霞が山裾を漂う。漆黒の木々が優しい真綿に包まれて、その頭上に向こう山の木立と青空とを蜃気楼のように浮かばせている。厳かな霞はたゆたう蛇のように変化して、一時も休まることはない。
冷気の静けさに体を浸しながら、私はひとつ息をつく。このところ朝に夕に、時を選ばず外に出てはただぼんやりと坐っている。気持ちがいい。なにかが私を呼んでいるような気もする。以前はパソコンを開いたり酒を飲んだりしていたはずの時間も、いつの間にやら大地や大気との出会いの時に置き換わっていた。そのためにこの春幾つかのベンチを手作りして、庭の周りの見晴らしのよい場所に設えている。
片膝を組んで喉から体内へと抜ける流れに気を留める。静かに息を吸って、吐いた。目を閉じて私は、このまま深い瞑想に引き込まれるような気がした。
何かが傍らに上がる気配がした。目を開けると猫のミーコだった。彼女は用心深い足どりで私の脚の上にのって蹲った。
どこからともなく黒猫のマスキーが現れた。彼女は間髪を入れずに膝頭で組んでいた私の手の上にのった。この家で生まれた中では一番に若い猫だけれど、それでももう充分に大きく重くなっている。二匹の猫はしばらくの間居心地のよい場所を探って体を移動してから、お互いをひとつに融合させて仲よくお休みの態勢をとった。
風向きが変わったのか、気流が微かに額にあたる。千切れた霞は頭を垂れて、里からこの家の方へと這い上ってくる。悠長でいてダイナミック。青空は既に掻き消されていて、畑が白く煙り野が輝いた。その時私は視たのだ。水の粒子が微笑みながら踊るのを。
幾千、幾万という小さな水たちが、まさに地球の重力場から開放されて、自由気ままに飛びながら予測のできない軌跡を描いた。水滴のダンス。霞は、水が踊り跳ねる姿だったのだ。これとよく似たものをいつか目にしたことがある。それは暗い闇夜や青空を背景にした時によく見えるのだが、大小の光の粒子が時に応じて萌え立ったり噴き上げたりまたは押し流されるように、大気に満ち満ちているのを見たことがある。
その時急なショックで私の目は醒まされた。いつの間にやら現れたアポロが、膝の上に自分の場所が残されてないと見るや、私の肩に飛び乗ったのだ。彼は私が畑で草取りするときなどにも、よくこのように肩に乗る。猫たちには各々小さなお気に入りの場所があるようだ。ベンチで心地よい旅を楽しんでいたはずの私は、こうしてたちまちに猫の山と化してしまった。
しばらくそのままでいたのだが、なにしろ全部で15kgもの猫の塊りを身に載せている。次第に脚は痺れておまけに鼻水も出たりして、しかしポケットのちり紙で鼻をかもうにも身動きがとれない。アポロはその体重を利用しつつ確実に領域を拡げつつあって、今では私の首の後ろに堅固な地盤を確保してしまっている。確かに彼らとともにいる喜びに比べたら、私にとってこれしきの重さなどなにほどのものでもないのではあるけれど・・・
しかしとうとう限界がきた。そろそろ家へ入って温かい味噌汁でも飲むことにする。膝の猫たちをまとめて下ろしながら私は立ち上がる。背中のアポロはずり落ちながらも私の首筋をとらえて離れない。そうして猫を背負った形のまま、私は母屋に向かって歩きだした。子守をするってことは多分このようなものかと思いつつ。
アポロはいつも、「ぼくなにも悪いことしてない」みたいな顔をしている。
冷気の静けさに体を浸しながら、私はひとつ息をつく。このところ朝に夕に、時を選ばず外に出てはただぼんやりと坐っている。気持ちがいい。なにかが私を呼んでいるような気もする。以前はパソコンを開いたり酒を飲んだりしていたはずの時間も、いつの間にやら大地や大気との出会いの時に置き換わっていた。そのためにこの春幾つかのベンチを手作りして、庭の周りの見晴らしのよい場所に設えている。
片膝を組んで喉から体内へと抜ける流れに気を留める。静かに息を吸って、吐いた。目を閉じて私は、このまま深い瞑想に引き込まれるような気がした。
何かが傍らに上がる気配がした。目を開けると猫のミーコだった。彼女は用心深い足どりで私の脚の上にのって蹲った。
どこからともなく黒猫のマスキーが現れた。彼女は間髪を入れずに膝頭で組んでいた私の手の上にのった。この家で生まれた中では一番に若い猫だけれど、それでももう充分に大きく重くなっている。二匹の猫はしばらくの間居心地のよい場所を探って体を移動してから、お互いをひとつに融合させて仲よくお休みの態勢をとった。
風向きが変わったのか、気流が微かに額にあたる。千切れた霞は頭を垂れて、里からこの家の方へと這い上ってくる。悠長でいてダイナミック。青空は既に掻き消されていて、畑が白く煙り野が輝いた。その時私は視たのだ。水の粒子が微笑みながら踊るのを。
幾千、幾万という小さな水たちが、まさに地球の重力場から開放されて、自由気ままに飛びながら予測のできない軌跡を描いた。水滴のダンス。霞は、水が踊り跳ねる姿だったのだ。これとよく似たものをいつか目にしたことがある。それは暗い闇夜や青空を背景にした時によく見えるのだが、大小の光の粒子が時に応じて萌え立ったり噴き上げたりまたは押し流されるように、大気に満ち満ちているのを見たことがある。
その時急なショックで私の目は醒まされた。いつの間にやら現れたアポロが、膝の上に自分の場所が残されてないと見るや、私の肩に飛び乗ったのだ。彼は私が畑で草取りするときなどにも、よくこのように肩に乗る。猫たちには各々小さなお気に入りの場所があるようだ。ベンチで心地よい旅を楽しんでいたはずの私は、こうしてたちまちに猫の山と化してしまった。
しばらくそのままでいたのだが、なにしろ全部で15kgもの猫の塊りを身に載せている。次第に脚は痺れておまけに鼻水も出たりして、しかしポケットのちり紙で鼻をかもうにも身動きがとれない。アポロはその体重を利用しつつ確実に領域を拡げつつあって、今では私の首の後ろに堅固な地盤を確保してしまっている。確かに彼らとともにいる喜びに比べたら、私にとってこれしきの重さなどなにほどのものでもないのではあるけれど・・・
しかしとうとう限界がきた。そろそろ家へ入って温かい味噌汁でも飲むことにする。膝の猫たちをまとめて下ろしながら私は立ち上がる。背中のアポロはずり落ちながらも私の首筋をとらえて離れない。そうして猫を背負った形のまま、私は母屋に向かって歩きだした。子守をするってことは多分このようなものかと思いつつ。
アポロはいつも、「ぼくなにも悪いことしてない」みたいな顔をしている。
それと奥羽山脈側が、いつものことながら被害が大きいです。北上山地は古くて落ち着いた山なのですね。
地震の時一関駅前にいた知人が、床屋からエプロンをつけたままの客が飛び出してきて、側の街路樹にセミのようにしがみついていたなんて言ってました。確かにまったく余震なしで来たものだから、私も驚きましたよ。
うちはテレビが無いので、こういった情報はもっぱら外から教えてもらうばかりです。一夜明けた今でも、軽い余震が断続的に起こってますよ。