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ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

マラルメ&ヴァスコ・ダ・ガマ 

2010-03-18 21:55:24 | Poem
      

挨拶   古井由吉散文訳・「詩への小路」より。

 ――いえ、まだ何物でもありません。このシャンペンではないが、泡みたいなもの、あるいはすでに渦巻く海の泡でもありますか。とにかく無色透明なるこの詩は、このグラスに喩えるなら、中身はさておき、輪郭つまり形ばかりを定めたものであります。空の器は空の器でもしかし、遠くの海でセイレーンの群れがこれを耳にしたら、術を破られ、多くはのけざまに海中に沈む、とそれほどのものかと自負しております。
 さて出航だ。多士済々の友よ。わたしは船尾に立った、諸兄は雷の轟く冬の荒海を押し分ける華麗な船首に就かれよ。すでに美酒に酔った心で、縦揺れにも怖じず、別れの挨拶をまっすぐに唱える。「孤独、暗礁、星辰」と。世に通るまいと知ったことか。われらが帆の、白い憂慮をここに掲げる。



頌(たたえごと)  加藤美雄訳・「マラルメ詩集」より。

華麗で、混濁したインドを越えて
航海のひたすらな願いへと――この挨拶
現代の使者、あなたの船尾(とも)が
回りつつある岬はささげられる

あたかも、帆船とともに水くぐる
なにかの低い帆桁のうえで
跳ね回りつつ、新しい陶酔の鳥が
ただ一羽、飛沫(しぶき)を浴びるように

舵柄(かじ)の方向(むき)が変わらぬうちは
この鳥の単調な鳴き声が
ひとつの無用な方角、夜、絶望
そして宝石類を訴えていた

蒼白いヴァスコの微笑まで
映しだされたその歌声によって。



 同じマラルメの1編の詩の翻訳も、翻訳者の捉え方によってこのように変わるものですねぇ。
 1498年、「ヴァスコ・ダ・ガマ」の喜望峰回りのインド航路の発見から、カルカッタに至るまでの航海の400周年を記念して、出版されたアルバム(1898年4月20日刊)に掲載されたマラルメの作品です。マラルメは同年9月9日に亡くなっていますので、おそらくこの作品が最期の作品と思われます。

 インド航路開拓以降の400年は、インドにとっては植民地支配、産業革命、市民革命、科学技術の発達などなど、大きな歴史の動きに揺り動かされ、翻弄された時代でもあったのではないでしょうか?ヴァスコ・ダ・ガマの非常に困難な航海は、実は今なお続いているのではないでしょうか?海底にはいったい何艘の破船が沈んでいることでしょうか?

 しかし、この偉大な400年前の航海者を讃えつつ、若き詩人たちにこれからの難路を示し、不安で蒼白であったかもしれぬヴァスコ・ダ・ガマの頬の色のような乾杯を捧げつつ、激励するのだった。詩の遠征のために。



祝杯(トースト)    加藤美雄訳

虚無(リヤン)、この泡、処女(おとめ)なる詩
ただ盃をさししめすのみ。
はるかかなたに、一群の人魚
あまたみだれ、溺れんとす。

わが友人(ともだち)よ、船こぎいでて
われすでに、船尾(とも)にあり
君たちは栄華に耽る船首にありて、
轟く真冬の怒濤(あらなみ)を押しわける。

すばらしき酔(えい)の虜とはなりつつ
縦揺れに惧れもみせず
この挨拶を、立ちてささげん。

孤独、暗礁、星影、
わが帆の素白(ましろ)き苦しみを
あたえしすべてのものに。


 1893年に書かれた、このソネット「祝杯」は、1898年にヴァスコ・ダ・ガマに捧げられた「頌」と深く繋がっているようです。このソネットは雑誌「ペン=ラ・プリユーム」の第7回の会合の折に、マラルメ自身が朗読したとのことです。この時マラルメは「ペン」の主幹となる時でもありました。若き詩人たちの前途を祝福するとともに、その多難をも甘受しようとしたようです。


 *       *       *

 しかし、古井由吉の散文訳は名文だなぁ。原文にはない言葉で補強したと思われますが、お見事ですね。金羊毛を探しに航海に出た「アルゴ遠征隊」の1人である「オルフォイス」と「セイレーン」との歌合戦にも繋がったイメージとなっています。

オルフォイスへのソネット第二部・29

2010-03-11 22:28:53 | Poem
多くの静けさの静かな友よ、感じとるがよい、
おまえの呼吸が空間の広がりをさらに増し加えることを。
暗い鐘楼の骨木のなかから
おまえを鳴りひびかせよ。おまえを費やすものこそ、

力強くなるのだ、おまえという糧にはぐくまれ。
変容の境を出入りするがよい。
おまえのもっとも苦しい経験はなに?
飲むことが苦しければ葡萄酒になれ。

この 過剰からなる夜のうちにあって
おまえの五感が交わる道の魔法の力であれ、
感覚と感覚の不思議な出会いの意味であれ。

そして地上のものがおまえを忘れたら、
静かな大地に向かっては言え、私は流れる と。
急流の水に向かっては語れ、私は在る と。

 (田口義弘訳)


 さて最後の1編となりました。「ドゥイノの悲歌」は、1912年から1922年まで、10年かかって書き上げられたもので、その間には「第一次世界大戦・1914年~1918年」がありました。しかしこの「オルフォイスへのソネット」は驚くほどの短期間で書かれています。書かれた時期は「ドゥイノの悲歌」と重なっていますが。

 第一部全編:1922年2月2日~5日
 第二部全編:同年2月15日~23日

 「呼吸」「空間の広がり」は、繰り返し表れた言葉でした。リルケ独特の世界観と言うべきか?あるいは共生観とも言えることかもしれません。鐘楼の音の響きさえ、その空間世界に漣をたてる存在となる。

 マイナデスの理不尽ともいえる憎悪という苦い酒を強いられたオルフォイスは、自ら葡萄酒に変容することによって、わたくしたちを酔わせてくれるのだろう。

「夜」はあらゆる事物の形が闇に溶けるので、ようやく宇宙全体が開かれて、星座が見えるようになると、リルケは言っているのだろうか?

 さらに「存続」と「無常」についても、くりかえし語られてきた言葉ですが、人間は変容しつつ存続しうるものらしい。「流れる」「在る」との繰り返しによって・・・・・・。

 しかしながら、この最後のソネットは、ひどく抽象的に書かれています。あれこれと思いめぐらす歓びがあるとも言えますが、そう思うことの虚しさに、むしろ気づくべきなのかもしれません。

 *    *    *

 あまりにも未熟(熟成不足?)ながら、どうやら最後まできました。長い間のお目汚しで申し訳ありませんでした。「はやく読んで!」と別の本が呼んでいるようです。ではまた。

オルフォイスへのソネット第二部・28

2010-03-11 22:13:48 | Poem
おお 来てはまた行くがよい。ほとんどまだ子供であるおまえ、
踊りの図形を一瞬 純粋な星座へと
完成させよ、私たちがそのなかで、
鈍く秩序づける自然をつかのま凌駕するあれらの踊りの、

そのひとつがなる星座へと。なぜなら自然は
オルフォイスが歌ったときにのみ、ひたすら聴きいって身じろぎしたからだ。
けれどおまえは あの時よりこのかたずっと動かされている者だった、
そしておまえはすこしいぶかしがった、一本の樹がおまえとともに

聴かれうるものになるのを 長くらめらったとき。
おまえはなおもあの場所を知っていた、
竪琴が鳴りひびきつつかかげられた――あの未聞の中心を。

その中心のためにおまえは美しい足どりを試み
そして望んだのだ、いつの日かあのまったき祝祭へと
友の歩みと顔を向けさせることを。

 (田口義弘訳)


 このソネット集の扉には「ヴェーラ・アウカマ・クノープのための墓碑として書かれる。」と記されているように、この踊り子は19歳で夭逝した「ヴェーラ」のことでせう。

 「ヨハネの福音書第三章8節」に「吹き来たり、去ってゆく風」という言葉があるのですが、このソネットのはじまりの言葉に重ねられていますね。また「オルフォイス」そのものが遠くから、ひととき訪れて地上の樹木の耳や生きものたちに歌声を届けると、また誰も知らない(あるいは竪琴の弦をくぐりぬけた向こうの。)世界にかえってゆく神であることにも重ねられます。

 さらに夭折した「ヴェーラ」に対して、リルケは友人への手紙のなかで「この少女の未完成と無垢とが墓の扉を開けたままにしているので」「生の半面を新鮮に保ちつつ、それとともに傷口の開いた別の半面は開かれた緒力(=神々)に属している。」と書かれています。それは「ヴェーラ」が「オルフォイス」のいる場所を知っている女司祭であると言っても過言ではないだろう。

 最後の「友」とはリルケも含まれている。

オルフォイスへのソネット第二部・27

2010-03-10 16:57:04 | Poem
真に存在するのだろうか、破壊する時は?
いつ 静かに横たわる山の上で、それは城を打ち砕くのか?
この心、この限りなく神々に属するもの、
いつ それをデミウルゴスは暴戻に滅ぼすのだろう?

私たちは実はそれほど不安におびえる脆い者なのか、
運命が私たちに実証しようとしているように?
根のなかにやどり、未来をひめて、深い
幼時が――のちには――息をひそめてしまうのか?

ああ 無常というあの妖怪、
邪心なく受け容れる者の内部を
それは煙のように通りぬけてゆく。

私たちがそれである者 漂う者として、
しかし私たちは永続する緒力のもとで
神々の使用にあたいするのだ。

 (田口義弘訳)


 デミウルゴスの原義は「工人」。プラトーンの著作である『ティマイオス』に登場する世界の創造者である。プラトーンは物質的世界の存在を説明するために、神話的な説話を記した。原始キリスト教時代のグノーシス派の二元論によれば、デミウルゴスは感性的世界創造者であって、最高神の下位に立つ。

 「無常性」に対するリルケの問いかけには、二重の構造がみられます。頑固に自己を守ることは必ず崩される。山上の城もやがて崩れる時がくる。このようにすべてのものは無常ではあるが、かつ無常ではないと・・・・・・。
 
 破壊に身を委ねながら、滅尽を逃れる道があることが、このソネット全体における暗示ではなかったか?その暗示が「オルフォイス」ではないか?「オルフォイス」は破壊されることによって、もはや破壊されないものへ変容して、純粋に永久に存在する者なのだから。

 人間は無常であり、過ぎ去ってゆく者であることは自覚できる。それによって「永続する緒力=神々」のもとで、人間はいくばくかの働きかけができるのだろう。このソネット中の5つの「?」に対する答えとして、リルケはおだやかに最後の言葉を差し出しています。

オルフォイスへのソネット第二部・26

2010-03-09 23:31:15 | Poem
なんと鳥の叫びは私たちの心を捉えることか・・・・・・
そしておよそひとたび創り出された叫びは。
だがすでに子供たちは 自由な戸外で遊びながら
真実な叫びのかたわらを叫び過ぎるのだ。

偶然を叫んでいるものよ。子供たちはこの
(そのなかへすこやかな鳥の叫びが 夢のなかへ
人びとが落ちるように入ってゆく――)世界空間の、
その間隅に、彼らの、金切り声の、楔を打ちこむのだ。

おお 私たちはどこに存在する?さらにますます自由に
糸の切れた凧さながらに
私たちは中空をかけめぐる、風に引きちぎられた

笑いの縁を震わせて。――叫ぶ者たちを秩序に引きいれよ、
歌う神!さわだちつつ彼らが目覚め、
水流となってあなたの頭と竪琴をになうよう。

 (田口義弘訳)


 1914年、ルー・アンドレアス・ザロメ宛ての手紙のなかでも、リルケは独特の「鳥」の捉えかたを書いています。「自然のなかで、あたかも自分自身の内部で歌うかのように歌い、それゆえ私たちは鳥の啼き声をきわめて容易に内部の世界に引き込むことができる。」と。これは「内部への転向」とも言えるだろう。それは「鳥」に限らず過去のソネットに書かれていた「子供の眼差し」や「暖炉の火」にも通低するものでせう。また、リルケの詩作によく見られることですが、繰り返し同じテーマが書かれていることです。この場合の「鳥」についても下記の詩があります。


もの怖じ  リルケ(生野幸吉訳)  形象詩集(1902~1906)より

枯れた森に、鳥のさけびがひとつあがる、
そのさけびは無意味に思える、この枯れた森のなかでは。
そしてしかも、円い鳥のさけびが、
その声をうみだした刹那にあって、
まるでひとつの空のように、枯れすがれた森のうえにひろがる。
あらゆるものが素直に、そのさけびのなかにしまいこまれる。
風光の全体が、そのなかで無言に存在するかのよう、
大風が、その円さのなかへおとなしくはいりこむかのようだ。
そして先にすすみつづけようとするひとときが、
蒼ざめてしんとしている、もしもこの声から外へひとあし出れば、
そんな物らを、そのひとときが知ってでもいるかのように。


 「もの怖じ」は田口義弘訳の場合「怖れ」と訳されています。念の為。

 さらにエッセー「体験」のなかでは「鳥の啼き声が彼の外部にも内部にも同一のものとして存在しているのが感じられた。」と記されています。

 第4節で「歌う神!」と呼び出されるオルフォイスは、マイナデス(叫ぶ者たち。)の復讐によってからだを分断されながらヘブルスの河に運ばれ、やがてレスボスの島へと流れていったのですが、叫ぶ者たちは目覚めて、歌う水流となって、オルフォイスの頭と竪琴に仕える者となる可能性を担っているものとされているのではないだろうか?子供の金切り声も含めて?

オルフォイスへのソネット第二部・25

2010-03-07 23:10:06 | Poem
耳をかたむけよ、もう 最初の熊手の仕事が
聴こえてくる――力強い早春の大地の
息をひそめた静寂のなかにふたたび響きそめる
人間のものである拍子。いま訪れてくるものが

まだ味わったことがないようにおまえには思われる。もうすでに
たびたび訪れてきたものが なにか新しいものとして
再来するかのよう。おまえがいつも望んでいながら、
けっして捉えられなかったもの、それがいまおまえを捉えたのだ。

冬ごしの槲の葉むらさえ、
夕日に映えて未来の鳶色のよう。
時おり微風が合図を交わしあう。

潅木の木立が黒い。だが 堆肥の山は
さらに豊潤な黒に色どられて牧場にたむろする。
一刻一刻が 過ぎ去りつつ より若くなる。

 (田口義弘訳)

 このソネットは「オルフォイスへのソネット第一部・21」と対をなすものです。

 春は来るのです。毎年同じように。しかしわたくしたちはいつでも同じようには聴こえない。いつでもその訪れは新しいものだった。そして物音の途絶えていたような冬が終わり、さまざまなものの歓びの音に満たされる時が来たのです。それなのにわたくしたちは、その春を充分に感知できた年はあったのだろうか?

夕日に映えて未来の鳶色のよう。

 これは、槲の若葉は若緑色ではなく、赤みを帯びたものということでしょう。多分夏には緑色になる葉だと思います。

 夕暮れの潅木の暗さ、冬を越した堆肥の山の黒、そこには温度をゆっくりとあげてゆく気配すらある。ああ。同じ季節にこれを書けたことはとっても嬉しいなぁ。

オルフォイスへのソネット第二部・24

2010-02-28 01:21:01 | Poem
おお この歓び、つねに新たに やわらかな粘土より!
最古の敢行者たちにはほとんど誰も助力しなかった。
にもかかわらず、街々は祝別された入江にそって立ち、
水と油は にもかかわらず 甕をみたした

神々を、まず大胆な構想をもって、私たちの描く者たちを
気むずかしい運命はまた毀してしまう。
だが神々は不滅の存在。見よ ついに私たちの願いを聴き入れる
あの神の声が 私たちにひそかに聴き取れるのだ。

私たちは 幾千年も続いてきたひとつの種族――母であり父たちであり
未来の子によってますます充たされてゆき、
のちの日にひとりの子が私たちを凌駕し、震撼させるだろう。

私たち 限りなく敢行された者である私たちは、何という時間の持ち主なのだろう!
そしてただ寡黙な死 彼だけが知っているのだ、私たちが何であるかを、
そして彼が私たちに時を貸し与えるとき、何をいつも彼が得るかを。

 (田口義弘訳)


ゆるく溶かれた粘土からうまれる歓喜、たえずあらたなこの悦び!
最古のころの敢行者を助けた者はほとんどなかった。
街々は、それにもかかわらず祝福された入り海にうまれ、
水と油は、にもかかわらず甕をみたした。

神々を当初われらは大胆な構想をもって設計するが
気むずかしい運命がふたたび砕いてしまう。
しかし神々は不滅だ。ついには望みをかなえてくれる
あの神々の声音を盗み聞くがよい。

われらは何千年を閲した種族。母たち そして父たち、
未来の子によっていよいよ実現せられ、
ついには、いつか、その子らはわたしたちを超え、わたしたちの心をゆるがす。

限りなく賭けられたもの、なんとわれらの時は広大なのか!
そして無言の死だけが、わたしたちがなんであるかを見通し、
わたしたちに時を貸すとき、なにを獲(う)るかを知っている。

 (生野幸吉訳)


 「粘土」という言葉からは、当然神が人間を粘土から作り賜うたという前提はあるのではないか?と思います。「祝別された入江」あるいは「祝福された入り海」というところからは、人間の集落は必ずと言っていいほど、水辺から始まったということ(これはわたくし自身の永年の確信犯的発想です。)に繋がってゆくようです。そこには粘土で作られた家、それから甕、そしてそこには水も油も満たされている。人間のいのちはそこで「幾千年も続いてきたひとつの種族」となっていくのでしょう。そして「未来の子によってますます充たされて」あるいは「未来の子によっていよいよ実現せられ」人間社会は連鎖してゆきます。ですが気むずかしい神の手のよって毀されることもある。人間が堕落した時の神の怒りでしょう。こうして人間は生きながらえてきました。「何という時間の持ち主なのだろう!」・・・と。人間のいのちには限りがありますが、それを連結してゆくことは可能です。時間はこのように神から人間に賜ったものではないか?

 しかし人間には必ず「死」が訪れます。人間に「時間」を貸して、この地上に生かしめた神は、次には「人間の死」をも受け入れて下さるのだろう。人間は自らの「死」確認することはできないのですから。

オルフォイスへのソネット第二部・23

2010-02-28 00:46:46 | Poem
あなたの時のうちの たえずあなたにさからう
あの瞬間に私を呼んでくれたまえ――
嘆願しつつ 犬の顔のように近づいてきながら、
それをついに捉えたとあなたが思うや

いつもきまってそむけられるあの瞬間に。
そのように遠ざかったものこそもっともあなたのもの。
私たちは遊離している。やっと歓迎されたと思った
そこで私たちは放されたのだ。

不安にかられて私たちはひとつの支えを希求する、
古いものには時としてあまりにも若く、
まだ存在したことのないものには あまりにも老いている私たち。

だが私たちは正しい、にもかかわらず讃めたたえる時にのみ。
なぜなら私たちは ああ 枝であり 鉄の斧であり、
そして熟れてゆく危険の甘味なのだから。

 (田口義弘訳)


君の時間のうちで、たえず抗らう
あのひとときにはわたしを呼びたまえ。
犬のように訴えたげにまぢかく迫り、
だがようやくつかまえたと思う一瞬、

きまってまたもや顔をそむける、あの時間に。
そのように君から引き去られたものが、もっとも君の所有だ。
よるべないわたしたちは、やっと迎えられたと思う
その場所で追われるさだめだったのだ。

おびえながらわたしたちは手がかりを探す。
時として古いものにとっては若すぎ、
未聞のものに対して老い過ぎたわたしたちには。

わたしたちは、しかもなお頌め歌をうたうときにのみ正しいのだ。
なぜなら、ああ、わたしたちは延び出た枝であり、枝を切る鉄の刃であり、
熟しゆく危険の甘美さであるのだから。

 (生野幸吉訳)

 このソネットは、読者に向けて書かれているようです。人間の通常の現実とは「まだ来ないもの」と「すでに過ぎ去ったもの」という時間としてしか測ることはできないのでしょう。

 「犬」という比喩にはいささか安易な思いがしないでもないのですが、「放たれた」関係に、常に置かれている人間同士の在りようは恐らくこのようであるのかもしれません。


 「第7の悲歌」の最終部分は、このソネットの意味が関連しているようですので、そこを引用してみます。


なぜなら わたしの声は呼びかけながら、
押しもどす拒絶(こばみ)につねに充ちているのだから。



 最終行にある「熟れてゆく危険の甘味」あるいは「熟しゆく危険の甘美さ」とは「死」のことでしょう。従って人間は伸びゆく枝であるとともに、その枝を切る危険も内面に共存させているということですね。

  *     *      *

《追記・1》

リルケの「新詩集・別巻・・・・・・我が偉大なる友 オーギュスト・ロダンに捧ぐ・1908年」のなかにこのような詩があります。1907年、パリにて書かれた下記の詩は、当時のリルケを知る上では重要な作品のようです。


犬   (塚越敏訳)

あの上層では 眼差しからなる一つの世界の像が
絶えず あらためられては 罷り通っている。
ほんのときたま 密かに事物が現れて 彼のそばに立つ、
そうしたことも 彼がこの世界の像をおし分けてすすみ、

下層にいたって ちがった彼になるときに起こるのだ。
突きはなされてもいないが 組みいれられてもいない彼は
まるで疑念をいだいているかのように 自分の現実を
彼が忘れている世界の像に 手渡してしまう、

疑っているにもかかわらず 自分の顔を差し出しておくために。
哀願せんばかりの顔をして、ほとんど 世界の像を
理解しながらも 世界の像に通じるや 思い切ってしまうのだ。
もし通じるなら 彼は存在しなくなるであろうから。


《追記・2》

 どうもこの「犬」のことが気になって調べてみましたら、このようなものをみつけました。リルケの時代もこうであったかどうかはわかりませんが……。

ドイツ~犬の権利が守られる国


《追記・3》

スケッチ   吉野弘

雨あがり。
赤土の大造成宅地は一枚の広く薄い水溜り。
強い風が吹けば端からめくれてゆきそうな水溜りの
向う岸。
曇天の落想のように
ぽつんと
黒い犬がいて
鼻を空に向けています。
動かずに、長いこと、鼻を空に入れたままです。
普段、彼を飢えさせない豊饒な大地を
せわしくこすっていた日常の鼻
その鼻を、なぜか今、空に差しこんでいます。
――大地の上に高く
おれの生活とは無縁なひろがりがある――
そんな眩しい認識が
唐突に彼の頭脳を訪れたと仮定しようか。
高いひろがりを哲学するために使えるのは鼻しかない
  とでもいうように
ああ、鼻先を非日常の空に泳がせています。

黒い犬の困惑を察しながら、私は
水溜りのこちら側から見ています。

・・・・・・詩集「陽を浴びて・1983年」より。・・・・・・

オルフォイスへのソネット第二部・22

2010-02-25 17:16:06 | Poem




おお 運命にもかかわらず、私たちの現存在の
輝かしい充溢よ、公園に泡だちあふれ――
あるいは高い表玄関の楔石(くさびいし)のかたわらで
露台の下に、石の男たちとして屹立し!

おお 青銅の鐘よ、その舌を日毎にそれは
鈍い日常に抗して突きあげている。
あるいはカルナクの あの1本の柱、
ほとんど永遠の神殿よりも長く生き続ける円柱。

こんにちではそれと同じ過剰がただ性急に
かたわらを疾走してゆくだけだ、水平の黄色い
昼のなかから 目くるめく燈火で誇張された夜のなかへと。

だがこの疾走は 消え去って痕跡を残さない。
空中の飛行の曲線と、それをそこに描いた者たち、
いずれもおそらく無益ではない。けれども単に考案されたもののよう。

 (田口義弘訳)


おお 運命に逆らって。われらの存在の
かがやかしい充溢よ。公園に泡だちあふれるものよ――、
あるいはまたたけ高い正面の扉のかたえ、
露台の下に竿立ちに立つ石造の男らよ!

おお青銅の鐘よ、日毎鈍(おぞ)ましい
日常に抗し、撞木をふりかざす鐘よ。
あるいはまた、あの柱よ、カルナクに立つ柱よ、柱と、
久遠の寺院をすら超えて生きのこる円柱よ。

今日(こんにち)では、それと同じ力の剰余が、
ただ性急にわれわれのそばを狂奔し、水平な
黄いろい昼から、まばゆく燈火で誇張された夜へと突きすすむ。

だが狂奔はむなしく消え、なんの痕跡も残さない。
空をゆく飛行のカーヴ、地上を走せる車輛のカーブ、
おそらくどれも、よしなきことではない。だがまるで脳裡の観念ほどにむなしい。

 (生野幸吉訳)



 「カルナク」とは、エジプトのテーベにある古王朝の大神殿の遺跡のことです。

 わたくしたち地上のものたちの限りある「生」は、それでもやはり溢れるばかり。公園の花々、ほとばしる噴水と同じように。そして青銅の鐘は繰り返し繰り返し日常を突いているのでした。
 さらにリルケの現実の旅の記憶としての「石柱」が呼び出される。1911年1月にエジプトに旅をした折に見た、理解を絶した巨大な神殿に立っていた「カルナク」の石の円柱への驚嘆なのでした。この円柱の土台となっているところだけでも、人間の背丈以上のものであって、驚くべき大きさです。それは「生」を超えて聳え立っているかに見える。しかし永遠ではないのだ。神殿はすでに廃墟と化し、「カルナクの円柱」のみが屹立しているのだが、それもやがて崩壊するのだろう。

 それは「生」あるいは「無常性」への否定ではなくて、過去の人間が時をかけて築きあげたものの「充溢」に対して、現代の機械化された文明社会の過剰な空しさとの対比として呼び出されたものだ。
 その「過剰」は、黄色い昼から燈火で眠ることさえ拒まれているような夜のなかですら、走り、飛び続けているのだ。文明の速度はただ過ぎ去りやすいものとなるだろう。

  *     *     *

おまけの画像はどうですか?