ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

オルフォイスへのソネット第二部・23

2010-02-28 00:46:46 | Poem
あなたの時のうちの たえずあなたにさからう
あの瞬間に私を呼んでくれたまえ――
嘆願しつつ 犬の顔のように近づいてきながら、
それをついに捉えたとあなたが思うや

いつもきまってそむけられるあの瞬間に。
そのように遠ざかったものこそもっともあなたのもの。
私たちは遊離している。やっと歓迎されたと思った
そこで私たちは放されたのだ。

不安にかられて私たちはひとつの支えを希求する、
古いものには時としてあまりにも若く、
まだ存在したことのないものには あまりにも老いている私たち。

だが私たちは正しい、にもかかわらず讃めたたえる時にのみ。
なぜなら私たちは ああ 枝であり 鉄の斧であり、
そして熟れてゆく危険の甘味なのだから。

 (田口義弘訳)


君の時間のうちで、たえず抗らう
あのひとときにはわたしを呼びたまえ。
犬のように訴えたげにまぢかく迫り、
だがようやくつかまえたと思う一瞬、

きまってまたもや顔をそむける、あの時間に。
そのように君から引き去られたものが、もっとも君の所有だ。
よるべないわたしたちは、やっと迎えられたと思う
その場所で追われるさだめだったのだ。

おびえながらわたしたちは手がかりを探す。
時として古いものにとっては若すぎ、
未聞のものに対して老い過ぎたわたしたちには。

わたしたちは、しかもなお頌め歌をうたうときにのみ正しいのだ。
なぜなら、ああ、わたしたちは延び出た枝であり、枝を切る鉄の刃であり、
熟しゆく危険の甘美さであるのだから。

 (生野幸吉訳)

 このソネットは、読者に向けて書かれているようです。人間の通常の現実とは「まだ来ないもの」と「すでに過ぎ去ったもの」という時間としてしか測ることはできないのでしょう。

 「犬」という比喩にはいささか安易な思いがしないでもないのですが、「放たれた」関係に、常に置かれている人間同士の在りようは恐らくこのようであるのかもしれません。


 「第7の悲歌」の最終部分は、このソネットの意味が関連しているようですので、そこを引用してみます。


なぜなら わたしの声は呼びかけながら、
押しもどす拒絶(こばみ)につねに充ちているのだから。



 最終行にある「熟れてゆく危険の甘味」あるいは「熟しゆく危険の甘美さ」とは「死」のことでしょう。従って人間は伸びゆく枝であるとともに、その枝を切る危険も内面に共存させているということですね。

  *     *      *

《追記・1》

リルケの「新詩集・別巻・・・・・・我が偉大なる友 オーギュスト・ロダンに捧ぐ・1908年」のなかにこのような詩があります。1907年、パリにて書かれた下記の詩は、当時のリルケを知る上では重要な作品のようです。


犬   (塚越敏訳)

あの上層では 眼差しからなる一つの世界の像が
絶えず あらためられては 罷り通っている。
ほんのときたま 密かに事物が現れて 彼のそばに立つ、
そうしたことも 彼がこの世界の像をおし分けてすすみ、

下層にいたって ちがった彼になるときに起こるのだ。
突きはなされてもいないが 組みいれられてもいない彼は
まるで疑念をいだいているかのように 自分の現実を
彼が忘れている世界の像に 手渡してしまう、

疑っているにもかかわらず 自分の顔を差し出しておくために。
哀願せんばかりの顔をして、ほとんど 世界の像を
理解しながらも 世界の像に通じるや 思い切ってしまうのだ。
もし通じるなら 彼は存在しなくなるであろうから。


《追記・2》

 どうもこの「犬」のことが気になって調べてみましたら、このようなものをみつけました。リルケの時代もこうであったかどうかはわかりませんが……。

ドイツ~犬の権利が守られる国


《追記・3》

スケッチ   吉野弘

雨あがり。
赤土の大造成宅地は一枚の広く薄い水溜り。
強い風が吹けば端からめくれてゆきそうな水溜りの
向う岸。
曇天の落想のように
ぽつんと
黒い犬がいて
鼻を空に向けています。
動かずに、長いこと、鼻を空に入れたままです。
普段、彼を飢えさせない豊饒な大地を
せわしくこすっていた日常の鼻
その鼻を、なぜか今、空に差しこんでいます。
――大地の上に高く
おれの生活とは無縁なひろがりがある――
そんな眩しい認識が
唐突に彼の頭脳を訪れたと仮定しようか。
高いひろがりを哲学するために使えるのは鼻しかない
  とでもいうように
ああ、鼻先を非日常の空に泳がせています。

黒い犬の困惑を察しながら、私は
水溜りのこちら側から見ています。

・・・・・・詩集「陽を浴びて・1983年」より。・・・・・・

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