ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

つぶて  中沢厚

2010-01-16 01:57:50 | Book
 この本を読むきっかけとなったのは、中沢新一の「僕の叔父さん 網野善彦・2004年・集英社新書」を読んだ後のことでした。もちろんこの本の登場人物の中心は新一の叔父「網野善彦」ですが、中沢厚は新一の父親です。

 まず、哲学者であり宗教学者の中沢新一を育てた親族を記してみませう。すべて山梨県出身者であることにも注目して下さい。父親の中沢厚は1914年生まれ。在野の民俗学者、コミュニストである。農山村の民俗調査を続け、道祖神研究をはじめとして、「石投げ」「つぶて」などの独特な研究に生涯をかけた学者です。叔父の中沢護人も「鉄の歴史家」と言われた在野の研究者です。そして中沢新一が五歳の時に、父中沢厚の妹の真知子叔母の婚約者として登場するのが、この本のタイトルとなっている歴史学者「網野善彦」というわけです。


 この「つぶて」論考の発端となった中沢厚の意外な視点について。
 1968年1月、佐世保港にアメリカの原子空母「エンタープライズ」が給油のため入港する。それを阻止しようとした「反代々木系」の学生たちはヘルメット、角棒、旗竿を持って機動隊に激突、そして彼等のとった行動は「投石」であった。機動隊はおおいにたじろいだ。
 このテレビ報道を食い入るように観ていた父親の厚が息子の新一に語ったことは、父親の少年期に、笛吹川の対岸の上万力村や正徳寺村の子供たちと、こちら側の神内川村の子供たちとの「投石合戦」の思い出だった。

「やあい、やい、万力のがきども石投げこう」
「神内川のがきども、石投げこう」

・・・・・・という言葉の応酬のあとで、投石具「石ぶん」によって、笛吹川両岸の少年たちの対戦がはじまる。さらに、厚の父親毅一も明治29年12歳の時に、「投石」のために額に大怪我をしていて、その傷跡は厚の記憶にもある。一生涯消えない傷跡だったが、その理由を父親は言わなかったそうです。

 「投石」という人類の源初的な行動を、中沢厚はそこに感じとったのではないか?原初の人間から引き継がれている行為は、現代の人間たちに内在されていたということだろうか?中沢厚の「つぶて」の研究はそこから出発したらしいのです。

 森という立体構造の世界に生きていた猿が、2足歩行の人間となった時、人間は森を出て、草原で生きることになる。身の危険からの逃げ場や隠れ場を失った人間が身近にあった「石」を武器としたり、狩猟の道具としたことは容易に想像ができます。さらに「石」は長い人間の歴史のなかでは、洋の東西を問わず、祝事、武器、拷問、呪術、願い事、また多くの子供たちのちょっと危険で乱暴な遊び道具だった。


ちいさな鉱物学者ワルター・フォン・ゲーテのための子もり唄  ゲーテ

いろいろな小石はおもしろいものだ。
投げてみたり、こぼしてみたり。
子どもの手にはね返るのは
つぶ石、豆石、玉石など。
  (大山定一訳・抜粋)


 ギリシャ神話、聖書(ダビテの石投げなど・・・)をはじめとして、アルキメデスの投石機などなど、世界中で「石」が武器である時代は長い。これらについて書いてゆけばきりがないようだ。

  *   *   *

 網野善彦は若き日の中沢新一にこのように語っています。『貧しい甲州は、ヤクザとアナーキストと商人しか生まない土地だと言われてきたけれども、そのおかげで、ほかのところでは消えてしまった原始、未開の精神性のおもかげが、生き残ることができたともいえるなあ。貧しいということは、偉大なことでもあるのさ。』と・・・・・・。この中沢厚の「つぶて」は網野善彦の著書『蒙古襲来』に引き継がれる。

 (1996年・第3刷・法政大学出版局刊・「ものと人間の文化史44」)

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4 コメント

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石の魅力 (タクランケ)
2010-01-16 08:52:53
本当に、石には不思議な魅力があるなあ。子供のころから、何かあると石を拾っています。

今もわたしの机の引き出しに何個か入っているのです。これは、海辺で拾った石。

子供のころ、確かに石投げをして喧嘩ごときものをしましたねえ。

ゲーテの詩も印象深い。これは、詩とは何かを教えてくれる小品ですね。

小石はおもしろいものだ、の、おもしろいをドイツ語で何と言っているのか知りたいところです。
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Unknown ()
2010-01-16 10:18:02
ぼくも中沢新一のあの本を読んだとき、親父さんのことに興味を持ちました。「つぶて」のことを考えるとわくわくしますね。それを投げたいやつが何名かすぐに思い浮かんできます。
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おもしろい。 (Aki)
2010-01-16 13:09:09
タクランケさま。

Akiは川のある町で育ちましたので、川原できれいな小石をみつけることを楽しみました。母は漬物石を探したこともありました(^^)。石は本当に人間の暮らしのなかで生き生きとした存在ですね。

「おもしろい」をドイツ語で何と言うのかは、タクランケさんの専門分野でしょ。次回会う時までに調べておいて下さいね。
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わくわく。 (Aki)
2010-01-16 13:10:09
蕃さま。

たちまち血が騒いだことでせう(^^)。
まさかそのなかにAkiはいないでしょうね♪

次回、お会いする時には、この話題で盛り上がりませう!
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