

味覚障害や触覚障害、
視覚、嗅覚、聴覚など、感覚障害がひどくでないこともあるし、

その逆で、全身状態は比較的良く動けるのに、
感覚障害が強い日もあります。

つまり、体がしんどいだるい、イコール、感覚障害も不調とは限らず、

痛みやだるさやシビレや、感覚障害や、
さまざまな症状が、

いろいろな組み合わせで出現するのです。

体がだるい、苦しいから、その他の症状もひどいとは限らず、
こういう症状の不可解さも、
周囲に理解されにくい特徴だと思います。

体調がよく、起きて動きまわっていた後に、味覚障害を感じ、
体調が悪く寝込んでいる時に、繊細な味覚がもどる、なんて

同じ体験のある患者さんにしか、
私が何言っているのかわからないかもしれません。

ましてや患者の話を真剣に聞こうとしない、想像力もない、
病気をしたこともなく、病人の苦しみを感じるセンサーもない、
健康で元気な否定派先生方には

私が何言っているんだか、まったく理解できないかもしれません。

本当に、人に理解してもらうのが難しいことばかりです。
ましてや、健康な人には、
脳脊髄液減少症の症状は、想像もできない世界だと思います。

でも、その健康な人にわかってもらわなければ、
伝えなければ、
同じことが繰り返されてしまうと思うから、

私は健康な方がたにもこの病態を知って、
力を貸してほしいと思っています。

思うように動けない、訴えられない患者だけでは、
どうにもならないことが多すぎるのです。

どうか助けてください。

症状が出たり消えたり、
さまざまは組み合わせになったりするこの病態の特徴が、
理解されない一原因でもあると思っています。

症状が出たり消えたりするからこそ、
気のせいとか、精神的なものとか、
ストレスのせいにされやすいのだと感じます。

異常を感じていて受診しても、
受診した当日、その時間に、いままでの症状が治まっていることもあるのです。

いくら医師に「ろれつがまわらないんです。」と訴えても、
「今あなたきちんとしゃべれているじゃない。」と言われたりします。

「動けないほどだるいんです。」と訴えても、
「ここまで運転してこれるんだから、たいしたことないね。」と言われてしまいます。

「もの忘れが激しいんです。」と訴えても、
「あなた、先週受診したのを覚えていますね。」と言われてしまいます。

そういう長期記憶でななく、短期記憶が消えてしまうのに・・・。

さまざまな症状の組み合わせを、片っ端から医師に訴えようものなら、
「不安神経症」や「心気症」扱いされます。

症状が治まった時にしか、受診したり、医師に相談できないし、
たとえ、不調時に必死で受診しても、
どうみても、元気そうに見えてしまうのが脳脊髄液減少症なのです。

ましてや、そんな深刻なさまざまな症状を抱えて、
自殺も考えるほどに苦しんでいる人間には
さらさら見えないのが、脳脊髄液減少症の怖いところです。

医師にもなかなか理解されないし、
精密検査で感覚の異常を捕らえようと検査しても、
異常をとらえにくいのも恐ろしい特徴です。

医師が異常なしといえば、
周囲によけいに、「ほらやっぱり、気にしすぎ、」などと言われ、

「都合の悪い時だけ症状が出る」と誤解されたり、
仮病扱いもされるのだと思います。

本当に、病として認められることすらが難しい病です。

数々の深刻な症状を世間にまったく理解されず、
長年ほったらかしにされ続けてきた、脳脊髄液減少症。

この間、どれだけの患者が、思考力低下や判断力低下の症状で
不慮の事故で命を落とし、どれだけの患者が
家族や医師の無理解に絶望し、仕事や家族を失い、

経済的に追い詰められ、死に追いやられたことでしょう。

今まで、脳脊髄液減少症に殺された方がたは、相当数にのぼると思われます。

表に出ていないだけで、
社会に知られていないだけで、

自殺、事故死扱いされている方の中に、
絶対、「脳脊髄液減少症に殺された方がた」が混じっていると思います。


幸い私は、今まで、何度も何度も
脳脊髄液減少症という見えない犯罪者に殺されそうになりながらも、

いつも危機一髪で逃げおおせ、

最近になってやっと、
先輩患者さんたちのおかげで
マスコミ報道で、自分の苦しみの真の原因に気づき、

詳しい検査を受け、治療をうけここまで回復してこれました。

そして、
やっと今までの不可解な症状の謎が解けた思いです。

だから、この病気に長年振り回された患者だけが気づける、
気づきがたくさんあります。

その気づきをお伝えしたくて、
こうして今まで必死でブログを書いてきました。

似た症状でも、
まったく別の原因で起きていることがある、ということ、

「治らない」と思われていた症状が、
まったく別の視点からの診断や、別の病名からの治療により、

「治る場合もある」、ということを、
一人でも多くの方がたに知っていただきたいのです。

私は今、
ブラッドパッチ後、
今も、さまざまな症状が出たり消えたりしながらも、
それでも、
全体的に症状は軽くなり、起きて行動できる時間が延びています。

やれることが増えています。

これからも、この症状の波をうまく乗りこなしながら、
少しずつでも前にすすみたいと思います。

いちご赤福を思いついてみたり、
ヒラメキを実行して、その味に感動してみたり、

不調な一日の中にも、
ちいさな幸せはあるものです。

日常生活の中にも、
楽しいこと、素敵な事が、
宝石のようにちりばめられています。

これからも、
あきらめず、小さな宝石のようなささいな日常の幸せを探しながら、自分をなだめ、励ましながら、

与えられた人生、運命を生きぬいていきたいと思っています。






赤福さんへ・・

伊勢名物、赤福、
とてもおいしくいただきました。

いろいろつらいことの多い病人にとって、

おいしいものを、「おいしい」と感じられることは、
幸せなことだし、
明日を生きる力になります。

日付の入った店主の「伊勢だより」のしおりは、
印刷とはいえ、ちょっと驚きました。

しおりには、
決意がこめられているように感じました。

なるべく売れ残りを出さないように、
無駄をださないように、
原材料を大切にしてください。

そうすれば、
消費者に正直な、いい商売が
自然にできるのではないかと思っています。

創業1707年からの、300年続いた老舗の味を
守ってください。

応援しています。

赤福食べて、

伊勢まいりにつめかけていた、昔の人々に思いをはせて、
いつか私もお参りに行きたいと思いました。

これも、また生きる意欲につながりそうです。

ありがとうございました。
コメント (3)
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