阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
1942年生まれが江戸川区から。

庭をイタチが走った! YouTube        2016年4月20日掲載

2024年08月31日 | 「過去の非日乗&Shot日乗」リターンズ

2016年4月20日 イタチが走った!

2016年4月20日 庭で撮影。 場所が神戸市東部の六甲山の麓のせいか あちこちの家の天井や納屋にイタチが棲みついているようだ。

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在米13年目 出鼻をくじかれた在米生活。今だに感じるアメリカ生活の高い壁5選 | 治安悪/超物価高『腐っている』と言われるアメリカに住み続ける理由

2024年08月31日 | SNS・既存メディアからの引用記事

出鼻をくじかれた在米生活。今だに感じるアメリカ生活の高い壁5選

在米13年目 治安悪/超物価高『腐っている』と言われる国に住み続ける理由

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08月30日に目に留まったSNS・メディアの記事

2024年08月31日 | SNS・既存メディアからの引用記事

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東日本大震災が起こった翌年の [ 2012年07月31日(火)の阿智胡地亭の非日乗ブログ ] 再掲載

2024年08月31日 | 東日本大震災ブログ
2012年07月31日(火)
 
福島の情報誌「たんがら」をイギリスで編集する大学生
 
インターネットが実現した海外編集 ――
子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク情報誌「たんがら」 - 藍原寛子

一部引用・・・

■放射能を克服するノウハウはない ―― だから、福島を支援する

「福島に来たのは実は、昨年に続いて今回で2回目。最初に来たとき、親戚がいるからとか、友人がいるからとか、そういうきっかけではなくて、ただ、被災地の様子を知りたいと思ったことからでした。初めに子ども福島ネットに電話して、『ボランティアで行ってもいいですか』と聞いてから、福島市の事務所に来ました。

他にも大学生のボランティアがたくさん来ているのだろうと想像して、着いてみたら僕だけで、誰もいませんでした。結局、3週間ぐらい福島市に滞在して、子ども福島ネットのいろいろな作業を手伝いました」。

昨年の3月11日はイギリスにいた。テレビやインターネットで見る被災地の様子に、「とにかく現地に入ってその様子を知りたい」と思い、帰国した際に福島に入った。

「『今回の震災は津波と地震と放射能の被害が出ているが、津波と地震はこれまで日本が経験してきて、克服するノウハウはある。ところが、放射能を克服するノウハウはない。こういう時こそ、頭を使わないといけない。福島への支援が重要だ』と思いました。それで福島に来ました。当時は福島市も放射線量が高いところもあったのですが、何も知らずに、のこのこ来たって感じでしたね」。

ボランティアを始めると、次第に、以前から気になっていたことが自分の中で大きくなってきた。それは「子ども福島ネットの活動があまり知られていない」ということだった。

全文はこちら

 
 
静岡県も福島県に続き原発協から脱退
 
静岡県が原発協から脱退意向 再稼働推進の要請書に反発
2012年7月30日 共同通信

静岡県の川勝平太知事は30日、原発が立地するか立地予定の14道県でつくる原子力発電関係団体協議会(会長・三村申吾青森県知事)を脱退する意向を示した。

静岡県によると、協議会が8月にも国に提出するエネルギー政策に関する要請書に、原発再稼働を推進するような文言が盛り込まれているため。 

県によると、要請書の文案に「前のめりで原発再稼働を進めようというような表現」や「再稼働ありきの内容」があるといい、静岡県は意見を集約している青森県に内容の修正や提出の撤回を求めている。

 川勝知事は県庁内で記者団の取材に応じ「ある県は再稼働させたい、ある県は廃炉にしたいと主張し、玉虫色の文書になっている。脱退して、そこに加わらない」と説明。

「原発に依存する割合は地域で違い、静岡は依存度が低い。原発に依存しないといけない電力会社の管内とは事情が違う」と強調した。
 
外務省はASEANを美味しく料理する
 
泥沼のASEANセンターby河野太郎

2012年07月28日 21:58

なんちゃって国際機関であるASEANセンターの協定が、国会にも諮られずに勝手に延長された。

なんでそんなデタラメが認められるのかというと、外務省が協定の中に、この協定は理事会の決定のみで延長することができるという条項を勝手に入れておいたからだ。

どうも最初から、このASEANセンターを使って何かドガチャガしようとしていたようだ。

しかも、このような「勝手延長条項」が入った協定が他にいくつあるのかと質問すると、他には1995年穀物貿易規約があるのみだという。

それではもう一つのなんちゃって国際機関である島嶼センターは、まともな協定なのだねと念押しすると、いえ、あれは行政取り決めなので、そもそも国会に承認をもらわないのです!?

しかも、島嶼センターは、数ある行政取り決めの中でただ一つ、その組織の理事会の決定で延長することができることになっている。ほかの行政取り決めは、閣議決定で延長することになっているのだが、島嶼センターだけは閣議決定もいらないようになっている。

こんなデタラメはこのセンターだけだ。

外務省は、理事会で決定するから、とさもまともに決めているかを装うが、この二つのなんちゃって国際機関は、日本がほとんどの費用を負担しているため、他の国々は間違っても文句を言わない。

だから、外務省のやり放題。全くガバナンスが効かない。
そこで起きたのが、ASEANセンターに出向した日本の官僚が、政府に戻るときに退職金を支払ってきたという不正だ。しかも、歴代、外務省からの出向者がASEANセンターの総務部という支払う側の幹部ポストを占めていたのに。

その不正がばれて、過去に退職金をもらった日本の官僚には、それを払い戻させるということになった。

そして今年の1月18日の時点で
「退職金をもらっていた外務省の官僚およびOBのうち、返済済み3名、分割で返済中1名、のこり3名を退職金の返済に応じるように説得中。

経産省、25名の対象者のうち返済済み7名、分割で返済中2名、10名を返済に応じるように説得中、6名は連絡が取れず。

国交省、11名のうち、4名が返済済み、1名が分割返済中、4名を説得中、2名は連絡が取れず。」
というところまでいっていた。

そして7月26日の報告では、
外務省対象者8人、返済済み3人、返済中4人、未返済1人
経産省対象者25人、返済済み10人、返済中3人、未返済12人
国交省対象者9人、返済済み4人、返済中2人、未返済3人
となった。

数字が合わない!
さらに、ASEANセンターの理事会の議事録を出してねと外務省に頼んでも、加盟国の了解がないと出せません。

わかった、それじゃあ、理事会が協定の延長を決めたのかどうかもわからないから、議事録が出てくるまではASEANセンターへの拠出もやめて、センターは閉めて業務停止ね。

外務省、うっ、と詰まっていたが。確認もできないことに金は支払えないではないか。

一事が万事、このようにいいかげんなのだ。

しかも、最近のベトナムへの投資、ミャンマーへの投資、シンガポールでの日本のIT企業の起業など、ASEANセンターが何も絡んでいなくとも、着々と進む。

この間のASEAN各国との外相会談の報告では、ラオスから頂いたゾウについては触れられていたが、ASEANセンターについては、誰かが何か発言をしたということが、まったく触れられていない。

結局、このセンターの重要度はそんなものではないかと自民党の外交部会で指摘され、あわてて、ASEAN側の議長が何か発言したふりしたペーパーを作成してきた。

外務省もよく懲りずにそんな生産性のない後ろ向きの作業に時間を使うものだ。

外務省の中で、いったい誰が、どのように、このデタラメなASEANセンターの運営の責任を負うのか。

引用元
 
 
 
大飯原発再稼動  福島の現実を倫理的な出発点にする
 
画面を2段階にクリックすると拡大します。

出典:神戸新聞
 
 
マイナンバー法案の問題点
 
国民に理解されない「マイナンバー法案」は拙速に過ぎる 

野田政権が「社会保障と税の一体改革」に先行して実施するとしていたいわゆる「マイナンバー法案」が国会に提出されている。

 これは、個人所得の情報、国税、地方税などの納税額の情報、医療、介護、年金など社会保険制度の給付と負担の情報などを、共通の番号を付けてデータ化し、国が管理するという制度を、2015年1月から導入するとしたものである。

 国民の間には、医療保険など公的保険の自己負担の「総合合算制度」や、消費税増税に際して導入するとしている「給付付き税額控除」など低所得者対策として有用ではないかという意見もあるかもしれない。

 しかしながら現時点では、政府の説明に反して実務上の手続きの簡素化以外にはその具体的な中身は提示されていない。

 そこで、今関心を持ってみておかなければならない問題点をいくつか挙げておきたい。

 第一は、この制度の導入のために数千億円の国家予算を投入しようとすることである、大震災の復興もままならず、福島原発の事故収束や汚染除去も不透明な中で、すべて国民負担となるこれだけの巨額な国家資金を投入していいのか、という点である。たとえ所得漏れを捕捉して税収を上げたとしても、投入する予算額、維持管理費用には届かないであろうという識者の意見もある。

 第二に、これだけの個人情報を管理する国家体制が本当に必要なのか、それだけの国家管理を必要とする国家百年の将来像が国民に認知されているのかという問題である。

 第三に、個人情報管理の問題である。これらの情報を商機に流用しようと言う企ては資本主義社会の常であり、電子データの情報漏洩の問題、しかも大量の情報がいつの間にか第三者に出回っているといった事態は当然予想されている。これに対する備えは出来ているのか全く見えていない。

 第四に、総合合算制度は「社会保障個人会計制度」にすぐにでも転用されるということである。つまり、所得の再分配に基づく公的社会保障の理念がいつの間にか消えていくという危険である。もしかしたらこれが国民格差を是認する将来国家像の基本になるのかという疑念も消えていない。

 こうした重要な問題について、時間をかけて国会を始め、地方や様々な団体の中で、充分な議論と国民的合意が保障されるべき事柄である。

 以上の理由から拙速な法案提出に異議を唱えたい。

引用元
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ベランダの緑は里芋や生姜の葉っぱ テーブル椰子、ユーカリにオリーブの葉っぱ

2024年08月30日 | 花・草・木・生き物

生姜の葉が触れ合うと生姜の香りが立ち上ってくる。             テーブル椰子

 

ユーカリ                           オリーブ

  

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【養老孟司】外国語学習の本質について養老先生がお話します。

2024年08月30日 | SNS・既存メディアからの引用記事

【養老孟司】外国語学習の本質について養老先生がお話します。

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08月29日に目に留まったSNS・メディアの記事

2024年08月30日 | SNS・既存メディアからの引用記事

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東日本大震災が起こった翌年の [ 2012年07月30日(月)の阿智胡地亭の非日乗ブログ ] 再掲載

2024年08月30日 | 東日本大震災ブログ
2012年07月30日(月)
 
知らなかったけど3党が着々と進める国民皆背番号制度
 

マイナンバー法案 詰めの調整
7月29日 6時14分 NHKニュース

民主・自民・公明の3党は、国民一人一人に番号を割りふる「共通番号制度」の導入に必要な、いわゆる「マイナンバー法案」について、

番号が記されたカードを国民全員に配るなどの修正を行うことで大筋で合意し、今週以降、詰めの調整が行われる見通しです。

政府は、社会保障制度の充実や税の適正な徴収を図るため、3年後の平成27年から国民一人一人に番号を割りふる「共通番号制度」を導入することを目指して、

今の国会に「マイナンバー法案」を提出しています。

この法案について、自民・公明両党は、利便性を向上させる一方で、情報管理の強化を図る必要があるとして、民主党に修正を求め、実務者レベルで大筋で合意しました。

それによりますと、政府案では、申請した人だけが対象だった番号が記載されたカードの配布先を国民全員とし、

カードを使って医療や福祉などのサービスを受けられるようにするほか、将来的には生命保険など民間のサービスを受ける際にも、この制度の活用を検討するとしています。

一方、情報管理の強化では、政府案に盛り込まれている「第三者機関」の設置に加え、省庁横断的に情報管理を統括する「最高情報責任者」を政府内に置くなどとしています。

民主・自民・公明の3党は、修正内容について、今週以降、詰めの調整を行うほか、党内の了承手続きを進めることにしています。

☆確かにシステムとしては有益だと思うが、現実の問題として末端の取扱い公務員に厳密な運用を求めても、

法律より仲間内優先の日本では役所から我れが情報がじゃじゃ漏れになりそうだ。

その例としてつい最近も長野県の現役警察官二人が退職した元の上司の依頼を受けて、駐在所のパソコンから平然と個人情報をダウンロードし、

一件2千円で売った。おそらくこれは氷山の一角だろう。

そのあたりの備えがないのにこの制度を導入されると、お得なのは、個人の生活を洗いざらい見ることができる公安警察だけだ。

メディアは導入の利害得失を調査報道しないのだろうか?

 
NHKは決して一枚板ではない  視聴率次第で原発事故関連番組もつぶされる
 

「厳重注意」を受けるべきは誰か
~NHK「ETV特集」スタッフへの「注意処分」を考える~=戸崎賢二

一部引用・・

大震災後のテレビ報道の中で、NHK「ETV特集」の「ネットワークでつくる放射能汚染地図」シリーズは、原発事故による放射能汚染の実態と、

被害を受けた人びとの悲劇を、地を這うような調査取材で伝え続け、わが国原発事故報道の高い峰を形成してきた。

シリーズ第一回にあたる昨年5月15日の番組は、文化庁芸術祭大賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞している。

 ところが、今年4月、NHKで、この優れた番組群を主導したETV特集班のプロデューサーとディレクターが、口頭での「厳重注意」、

もう1人のディレクターが「注意」を受けていたことが明らかになった。

問題とされたのは、取材班が番組の制作記録として刊行した単行本「ホットスポット」(講談社)の内容である。

 この「厳重注意」については、NHKの公式サイトで見当たらず、当事者も沈黙しているので、詳細はよくわからない。局内で伝えられているところを総合すると、

「厳重注意」の理由は、前記の書籍の中で、執筆者が、NHKが禁じていた30キロ圏内の取材を行った事実を公表したこと、

原発報道についてNHKの他部局を批判したこと、などだったとされる。

中略

 「注意処分」の理由とされたのは、このように30キロ圏内で取材した事実を書籍で公表したことだった。

しかし、その記述があることによって、当時の原発事故報道の問題点が鮮明に浮かび上がることとなった。

 赤宇木のある地域の放射線量の高さは、文科省は把握していたが、地名を公表しなかった。枝野官房長官はこの報告を受けた後の記者会見で、

「直ちに人体に影響を与えるような数値ではない」と説明し、テレビ報道はこの会見を垂れ流した。

 取材班は「ホットスポット」の中で、「当時の報道は大本営発表に終始し、取材によって得られた「事実」がなかった」と指摘、30キロ圏内の取材規制も、

「納得できるものではない、そこにはまだ人間が暮らしているのだ」と書いている。ジャーナリストとしてまっとうな感覚である。

中略

「ホットスポット」は一方で、NHKは決して一枚岩の存在ではなく、良心的な番組でもNHK内においてはさまざまな圧力の中にあり

視聴者の支持がなければ潰されかねないことをも示唆した。

今回の「厳重注意」の動きは、視聴者にそのような重大なメッセージを伝えている。

全文はこちら

 
 
東電の原発事故の経営責任を問う株主訴訟
 
原発事故の経営責任を問う
ゲスト:河合弘之氏(弁護士・東電株主代表訴訟代理人)

一部引用・・

世界を震撼させた福島第一原発のメルトダウン事故から1年4ヶ月が経つ。事故直後から原子力関連の行政機関や東京電力の事故後の対応には批判が集まっていたが、ここに来て国会の事故調が原発事故を「人災」と認定するなど、あの事故が自然災害によるものであったと同時に、防災体制や事故後の対応にも大きな問題があったことが明らかになってきている。

 しかし、そうした指摘にもかかわらず、依然として誰一人として事故の責任を取っていないことに疑問を感じている人も多いのではないか。しかし、そうはさせないと起ち上がった人たちがいる。東京電力の株主の有志たちだ。

 さる3月5日、東京電力の株主42人が、同社の経営陣が地震や津波への安全対策を怠り巨額の損失を生じさせたとして、勝俣恒久会長ら歴代の役員27人を相手取り、計5兆5000億円を東電に賠償するよう求める訴えを東京地裁に起こした。

彼らは今回のような事故が予見できる立場にありながら、事故を防ぐための措置をとる義務を怠ったとして、事故の責任を取るよう求めている。

中略

 「福島では、家を奪われ家族が分断され、不本意に人生を変えられて、地獄にいる。他方東電役員は給料は減ったけど退職金を貰って、嫌なことがあったから海外旅行でもするかとか、東電が大株主の会社に天下りもする。彼らはまだ天国にいる。これでは道理が通らない」と河合氏は語る。

 河合氏は東電経営陣の責任として、数々の義務違反を挙げる。過去に地震や津波のリスクは繰り返し指摘されてきたし、株主総会でもそうした指摘を受けた数々の提案がなされてきた。

原発を運営する東電の経営陣は、地震や津波のリスクを十分に知らされ、今回のような事態が起こりうることが十分に予見できる立場にいながら、警告を無視し、効果的な対策を取らなかった。そうした義務違反のために、3・11の事故は防げず、しかも被害がここまで広がってしまったと河合氏は言う。

全文はこちら
 
 
 
原子力規制委員会の委員候補は原子力ムラの出らしい
 
おーい、ナベツネ君

一部引用・・

しかし、7月20日の読売新聞には、委員長と4人の委員の名前がはっきりと報道され、しかも、4人の委員の任期までが書かれていた。(4人の委員は2年任期と3年任期に分かれる)

読売新聞以外にも、日経が20日の朝刊で委員長人事案を、朝日、東京、毎日の各紙が夕刊で委員長及び委員の案を報道している。

事前調査の段階で、委員の任期が滲み出るはずがないから、明らかにこの読売新聞の報道は、政府の人事資料を見て書かれたものだといわざるを得ない。

つまり、政府はこの同意人事の内容をリークしたのだ。原子力ムラの一員を委員長にすべく、既成事実をつくろうという意図がみえみえだ。

読売新聞がやり過ぎてリークがばれ、政府からの人事案の提示が見送られると、読売新聞は、その日の夕刊で、「手続き上なんら問題はない」「政党側の過剰な批判は、報道規制につながりかねない」「そのような有害なルールは速やかに廃止すべきだ」などと必死に抗弁する。

さらに翌21日の社説で、「国会の同意が遅れれば、政府は人事を発令できず、9月上旬に予定されている規制委の発足がずれ込む恐れもある。」などとと書いているが、国会の同意の遅れが問題なのではなく、政府の人選と提示が問題なのだ。

全文はこちら

原子力規制委員会:就任予定委員の反社会的活動をどう評価するか
by武田邦彦

一部引用・・

日本の大人、親として、今後の原子力の安全について真剣に考えなければならない。その一つが秋に発足すると言われている原子力規制委員会の概念と人選である.これについて「まあまあ、なあなあ」ではまた事故が起こり、子供達が被曝する.

まず、第一に、原子力規制委員会と言われる組織ができるのは、これまで原子力は「原子力委員会」と「原子力安全委員会」の2つがあって、それぞれ「推進」と「規制」を担当し、その事によって日本の原子力の推進と抑制を守ることが国民の合意だったことを確認しなければならない。

しかし、今は事故が起こったあとです。事故が起こったと言うことは「システムは万全だったのか、システムに問題があったのか」というだ。私は「ひ弱で御用学者になった東大教授と、組織的に完璧な防御網を持つ官僚」の組み合わせに原因があり、システムではないと考えている。

あるとき、私がさっぱり改善されない原子力の安全について原子力安全委員長に話しに行ったときだ。「武田先生、周りを官僚に取り囲まれていて身動きがとれないのですよ」と言う。原子力関係者で原子力安全委員会を作っていたことも問題ではあるが、ほとんどの判断が官僚によってなされていたことが最大の問題である。

全文はこちら
 
 
中近東の紛争は日本人の日常生活につながっている 国境のない時代
 
2012.07.28 「アサド以後」の中東はどうなるか?
ムスリム同胞団伸び、イラン後退
一部引用・・

国連安保理での論議に明らかなように、国際社会はシリア反体制派を支援してアサド政権を引きずり降ろそうとする米英仏と、アサド政権制裁に反対して拒否権連発を辞さない中露が対決したままだ。

「アラブの春」による民主革命の波を利用して、反欧米のアサド政権を追放しようというのが欧米諸国の狙いであり、外部からの介入で政権転覆をすべきでないと抵抗しているのが中露の外交だ。とまれ現地情勢は、次第に欧米側に有利に展開している。

そしてアサド政権が倒れるとすれば、中東ではMBのイスラム主義が強まることになるのが自然の流れだ。

そうなってから、イスラム主義のアラブとキリスト教を母体とする欧米の関係がどう展開するか。

それにイスラエルが絡まって、中東はまた大変な時代を迎えようとしている。

全文はこちら
 
 
28日日曜日の脱原発デモ
 
脱原発デモ:「団塊世代」も感慨 国会包囲
毎日新聞 2012年07月29日 22時14分(最終更新 07月29日 23時45分)

 炎天下の東京都内で29日に行われた「脱原発」の抗議行動。子供からお年寄りまで幅広い年齢層の参加者がデモ行進の後、国会議事堂(東京都千代田区)を取り囲み、「原発いらない」などと大きな声を上げた。

中には半世紀前の学生運動に加わった「団塊の世代」の姿もあり、世の中を変えたい一心で多くが結集する様子に「今の日本も捨てたもんじゃない」と感慨深そうに語った。

 高校時代に学生運動に加わった東京都国立市の古川美栄さん(61)は40年ぶりのデモ参加。「あの頃は若いなりに『世の中を変えたい』と思って運動していた。このデモには老若男女、多様な人たちが自由に何の制約もなく参加している」と声を弾ませた。

 一世代上の西東京市の無職、高橋良彰さん(74)も、市民団体の仲間約20人と参加。東京外大2年だった頃、全学連の呼びかけで60年安保闘争に参加した経験があるが、この日は「家族連れや若い人たちが多くて驚いた」。

組織型の運動との違いを感じ、「子育て世代には、原発問題が自分たちの明日の生活、命につながる問題という思いが強いのでしょう」と話した。

29日は全国74の観測地点で35度以上の猛暑日となり、都内でも練馬区で35.3度を記録。参加者は額などに大粒の汗を浮かべ、タオルで頭を覆うなど暑さに耐えながらの行動となった。

 主催者の一人でイラストレーターのミサオ・レッドウルフさん(ペンネーム)は「『生ぬるい』などのやじを浴びることもあるけれど、大事なのは数で圧力をかけること。これからも普通の人が参加できる雰囲気作りに努め、ぶれずに、シンプルに声を上げ続けたい」と話している。【町田結子、大沢瑞季】

脱原発デモ:国会議事堂を包囲毎日新聞 2012年07月29日 20時54分(最終更新 07月30日 00時59分)

「脱原発」を訴える大規模なデモ行進が29日、東京都千代田区の日比谷公園を発着点に行われた。猛暑の中、子供からお年寄りまで幅広い年齢層が参加(主催者発表20万人、警察調べ1万数千人)。「再稼働反対」「原発やめろ」と声を上げ、行進後は永田町に移動し、国会議事堂を取り囲んだ。

 毎週金曜日に首相官邸前での抗議行動を呼びかけている市民ネットワーク「首都圏反原発連合」が主催。今年3月11日に続くデモで、人々は午後4時ごろから、東京電力本店前など約1.6キロを練り歩いた。

 午後7時には国会議事堂の周囲約1.3キロを包囲。学生仲間と参加した早稲田大4年の谷口典英さん(25)は「(東京電力福島第1原発の事故の)避難者の生活を無視して、原発を再稼働するのはおかしい」と話した。

 高校時代に学生運動に加わった東京都国立市の古川美栄さん(61)は40年ぶりのデモ参加。「あの頃は若いなりに『世の中を変えたい』と思っていた。このデモには老若男女、多様な人たちが自由に何の制約もなく参加している。今の日本も捨てたもんじゃない」と声を弾ませた。
 
東京で大規模な原発抗議行動
7月29日 21時16分 NHKニュース

関西電力大飯原子力発電所の3号機と4号機がフル稼働となり、原発の運転再開が続くなかで、29日、東京で、原発に反対する大規模な抗議活動が行われ、大飯原発の運転再開の撤回や脱原発を訴えました。

この抗議活動は、毎週金曜日に総理大臣官邸前で原発に反対する活動を続けている「首都圏反原発連合」が行ったものです。

会場の日比谷公園には、ツイッターやインターネットの呼びかけで子ども連れの主婦やお年寄りなど幅広い年齢層の人たちが集まり、プラカードや横断幕を掲げて大飯原発の運転再開の撤回を訴えました。

このあと、参加者達は東京電力や経済産業省に向かってデモ行進し、楽器を打ち鳴らしたり、プラカードを掲げたりしながら「原発はいらない」などと声を上げていました。

参加した55歳の女性は「一人一人が声を挙げるのが大切だと思い参加しましたが、こんなに大きな動きになるとは思っていませんでした。国はわたしたちの声をしっかりと受け止めてほしい」と話していました。

参加者達は午後7時頃から運転再開への抗議の意思を示すため、キャンドルに灯をともして国会議事堂を囲みましたが、その際、一部の参加者が国会の正門前の車道に入り込んで制止する警察ともみ合いになるなどの混乱も見られました。

29日の抗議活動に参加した正確な人数は分かっていませんが、主催者側の発表では、デモ行進や国会前の抗議活動に延べで20万人が参加したとしているほか、警視庁の調べでは1万4000人が参加したということです。

東京では、今月16日にも原発に反対する過去最大規模の集会が開かれ、幼い子どもを連れた若い夫婦や仕事帰りの会社員など年齢や仕事も多種多様なさまざまな市民が原発に反対するデモや集会に参加する動きが広がっています。
 
 
 
民主党の東電出身議員たち
 
原発作業員にも配られた電力総連ビラから読み取る
「民主党が東京電力に本気で合理化を迫れないニッポンの事情」

一部引用・・

ためしに東京電力関連の候補者のみ抜き出してみよう。東京電力労働組合の組織内候補者が含まれる関東電力総連のみ抜き出すとこうなる。

東京電力労組と民主党が密接な関係にあることがわかる。民主党政権が東京電力に甘いのは、こういう関係性があるからだ。

この状態で民主党が東京電力に厳しい経営合理化など迫れるわけがない。これらの中には東京電力の社員を兼務しながら議員活動を行なっている人もいるらしい。

杉並区議の安斎昭(あんざいあきら)氏は東京新聞に「東京電力社員としての給料と議員としての報酬の両方を受け取っているのか」と質問され、
 
取材拒否した上で「答えるか答えないかの権利が私にはある。どこに務めていようと関係ない。」と答えたとのことだ。

全文はこちら

【安斎昭さんのこと】こちら
 
 
 
民主党内にも脱原発議論
 
民主 脱原発巡り議論活発化へ
7月30日 4時32分 NHKニュース

 民主党内では、執行部が安全性が確認された原発の運転再開を目指すとした野田総理大臣の方針を支持しているのに対し、反発や脱原発の方向性を打ち出すよう求める意見などが出ており、9月の代表選挙に向けて党内論議が活発になることが予想されます。

野田総理大臣は、運転を再開した関西電力大飯原子力発電所の3号機と4号機以外の原発についても、今後、安全性が確認されれば運転を再開したい考えで、党執行部もこうした方針を支持しています。

これに対し、民主党内では、鳩山元総理大臣が総理大臣官邸前で行われている原発の運転再開に抗議する活動に参加するなど、野田総理大臣の方針に反発する意見が出ています。

また、菅前総理大臣を含む有志の議員は、2025年度までに国内で運転する原発をゼロにする「脱原発」を柱とした法案の要綱案をとりまとめ、党所属議員53人の署名を添えて、輿石幹事長に対し、法案の提出に向けて党内手続きを進めるよう申し入れました。

さらに、政府が国会に提示した「原子力規制委員会」の委員長らの人事案を巡っても民主党内で「反原発の立場の人が含まれていない」などという批判が表面化しており、今後、9月の代表選挙に向けて党内論議が活発になることが予想されます。
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インド・ムンバイでお世話になった商社駐在員の家族        昭和50年代の海外あちこち記    その12  

2024年08月29日 | 昭和50年代の海外あちこち記

ボンベイ(ムンバイ)によく行った昭和55年頃は中印紛争の余韻が残っている時期でした。

中印紛争のあおりでボンベイ市内に数多くあったという中華料理屋はみんな店を閉めてしまい、

オーナーの中国人は国外に出てしまっていました。

そのため、中華メシは海外のどこに行っても食えるという安心感がこの都市では無くなっていました。

 これで困ったのが日本からメーカーの人間を印度の商談に呼ぶ日本の商社です。日本メシ屋は当然ない、中華メシ屋もなくなった。

ホテルの西洋料理屋では牛肉を使ったメニューはハムステーキくらい。メーカーの出張者に一日三食何を食べさせたらいいのか。

 インド料理のスパイシーなおいしさに、その日からはまった私などは例外中の例外らしく、殆どの日本人はインド料理=カレー料理=辛い→とても口に合わない、

というイメージが強く、ハナから敬遠してしまいます。

実際は辛いといっても、辛さそれ自身は知れているし、辛いというのではなくスパイスの旨みであり、スパイスも種類が豊富で野菜の使用量も多く

健康食の一つなのですが、日本人に長年CMなどで刷り込まれた<インド料理は、辛い料理>という既成観念は凄いものだと驚きます。


 ボンベイのオベロイホテル滞在も何日か過ぎ、毎食、果物とパンとコーヒーだけしか口にしない人も出て来たある朝、

東京から同行した商社・M商事の長谷さんが「皆さん、今晩は楽しみにしてください。カツドンと味噌汁と漬物を食べてもらいます。」と言いました。

「おおーっ」と皆どよめきましたが、雰囲気はどこでそんなもん食えるんやと半信半疑でした。その夜、機械担当駐在員の車でオフィスを出ました。

5人のメンバーは結局、彼の自宅のアパートに招待されたのです。


 ダイニングキッチンのテーブルにはもう日本の家庭料理の皿が沢山並んでおり、奥さんに挨拶して全員ニコニコ顔で、席につき次々おいしい日本食を堪能しました。

狭い台所の横のテーブルですから奥さんとインド人の料理人が大車輪でコロッケやポテトサラダなどを作っているのが見えます。


 さすがに日本酒はなかったけど、インドでいいものが出来るジンやスコッチ類は飲み放題で、久しぶりにゆっくりとした頃、家の中を見るとも無く見ると

前に住んでいた千葉県南柏の3DKの社宅のアパートとよく似た間取りで、時々小学生くらいの娘さんが台所の隅を通ってトイレに行っているのが見えます。


 大阪支店から数年前にボンベイ勤務になったと聞いていましたが、旦那も奥さんも大阪出身の「ジュンカン」

 (純粋の関西弁を喋る人を表す言葉)で、ボンベイで聞く大阪弁は耳に心地よく響きました。

奥さんにも話の輪に入ってもらい、日頃の生活ぶりを伺いました。

料理をしているインド人は代々の機械担当駐在員が引き継いでいる料理人だそうです。

彼は日本の家庭料理は何でも出来ます。私よりレパートリーは凄いンですと笑っておられた。

彼の家はここから半日ほどバスで行く町で、半年に一度休みで帰るくらい。普段は住み込み。

見た目50歳くらいの温和な白髪交じりの人で、恥ずかしそうに少し日本語をしゃべりました。

 買物などにもついてきてもらう。最初のうちはとても一人で買物は出来ない。

お嬢さんは小学5年と中学一年の二人、確かアメリカンスクールへ通っていると言われたような記憶。

 二人は、はにかみながらも最初にきちんと挨拶してくれた。

奥さんは「商社やからどこへ行け言われても、いかなあかんけどボンベイとは思いませんでした。

まだしばらく帰してもらわれへんと思うから、もう少しここで頑張らんとネ、ハハハ」と笑って言われた。


 こうして旦那の会社の仕事のためとは言いながら、夜、自宅を取引先のいろんな会社の人に提供して

(担当者だから決して広いアパートではなかった)

酔っ払って遅くまで帰らぬ客の為、子供さんも影響されながら頑張っておられる日本人商社マンの家族。

申し訳ないがお名前を忘れてしまったけど、こうするのは当然の事という感じで自然体で遇してくださった

奥さんとあのご家族のことは忘れられません。


 後で長谷さんに聞くと、インドの華僑がインドを出てしまい中華料理屋がなくなってから、

ボンベイの駐在員の家族には悪いけど、ああして自宅での接待を頼んでいると。

 外人が住めるような住まいが少なく、家賃が恐ろしく高いので狭いアパートしか会社も借りてくれない。

コックの給料と食事の材料費と酒代は当然会社持ちだが、奥さんと家族の貢献代は給料のうちで会社は持ってくれない。

機械担当は商談数が一番多く、納入業務も多くいろんなメーカーからいろんな人間がボンベイに来ます。

エライさんからペイペイまで、グループ各社のVIPも含めて。

ウ~ンできんこっちゃと正直思いました。あのクーラーも効きかねる暑さのボンベイの日本飯、感謝感激でありました。

 ついでながら、いま、神戸に生まれ神戸で育った人たちに神戸に数おおいインド料理屋を紹介したり、

(代々の神戸人は意外に保守的で、新しいものに手を出さない人も多い)

正月の初詣の後はインドレストランで飯を食う事を習慣にしている我が家は、やはりこの私のボンベイ出張がインド料理好きの初めの始めです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

   阿智胡地亭便り#91<ボンベイから出した手紙> 2005年9月6日 記

自分の子供時代の品物を整理していた長女が、「お父さんがインドから送ってくれた手紙が出てきたよ」と言って、その手紙を私の所へ持ってきました。

 読んでみると、長女の小学校の入学式のことが書いてありました。それからすると昭和55年(1980年)の4月ごろに、インドのボンベイから、

当時住んでいた茨城県北相馬郡藤代町(現取手市藤代町)の自宅に出した手紙です。(当時のボンベイは今はムンバイという名になっています。)


     泊まったホテルはオベロイホテル。

「Y子へ

 おとうさんは おしごとで たいわんから また べつのひこうきにのって いんどの ぼんべいというところへ きています。

ままに ちづでどこか みせてもらいなさい。いんどの人ひとはいろが みなくろく にほんじんとは かおやからだつきが ちがっています。

 Y子のにゅうがくしき おめでとう。おとうさんが いえへかえってから にゅうがくしきのときの ようすを

おはなししてください。おとうさんの にゅうがくしきのときは きゅうしゅうの わかまつ ふたじま というところに いました。

がっこうのさくらのはなが まんかいで きれいでした。

これから あたらしいことを たくさん べんきょうして よくかんがえるこどもになってください。そしてじぶんのかんがえを はっきり いえるようにしよう。

 M子と なかよくしていますか。ときどきはけんかしてもいいけど(M子がわがまましたりするとき) ままと M子と みなで なかよく

ぱぱのかえりを まっていてください。では げんきで まいにちがっこうへ かよってください。 ぱぱより。」



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◆創建1200年記念 特別展「神護寺―空海と真言密教のはじまり」 後期展示を動画でご紹介! 東京国立博物館

2024年08月29日 | SNS・既存メディアからの引用記事

◆創建1200年記念 特別展「神護寺―空海と真言密教のはじまり」 後期展示を動画でご紹介!

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08月28日に目に留まったSNS・メディアの記事

2024年08月29日 | SNS・既存メディアからの引用記事

いずれも画像をクリックすると本文全文に飛びます。

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東日本大震災が起こった翌年の [ 2012年07月29日(日)の阿智胡地亭の非日乗ブログ ] 再掲載

2024年08月29日 | 東日本大震災ブログ
2012年07月29日(日)
 
批判する人と行動する人
 
批判者と行動する者
(2012年7月27日 09:13) 澤上篤人

 いつも思う。 いろいろ批判することに長けている人は一見、すごく理知的である。 いっていることも、的を得ていることが多い。 なにしろ、いま現在の問題点やら病巣を抉り出す切れ味が鋭いから、まさにその通りだと拍手を送りたくなる。

 ただ、そういった人達の意見からは何も生まれないのも事実である。 批判はするものの、ではどうしたら良いのかとなると、たちまち口を閉ざしてしまう。 なにかしゃべっても、当たり障りのないことばかり。

 一方、われわれ長期投資家は常に行動ありきである。 いまの問題などを深く認識した上で、"だったら、こうしよう" とか "こういった方向で問題解決の道を探ってみよう" と、即座に行動だ。 もちろん、行動したからといって問題がすぐ解消されるわけではない。 それでも、ぐちゃぐちゃ言っている暇があったら、一歩でも二歩でも前進だとひたすら行動する。

 その行動は、批判に長けた人達からみれば、これまた格好の批判材料となる。 "あいつ等、あれこれもがいたり苦しんだりしているが、しょせん無駄な努力よ" とせせら笑いながら。

 たしかに、われわれの行動は批判者からすれば、ドンキホーテのように見えよう。 しかし、行動しなければ何も始まらない。 まして、われわれ長期投資家は "良い世の中をつくっていこう" といっているのだから、一歩でも二歩でも前進あるのみだ。 批判者に付き合っている暇はない。

 ひとつ、面白いことがある。 行動するものは、あちこちで躓きながらも知恵を絞ったり工夫を重ねたりする。 こういった勉強は、批判者にとっては絶対にといっていいほど経験できないものだろう。 彼らがいくら知識をひけらかせても、現場でもがき苦しみながら積み上げていく知恵といったものには遠く及ぶまい。

 こういった経験値とか、どんどん工夫を重ねることで鍛えられる地頭といったものは、長期投資家にとって大きな財産となっていく。 要するに、行動して何の損もないということだ。

引用元
 
 
 
絶滅危惧種イヌワシの生息地をオスプレイ(ミサゴ)が飛ぶ
 
オスプレイ、イヌワシ生息地飛行 絶滅危惧種へ影響懸念
2012年7月28日 19時38分 東京新聞(共同通信)

 絶滅危惧種のイヌワシ

米軍の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが訓練で低空飛行を計画しているルートの下には、絶滅危惧種のイヌワシやクマタカ、ライチョウなど希少な鳥の生息地が数多くあることが環境保護団体「日本自然保護協会」の分析で28日、分かった。

 国の天然記念物で個体数が650羽と推定されるイヌワシは、12県で生息地が飛行ルートと重なっており、同協会は「騒音などの影響で、絶滅の危機に一層追いやられてしまう」としている。

 オスプレイ配備に伴う米軍の環境審査報告書で訓練に使うとしているのは沖縄に加え、本州、四国、九州の5ルートと奄美諸島付近の計6ルート。
 
 
中国の子供はいじめをやっている暇がない
 
☆どう読み取るかは読む人次第ですが、例外もある一般論としてはそうだろうなと思いました。

中国でいじめが少ない理由
「正直、他人を構っている時間などない」

一部引用・・ 

では、中国のローカルスクールとは一体どのような雰囲気なのだろうか。いじめは存在するのか、しないのか。

 上海で現地の小学校に通った経験を持つ、日本人中学生のAさんに話を聞くことができた。

「私が日本人であることはみんな知っていますが、いじめを受けたことはありませんでした。正直言って、中国では他人のことを構っている時間などないんです」

中略

 中国の学校の厳しさはすでに読者諸氏もご存じだろう。古代から科挙制度が重んじられた中国は、現代においても学生への要求値が高く、主流は暗記を中心とする詰め込み式の教育だ。

 例えば、上海市内の小学校に通う1年生は、「毎日5科目ほどの宿題が出され、漢詩は教科書丸ごと暗記、時には解釈まで要求されることもある」と言う。帰宅後すぐに取り組んでも、日付が変わる深夜までに終わるかどうかだ。

 小学1年生の宿題ですでにこのボリューム、高学年や中学生ともなれば、その忙殺ぶりは想像に難くない。Aさんの言うように、「特定のターゲットを狙って執拗に追い回す」など、そんな時間すらないのだ。仮に他人への攻撃にうつつを抜かし学習が疎かになれば、親からは「宿題どうなってるの!」、教師からは「宿題忘れた?明日から学校に来なくてもいい!」と、どやされるのが関の山だ。

「でも、いじめは中国でも、あるにはあるんです。日本のように陰湿ではないですが……」とAさんは続ける。

 中国の子どもの世界では、強い子と弱い子がはっきりしていて、子どもの社会でも弱肉強食という構図が存在する。そして、中国でいじめられるタイプをこう分類する。

「1つはガリ勉。2つめはスポーツができない子、そして3つ目は努力しない子です」(Aさん)

「学生の本分は勉強」という不動の原理において、中国では「努力しない子」はさげすみの対象になってしまうというのだ。

 それでも、弱い子は弱い子なりに、サバイバルに必死だ。「強くならないと一生損する」という意識も強い。

全文はこちら
 
 
新しい形のデモ 脱原発抗議行動の行方
 
          上杉隆の東京脱力メールマガジン          

『 新時代デモ 脱原発抗議行動の行方 』       

毎週金曜日に行われている首相官邸前での反原発抗議行動(アジサイ革命)が週ごとに活況を呈している。

デモでもなく、リーダーも存在せず、ツイッターでの呼びかけを主とする自然発生的な抗議行動は前代未聞であるがゆえに、その行く末もまた不明である。

主催者である首都圏反原発連合の幹部も、そのことは重々承知しているようだ。慎重な言葉選びとより練られた方針で、混乱を未然に防いでいる。

これまでのデモであるならば、敵対勢力である警察などとは決定的な対立に至ることもあったが、彼らはそうではない。

たとえば、所轄である警視庁麹町署との話し合いや抗議行動に際しての関係各所への連絡など、友好的な関係を保っている。

13の団体と不特定の個人が緩やかに連帯して発生したこの新しいスタイルの抗議活動は、政府や霞が関にとってはかなりの脅威のようだ。

閣僚(政治的理由により匿名希望)のひとりに聞くと、「どう対応していいのか正直わからない」と本心を吐露し、原発推進派の民主党議員のひとりに聞く
と、「政治家をうまく取り込んでいる。誰が絵を描いているのかわからないが相当手ごわい」と答えた。

また、警備を担当する警視庁の役人のひとりに聞くと、「相手が友好的に来る以上、こちらも友好的にならざるを得ない。絶対に間違いの起きないように細心の注意を払っている」と現場ではうかがい知れない緊張感を伝えてくれた。
 
それは60年代、70年代の安保闘争を経験したある知識人(匿名条件)の次の不安と見事に符合する。

「今の抗議行動のように家族連れや普通の人たちが来て、お祭り会場みたいになっているだけならばいい。怖いのは誰かひとりでも犠牲者が出てしまうことだ。私が当時の安保闘争に参加して国会前で人間の鎖のように腕を組みあうことになったのは、樺美智子が死んだからだ。彼女の死をきっかけに渦巻いていた怒りが爆発し、それまでは一部の学生たちのものだったデモが一気に火がついた。私もそうだが、あれでデモに行き出した者は多かった」

思えば、チュニジアでのジャスミン革命もそうだった。ひとりの青年の死によって、ツイッターやフェイスブックなどのSNSを通じて連帯していた若者たちの怒りが爆発し、ついにはベンアリ大統領による長年の独裁政権を倒すまでに至ったのだ。

私は、日本がそうなるとは思っていないし、またそのようになることも願っていない。

ただ、そうした危険性は常に内包されながら、今日の抗議行動は続き、そしてそれが回数を重ねるごとに膨らんでいることに政府や政治家が鈍感すぎることに危惧を抱いているのだ。

きょう(7月27日)、首都圏反原発連合は自由報道協会で6月以来二回目となる会見を開いた。

彼らはこの新しい「デモ」のスタイルを明確に意識し、それを発展させるよう戦略をもっているようだ。主催者のひとりミサオ・レッドウルフ氏は自由報道協会の会見でこう語った。

「核マル、中核がオルグのためにやってきたり、60年代、70年代の安保闘争の時のように過激な行動を取ろうとする人がいることには正直、戸惑いがあるし、言いたいこともある。『なぜ突入しないのか!』『やり方が甘い』という批判もずっとあるが、それがいいとは思わない」

両腕にタトゥーを入れた彼女の発言は極めてニュートラルだ。そこにイデオロギーに染まった、かつてのような反政府運動のような空気は感じられない。単に、大飯原発の再稼働はおかしいから、その政策を中断してくれと懇願しているにすぎないのだ。

そもそも、抗議行動のあとに警察官にお礼の挨拶をし、ゴミをすべて拾って終了する「デモ」がかつてあっただろうか。

この新しい時代の「デモ」は果たしてどのように帰結するのか、無責任のようではあるが、私は政治的な意味で、その一点に大いに注目している。

首都圏反原発連合は、この日曜日(7月29日)、国会議事堂を包囲する形では平成の時代になって初となる大規模デモを予定している。

紳士的な彼らの行動に、政府はどう応じるのだろうか、そこに野田政権の誠実さが問われている。
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20120728 知られざる放射線研究機関 ABCC/放影研
 

報道特集より。
原爆の悲惨さを訴えて今も読み継がれているマンガ「はだしのゲン」。
放影研の前身であるABCCを描いた場面が出てくる。 「なにもくれず、まるハダカにされ、白い布をかぶせられ、血を抜かれて体をすみずみまで調べられた‥」「アメリカは原爆を落としたあと、放射能で原爆症の病気が出ることがわかっていた‥ わかっていておとしたんじゃのう」「戦争を利用して、わしらを原爆の実験にしやがったのか」はだしのゲン作者の中沢啓治さんは自身も被ばくしている。母が亡くなったとき、ABCCが来て、母親の内蔵をくれと言われたという。ABCCによる被爆者調査の背景を物語る文書がある。
「アメリカにとってきわめて重要な放射線の医学的/生物学的な影響を調査するには、またとない機会だ‥。」1947年、広島でABCCが設立された。 ABCCが当初もっとも重視したのが遺伝的な影響だった。 広島、長崎で生まれた被曝2世、約7万7000人を調査。 担当部長は死産や生まれた日に死んだ赤ちゃんも調べたという。そんな放影研に福島県郡山市から依頼があった。 大久保利晃理事長が市の健康アドバイザーとして招かれたのだ。 しかし実は放影研の調査対象は高線量外部被ばくだけ。 福島でいま起きていることは、これとは異なり、内部被ばくだ。内部被ばくについては、ABCCの時代から調査の対象外としてきた。
だがABCCが一時期、内部被ばくの調査に着手していたことが、取材でわかった。
当時の生物統計部長だったウッドベリー氏は、内部被ばくの原因となった黒い雨の本格的な調査を主張していた。
そして1953年から1年ほど、内部被ばくの予備調査が続いた。 その調査の担当者だった日本人の研究員、玉垣秀也氏は、黒い雨をはじめ、残留放射能の調査を命じられた。
しかし上司は衛生状態の悪化が原因だとして調査を打ち切った。 そしてABCCから放影研に変わったあとも、内部被ばくの調査は再開されなかったという。
 
 
700億を水に流して誰も責任を取らなくて済む仕組みがある
 
Diamond Onlineから引用。

地方自治“”腰砕け“”通信記【第48回】
2012年7月10日 相川俊英

誰も責任をとらず、湯水のように注がれる修復費用
“底抜け”大蘇ダムに振り回される住民たちの失意

山奥に造られた巨大プールの愚・水の貯まらない「底抜けダム」

 まるで山奥に巨大なプールを造るようなものだ。農水省九州農政局は6月18日、水漏れにより利用ができずにいる大蘇ダム(熊本県産山村)を全面補修する案を発表した。

 ダムののり面や底面など地盤全体にコンクリートを吹き付け、水漏れを防ぐという。コンクリートで巨大な器を造り、その中に水を貯めるというものだ。工事費は約100億円にのぼる見込みで、九州農政局ではダム水を利用する地元の自治体にも追加負担を求める方針だという。

 日本は世界に冠たるダム大国で、建設の実績と技術力の高さで他国を圧倒している。しかし、その一方でとんでもない欠陥ダムを生み出していた。代表事例が、水の貯まらない底抜けダムだ。ダム湖の底やのり面から水が漏れ出し、計画通りに貯水できないという欠陥品である。

「まさかそんなバカなことが」と思うだろうが、本当に漫画みたいなダムが日本社会に存在している。それも2つもである。

 熊本県の大蘇ダムと北海道の東郷ダムが、その「底抜けダム」である。いずれも農水省が農業用ダムとして建設したもので、完成後に水漏れが発覚し、水利用ができずにいる。
 
大蘇ダムは、熊本県産山村を流れる大蘇川をせき止めて造られた。農水省九州農政局が「大野川上流農業水利事業」として建設したもので、計画上の有効貯水量は約390万トンとなっていた。

 受益地は大分県と熊本県に広がり、延べ2158ヘクタール。畑作が中心で、受益地の7割以上を大分県竹田市が占める。ハウスでのトマト栽培を手がける農家が中心だった。

 大蘇ダムの堤本体が完成したのは、今から8年前の2004年のこと。工事は基礎掘削時に亀裂が見つかるなど、難航を極め、1979年の事業着手から4半世紀もの時を要した。計画変更は2度に及び、事業費は約595億円と当初(約130億円)の4.6倍にまで膨れ上がった。

 完成が延び延びとなったため、水利用を断念する農家も少なくなかった。待ちくたびれてしまったのである。農業を取り巻く環境が激変したことも影響した。

 それでも、大蘇ダムからの水を熱望する農家が存在し、彼らはひたすら待ち続けた。大分県竹田市のトマト農家などだ。彼らには切迫した事情があった。近くの大谷ダム(熊本県高森町)の水を利用しているが、不安定要因を抱えていたからだ。
ダムの老朽化により水の供給力が減少していたのである。

 もともと年間150万トンだったのが、いまや82万トンと半減している。ダム湖に溜まった土砂による現象である。このため、トマト農家などが荻柏原土地改良区(組合員は約700人)を結成し、大蘇ダムからの水に地域の将来を賭けていた。

ダムの底では信じられないことが
農水省がひた隠しにした欠陥工事
 大蘇ダムの堤がやっと完成し、試験湛水となった。何事もなければ、そのまま供用開始となるはずだったが、ダムの底でとんでもないことが起きていた。

 ダム湖の底やのり面から水が漏れ出し、計画通りに水が貯まらないのである。地盤にいくつもの亀裂が生じていて、まるで底に穴があいたバケツ状態になっていた。前代未聞のあり得ない事態であった。

 九州農政局は当初、水を待ち望む受益農家らに対し、この重大事実を明らかにしなかった。黙ったまま伏せていたのである。しかし、土地改良区の関係者が試験湛水のデータなどが示されないことなどに不審を抱き、水漏れの事実を突き止めた。こうして水漏れダムの存在が初めて、表面化した。

 大蘇ダムは阿蘇カルデラの北東斜面に造られた。周辺一帯はいわゆる火山灰地である。地盤が悪く、地元の人たちは当初から「水を貯めるのは難しいのではないか」と、語り合っていた。そもそもダムを造るような場所ではないと心配していたのである。

 だが、ダム建設の関係者らは「ここにダムが造れれば、世界中のどこにでも造れることになる」と、全く意に介さなかったという。技術力への自信と驕りをみなぎらせていたのである。

質問に怒りの表情さえ見せた関係者
「浸透抑制」という名目で修復に着手
「ちょっと待ってください! 欠陥! 欠陥! と言わないでください」

 顔色を変えて厳しい口調でこちらの話を遮ったのは、九州農政局の担当者。ダム事務所を直撃取材したとき(08年秋)の一幕だ。その時点では、大蘇ダムの水漏れは広く知られてはいなかった。

 彼らは奇妙な言い訳を繰り返した。ダムからの漏水を認めず、「水の想定外の浸透によるもの」と言い張るのだった。水がダムの底や周辺から地中に浸透していくのは、当たり前のこと。それらを全て想定した上で、水を貯めるのに適した場所を選定し、ダムを建設するものではないか。そもそも水が貯まらないところにダムを造ってしまったことが、大きな間違いだったのでは――。

 そんな質問を重ねたところ、彼らは怒りの表情さえ浮かべた。そして、「水漏れ欠陥ダム」という事実を頑として認めず、水の「想定外の浸透だ」と繰り返すのだった。自分たちの過ちを認めず、平然としていた。

 その後、水漏れダムの存在が世間に広く知られるようになり、事業主体の九州農政局に批判の声が寄せられるようになった。国民の多くがとんでもない欠陥品を造った不手際に呆れ返り、憤激したのである。

 さすがにこのままでは「まずい」と考えたのであろう。農水省は漏水の事実を認め、対策工事を行なうことにした。2010年度から3年間かけ、ダムののり面や底面の一部(約3万平方メートル)にコンクリートを厚さ約10センチまで吹き付けるというものだ。要するに、地盤にできている亀裂をコンクリートで塞いでしまおうというアイディア(?)だ。

 補修工事は、その効果を調査する意味合いもあった。それで、まずは地盤全体の10分の1の面積を対象とした。そうは言っても、バケツの底の穴を塞ぐのとはわけが違う。全体の10分の1とはいえ、かかる費用は約8億4000万円と見積もられた。

 この補修工事を九州農政局は「貯水池浸透抑制対策調査工事」と命名した。ダムの水漏れ対策ではなく、「あくまでも『浸透抑制対策』」だというのである。

総事業費は当初の5倍、700億円に膨張
なぜ誰1人として責任を取らないのか
 九州農政局はこうした水漏れ対策を2年ほど続け、「効果あり」と判断したのであろう。大蘇ダムの地盤全体にコンクリートを吹き付け、遮水する案を地元自治体や土地改良区に新たに提示したのである。ダム湖の底とのり面の全体をコンクリートで覆いつくすというのである。補修事業費は100億円規模に達し、完了するまで早くても5年はかかるという。

 大蘇ダムの事業着手は1979年で、当初の計画では事業費は約130億円と見積もられていた。それが約700億円にまで膨れ上がり、その上、実際に水を利用できるまで40年以上も待たされることになる。

 民間企業でこんな仕事をしていたら、間違いなく懲戒解雇ものだ。というより、会社そのものが存続し得ないはずだ。しかし、日本の役所の世界は極めて異質なところである。「水漏れ欠陥ダム」を造った責任を農水省の誰かがとったという話は、聞こえてこない。

 追加負担を求められた地元の大分県や竹田市などが6月30日、対策を話し合う会合を開いた。大蘇ダムの水を待ち続ける竹田市の荻柏原土地改良区の関係者は、「とにかく早く(補修工事を)やってもらいたい」と訴えたが、負担を強いられる自治体側は二つ返事とはいかない。そもそもずさんなダム建設の責任は国(農水省九州農政局)にあるからだ。

 しかし、国(農水省)が全て負担すればよいというものでもない。税金であることに違いはないからだ。欠陥ダムの建設に関わったお役人が誰1人、責任を取らぬまま、血税が投じられるのはどう考えてもおかしい。納税者として到底、納得できない話である。
 
 
 
経産省と文科省は二重、三重の『多重失態』をやったがそれを隠している
 
使われなかったバックアップシステム「PBS」
「SPEEDI」不作動でも避難誘導はできた

一部引用・・・

(1)現地からの情報が途絶してERSS/SPEEDIが正常に作動しなくても、手動で避難方向や範囲を予測することができた。

(2)さらにPBSに蓄積してあるデータベースの放出量情報をSPEEDIに代入して避難方向や範囲を示すことができた。

つまり「二重のフェイルセーフ」がちゃんとあったのに、政策当局者はそれを使えなかったのだ。

 簡潔に結論を言ってしまうと、福島第一原発事故の本質は「あらかじめマニュアルに決めてあったことすら守れなかった」、あるいは「マニュアルに書いてあったことすら忘れていた」に近い。

二重、三重、あるいはそれよりひどい「多重失態」と言えるのではないか。原子力安全・保安院、原子力安全委員会を筆頭に、その責任の所在はなお明らかになっていない。

全文はこちら
 
 
 
日本の現首相の精神の貧困に自分の運命をかけていいのか
【小林よしのり責任編集『わしズム』

《「金儲けだけが現実だ」と本気で思っているのか?
~首相の原発再稼動発言に見る精神の貧困》 上田紀行】


おいおい、いったい何を言っているんだ。本気なのか。発言を聞いて、愕然とした。

野田佳彦首相は10日の講演で、関西電力大飯原発3.4号機(福井県おおい町)を再稼動する意向を表明したことについて「精神論だけでやっていけるのかというと、やはり国民生活、経済への影響を考えて、万が一 ブラックアウト(停電)が起これば、大変な悪影響が出る」と述べ、夏場の電力が不足した場合の国民生活などへの影響を重視したことを強調した。(時事通信)


社会の運営が精神論だけではやっていけないということは当然だ。しかし、安全性の確認されていない原発を稼働することは危険であるという主張は、はたして「精神論」なのだろうか。それは、高度な現実論からの危険性の指摘ではないのか。

東日本大震災による地殻変動によって、地震大国日本はますます大地震のリスクが高まっている。そして大飯原発の敷地内を通る破砕帯と呼ばれる断層が活断層である可能性も指摘された。それに原発は耐えられるのかという疑問は当然だ。

《安全性を確認できない原発を信じることこそ「精神論」》

これまでの原発の「安全神話」が、意図的な情報の隠蔽によって作り上げられた虚構であることも福島原発事故を契機に、一気に明らかなものとなった。原子力安全保安院、原子力安全委員会、電力会社は一体となって、原発が絶対安全であるかのように見せかけてきた。そして、その隠蔽体質はあの未曾有の原発事故の後も続いている。

海外で全電源喪失の事例が起きたことを受けて平成3年に設置された安全委員会の作業部会で、電力会社側は「そこまで考えるのは行きすぎ」などと猛反発。作業部会は平成4年に、対策が不要な理由を文章で作成するよう電力業界側に指示し、東電が作成した文章をほぼ丸写しにした報告書をまとめ、安全指針の改定を見送っていた。この時指針を改定していたならば、福島原発の炉心溶融の大事故は起こっていなかったはずだ。しかし、安全委員会はその事実を原発事故後も隠蔽し続け、その事実が分かったのは今年の6月3日のことだ。さらに電力会社側は、その公開の際メモを黒塗りにすることを求めていた。

事故後もこうした対応を続ける原子力関係者に、原発の運営を任せていいのかという疑問は、まさに現実的なものだ。

しかし野田首相は、それを「精神論」だと言う。何の根拠もなく、「根性でがんばれ!」とか「信じなさい!」とか強要するのなら「精神論」だろう。だが、今回の原発再稼動への疑義のどこが「精神論」なのか。むしろ根拠のない再稼動を安全だと信じなさいという野田首相の方が「精神論」ではないのか。
大飯原発がどのように安全だと主張しているのか。野田首相による再稼動決定の演説から引用しよう。


福島を襲ったような地震・津波が起こっても事故を防止できる対策と体制は整っています。これまでに得られた知見を最大限に生かし、もし万が一すべての電源が失われるような事態においても、炉心溶融に至らないことが確認されています。
これまで一年以上の時間をかけ、IAEAや原子力安全委員会を含め、専門家による40回以上にわたる公開の議論を通じて得られた知見を慎重に慎重を重ねて積み上げ、安全性を確認した結果であります。


この演説で疑義が氷解し、「原発は安全なのだ」と確信する人はよっぽどのお人好しに違いない。「事故を防止できる対策と体制は整った」のか?新たに原子力の安全を担う「原子力規制委員会」の発足は早くて9月だと言われている。そしてそもそもあの福島原発事故が何によってもたらされたのかの原因調査すらまだ終わっていないのだ。

そしてこの後半の文章はまさに「日本型隠蔽体質」そのものだ。この文章をよく読んで欲しい。いったい誰が、慎重に慎重を重ねて積み上げ、安全性を確認したのか?一見すると専門家たちが安全性を保証しているようだが、実際にそんなことはない。専門家たちの間でも原発の安全性に疑義を呈する意見が多く、議論はまったく分裂しているのだ。その分裂状況にもかかわらず、「安全性を確認した」というとなれば、野田首相の判断なのだろう(?)が、その責任主体は巧妙に隠されている。

《野田首相にどんな責任が取れるというのか》

誰の判断なのかがわからない文章。「私は安全性を確認しました」と書けば明確なはずだが、そこがぼかされている。「権威ある専門家たちが確認した」との含意を残したい、そして何かが起こったとき「部下の官僚たちが安全性を確認したとの報告を受けた」との含みを残したい。そして官僚や電力会社は、「首相の意に沿ったまでです」と言えるような。

そうした「主体無き暴走」こそが福島原発事故をもたらしたのではなかったか。「空気」だけがあって、主体のない社会。そして、その歴史へのまったくの反省の欠如がこの事態を生みだしているのだ。

野田首相は大飯原発再稼動の「最終責任者は私だ」と言っている。しかし、これだけの情報操作と隠蔽と恫喝の後に引き起こされた福島原発事故の責任を政府部内、電力会社の誰ひとり取っていない現状で、野田首相はいったいどのような責任を取ろうというのだろう。

思い出してみて欲しい。「原発安全神話」が金と権力によって作り上げられた中で、その神話に疑いをはさんだ、「現実論者」がどのような仕打ちを受けてきたのかを。しかし、お前たちの言うことは「絵空事」であり、現実には起こりえないと糾弾、抑圧されてきた人たちの言い続けてきたことが現実に起こったのだ。それにもかかわらず、またしても、「精神論ではやっていけない」と一国の首相が言う。いったい何を現実から学んだというのか。

そこには「金が儲かることだけが現実、それ以外は精神論」という、この数十年日本を支配してきた退落した論理しかない。しかしその「精神の貧しさ」こそが私たちの恥ずべき「現実」を生みだしてきたのではないか。

いいかげんに目を覚ませ。この国が本当の死に至る前に。

~2012年7月27日発売『わしズム』Vol.31より

 
 
 
即時原発ゼロ」を宣言して「緑の党」結成さる 国政へ参加
 
「即時原発ゼロ」宣言 緑の党結成
2012年7月29日 東京新聞

大勢の関係者らが集まって開かれた緑の党結成総会=28日、東京都千代田区で(淡路久喜撮影)

脱原発を掲げ、国政進出を目指す日本版「緑の党」の結成総会が二十八日、都内で開かれた。党の規約、基本政策を正式決定し、来夏の参院選、次期衆院選に向けた選挙準備の方針を決めた。

 党の共同代表には須黒奈緒杉並区議、中山均新潟市議ら四人を選出した。

 須黒氏は「再生可能エネルギーで雇用を生み、即時原発ゼロを目指す」と宣言。

 中山氏は「脱原発を実現する上で信頼できる既成政党はない」と述べ、国政選挙などで脱原発を求める有権者の受け皿を目指す考えを強調した。

 緑の党は参院選で、比例代表五~七人、都市部の選挙区で三~五人、計十人以上の候補者を擁立し、複数の当選を目指す。候補者は予備選挙を行って決める方針で、早ければ十一月ごろ、一次公認候補を発表する。

 また、衆院選が年内に行われると想定。参院選に向けた準備と位置付けて「脱原発」を掲げる市民団体や地域政党と連携し、比例東京ブロックで候補者擁立を検討する。

 政策面では(1)福島第一原発事故を収束させ「原子力ムラ」を解体する(2)開かれた熟議と参加民主主義を経て脱原発を実現する(3)持続可能なエネルギー社会へシフトする-などを柱とする基本政策を決めた。

 また、消費税増税については、現時点での引き上げは否定。どうしても引き上げが必要な場合には、低所得者対策や中小企業対策を前提とする。

 緑の党は環境政策に強い影響力を持つ欧州諸国の「緑の党」をモデルとしている。二十八日の結成総会にはドイツ、オーストラリア、インドの「緑の党」の幹部も出席、連携を確認した。

 緑の党の設立準備を中心になって進めてきた、一般市民や約七十人の地方議員でつくる団体「みどりの未来」は、緑の党の結成をもって解散した。
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亀戸の循環器内科クリニックでの月検診のあと、いつもの蕎麦屋「美津田」で

2024年08月28日 | 食べる飲む

野菜天ざると日本酒の「真澄」を楽しみました。「美津田」は蕎麦が旨いのと諏訪の酒「真澄」を常備しているのとで

月一回の定期検診後の必須コースになりました。JR亀戸駅北口の横の明治通りと、蔵前橋通りが交わる交差点を少し過ぎた明治通りに面している

「美津田」は先代が亡くなってから しばらく客の足が遠のいていたようですが、その後二代目が必死で修業して現在は先代のレベルの味に戻ったと聞きます。

この店の蕎麦は本当に行くたびにいつも満足して味わって食べています。

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  2011年11月25日掲載 「神戸労災病院の大楠

2010年の9月に二回に分けた冠動脈ステント手術を受けた後の2か月に一度の検診。今日は心電図と診察。異常なし。

しかし6種類の薬の量は変えないとのこと。神戸労災病院の大楠はいつ見ても頼もしい。


病院に車を走らせる途中にこの看板がある。もう30年以上ここに設置されている。

この看板から下に行くと菱の紋の面々の総本山がある

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2018年1月16日掲載

「20年来お世話になった神戸労災病院で循環器内科の最後の定期検診を受けた。 蕎麦屋の「二滝」で神戸最後のカレーうどんを味わう」

 

腹部大動脈瘤から始まり、腸閉塞、冠動脈狭窄、昨年夏の肺炎まで、この病院には本当にお世話になった。

手術や治療のため何度入院したかわからない。

 この日はお願いしていた紹介状と全てのデータが入ったCDを頂いて お礼の挨拶をして

2010年9月に冠動脈に二回にわけて合計三個のステントを入れたカテーテル手術以来 長くお世話になってきた小澤先生にお別れした。

 2か月後の冠動脈の定期検診と投薬は東京の東部の区で新しい病院を探すことになる。

 昼食はいつもの蕎麦屋さんにした。

寒かったのでザルそばは止めて初めてカレーうどんを頼んだ。やはり特段に旨かった。この店ともこの日でお別れだ。




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ロンドン在住日本育ちの日英ハーフの人気イラストレーターが語るイギリスのアジア人差別の現実!白人が知らないイギリスのアジア人差別の現実とは?

2024年08月28日 | SNS・既存メディアからの引用記事

ロンドン在住日本育ちの日英ハーフの人気イラストレーターが語るイギリスのアジア人差別の現実!白人が知らないイギリスのアジア人差別の現実とは?

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08月27日に目に留まったSNS・メディアの記事

2024年08月28日 | SNS・既存メディアからの引用記事

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