遅ればせながらクリスマスに自家で焼き上げた七面鳥の写真が届きました。こんがりと焼けておいしそう!!
下は詰め物やハーブの準備が完了して、オーブンに入れる直前のターキー。
毎年必ず七面鳥を家で焼くファミリーは今年は二家族でパーテイとのこと。
これをオーブンに入れたら、「ピヨピヨ入っちゃたよ」と言ったそうです。

2012.12.23 ~ 2012.12.29
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下は詰め物やハーブの準備が完了して、オーブンに入れる直前のターキー。
毎年必ず七面鳥を家で焼くファミリーは今年は二家族でパーテイとのこと。
これをオーブンに入れたら、「ピヨピヨ入っちゃたよ」と言ったそうです。


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神戸文学館の対面に山手幹線をはさんで、『兵庫県立横尾忠則現代美術館』が11月3日にオープンしました。
神戸文学館で田辺聖子展を見た後、横尾忠則展にも足を伸ばしました。4階からは目の前に、
当地に創立された時に関西学院大学のチャペルだった神戸文学館の建物を俯瞰することが出来ました。

兵庫県西脇市で生まれ育ち、高校卒業後、神戸新聞に入社という経歴もあり、彼は自分の作品を兵庫県に寄贈しました。
それを受けて、王子動物園近くにあった県立美術館が、浜側のHATに新設された後の旧館のうち西館が改装されて、
彼の美術館に生まれ変わりました。

昭和40年前後から、雑誌「話の特集」の表紙やグラビヤに毎号登場して知った横尾忠則。何となく胡散臭く、芝居の書き割りのようで、
しかし色使いは鮮烈で独特。職人なのか芸術家なのか。この嘘っぽさと卑俗の塊のような横尾ワールドはどこか自分の波長に合って好きです。
展示されている作品は彼のポスターとは別の世界で、心象風景が描かれているものが多くて新鮮でした。
また最近彼がしつこく題材に取り上げるY字路のとっかかりの家と分かれる道の絵は、不思議な懐かしい感じが湧いてきてその場に長く立ちました。
見終ってこの人のはったりワールド感にまたまた疲れて、バスで三宮に出て、中村屋でワンコインAセット(クシカツ5本と飲み物セレクション一杯)500円で
疲れをとりました。今日はぬる燗ではなく赤ワインでクシカツをやりましたが、気分にぴったりでした。
神戸文学館で田辺聖子展を見た後、横尾忠則展にも足を伸ばしました。4階からは目の前に、
当地に創立された時に関西学院大学のチャペルだった神戸文学館の建物を俯瞰することが出来ました。

兵庫県西脇市で生まれ育ち、高校卒業後、神戸新聞に入社という経歴もあり、彼は自分の作品を兵庫県に寄贈しました。
それを受けて、王子動物園近くにあった県立美術館が、浜側のHATに新設された後の旧館のうち西館が改装されて、
彼の美術館に生まれ変わりました。

昭和40年前後から、雑誌「話の特集」の表紙やグラビヤに毎号登場して知った横尾忠則。何となく胡散臭く、芝居の書き割りのようで、
しかし色使いは鮮烈で独特。職人なのか芸術家なのか。この嘘っぽさと卑俗の塊のような横尾ワールドはどこか自分の波長に合って好きです。
展示されている作品は彼のポスターとは別の世界で、心象風景が描かれているものが多くて新鮮でした。
また最近彼がしつこく題材に取り上げるY字路のとっかかりの家と分かれる道の絵は、不思議な懐かしい感じが湧いてきてその場に長く立ちました。
見終ってこの人のはったりワールド感にまたまた疲れて、バスで三宮に出て、中村屋でワンコインAセット(クシカツ5本と飲み物セレクション一杯)500円で
疲れをとりました。今日はぬる燗ではなく赤ワインでクシカツをやりましたが、気分にぴったりでした。

関東から国東半島に移りすんだ鹿児島出身のH川さんから、今年もH川ファームで採れた「ムラサキヤマイモ」を頂きました。今年は少し小さいとのことですが、独特の風貌?には威厳があります。このイモを摺ってトロロにして食べると、ムラサキ色の鮮やかさ、粘りの強さ、甘みを感じる独特の風味に驚きます。届いた宅急便を開くと、美しい秋ジャガイモと見事に結実した大きなキャベツも入っていました。


H川ファームさんの年々の体験の積み重ねが、これらの産物に現れているような気がします。
昨年のムラサキヤマイモのエントリ。大阪の勤務先で出会うまで、所属した部門もそれまで勤務した土地も全く違っていた2人。自分の属した営業グループと彼の営業グループが、たまたま隣同士のシマに席の配置があったのがきっかけです。お互い飲んで喋るだけの付き合い。気が合うと言うのはあるもんです。H川さん今年もありがとうございました。


H川ファームさんの年々の体験の積み重ねが、これらの産物に現れているような気がします。
昨年のムラサキヤマイモのエントリ。大阪の勤務先で出会うまで、所属した部門もそれまで勤務した土地も全く違っていた2人。自分の属した営業グループと彼の営業グループが、たまたま隣同士のシマに席の配置があったのがきっかけです。お互い飲んで喋るだけの付き合い。気が合うと言うのはあるもんです。H川さん今年もありがとうございました。
最近別のビルに移転したと聞いていましたが、新しい店は前より広くなっていました。広くなっても板場は主人が一人でやっていました。長年の友人がシングルになった祝いの席が『与志』であって、九州佐賀からかけつけた一人をいれて6人がトラフグコースを楽しみました。大椎会(おいしいかい)のメンバーであるIさん設営ありがとう。彼は『与志』のもう長いお客さんです。




北新地は久しぶりでしたが、不況とは言えそれなりに人は出ており、表通りではない小さな雑居ビルの3階にある『与志」もテーブル2席とカウンター8人があっと言う間に満席になりました。おいしい店はみなよく知っているということかもしれません。






北新地は久しぶりでしたが、不況とは言えそれなりに人は出ており、表通りではない小さな雑居ビルの3階にある『与志」もテーブル2席とカウンター8人があっと言う間に満席になりました。おいしい店はみなよく知っているということかもしれません。
フランス・ガンマプレス社の日本代表である写真家栗田格さん撮影の写真が、日本記者クラブ会報の表紙を飾りました。
TV実況を3時間以上見ましたが、あの党首討論会の全容を完璧に切り取った写真だと思います。
並み居る大手新聞社の写真部所属カメラマンのPhotosを差し置いて、
日本記者クラブの編集部は栗田さん撮影の写真を選びました。
◎写真家の栗田格さんは本ブログのシリーズ、「 1995年1月17日 阪神淡路大震災の記録」を撮影された報道写真家です。
もう6年ほどお付き合いをさせてもらっています。阪神淡路大震災を記録したシリーズはこちらです。
冷凍お好み焼きを電子レンジで解凍。ソース、青のり、鰹節をかけておいしく食べました。昼の軽食用の常備品。
以前の品に比べるとキャベツの量が増えました。
夜の酒の肴は卵入り椀入り味噌汁、食べるラー油載せ豆腐、松前漬け。
以前の品に比べるとキャベツの量が増えました。
夜の酒の肴は卵入り椀入り味噌汁、食べるラー油載せ豆腐、松前漬け。

席はRの17&18。演奏が始るとドラマーの目線がまっすぐ同じ高さでこちらに来る中央の席でした。3か月ほど前の発売開始直後、会員のチケット窓口に電話を入れたのでこの席が取れました。席に座ってプログラムを見るまで、曲目をチエックしてなかったので驚きました。「展覧会の絵」が演奏曲目にありました。昨日、市立小磯良平美術館で特別展の絵をたっぷり見たばかりでした。ドラムとベースとピアノのほかは全てブラスの特別編成バンド。演奏家は全て山下洋輔が選別した人たちです。

「ボレロ」と「展覧会の絵」はこれから別の演奏を聴いても、この日の演奏がまた耳の中に蘇えるだろう印象的な出来でした。
そもそもが2年に一度編成される人たちが喜んで集まり、演奏する。その喜びと満員の千人を越える聴衆の期待が会場に一種の化学変化を起こしました。

アドリブの中にも、きちんとスコアを追う正統派のビッグバンドジャズ演奏。音の軽みと深み、広がり。そしてシンクロ。何といっても圧巻は大ホールに雷鳴のように響きわたる音量でした。プレイヤー1人1人にきちんとソロの場も準備されていて、その演奏にはそれぞれ入魂の境地を感じました。席のまわりはいつもの初老の女性方のほかに、今回は男性軍も多くて、さすがに山下洋輔のジャズは県立芸文センターにしっかり定着しているようです。



センターの前の公園の木はデコレイトされていました。

◎今朝の「題名のない音楽会」というTV番組は、『芸文センター』の会場から、センターの芸術監督である佐渡裕さんが『芸文センター』を紹介する内容だったので驚きました。昨日自分がいた空間が、テレビの画面に映し出されていました。これはシンクロニシティと言う現象です。


チケットは一枚5千円でした。

「ボレロ」と「展覧会の絵」はこれから別の演奏を聴いても、この日の演奏がまた耳の中に蘇えるだろう印象的な出来でした。
そもそもが2年に一度編成される人たちが喜んで集まり、演奏する。その喜びと満員の千人を越える聴衆の期待が会場に一種の化学変化を起こしました。

アドリブの中にも、きちんとスコアを追う正統派のビッグバンドジャズ演奏。音の軽みと深み、広がり。そしてシンクロ。何といっても圧巻は大ホールに雷鳴のように響きわたる音量でした。プレイヤー1人1人にきちんとソロの場も準備されていて、その演奏にはそれぞれ入魂の境地を感じました。席のまわりはいつもの初老の女性方のほかに、今回は男性軍も多くて、さすがに山下洋輔のジャズは県立芸文センターにしっかり定着しているようです。



センターの前の公園の木はデコレイトされていました。

◎今朝の「題名のない音楽会」というTV番組は、『芸文センター』の会場から、センターの芸術監督である佐渡裕さんが『芸文センター』を紹介する内容だったので驚きました。昨日自分がいた空間が、テレビの画面に映し出されていました。これはシンクロニシティと言う現象です。





チケットは一枚5千円でした。
県立芸術文化センターの大ホールで「山下洋輔のビッグバンド」の演奏は腹の中まで入り込み、猛烈な空腹を感じました。家を出る前から終演後は『デリーキッチン』へと決めていたので、迷わず店に向かいました。雨の土曜日だと楽観して行ったら、満席でした。
ウェイティング席の前にインド全土の地図がありました。

約30分ほど待って着席。即座にいつものジントニックを頼んで、
それからじっくりと、本日は何を食べるかの相談に入りました。
まずは野菜サモサとスパイシー温野菜サラダ。容器に入ったこの店のチャツネ(グリーンソース)とアチャール(ピクルス)はさすがのこしらえです。
温野菜サラダ(正確な品名を控えるのを忘れました)はじわっと辛味が口に広がります。定番品になりそうです。

辛さに相方は慌ててラッシーを頼みました。定食につくラッシーの2倍の大きさのコップで出てきました。

それからチキンティカ。あまり旨いので帰るときに半数を家へのお土産で、持ち帰りにしてもらいました。

カレーは2品。ラムとほうれん草のカレーと本日の野菜カレー(本日はカボチャとインゲンのカレーでした)。
それぞれがたっぷり出てきましたが、結局相方が0.5で私が1.5の割合で完食!3人で二つのカレーが丁度いい分量かも。

ナンはオニオンナンと、

ガーリックチーズナンを頼みました。

それぞれのナンはカレーを載せなくても、もうそのままでもどうしようもなくおいしい。これもこれからの定番品です。さすがに食べきれずに二片づつ持ち帰りに包んでもらいました。食べ終わって帰るときに、キャッシャーの向こうにあるキッチンの3人のインド人のコックさんに、「堪能しましたーFully enjoyed!! namaste!」と声をかけると、満面の笑みを浮かべて小さく頭を下げて挨拶を返してくれました。いつもこのやりとりをするのでしっかり覚えてもらっているようです。ジントニック2杯、ラッシー1杯を含めて2人で合計6000円。この店はコスパも◎です。
2012.12.09 ~ 2012.12.15
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ウェイティング席の前にインド全土の地図がありました。

約30分ほど待って着席。即座にいつものジントニックを頼んで、

まずは野菜サモサとスパイシー温野菜サラダ。容器に入ったこの店のチャツネ(グリーンソース)とアチャール(ピクルス)はさすがのこしらえです。
温野菜サラダ(正確な品名を控えるのを忘れました)はじわっと辛味が口に広がります。定番品になりそうです。

辛さに相方は慌ててラッシーを頼みました。定食につくラッシーの2倍の大きさのコップで出てきました。

それからチキンティカ。あまり旨いので帰るときに半数を家へのお土産で、持ち帰りにしてもらいました。

カレーは2品。ラムとほうれん草のカレーと本日の野菜カレー(本日はカボチャとインゲンのカレーでした)。
それぞれがたっぷり出てきましたが、結局相方が0.5で私が1.5の割合で完食!3人で二つのカレーが丁度いい分量かも。

ナンはオニオンナンと、

ガーリックチーズナンを頼みました。

それぞれのナンはカレーを載せなくても、もうそのままでもどうしようもなくおいしい。これもこれからの定番品です。さすがに食べきれずに二片づつ持ち帰りに包んでもらいました。食べ終わって帰るときに、キャッシャーの向こうにあるキッチンの3人のインド人のコックさんに、「堪能しましたーFully enjoyed!! namaste!」と声をかけると、満面の笑みを浮かべて小さく頭を下げて挨拶を返してくれました。いつもこのやりとりをするのでしっかり覚えてもらっているようです。ジントニック2杯、ラッシー1杯を含めて2人で合計6000円。この店はコスパも◎です。
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六甲アイランドにある神戸市立小磯記念美術館で12月24日まで特別展が開催されています。月曜会のDさんに誘われて行ってきました。Dさんは小磯良平が学んだ神戸2中の後身校である兵庫高校の卒業生です。阪神住吉で12:30に集合、近くの「おか田」で昼飯を食べて魚崎駅から六甲ライナーに乗りました。アイランド北口駅で降りると美術館はすぐそこです。


住吉山手にあったアトリエは美術館の中庭にそのまま移築されています。

強く印象に残ったこの2枚の絵ハガキを買いました。残念ながら「二人の少女」は売り切れていました。

小磯良平と言えば、バタ臭い顔の造形の、絵画中の人物が何となくステレオタイプに見えていましたが、美校に入学し、卒業以降の長い画業を通しで見て、解説も読んで彼の画風の変遷を初めて知りました。この言葉が印象的でした。「私は自分の画の甘さが気に入らなかった。もっと冷たく固い絵を描きたいと思っていた。」。勿論、彼には持って生まれた小磯画風がありましたから(職人でもあり天才でもある)、生涯そこから抜け出すことはありませんでしたが、多くの新聞小説や小説本の挿絵には硬質な絵が独特の雰囲気を醸し出していて、小磯の多様性を感じました。
◎六甲アイランドは神戸市が造った東灘区にある人工島、海上文化都市で、総面積は約580haです。
多くの集合住宅や個人住宅、企業のオフィス、コンテナーヤードなどがあります。P&G日本法人の本社やカナデイアンアカデミーなどの学校もあります。







住吉山手にあったアトリエは美術館の中庭にそのまま移築されています。

強く印象に残ったこの2枚の絵ハガキを買いました。残念ながら「二人の少女」は売り切れていました。

小磯良平と言えば、バタ臭い顔の造形の、絵画中の人物が何となくステレオタイプに見えていましたが、美校に入学し、卒業以降の長い画業を通しで見て、解説も読んで彼の画風の変遷を初めて知りました。この言葉が印象的でした。「私は自分の画の甘さが気に入らなかった。もっと冷たく固い絵を描きたいと思っていた。」。勿論、彼には持って生まれた小磯画風がありましたから(職人でもあり天才でもある)、生涯そこから抜け出すことはありませんでしたが、多くの新聞小説や小説本の挿絵には硬質な絵が独特の雰囲気を醸し出していて、小磯の多様性を感じました。
◎六甲アイランドは神戸市が造った東灘区にある人工島、海上文化都市で、総面積は約580haです。
多くの集合住宅や個人住宅、企業のオフィス、コンテナーヤードなどがあります。P&G日本法人の本社やカナデイアンアカデミーなどの学校もあります。






阪神住吉駅にはJR住吉駅から、というか元住吉神社からまっすぐ浜側に道が伸びています。昔は神社の参道だったのだと思います。



家から歩くと40分~50分ほどの道のりです。阪神御影駅と魚崎駅の中間にある特急や急行が止まらないローカル駅です。Dさんとの待ち合わせはこの駅との連絡があったので久しぶりに行きました。



「おか田」でかに鍋を食べ、痛飲したあと、Dさんは西宮方面行きのホーム、あとの3人は神戸方面行のホームに別れました。



家から歩くと40分~50分ほどの道のりです。阪神御影駅と魚崎駅の中間にある特急や急行が止まらないローカル駅です。Dさんとの待ち合わせはこの駅との連絡があったので久しぶりに行きました。



「おか田」でかに鍋を食べ、痛飲したあと、Dさんは西宮方面行きのホーム、あとの3人は神戸方面行のホームに別れました。

湊川神社の「楠公会館」の11月度午餐会に出た後、新開地まで歩いて見た。新開地では焼き鳥の八栄亭の下店が昼に営業していると聞いていたので覗いてみた。しかし3時で閉店とのことで、15分前だったので断念した。そのまま新開地商店街を歩き、『春陽軒』へ。帰って食べたら家中で大好評。甘くなくて本格ブタマンの旨さがある。今回は一人一個で5個しか買わなかったが、次回新開地へ行くチャンスがあったらもっと買ってきてと頼まれた。





長年 フアンだった小沢昭一さんが 亡くなった。寂しい。
1)添田唖蝉坊作詞『金金節』
2)
Wikipediaから引用
『小沢昭一の小沢昭一的こころ』(おざわしょういちの おざわしょういちてきこころ)は、1973年(昭和48年)1月8日に開始した小沢昭一のモノローグ冠番組。長寿番組の一つ。
テレコムサウンズ(現・TBSプロネックス)の制作で、TBSラジオをキーステーションに、JRN加盟各局で平日にネットされ、放送時間は全国各地で異なる。
概要 [編集]『森繁の重役読本』(1962年(昭和37年)3月~1969年(昭和44年)4月)の後継番組として企画された[3]。小沢が“口演”と称し、週代わりのテーマ(「○○について考える」)に沿って、軽妙な話術で物語る。扱うテーマは時事問題から下ネタまで幅広く、永年の固定ファンが多い。2011年(平成23年)5月13日に放送10,000回を迎えた。毎週月曜日に翌週分の収録が行われていた。
「宮坂さん」なる架空の人物が、概ねストーリーの主人公を務める[4]。番組初期には「昭和ヒトケタ」の働き盛り、かつ悲哀漂うサラリーマンの設定[5]が多かった宮坂さんも、小沢が年輪を重ねるに従い「宮坂お父さん」「宮坂薬局店長の宮坂さん」等、第一線から退いた事を伺わせる表現が用いられるようになった。
坂本勝正プロデューサーを揶揄した「能天気プロデューサー」、宮坂さん行きつけのバーの「れいこママ」と「詩人のヒモ(タロウ)」、子供「とおる」「ななえ」等、固有名詞を持つ脇役も登場するが、宮坂夫人は「奥方」或いは「お前」で特に名は無かったが、2010年(平成22年)5月19日放送分で夫の宮坂さんに「アリコ」とよばれ、ナレーションで「有子(ユウコ)」という名前であることが明かされた。ナレーションも含め、これら全員を小沢が独演する。
猛妻の尻に敷かれ子供らに疎んじられる「中年男の悲哀」を基本に、「愚痴を交え、斜に構えた蘊蓄を世事に傾ける」「落ちと言った落ちが無い(その都度テーマを変え、次回に期待を抱かせつつ延々と続く)」路線は、前身の『森繁の重役読本』からそっくり承継されたものであった[3]。
3)小沢昭一さんは、この予告編にはわずかしか顔を見せないが、昭和32年制作のこの映画(シネマ旬報・歴代日本映画第4位)の頃から、芸達者な俳優として知られていた。
1)添田唖蝉坊作詞『金金節』
2)
Wikipediaから引用
『小沢昭一の小沢昭一的こころ』(おざわしょういちの おざわしょういちてきこころ)は、1973年(昭和48年)1月8日に開始した小沢昭一のモノローグ冠番組。長寿番組の一つ。
テレコムサウンズ(現・TBSプロネックス)の制作で、TBSラジオをキーステーションに、JRN加盟各局で平日にネットされ、放送時間は全国各地で異なる。
概要 [編集]『森繁の重役読本』(1962年(昭和37年)3月~1969年(昭和44年)4月)の後継番組として企画された[3]。小沢が“口演”と称し、週代わりのテーマ(「○○について考える」)に沿って、軽妙な話術で物語る。扱うテーマは時事問題から下ネタまで幅広く、永年の固定ファンが多い。2011年(平成23年)5月13日に放送10,000回を迎えた。毎週月曜日に翌週分の収録が行われていた。
「宮坂さん」なる架空の人物が、概ねストーリーの主人公を務める[4]。番組初期には「昭和ヒトケタ」の働き盛り、かつ悲哀漂うサラリーマンの設定[5]が多かった宮坂さんも、小沢が年輪を重ねるに従い「宮坂お父さん」「宮坂薬局店長の宮坂さん」等、第一線から退いた事を伺わせる表現が用いられるようになった。
坂本勝正プロデューサーを揶揄した「能天気プロデューサー」、宮坂さん行きつけのバーの「れいこママ」と「詩人のヒモ(タロウ)」、子供「とおる」「ななえ」等、固有名詞を持つ脇役も登場するが、宮坂夫人は「奥方」或いは「お前」で特に名は無かったが、2010年(平成22年)5月19日放送分で夫の宮坂さんに「アリコ」とよばれ、ナレーションで「有子(ユウコ)」という名前であることが明かされた。ナレーションも含め、これら全員を小沢が独演する。
猛妻の尻に敷かれ子供らに疎んじられる「中年男の悲哀」を基本に、「愚痴を交え、斜に構えた蘊蓄を世事に傾ける」「落ちと言った落ちが無い(その都度テーマを変え、次回に期待を抱かせつつ延々と続く)」路線は、前身の『森繁の重役読本』からそっくり承継されたものであった[3]。
3)小沢昭一さんは、この予告編にはわずかしか顔を見せないが、昭和32年制作のこの映画(シネマ旬報・歴代日本映画第4位)の頃から、芸達者な俳優として知られていた。