阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

昭和50年代の海外あちこち記   その15        モスクワ空港の通関で係官とカレンダーの引っ張り合い。

2023年03月14日 | 昭和50年代の海外あちこち記

1)ソ連がイルクーツク港などの港湾荷役設備を、日本の円借款で買い付ける商談が昭和50年代中頃にいくつかありました。

商社経由の引合いに見積を出しておくと、ソ連の運輸省から仕様説明に来いと呼び出しがかかることがあります。

設計課の技術屋さんと商社の人で4、5人のチームを組んでモスクワへ何度か行きました。 


 モスクワへの飛行機はソ連の国営アエロフロートだとメンテが悪く、機内の冷たい風がいつも首もとに流れ、

機内食も塩味が濃いのでJALが取れるとほっとしたものです。成田からの飛行機の眼下に何時間見ても変化がない

シベリアの広大な赤茶けた泥地に、アムール川(黒竜江)がのたうつ情景は何度見てもあきることはありませんでした。

 井上靖の「おろしゃ国酔夢譚」という大黒屋光太夫を主人公にした小説で、彼ら一行がペテルスブルグの宮廷まで

この原野を沿海州から横切っていったことを読んでいたのでその上空をあっと言う間に移動するのは不謹慎な感じがしました。 


 仕事で行くようになる10年ほど前に、私的なことで3日程、モスクワに滞在したことがありましたが、ビジネスで行くとなると、

パスポートチエックの高い窓口から、こちらを見下ろすウブ毛が光る若い係官の無機質、無表情の顔に出会った時から、

早くも共産国に来たと何となく緊張します。

2)昭和50年代半ばのあの頃、通関では日本から持ち込むお客さんへの手土産が、いくつか必ず検査官に抜かれるので、

目減りする分だけ余分に持っていかないといけませんでした。特にクリスマス前の日本のカレンダーは、その品質から装飾用や贈答品として

人気が高いとのことで、トランクを開けるとカレンダーだけ探され、いつもより多く抜かれるので女の検査官と渡せ、渡さぬと

両端を引っ張りあいになったこともあります。


      鼻薬というか、アンダーテーブルというかは別として、このような検査官の行為は、マルクス・レーニン主義とは関係ない

封建社会ルーツ社会の宿痾であり、また潤滑油でもあるみたいです。 

 公務員の清廉さで言えば、交通違反の現場で警官が現金を受けとって違反者を見逃すということがない、世界でも数少ない国である日本は、

例え警察の上層部が捜査報償費の名目でやりたい放題でも、現場の警察官は現金の受取りをしない伝統を(当たり前のことですが)

ずっと続けて欲しいと念じるのみです。 ところでジャカルタ篇でも触れましたが、召し上げた現金や品物は個人で

ポケットに入れるのではなく組織でプールしておき、年末やお祭りの時に役所の安月給を補う為に役職に応じて組織内で

皆で配分すると聞きましたので念のため。


 3)ホテルにつくと各フロアーのエレベーターの前にフロントがあり、24時間人が詰めていて出入りをチエックしています。

フロントの人はこんなに肥ってもいいのかというオバサンが多かったです。(このフロアーシステムは中国でも昭和57、8年頃までの

北京飯店や友誼賓館でも同じでした。)パスポートをフロントに渡してからチエックインの手続きをし、半日くらいして返されます。

パスポートを持っていかれるというのは何度経験しても手元に戻るまで落ち着かないものです。 

どこの国でも荷物の整理が済むと誰かの部屋に集まり、最初は商社の担当駐在員からその国の仕事の心得のオリエンテーションが

あるのは同じですが、ソ連の場合は内容がかなり違いました。

(1)商談が始まると、どの部屋で内部打ち合せしても盗聴装置があるから、肝腎な話は筆談ですること。

    どうしても話しをして相談したいときは屋外に出てすること。

(2)最終の原価表は常に身につけて置くこと。部屋のトランクの中に鍵をかけて置いておいてもハウスキーピングの時に全部開けて見られるからと。


(3)ホテルから歩いては出ないで欲しいが、もし歩いて道路を渡る場合は青信号でも十分注意すること。

車は党の幹部など特権階級の乗り物だから一般人民をひき殺しても殆ど罪にならないので、専属運転手は猛スピードで飛ばしているからなどなど。


 日本の全国紙や「リダーズダイジェスト」という昭和20、30年代のアメリカの反共宣伝月刊誌で共産国のイメージを

たっぷりインプットされている若手貿易マンにとっては、さもありなんと素直に納得でした。

   ソ連邦が崩壊したいまのロシアの事情はどうなのか大いに興味があります・・。

2000年代初め頃に記す。

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大阪・天神橋3丁目 与力町の「酒房 竹うち」はいつも心地よく飲める        10年前の今日 2013年3月14日の本ブログに掲載

2023年03月14日 | 「過去の非日乗&Shot日乗」リターンズ

3月某日、5M会が大阪でありました。メンバーの一人の工学部の准教授昇格祝いと、彼の誕生日の祝いの集まりでもありました。

今回は迷わないようにJR天満駅でおりて天三商店街の土井陶器店の角を曲がると言う慣れたルートで行きました。

5人がオーダーする一皿づつを皆でシエアします。少量かつ多品種の肴を楽しめます。どの料理もみなサッと箸が伸びます。なかでも金目鯛の煮付けは大好評でした。

殻も尻尾も全部食べられるエビも旨かった。

肴よし、酒よし、心地よし。酒のみには有難い店の一つです。

『竹うち』の紹介サイトはこちら。地図もあります。

店のオーナー夫婦のちょっと若い?画像も掲載されています。気持のいい二人です。ぜひ一度『竹うち』にお出かけを! 

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ネットのインタビュー報道と取調べの全面可視化に共通すること

2023年03月14日 | 「過去の非日乗&Shot日乗」リターンズ
 
2011年1月10日「阿智胡地亭の非日乗」掲載

メディアの編集が入らない長時間の記者会見やインタビューが これからネットで多用されるという推測は当たっているようだ。

ネット上でライブなり、ビデオ化されたものであり、それらが多用されるにしても、多くの視聴者やくにたみは全てを通しで見る必要はない。

従来通り、新聞やテレビを経由して必要なことを知ればいい。

ただこれまでと違って来るのは、「ええっほんまに鳩山邦夫さんが(例えばの話)そんなこと言うたの?」と、記事や番組で疑問が生じたときに、

その記者会見を自分で直接見直せる仕組みがあればいいのだ。

従来は、もし既存メディアが恣意的に記者会見の内容を編集しても、私にはチエックの方法がなかった。

これからは自分の物差しでチエックが可能になる。政治家も、官僚も、タレントもどんどんネットで直接自分の意見を掲載してほしい。

 ネット上にいつでもアクセスできるナマインタビュー動画があれば、メディアの恣意性(もしあるとすれば)や情報操作(もしあるとすれば)は牽制される。

そしてそのメディアの報道姿勢や取材能力・編集能力が自ずと明らかになる。

 取調べの全面可視化も同じことだ。2週間以上の取調べの全容を判事が見る必要は全くない。

裁判の過程で検事、判事、弁護士の間で疑念や確認の必要性が出たときに、該当取調べの箇所をチエックするだけだ。

しかしそれが出来る仕組みになると恣意的な調書作りには大きな牽制になる。

最高検察庁の伊藤次席検事が、全面可視化して全部を見ろと言われても、実際上そんなことは出来ないと、可視化が無理である説明をしたが、

そんなことは当然で、誰も全取調過程を見るなどということは想定もしていない。

要は取調べを“密室”の中で行わない仕組みの、一つの手段ということだ。

 当事者どうししかわからないやり方を武器にしてきた既得権益体制が、インターネットというデジタル印刷や動画のIT技術で変わっていく。

 自分の属する集団や組織の損得だけを考えていては、この変化の時代の、この列島に住むくにたみの信頼をつなぎとめることは出来ない

 
 
 
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03月13日に目に留まったSNS・メディアの記事

2023年03月14日 | SNS・既存メディアからの引用記事

いずれも画像をクリックすると本文全文に飛びます。

 

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