縄梯子をたらして錨の上に乗り移り、船体に補修用ペンキを塗っていました。
☆深江丸には練習船であればこそと言うか、あるいは練習船にも拘らずと言うか通常の船には無い装備が数多くなされています。詳しくは深江丸のHP(クリック)をご覧下さい。
説明を聞いて印象に残ったのは、
☆発電機を各種合わせて5セットだったか装備していて、災害時に被害地のどこに接岸係留しても、船がすぐさま一つの発電所として機能し電力を供給できる。
☆同じく自然災害時の透析患者へのサポートを、阪神淡路大震災の事例を各機関が教訓にした結果、病院、行政、医薬メーカー、医療機器メーカーなどが連携して「いざの時」は深江丸を透析患者のための病院船として使用すべく、既に実地に各種のテストをしていること。などでした。
☆操舵輪、今はメカ的な操舵ではなく、このワッカで電気信号をコントロールしている。

☆操船盤、ちょうど学生が実物で講義を受けていました。
全ての情報は船内LANで繋がっており、この船は4名の定員で動かせるようになっている。ただ教育要員も乗っているので通常は8名が乗組員として乗っている。

☆操船シュミレーター、空のパイロットが操縦をシュミレーターも使い覚えるように、海のパイロットの操縦の練習用に本学には操船シュミレーターがある。実際に動かしてもらったが、大型コンテナー船が明石大橋を漁船に注意しながら高速でくぐりぬける様を実感した。この設備は船内ではなく陸上の建物の中に置かれています。


☆神戸商船大学で開発された高性能な錨。世界で一番把捉力があると言われている
英国海軍が開発したと錨にほぼ匹敵する能力がある。

☆Moレベル(無人)の機関室

☆レーダー、画像処理技術の革新で今まで知っていたレーダー機能とは全く違う
ものでした。

大学の助教授にして船長さんという方には今回初めてお会いしましたが、朗々とした気持ちのいい声でわかりやすく船内を案内していただきました。矢野船長、そして本学の講師でもある有田機関長、どうも有り難うございました。
☆深江丸には練習船であればこそと言うか、あるいは練習船にも拘らずと言うか通常の船には無い装備が数多くなされています。詳しくは深江丸のHP(クリック)をご覧下さい。
説明を聞いて印象に残ったのは、
☆発電機を各種合わせて5セットだったか装備していて、災害時に被害地のどこに接岸係留しても、船がすぐさま一つの発電所として機能し電力を供給できる。
☆同じく自然災害時の透析患者へのサポートを、阪神淡路大震災の事例を各機関が教訓にした結果、病院、行政、医薬メーカー、医療機器メーカーなどが連携して「いざの時」は深江丸を透析患者のための病院船として使用すべく、既に実地に各種のテストをしていること。などでした。
☆操舵輪、今はメカ的な操舵ではなく、このワッカで電気信号をコントロールしている。

☆操船盤、ちょうど学生が実物で講義を受けていました。
全ての情報は船内LANで繋がっており、この船は4名の定員で動かせるようになっている。ただ教育要員も乗っているので通常は8名が乗組員として乗っている。

☆操船シュミレーター、空のパイロットが操縦をシュミレーターも使い覚えるように、海のパイロットの操縦の練習用に本学には操船シュミレーターがある。実際に動かしてもらったが、大型コンテナー船が明石大橋を漁船に注意しながら高速でくぐりぬける様を実感した。この設備は船内ではなく陸上の建物の中に置かれています。


☆神戸商船大学で開発された高性能な錨。世界で一番把捉力があると言われている
英国海軍が開発したと錨にほぼ匹敵する能力がある。

☆Moレベル(無人)の機関室

☆レーダー、画像処理技術の革新で今まで知っていたレーダー機能とは全く違う
ものでした。

大学の助教授にして船長さんという方には今回初めてお会いしましたが、朗々とした気持ちのいい声でわかりやすく船内を案内していただきました。矢野船長、そして本学の講師でもある有田機関長、どうも有り難うございました。

「いまどきの小学生、中学生もここで2泊か3泊すればコロッと変わります、間違いなく。」髭の船長がそう言ってニヤリと笑った。神戸大学海事科学部(元神戸商船大学)の練習船“深江丸”(クリック)の見学をさせてもらった時のことです。

本来この船は本学の学生が船長、機関長などオフィサーになるための実地練習用のものだが、学外の一般人や学生、企業人にも開放して、短期間の海上航海を経験させているとのことでした。

船長が続けた。「岸壁を離れたらもうこっちのもんですから。船と言う世界の上意下達の規律をしっかり教えます。最初に目上の人に挨拶をしないのは何事だ!と怒鳴り上げるとまず彼らは度肝を抜かれる。船内歩行、食事、相部屋での就寝など全てについての規律を教えます。そして声を出して人とコミュニュケーションを取ることの大切さを教えます。海上ではいつ何が起こるかわからない。エマージェンシーに対応し生き残るためには全員で上下関係を保ちつつ協同するしかない。そのベースは大声をだして連絡を取り合う事で、それが出来ないと全員OUTになります。」「そんな我々にとってはごくごく当たり前のことをしっかり教えて一日たつと、もう翌日の朝から全員が完全に変わります」
生徒に日頃目線を合わせている(軟弱な)小中学校の教師方にも感謝され、今や口コミなどで広がり、各学校から申し込みが殺到しているのだそうです。そして民間会社の新入社員教育にも企業から大いに評価されているとか。

ほぼ500トンと言う狭い空間の中での、“いざの時”を想定した渾身のある意味スパルタ教育は、小学生達にもそれまで親や教師から受けた事がない経験のようだ。そして逆にそれは小中学生にとっても嬉しい体験になっていると感じました。

髭の船長と機関室など案内してくれた男前の機関長はHPに顔写真が出ているので要チエック!

そして上記のお二人以外にも、お会いした先生方や学生の皆さん、はたまた博物館の案内ボランテイアの皆さんのような“漢たち”がこのキャンパスにはいて、その方々にお会いできたのが一番嬉しいことでした。
同時に見学した「海事博物館」の記事はこちらです。

本来この船は本学の学生が船長、機関長などオフィサーになるための実地練習用のものだが、学外の一般人や学生、企業人にも開放して、短期間の海上航海を経験させているとのことでした。

船長が続けた。「岸壁を離れたらもうこっちのもんですから。船と言う世界の上意下達の規律をしっかり教えます。最初に目上の人に挨拶をしないのは何事だ!と怒鳴り上げるとまず彼らは度肝を抜かれる。船内歩行、食事、相部屋での就寝など全てについての規律を教えます。そして声を出して人とコミュニュケーションを取ることの大切さを教えます。海上ではいつ何が起こるかわからない。エマージェンシーに対応し生き残るためには全員で上下関係を保ちつつ協同するしかない。そのベースは大声をだして連絡を取り合う事で、それが出来ないと全員OUTになります。」「そんな我々にとってはごくごく当たり前のことをしっかり教えて一日たつと、もう翌日の朝から全員が完全に変わります」


ほぼ500トンと言う狭い空間の中での、“いざの時”を想定した渾身のある意味スパルタ教育は、小学生達にもそれまで親や教師から受けた事がない経験のようだ。そして逆にそれは小中学生にとっても嬉しい体験になっていると感じました。

髭の船長と機関室など案内してくれた男前の機関長はHPに顔写真が出ているので要チエック!

そして上記のお二人以外にも、お会いした先生方や学生の皆さん、はたまた博物館の案内ボランテイアの皆さんのような“漢たち”がこのキャンパスにはいて、その方々にお会いできたのが一番嬉しいことでした。
同時に見学した「海事博物館」の記事はこちらです。
阪神・淡路大震災が起きた2005年の12月に始まった「ルミナリエ」が今年12回目を迎えて12月8日から21日まで開かれています。全て物事は始まって数年もたつと当初の趣旨や目的が変わっていくものですが、「ルミナリエ」も今や犠牲者の鎮魂という意義は薄れ、神戸の年末の恒例客寄せイベントの色が濃くなってきました。
そのことはJR西日本が特別協賛社になって、阪急や阪神がそれに次ぐ協賛社になっていることでもわかります。(最初の数回は、本社を大阪から神戸に移したばかりのフェリシモなんかが、鎮魂や街の復興のための人寄せということで力を入れていました。)

それはそれとして元来のイタリア語は「イルミネーション」の意味だそうだから
大掛かりな期間限定の「イルミネーション」はやはり一見の価値はあります。



そのことはJR西日本が特別協賛社になって、阪急や阪神がそれに次ぐ協賛社になっていることでもわかります。(最初の数回は、本社を大阪から神戸に移したばかりのフェリシモなんかが、鎮魂や街の復興のための人寄せということで力を入れていました。)

それはそれとして元来のイタリア語は「イルミネーション」の意味だそうだから
大掛かりな期間限定の「イルミネーション」はやはり一見の価値はあります。




ビニールのかっぱを着て「霧の乙女号」に乗船し、カナダ滝の滝つぼ近くまで行きましたが水煙が物凄くカメラを出すのは諦めました。その後は近郊をバスで回りました。
上の写真はアイスワインを作っているワイナリー。整然と並んだ葡萄の木が見事でした。アイスワインは試飲をしましたが確かにおいしい。まだ旅の初めなので持ち歩きが面倒で買うのはやめました。(高かったし・・)
この大河の先がナイアガラ瀑布の滝だそうです。

近郊のナイアガラオンザレイクという古い街にも行きました。イギリス人がカナダに入植した時代の古い町だそうですが、別に何の変哲も無い・・。たまたま阿智胡地亭らしき頭が右下に写っていましたんで・・。

ナイアガラに2泊して次回からケベック2泊の画像です。
上の写真はアイスワインを作っているワイナリー。整然と並んだ葡萄の木が見事でした。アイスワインは試飲をしましたが確かにおいしい。まだ旅の初めなので持ち歩きが面倒で買うのはやめました。(高かったし・・)
この大河の先がナイアガラ瀑布の滝だそうです。

近郊のナイアガラオンザレイクという古い街にも行きました。イギリス人がカナダに入植した時代の古い町だそうですが、別に何の変哲も無い・・。たまたま阿智胡地亭らしき頭が右下に写っていましたんで・・。

ナイアガラに2泊して次回からケベック2泊の画像です。
3年前の10月に行ったカナダの写真シリーズの一回目です。昭和50年代の8年間ほど仕事で海外には何回も行ったことがありますが、プライベートで海外旅行をしたのは2001年1月のシンガポールが始めてでした。シンガポールは往復のフライトとホテルだけを旅行会社がセットするタイプで、毎日の行動はまったくフリーでしたから、添乗員がついたパックツアーにはカナダツアーで生まれて初めて参加したことになります。食事も交通もすべておんぶに抱っこで、こんな楽な目をさせてもらっていいのかと感激しました。2003年10月5日、関西空港をエアーカナダ36便で出発しました。バンクーバー空港で国内便に乗り換え、トロント空港へ。暦の上ではその日のうちにナイアガラの街につきました。
○10月6日、カナダの観光のスタートはナイアガラでした。迫力ある景色はやはり一見の価値がありました。




○10月6日、カナダの観光のスタートはナイアガラでした。迫力ある景色はやはり一見の価値がありました。




彩色された兵馬俑が展示されている「京都文化博物館」に行きました。阪急電車のどこまで乗っても400円と言う特殊切符をチケット屋で買うと、神戸から京都まで片道400円で行けるのが有り難い。烏丸駅から四条まで歩いて10分ほどで初めての博物館に着きました。

2000年以上地中、しかも土砂に埋まっている兵馬俑に塗布された彩色は殆どが消えていますが最近色が残ったままで掘り出された像があり、それが何体か京都に来ていました。

最初は東京の江戸東京博物館で展示され、今回の京都の次は広島で博多、新潟と移って開催されるようです。展示内容は司馬遷の「史記」がメインテーマで彩色兵馬俑は目玉に使われていたのですが、すぐ目の前で360度の角度からじっくり見る事が出来たので行った甲斐がありました。等身大でそこに今その人がいるような写実的な像でした。一人一人生身の人間をモデルにしたのではないかと言われているのも納得出来ます。
沢山の兵士の顔は写真だけの展示でしたが、知人や友人にそっくりの顔がいくつもありました。
人間にとって数千年の年数はあってないようなものなのかも知れません。


全体的に展示品は少ないのですが、画像やビデオをうまく使い、いつか必ず現地の現場で兵馬俑の全部の実物を見たいと思わせる、なかなか見事な展示テクニックだと思います。
帰りは富小路通りから錦市場の中を通って河原町駅へ戻りましたが,いつも覗く「大藤」の店の千枚漬は残念ながら当日分はもう売り切れていました。店の前には明日の千枚漬けの材料が積んでありました。


2000年以上地中、しかも土砂に埋まっている兵馬俑に塗布された彩色は殆どが消えていますが最近色が残ったままで掘り出された像があり、それが何体か京都に来ていました。

最初は東京の江戸東京博物館で展示され、今回の京都の次は広島で博多、新潟と移って開催されるようです。展示内容は司馬遷の「史記」がメインテーマで彩色兵馬俑は目玉に使われていたのですが、すぐ目の前で360度の角度からじっくり見る事が出来たので行った甲斐がありました。等身大でそこに今その人がいるような写実的な像でした。一人一人生身の人間をモデルにしたのではないかと言われているのも納得出来ます。
沢山の兵士の顔は写真だけの展示でしたが、知人や友人にそっくりの顔がいくつもありました。
人間にとって数千年の年数はあってないようなものなのかも知れません。


全体的に展示品は少ないのですが、画像やビデオをうまく使い、いつか必ず現地の現場で兵馬俑の全部の実物を見たいと思わせる、なかなか見事な展示テクニックだと思います。
帰りは富小路通りから錦市場の中を通って河原町駅へ戻りましたが,いつも覗く「大藤」の店の千枚漬は残念ながら当日分はもう売り切れていました。店の前には明日の千枚漬けの材料が積んでありました。
