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阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

初めて訪ねた東急たまプラーザの駅の高くて大きなドーム天井には魂消ました。

2025年05月27日 | 関東あちこち

初めて訪ねた東急たまプラーザの駅のドーム天井には魂消ました。

三か月に一度ほど集まる新神会は小田急新百合ヶ丘と神戸に縁がある面々が長期間続けている集まりで 拠点は新百合ヶ丘だが

この日の昼食会は東急田園都市線のたまプラーザの和食の店になった。

私は総武線沿線に住むが、神戸から引越してきてから声をかけてもらってもう5年ほど毎回参加している。

 行きは最寄り駅から代々木駅経由渋谷に出て 渋谷で東急田園都市線に乗って出発駅から到着駅までの所要時間が1時間6分の小旅行だった。

帰りは たまプラーザ駅で乗った東急田園都市線が地下鉄半蔵門線と相互乗り入れをしているので錦糸町まで一本で

半蔵門線を錦糸町で降りて総武線に乗りかえ やはり所要時間は1時間6分だった。

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シジュウカラの八羽のヒナと 捕った餌を巣箱に運び込む親たちを間近に見ることが出来て感激した。

2025年05月02日 | 関東あちこち

上総の国は印旛郡栄町に住む友人Kさんのお宅の庭に掛けられた巣箱で シジュウカラが8羽のヒナが孵化した。

親が一生懸命餌の小虫を掴まえて 巣箱に運ぶ様子を見に来ませんかとKさんからお誘いを受けた。

 やはり栄町に住む友人のHさんと安食駅で迎えてくれてお宅に向かった。

出していただいた おいしい庭で採れた野菜やいろんなおつまみとシャンツアイスープと

ウイスキーとビールと韓国焼酎を楽しみながらシジュウカラの親の活動ぶりを目の当たりにして感激した。

シジュウカラ通信 2025・2

行きは船橋で総武線から京成線に乗り換えて成田に向かった。

成田でJR成田線に乗った。

 

 ほんのわずかな秒数 巣箱の屋根の部分を上げて8羽のヒナを目の下で見せてもらった。8羽はじっと静かに固まっていた。

そのあと親鳥が寄り付かなくなると困るとちょっと心配だったが 間もなく雄雌二羽とも餌を持ってきて巣箱に入り又出ていきを繰り返してくれてほっとした。

 8羽ともに無事に巣立って欲しい。

Kさんご夫妻、今回もまた しゅうしアトホームな空気の中で歓待していただきありがとうございました。

庭でとれたばかりの茗荷の若茎に味噌という一品も旨かったです。

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立川市の「国営昭和記念公園」の想像を超える広大さと物凄い数の入園者に驚きつつ 桜を楽しんだ  

2025年04月06日 | 関東あちこち

立川市の「国営昭和記念公園」の桜  250404

昭和記念公園について – 国営昭和記念公園公式ホームページ

公園のあらまし・良好な立地条件・経緯

高校時代の友人のWさんからの誘いで 立川市にある「国営昭和記念公園」に行ってきた。驚きが沢山あった。

自分が住んでいる東京都の最東部のはしっこから立川までは中央総武線で乗り換えなしの一本でいけるが、

自分の時空感覚では神戸の六甲道から京都の四条河原町へいくのと同じ時間と距離だった。ほんに東京と言う名の首都圏エリアは広い!!

 Wさんとは兵庫県の阪神間にある芦屋高校の三年生の時に同じクラスで、高校卒業以来ずっと毎年年賀状を交わしてきた。

彼はもう何十年も青梅線沿線の市に暮らしている。

入園ゲートには列が出来ていた。平日にもかかわらず続々と老若男女・善男善女?問わず入園してくる。

どこからこんなに人が湧いてくるのだろうかと思うほどだった。

 しかも多くの人が犬種がはっきりした沢山の種類の西洋犬を連れている。バギーに載せられた小型犬も沢山いた。

このあたりでもうすでに ふだん自分が暮らしている東京の在からどこか欧州の国に紛れ込んだみたいな気分になってきた。

 日常的に身近に見慣れている風体の人たちは 見回してもどこにもいない。

当然ながら在住外国人が街中で普通に交わしている中国語も韓国語もヒンデイー語も英語もこの賑やかな公園では聞こえない。

(東京東部低地帯に位置する江東5区(墨⽥区・江東区・⾜⽴区・葛飾区・江⼾川区)は、隅 ⽥川、荒川、江⼾川などの⼤河川やその⽀川が多く流下する地域であり、

さらにその⼤部分 が満潮位以下のゼロメートル地帯であるため、⽔害に対して⾮常に脆弱な地勢にある)

  公園の広大さ 引きも切らない来園者の多さ 手入れの良さ などなど 日本にこんな公園があるのかと感銘を受けた。

やはりこたつ記事をネットで読むのではなく その場に足を運ぶ「三現主義ー現場・現物・現実」だと改めて思った。

新緑の公園も四季折々の公園も見ごたえがありそうだ。

持ち帰った公園マップによると、結構歩いたつもりだったが今回は公園の四分の一を歩いていたことになる。

 戻った立川駅ビルにある伊勢丹百貨店の八階でやった花より団子の生マッコリと海鮮チジミとキムチ盛り合わせも旨かった!!

 立川市がかの地域の一大センターであることを知ましたが、それにしても立川駅の賑わいと往来する人の多さには

全くもって驚くしかありませんでした。 ほんに東京は広い!!

  Wさん 声をかけて頂きまことにありがとうございました。

64年前に阪神間の高校の校舎で高校時代を共に過ごした二人が いま共に孫にじいじと言われる歳になって 

東京都下の立川市で昼酒を飲みお喋りを楽しむとは何とも不思議でもあり ありがたいことでもあります。

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東京に来て初めて「川崎大師」にお参りした。    江戸時代以前から多くの人が厄除けを願ってきた歴史を感じた。    

2025年02月06日 | 関東あちこち

川崎大師初詣     250131

「Oh 散歩かい(会)」のメンバーが10時40分に「京急川崎大師」で落ち合った。

神戸に住んでいた時から「川崎大師」という名前は聞いたことがあったが 今回初めて訪ねることになった名刹だ。

 一月の終わりの平日ながらかなりの数の善男善女が参道を門前に進み 両側に続く土産物屋の数は驚くほど多く

それぞれの店には沢山の店員さんがいて この辺りの住人の雇用に寄与しているなあと思った。

駅を出たところに「京急発祥の地の記念碑」があることを幹事の藤井さんに教えてもらったので観に行った。

川崎市 : 京浜急行発祥の地記念碑(けいひんきゅうこうはっしょうのちきねんひ)

八年目になる関東住まいだが 未だに関東の私鉄は名前を聞いても馴染みがなく 聞いた路線がどこを走っているかは地図を見ないとほぼわからないままだ。

 私鉄と言えば 長くずっと神戸暮らしだったから利用した私鉄は阪急・阪神・近鉄・京阪がほぼ全部だったのだ。

六人はゆっくり参道を歩いた。 

今回初めて川崎大師の縁起を知ったが 建立は1128年まで遡る。

弘法大師信仰は既に当時からこの地を含め関東一円に広がっていたようだ。

川崎大師について | 川崎大師

 全体の規模の大きさは想像を超えたが 建築物自体は浅草寺や神田明神と同じく太平洋戦争の空襲のせいか全て鉄筋コンクリート造りなので

奈良京都の古刹のような荘厳さはなかったのが少し残念だった。

 壮大な規模に驚き 江戸時代当時から お参りの名目で沢山の町人が当地を訪ね、いろんな楽しみを味わった場所なのだろうと感じた。

我々もあやかって お参りの後 「寿司と肴 活はる」と言う店で昼酒を楽しんだ。

寿司と肴 活はる(川崎大師/和食) | ホットペッパーグルメ

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庄野さんの書斎をそのまま見ることが出来た。   横浜の「神奈川近代文学館」に ❝庄野潤三展❞を見に行った。   その3

2024年08月11日 | 関東あちこち

click→「没後15年 庄野潤三 展」が 神奈川近代文学館でスタート 8月4日まで。 「庄野潤三さんの小説を20代の頃からずっと読んできた」

外人墓地の入り口

霧笛橋の上から

復路は横浜駅まで横浜市営バスに乗った。

JR横浜駅からは横須賀・総武快速線に乗り 横浜から錦糸町まで座ることが出来た。

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横浜の「神奈川近代文学館」へは東京駅から久しぶりに東海道線に乗って行った。 「外人墓地や港が見える丘公園」を通って   YouTube

2024年08月08日 | 関東あちこち

往路は総武線から秋葉原で山手線に乗りかえて東京駅で10番線の東海道線に乗りかえた。

10番線から上を見上げて 東京駅に20番線まで有るのにはじめて気が付いた。JR東日本の東北・上越新幹線の東京駅発着ホームが20番線だった。

横浜駅でみなとみらい線に乗りかえて終点の元町・中華街駅でおりて6番出口までエスカレーターをいくつも上がった。

240802神奈川近代文学館訪問1

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横浜の「神奈川近代文学館」に ❝庄野潤三展❞を見に行った。   その1

2024年08月03日 | 関東あちこち

会期が8月4日までと迫ってきたので横浜に出かけた。click ☟

「没後15年 庄野潤三 展」が 神奈川近代文学館でスタート 8月4日まで。 「庄野潤三さんの小説を20代の頃からずっと読んできた」

天気がよく みなとみらい線の元町・中華街駅の6番出口を出て外人墓地の横を通り、港の見える丘公園から横浜港を一望して

「神奈川近代文学館」に辿り着いた。

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青梅市の沢井で清酒「澤乃井」と醸造元のレストランの酒肴を楽しむ。 東京都最東部から最西部へ一時間50分の小さな旅を楽しんだ。  その2

2024年07月14日 | 関東あちこち

この日のアレンジは青梅線沿線に住む高校時代の友人渡邉さんのお陰だった。

渡邉さんとは1961年に関西の高校を卒業して以来毎年欠かさず年賀状をやりとりして来たが その間一度も会う機会はなかった。

 その渡邉さんと昨年2023年に62年ぶりに再会した。電子メールのお陰だ。

click→飯田橋で高校時代の友人と62年ぶりに会って昼食。

 

コーヒーや軽食を楽しめる「雫」には六人ほどの外国人Gが楽しそうに歓談していた。

青梅市の沢井に小澤酒造の庭園やお店を訪ねる  JRお茶の水駅で「快速青梅行」に乗りかえて青梅へ。    

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青梅市の沢井で 木々の緑と多摩川と清酒「澤乃井」と。 東京都最東部から最西部へ一時間50分の小さな旅を楽しんだ。  その1

2024年07月12日 | 関東あちこち

これまで 新宿へ出るとき 御茶ノ水駅で「快速青梅行」に乗ることはあったが 終点の「青梅」まで乗ったことはなかった。

この日初めて青梅まで乗り、青梅駅で待ち合わせた渡邉さんと落合い 青梅線の沢井駅で下車した。

この日のアレンジは青梅線沿線に住む高校時代の友人渡邉さんのお陰だった。

渡邉さんとは1961年に関西の高校を卒業して以来毎年欠かさず年賀状をやりとりして来たが その間一度も会う機会はなかった。

 その渡邉さんと昨年2023年に62年ぶりに再会した。電子メールのお陰だ。

click→飯田橋で高校時代の友人と62年ぶりに会って昼食。

 

    立川を出てしばらくした車窓から

沢井には多摩川が流れていて川の両岸を青梅街道と吉野街道が走っていることを教えてもらった。

 次回は 澤乃井 小澤酒造 → こちら

の施設に続く。

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シジュウカラが巣立った巣箱を見ながら 韓国「安東焼酎と清酒「真澄」をたっぷり頂いた。 @印旛郡栄町安食

2024年07月05日 | 関東あちこち

千葉県印旛郡栄町で生まれ育った友人Kさんから韓国土産にいい焼酎を買って帰ったから一緒に飲みましょうとお誘いがあったのでいそいそとでかけた。

 画像クリックで本文へ。☟

 下総の国の住人Kさん夫妻の韓国ソウルの旅  その4/完     青瓦台、景福宮、広蔵市場 - 阿智胡地亭のShot日乗

下総の国の住人Kさん夫妻の韓国ソウルの旅  その4/完     青瓦台、景福宮、広蔵市場 - 阿智胡地亭のShot日乗

広蔵市場☝1966年4月に伊予の国は新居浜の工場独身寮で初めて顔を合わせて以来の長い付き合いになる友人Kさんからソウル旅行の多彩な写真付きメールが届きました。Kさんは千...

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 最近 信州諏訪の日本酒「真澄」も購入したとのこと。

 Kさんは1966年4月に伊予の国は新居浜の工場独身寮で初めて顔を合わせて以来の長い付き合いになる友人だ。

 お宅で採れた新鮮な野菜類を主体に気配りに満ちたいろんな酒肴を出していただき、おいしく飲みかつ食べたあと

アメリカの南北戦争後にアメリカから当時の幕府側が輸入したとkさんの長年の由来追跡で判明した「古式銃」を

見せてもらった。手に取るとずっしりとしたそのあまりの重さに驚いた。(古式銃の画像は後日掲載予定)

やはり栄町に住む友人のHさんとKさん夫妻と4人で楽しい宴の時間が流れた。

3個かけた巣箱の2回目の巣立ちのヒナ5羽は残念ながら 青大将にやられたようだった。一回目の巣立った6羽。☟

総武線の千葉駅で成田行きに乗りかえ、成田で成田線我孫子支線に乗りかえて二つ目の安食駅で下車した。最寄駅からおおむね2時間の行程だ。

 成田線我孫子支線の車窓からの風景☟

 kさん、奥さん、5時間の長逗留ありがとうございました。お土産に頂いた「茗荷」は翌日早速おいしく頂きました。

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水戸偕楽園の梅は見事だった        その3/完

2024年03月05日 | 関東あちこち

好文亭から見た千波湖   千波湖 - 水戸市ホームページ

弘道館

駅ビルの蕎麦屋でランチ。地酒の燗酒も蕎麦も旨かった。

 

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水戸偕楽園の梅は見事だった                その2

2024年03月02日 | 関東あちこち

 偕楽園という見事な梅園だけでなく、幹事さんの下調べのお陰で「尊王攘夷」という思想の水戸学の教えを広めた藩校「弘道館」もスムースに

見学出来て 水戸という城下町がかなり丘陵地に出来ていたことや 藩の歴史なども学び 行った甲斐のある小旅行だった。

                                   ↓ 撮影は鎌倉七里ヶ浜写真館主 click

  

 

  

 

待望の「水戸の偕楽園」を訪ねることが出来たおかげで 日本三名園と言われる「岡山の後楽園」と「金沢の兼六園」の三名園の全てを楽しんだことになったのは嬉しい。

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水戸偕楽園の梅は見事だった                その1

2024年03月01日 | 関東あちこち

閏年の日に早起きして水戸の偕楽園に行った。メンバーはOh散歩会の5人が10:20に水戸駅改札口に集合した。

 阿智胡地亭はかって7年間茨城県人だったが、県庁所在地の水戸には行ったことがなくこの日、土浦から先は初めてのルートだった。

総武線西船橋駅で武蔵野線に乗りかえ、新松戸駅で常磐線の緩行線に乗り、柏駅で常磐線の電車に乗った。

移動途上で 昭和50年代後半に神田の会社への6年間の通勤乗降駅だった「南柏駅」と、それに続く7年間の通勤乗降駅だった「取手駅」を通った。

 電車がそれぞれの駅に停車すると、はるか昔のことながら やはりなんとなく懐かしさが湧いてきた。

240229水戸偕楽園の梅は見事だった

 偕楽園はまずその規模に驚いた。

桜を愛でる情感と梅を愛でる情感それぞれ違う特徴を共に愛するこの列島の住人の多様な心映えも面白い。

 見事に壮大な梅園だが 大きい古木が多い故に もし一斉に樹勢が衰え 寿命が来たらどうするんだろうと、余分な心配がちらっと頭をよぎった。

 歩行数 9137歩   歩行距離 5.8㎞

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川崎市の新百合ヶ丘駅の上空はあくまで蒼かった。 そして阪神・岡田監督から返信があった手紙の話。

2023年12月03日 | 関東あちこち

八月の終わりに集まってclick以来の新百合ヶ丘での「新神会」の昼食会だった。

いつも会場の店の予約の労をとってくれるYさんの今年の格別な喜びは阪神タイガースの日本シリーズ優勝だ。

 5人全員が神戸に縁があるメンバーも皆「アレ」の喜びの会話で大いに盛り上がった。

Yさんは若い時からの筋金入りかつホンマもんの阪神ファンで 2008年、逆境のうちに岡田監督が辞任した時に、

Yさんは直接 岡田監督に慰撫と激励の手紙を出したそうだ。しばらくして彼の家に監督直筆の返信の手紙が送られてきた。

 その文を彼は今も大切に保管している。

心中でおもうだけなく自分の思いを具体的なカタチで相手に伝える・・・。その一つのステキなやりとりの例を聞かせてもらった。

会場の「築地とう庵」の部屋で心身ともに元気な5人は2時間ほど よく食べよく喋った後、同じ建物内にある「倉式珈琲店」に向かった。

 

この人気店はいつも必ずしばらく待たされるが、待つだけの価値のあるコーヒーを出す。

 

 次は来年4月の再会を約して皆さんと別れて、小田急で新宿に戻り総武中央線で帰宅した。

足を使った、時にする乗り換えのある遠出も脳の活性化にはいいような気がする(笑)。

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  Wikipediaから部分引用⇒

新百合ヶ丘(しんゆりがおか)は、神奈川県川崎市麻生区新百合ヶ丘駅周辺を指す地名である。万福寺を中心とする。略称新百合しんゆり[1][2]

新ゆりグリーンタウンという団地も存在する。

概要

行政的・商業的に麻生区の中心的地域であり、麻生区役所が置かれている。「新百合ヶ丘」と呼ばれる範囲は、

万福寺1丁目18-1に存在する小田急小田原線多摩線新百合ヶ丘駅を中心とする商業地域を指すことが多いが、駅の北側の万福寺や、駅の南側の王禅寺西などの住宅地を指すこともある。

南北に長い市域をもつ川崎市では、市域を北部・中部・南部の3つに区分することが多いが、川崎市の都市計画「川崎市都市計画マスタープラン」では、

市内の3つの広域拠点のうち、北部地域は新百合ヶ丘駅周辺、中部地域は武蔵小杉駅周辺、南部地域は川崎駅周辺を、それぞれ拠点として指定している[3]

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 8年ぶりに取手駅で降りて   畑中先輩の一周忌のお墓参り

2023年09月21日 | 関東あちこち

某日 ひさしぶりに茨城県の取手に行った。

 八木さんに声をかけてもらって、昨年7月に88歳で亡くなられた畑中先輩の一周忌のお墓参りに八木さん、坂本さん、武部さんとご一緒させてもらった。

 (畑中さんからかって多くの写真を送っていただいてブログに都度掲載していたので畑中さんが投稿された記事が多数ある。

その中のエントリでも⇒clickスズメの餌台には金網カバーが必須!!はいまもアクセスの多さは抜群です)。

  阿智胡地亭一家は昭和55年から62年まで7年間、取手市の藤代町に八木家と、少し遅れてこられた畑中家と共に住んで、

阿智胡地亭は取手駅から神田に通勤した。取手から朝は千代田線の始発があって新御茶ノ水駅で下車した。

取手駅で降りたのは2015年の南古志夫さんのご葬儀clickに神戸から参列して以来だった。

 畑中家にも寄らせてもらい かって阿智胡地亭が家族と住んでいたエリアにも八木さんの車に廻ってもらった。

八木さんありがとうございました。

 行きは最寄り駅-秋葉原-日暮里で常磐線で取手へ、帰りは取手-金町-バスで総武線小岩ー最寄り駅のルートで往復した。

金町駅

対面に京成金町駅が見える。金町から小岩へは京成バスで20分ほどだが途中に「柴又帝釈天」のバス停がある。

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