阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

亀戸天神の梅は今が見ごろ    その2

2023年03月03日 | 東京あちこち

平日ながらかなりの人数の男女の粘菌族が天神様にお参りしていた。

亀戸神社のすぐ近くに香取神社がある。香取神社は古くから武術の神様として敬われており、 以前大学の弓道部の師範をされていた和田さんと共に足を延ばした。

ランチは天神さんの鳥居近くの蕎麦屋が休日だったので、ちょっと戻って台湾中華の店「博美」に入った。二人とも焼きビーフンを食べた。

帰りは亀戸駅とほぼ同じ距離の錦糸町に向かった。和田さんは20数年前に錦糸町に短期だが何回も降り立ったことがあったそうだが

すべて墨東病院のある南口方面だった。駅に近ずくにつれ20数年以前のその頃の街の印象と全く違いますねと。

錦糸町駅は確かに北口と南口の雰囲気は違うし、今は南口方面でも20数年前のようにロシアンクラブの露人美女などを見かけたこともない。

 駅のガードをくぐって南口まで歩き、Rebornの錦糸町をじっくり感じてもらってから別れました。

 

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居酒屋E❝e❞の女将の川柳と俳句   「神戸新聞  読者文芸」シリーズ   その6/全24回

2023年03月03日 | 居酒屋“e”の女将の俳句と川柳

居酒屋E❝e❞ の女将が「神戸新聞文芸」に投稿した句の中で入選し掲載された句です。
 

○川柳1句   渡辺美輪選

「兼題:呼ぶ」 
 
呼ぶ度にどんどん遠くなるあなた       
07年3月19日 入選

○俳句2句    伊丹公子選
 
生えてたね 今年もあの洞あのきのこ     
07年1月22日 入選



蓮枯れの不忍池 風渡る       
    07年3月26日 入選掲載




2007年03月12日(月) 掲載


 時実新子さんが亡くなられた・・


1929年(昭和4年)1月岡山県生まれ
川柳作家・エッセイスト。日本文芸家協会会員。日本エッセイストクラブ会員。
月刊「川柳大学」主宰。1995年、神戸新聞平和文化賞受賞。
1987年、句集「有夫恋」(朝日新聞社刊)がベストセラーとなり、新子川柳に惹きつけられて川柳界に踏み込む女性が一気に増大した。
その抜群の選句力、鑑賞力にも定評があり、「東京新聞・川柳サロン」「中日新聞・川柳ひろば」「神戸新聞・川柳壇」など、
マスメディアの新子選川柳欄には人気が集中、たくさんの投句が寄せられた。
2007年(平成19年)3月10日、肺がんのため死去。享年78歳。
--川柳大学HPより--

恋成れり四時には四時の汽車が出る

別れると衿の汚れの急な秋

心奪われ阿呆のような日が流れ

君は日の子われは月の子顔あげよ

足裏に火を踏む恋のまっしぐら

妻をころしてゆらりゆらりと訪ね来よ

白い花咲いたよ白い花散った


◇ 川柳作家 時実新子 の紹介 (クリック)

☆居酒屋E❝e❞の女将が時実新子さんに選句された川柳はブログ既掲載句の六句です。

「兼題:カビ」  
 
大切にとっておいたらカビまみれ     04年6月28日 特選

「兼題:ずるい」 

世渡りの知恵をずるいといいつのり     04年11月22日 入選

「兼題:桃」  
 
娘ら育ちひとり調う桃節句         05年3月28日 入選

「兼題:球」 

我が球をかわし今日まできた夫       05年4月25日 入選

「兼題:浮く」 

浮き玉に乗って漂う人生よ         05年7月18日 入選

「兼題:声」  
 
うそだよという声を待つ通夜の席     05年11月14日 入選

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このところの居酒屋E❝e❞の酒肴あれこれ                 10年前の今日 2013年3月3日の本ブログに掲載

2023年03月03日 | 「過去の非日乗&Shot日乗」リターンズ

酒は日本酒、芋焼酎、スコッチなどその日の気分でオーダー。






 

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03月02日に目に留まったSNS・メディアの記事

2023年03月03日 | SNS・既存メディアからの引用記事

いずれも画像をクリックすると本文全文に飛びます。

↓一部引用

日本人は、なるべく衝突を避けようとしますよね。でも、韓国の人たちは意見をぶつけ合って、そこからクリエーティブなモノづくりをすることが大好きなのです。

僕も韓国関連のイベントでMCをするときには、相手のやりたいことを尊重しつつ、日本のファン目線も大切に、時にはぶつかり合いながら

その場で修正していくということを長年くり返してきました。だからこそ、今もこうして仕事が続けていられるのだろうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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