最近は同病の方がブログに訪れてくだってるので以前よりは、キチンと経過や真意を正確に伝えようと思いながらアップしています。ただ正確に伝わっているかどうかという問題に加えて、文章が長くなりすぎて自分でもタメ息まじり。まわりくどくてゴメンなさい
さて今回の受診では今後のアタシの経過について聞いてみました。
いつまでものほほ~んと無職でいるわけにはいきませんから。いつか貯金だって無くなるもの。働かないと~!
じつはアタシできることなら元の職種で再就職したいと考えています。今まで「2年はのんびりね」と百合ママに言ってもらっていたので就労については一度も医師に突っ込んだ質問したことはありませんでした。元職は介護職。母に「介護はヤメテ!」と以前から懇願されてるし、これで医師にまで無理と言われたらと思うと…話題にしたくなかったんだねアタシ。現実逃避 知らないふり~分からないふり~。
術後1年経ち、現時点で介護職として働けるかというと自分でも無理だと思う。自分の骨が潰れるだけならまだしも人様の骨を潰すわけにはいきませーん!ヘルパーの家事援助なら内容を選べばできると思うけど そんな条件のアタシを雇ってくれる事業所なんて無いちゅーの
まぁ つまり1年経って術前と術後では何か変化したかと言うと状態はほぼ一緒。でもアタシのように病型がCの患者は発症早期の2年ほどで圧潰が確認される場合が多いことを考えると現状を維持できていることは本当に嬉しいことです。
じゃあ あと一年後と聞くと「この先 骨頭の圧潰が無く修復層が順調に広がれば…もしかして」といつも以上に歯切れの悪いY崎Dr。いつもマジメで丁寧で慎重な人だ ハッキリ言えないんだね。これは経過待ちの症例が多いため仕方ないです。断言しずらいね。
じゃあ あと二年後ならど~だ~っ。「圧潰無ければ たぶん大丈夫」との言葉をいただいたような気がします! 言葉を濁されたような気もするけど。もしくはアタシが聞きたい言葉だけ無理やり誘導尋問しただけかも
アタシだってね~事務職でとは言いたかったのよ。センセ。でもアタシの年で資格の無い事務未経験者で病気(SLE)持ちだと分かって雇ってくれる座位仕事があるなら教えてよ~ アタシの持ってる資格も経験も全部“足”が命なんだもん つぶしがきかない資格ばかりなのよっ!
はっ! 経過の予測があやうくグチに…。
とにかく「この先 骨頭を潰さず あと2年(術後3年)経過すれば なにしても大丈夫な段階になるだろう」とのことでした 感動。
仕事ウンヌンはともかく足のことを考えなくていい日が遠くない将来くるかもなんて。骨切り回転や人工関節や再置換など考えていた日々が遠い過去のことになるかもしれないなんて
「良い結果を残せるよう ゆりりんさんには期待してるんです」と言ったときのY崎Drのお目々はキラキラと輝いていました。コレかなりアタシには有効です。根がマジメだから期待されると頑張っちゃうのだ といっても大雑把なO型のアタシ。ノド元過ぎればすぐに熱さを忘れるから これからも輝くお目々で引っ張っていってくださいね♪
広大での単核球移植術は、いまだ経過観察期間が短く治療としての効果について現時点では学会でも賛否両論のようす。まだまだアタシ自身ハッキリした結果が出る前である以上、同病の患者さんへ自信を持って「移植術を選択肢の一つに!」とは言えません。適応や細かい術式も今後も変遷をたどる可能性が予想され、良い経過がでる適応条件なども絞り込まれてくるでしょう。
すでにアタシが手術を受けた時点と比べると入院期間も短くなり、細胞の移植場所も少し変っているようで先生たちも日々考え検討しているのだと感じます。手術を受ける前は“臨床試験なんて何されるか分かったもんじゃない!”と思ったりもしたんですが、大げさに言えば今は一緒に同じ目的に向かって共同作業をしている感じデス。
広島大学での臨床試験結果を待つ同病患者さんには今しばらく温かい目で治療経過を見守っていただけたらと願ってやみません。
ただ見守っている間に「適応条件を外してしまったじゃないか!」という事態があるかもしれないことだけが気がかりなのです。気になる方は病型・病期・年齢・発症時期などを添えて広大へお問合せなさってみてくださいね。適応があるということでしたらMRI画像を持って受診し十分な説明を聞き検討しても良いのでは?とは思っています。
IONの診断を受けてから約1年8ヵ月。長かったような短かったような日々でした。臨床試験を受けたことについては自分はともかく、家族にも心配&迷惑をかけ通し。もちろん広島大の股関節班の先生たちはじめ浜ちゃん先生にI賀先生に愛媛大のM島先生にも心配かけ相談にのってもらい、訳の分からない素人質問にも真剣に向き合ってもらってます。もちろん会ったこともないお花友だちや同病の方たち いつも励ましてくれてありがとう!
あたしってアタシって絶対に幸せ者だー
あと1~2年くらいヘッチャラよ!自分の足で走れるようになることだけを考えて無理せず過ごしていこうと思います。あと1年したらユリッペと散歩に行きたいなっ ねっ
ありり…そう言えばアタシの免荷のはなしはどーなってるのかな
一応 片松葉杖の指示が残ってるんだけどナゾ。使わなきゃダメなのかしら?? 痛いときと外出のときは一応T字杖使ってるけど普段は免荷してないアタシ。松葉は無理じゃ。松葉杖使ったら家事できんもーん。今は痛いからT字杖使ってるし まぁイッか
次の広大受診は2月でーす
えっ 他になにか耳寄りな話はなかったのか ってありました。
あるんです 前回のビスフォスフォネート療法の紹介では反省することも多かったのでウラを取ってからです。月曜にはアップしたいな~と思っていますから お待ち下さいね♪このときにアタシの壊死体積率も書くことにします。すっかり忘れてましたから
また立ちはだかる保険診療の壁なのだ
そういえば先日待ちに待った判決が出ましたね。厚労省が提訴(当たりまえか )してしまったから上級審まちですが、舛添厚労相には頑張って混合診療解禁のさらなる道筋をつけていただきたいと思ってます。
今回は瀬戸大橋ルートを選択。左は讃岐富士。右は瀬戸大橋です いままでしまなみ海道をメインに使ってたのよ。地図見ても広島まで近いでしょ。ところが瀬戸大橋使った方が速いことが発覚。100㌔くらい走行距離は長いのに時間も運転の疲労度も全然違います。しまなみ通ると片側一車線なのに50㌔で走る軽トラとかいるんだもん。追い越せないのだ~~
残すは明石海峡大橋の画像だな。再来年は甲子園だぞ ゆりりん 行けるといいな♪
カッキーン
さて今回の受診では今後のアタシの経過について聞いてみました。
いつまでものほほ~んと無職でいるわけにはいきませんから。いつか貯金だって無くなるもの。働かないと~!
じつはアタシできることなら元の職種で再就職したいと考えています。今まで「2年はのんびりね」と百合ママに言ってもらっていたので就労については一度も医師に突っ込んだ質問したことはありませんでした。元職は介護職。母に「介護はヤメテ!」と以前から懇願されてるし、これで医師にまで無理と言われたらと思うと…話題にしたくなかったんだねアタシ。現実逃避 知らないふり~分からないふり~。
術後1年経ち、現時点で介護職として働けるかというと自分でも無理だと思う。自分の骨が潰れるだけならまだしも人様の骨を潰すわけにはいきませーん!ヘルパーの家事援助なら内容を選べばできると思うけど そんな条件のアタシを雇ってくれる事業所なんて無いちゅーの
まぁ つまり1年経って術前と術後では何か変化したかと言うと状態はほぼ一緒。でもアタシのように病型がCの患者は発症早期の2年ほどで圧潰が確認される場合が多いことを考えると現状を維持できていることは本当に嬉しいことです。
じゃあ あと一年後と聞くと「この先 骨頭の圧潰が無く修復層が順調に広がれば…もしかして」といつも以上に歯切れの悪いY崎Dr。いつもマジメで丁寧で慎重な人だ ハッキリ言えないんだね。これは経過待ちの症例が多いため仕方ないです。断言しずらいね。
じゃあ あと二年後ならど~だ~っ。「圧潰無ければ たぶん大丈夫」との言葉をいただいたような気がします! 言葉を濁されたような気もするけど。もしくはアタシが聞きたい言葉だけ無理やり誘導尋問しただけかも
アタシだってね~事務職でとは言いたかったのよ。センセ。でもアタシの年で資格の無い事務未経験者で病気(SLE)持ちだと分かって雇ってくれる座位仕事があるなら教えてよ~ アタシの持ってる資格も経験も全部“足”が命なんだもん つぶしがきかない資格ばかりなのよっ!
はっ! 経過の予測があやうくグチに…。
とにかく「この先 骨頭を潰さず あと2年(術後3年)経過すれば なにしても大丈夫な段階になるだろう」とのことでした 感動。
仕事ウンヌンはともかく足のことを考えなくていい日が遠くない将来くるかもなんて。骨切り回転や人工関節や再置換など考えていた日々が遠い過去のことになるかもしれないなんて
「良い結果を残せるよう ゆりりんさんには期待してるんです」と言ったときのY崎Drのお目々はキラキラと輝いていました。コレかなりアタシには有効です。根がマジメだから期待されると頑張っちゃうのだ といっても大雑把なO型のアタシ。ノド元過ぎればすぐに熱さを忘れるから これからも輝くお目々で引っ張っていってくださいね♪
広大での単核球移植術は、いまだ経過観察期間が短く治療としての効果について現時点では学会でも賛否両論のようす。まだまだアタシ自身ハッキリした結果が出る前である以上、同病の患者さんへ自信を持って「移植術を選択肢の一つに!」とは言えません。適応や細かい術式も今後も変遷をたどる可能性が予想され、良い経過がでる適応条件なども絞り込まれてくるでしょう。
すでにアタシが手術を受けた時点と比べると入院期間も短くなり、細胞の移植場所も少し変っているようで先生たちも日々考え検討しているのだと感じます。手術を受ける前は“臨床試験なんて何されるか分かったもんじゃない!”と思ったりもしたんですが、大げさに言えば今は一緒に同じ目的に向かって共同作業をしている感じデス。
広島大学での臨床試験結果を待つ同病患者さんには今しばらく温かい目で治療経過を見守っていただけたらと願ってやみません。
ただ見守っている間に「適応条件を外してしまったじゃないか!」という事態があるかもしれないことだけが気がかりなのです。気になる方は病型・病期・年齢・発症時期などを添えて広大へお問合せなさってみてくださいね。適応があるということでしたらMRI画像を持って受診し十分な説明を聞き検討しても良いのでは?とは思っています。
IONの診断を受けてから約1年8ヵ月。長かったような短かったような日々でした。臨床試験を受けたことについては自分はともかく、家族にも心配&迷惑をかけ通し。もちろん広島大の股関節班の先生たちはじめ浜ちゃん先生にI賀先生に愛媛大のM島先生にも心配かけ相談にのってもらい、訳の分からない素人質問にも真剣に向き合ってもらってます。もちろん会ったこともないお花友だちや同病の方たち いつも励ましてくれてありがとう!
あたしってアタシって絶対に幸せ者だー
あと1~2年くらいヘッチャラよ!自分の足で走れるようになることだけを考えて無理せず過ごしていこうと思います。あと1年したらユリッペと散歩に行きたいなっ ねっ
ありり…そう言えばアタシの免荷のはなしはどーなってるのかな
一応 片松葉杖の指示が残ってるんだけどナゾ。使わなきゃダメなのかしら?? 痛いときと外出のときは一応T字杖使ってるけど普段は免荷してないアタシ。松葉は無理じゃ。松葉杖使ったら家事できんもーん。今は痛いからT字杖使ってるし まぁイッか
次の広大受診は2月でーす
えっ 他になにか耳寄りな話はなかったのか ってありました。
あるんです 前回のビスフォスフォネート療法の紹介では反省することも多かったのでウラを取ってからです。月曜にはアップしたいな~と思っていますから お待ち下さいね♪このときにアタシの壊死体積率も書くことにします。すっかり忘れてましたから
また立ちはだかる保険診療の壁なのだ
そういえば先日待ちに待った判決が出ましたね。厚労省が提訴(当たりまえか )してしまったから上級審まちですが、舛添厚労相には頑張って混合診療解禁のさらなる道筋をつけていただきたいと思ってます。
今回は瀬戸大橋ルートを選択。左は讃岐富士。右は瀬戸大橋です いままでしまなみ海道をメインに使ってたのよ。地図見ても広島まで近いでしょ。ところが瀬戸大橋使った方が速いことが発覚。100㌔くらい走行距離は長いのに時間も運転の疲労度も全然違います。しまなみ通ると片側一車線なのに50㌔で走る軽トラとかいるんだもん。追い越せないのだ~~
残すは明石海峡大橋の画像だな。再来年は甲子園だぞ ゆりりん 行けるといいな♪
カッキーン