(チベット族の作家・阿来の旅行記「大地的階梯」をかってに紹介しています。阿来先生、請原諒!)
10 土司の伝記 二 その3
橋を渡る時、私はずっと顔をあげたまま、かつてこの地方に威名を轟かせた、要塞のような土司官寨を見上げていた。
橋の上に来た時、河岸がせり上がって、私の視線を遮った。畑と果樹園の緑と、緑の中央の古びた夢のような灰色の土司官寨が目の前から消え、集落を見守っている高いちょう楼の四角い先端だけが目の前でゆらゆら揺れていた。
橋を渡り河岸に上がると、畑の緑が再び私の目に飛び込んできた。
一面に広がるトウモロコシ畑を通り過ぎる時、とうもろこしの丈の高い茎の根元の湿った畝の中に、長い瓜のつるが絡まっていて、蔓の上にラッパの形の黄色い花が咲いているのが見えた。
一本の道が畑を貫いて、河岸の台地を二つに分けている。路は麓の平らで肥沃な土地をまっすぐに貫き、その後、緑の樹や草がまばらに生えている灰色の斜面を登り、尾根へ回り込み、少しずつ濃さを増していく山の青さの中へ消えていく。
歩きながら、大きなカーブを描いて上って行く道路を眺めた時、私の体はひんやりとした木陰に包みこまれていた。低い石の壁にリュックをもたせ掛けると、すでにウオリ土司官寨の入り口に立っているのに気づいた。
これといって特別な感激はなかった。
この官寨は他の官寨と同じような特徴も持っているが、それ以外に他の土司官寨と比べて漢族の建築の影響を多く受けている。
最も特徴的なのは、要塞のような建物に入るための大きな門である。これは完全に漢式の屋根つきの門で、漢族の多くの場所で見られる牌坊という門の特長を持っている。
そして最もギャロンらしい特色を持っているのは、言うまでもなく、大きな石を積み上げて造られた堅固な外壁である。
それに続くのは、やはり同じように石を積み上げて造られた背の高いちょう楼である。
私は写真を撮ろうとした。だが、腹立たしいことに、シャッターを押すべきこの手の、原因不明の震えが以前に増してひどくなっていた。
この手はしょっちゅうこうやって私に反抗する。
私はたくさんの美しい場所を訪れて来た。そのたびに、自分なりの視点、自分なりの角度、自分なりの構図で撮った写真を残しておこうと思い、そのために何回か撮影機材を揃えもした。
だが、普段の生活の中では杯を挙げる時に酒をこぼしてしまうほどですんでいる手が、カメラを持って指をシャッターに置くと、震えが止まらなくなるのである。どの医者も原因を教えてくれないし、私も自分からはその原因を尋ねたことはない。
私はため息をつきカメラを置いた。出発してもう何日にもなるというのに。しかも、この旅に出資してくれた出版社も私が自分で撮った写真を必要としているというのに。
だが、自分でもどうしようもない。
カメラをリュックの奥にしまうしかない。
建物の中に入ると、周りの壁越しにたくさんの林檎の枝が顔を出していた。青くて渋そうな実をつけている。
庭はとても静かだった。
この巨大な建物のどこかから剥がれ落ちてきた木の板が柔らかい地面に散乱している。
板は湿った土の上で腐敗しかかっていた。足を乗せると、ひたひたと地面から泥水が湧き出した。一歩一歩踏みながら進んで行くと、庭中が私にはなじみの腐敗の甘い匂いに満たされていった。
庭を囲む壁の四隅には、太くてたくましいごぼうが群れになって茂っていた。
ちょうど正午ごろだった。世間からほとんど忘れ去られ、過去の記憶のみが残る庭に立ち、各層ごとに並ぶたくさんの窓を眺め、幾つもの階段が上の層へと通じているのを眺めた。
だが私はその階段を上らなかったし、くもの巣がぶら下がっている窓の中を覗きこんだりはしなかった。
なぜなら私は信じないわけにはいかなかったのだ。静まりかえったたくさんの部屋の一つ一つに霊魂がいて、私という招かれざる客を声をひそめて窺っているのだ、と。
このような空間の中にいるといつも、この世には本当に霊魂が存在していると信じられる。そして、この世には必ず霊魂が存在していて、私たちにいにしえの誰も知らない秘密を語りかけているのだと信じずにはいられなくなる。
正午の光を浴びながら、庭中に満ちる木が腐敗していく時の甘い匂いの中に立ち、私はこんなふうに自分の幻想に浸っていた。このような幻想の中で、私の心はいつまでもかすかな痛みを感じ続け、宿命とでもいうべき感覚を受け入れるのだった。
(チベット族の作家・阿来の旅行記「大地的階梯」をかってに紹介しています。阿来先生、請原諒!)
10 土司の伝記 二 その3
橋を渡る時、私はずっと顔をあげたまま、かつてこの地方に威名を轟かせた、要塞のような土司官寨を見上げていた。
橋の上に来た時、河岸がせり上がって、私の視線を遮った。畑と果樹園の緑と、緑の中央の古びた夢のような灰色の土司官寨が目の前から消え、集落を見守っている高いちょう楼の四角い先端だけが目の前でゆらゆら揺れていた。
橋を渡り河岸に上がると、畑の緑が再び私の目に飛び込んできた。
一面に広がるトウモロコシ畑を通り過ぎる時、とうもろこしの丈の高い茎の根元の湿った畝の中に、長い瓜のつるが絡まっていて、蔓の上にラッパの形の黄色い花が咲いているのが見えた。
一本の道が畑を貫いて、河岸の台地を二つに分けている。路は麓の平らで肥沃な土地をまっすぐに貫き、その後、緑の樹や草がまばらに生えている灰色の斜面を登り、尾根へ回り込み、少しずつ濃さを増していく山の青さの中へ消えていく。
歩きながら、大きなカーブを描いて上って行く道路を眺めた時、私の体はひんやりとした木陰に包みこまれていた。低い石の壁にリュックをもたせ掛けると、すでにウオリ土司官寨の入り口に立っているのに気づいた。
これといって特別な感激はなかった。
この官寨は他の官寨と同じような特徴も持っているが、それ以外に他の土司官寨と比べて漢族の建築の影響を多く受けている。
最も特徴的なのは、要塞のような建物に入るための大きな門である。これは完全に漢式の屋根つきの門で、漢族の多くの場所で見られる牌坊という門の特長を持っている。
そして最もギャロンらしい特色を持っているのは、言うまでもなく、大きな石を積み上げて造られた堅固な外壁である。
それに続くのは、やはり同じように石を積み上げて造られた背の高いちょう楼である。
私は写真を撮ろうとした。だが、腹立たしいことに、シャッターを押すべきこの手の、原因不明の震えが以前に増してひどくなっていた。
この手はしょっちゅうこうやって私に反抗する。
私はたくさんの美しい場所を訪れて来た。そのたびに、自分なりの視点、自分なりの角度、自分なりの構図で撮った写真を残しておこうと思い、そのために何回か撮影機材を揃えもした。
だが、普段の生活の中では杯を挙げる時に酒をこぼしてしまうほどですんでいる手が、カメラを持って指をシャッターに置くと、震えが止まらなくなるのである。どの医者も原因を教えてくれないし、私も自分からはその原因を尋ねたことはない。
私はため息をつきカメラを置いた。出発してもう何日にもなるというのに。しかも、この旅に出資してくれた出版社も私が自分で撮った写真を必要としているというのに。
だが、自分でもどうしようもない。
カメラをリュックの奥にしまうしかない。
建物の中に入ると、周りの壁越しにたくさんの林檎の枝が顔を出していた。青くて渋そうな実をつけている。
庭はとても静かだった。
この巨大な建物のどこかから剥がれ落ちてきた木の板が柔らかい地面に散乱している。
板は湿った土の上で腐敗しかかっていた。足を乗せると、ひたひたと地面から泥水が湧き出した。一歩一歩踏みながら進んで行くと、庭中が私にはなじみの腐敗の甘い匂いに満たされていった。
庭を囲む壁の四隅には、太くてたくましいごぼうが群れになって茂っていた。
ちょうど正午ごろだった。世間からほとんど忘れ去られ、過去の記憶のみが残る庭に立ち、各層ごとに並ぶたくさんの窓を眺め、幾つもの階段が上の層へと通じているのを眺めた。
だが私はその階段を上らなかったし、くもの巣がぶら下がっている窓の中を覗きこんだりはしなかった。
なぜなら私は信じないわけにはいかなかったのだ。静まりかえったたくさんの部屋の一つ一つに霊魂がいて、私という招かれざる客を声をひそめて窺っているのだ、と。
このような空間の中にいるといつも、この世には本当に霊魂が存在していると信じられる。そして、この世には必ず霊魂が存在していて、私たちにいにしえの誰も知らない秘密を語りかけているのだと信じずにはいられなくなる。
正午の光を浴びながら、庭中に満ちる木が腐敗していく時の甘い匂いの中に立ち、私はこんなふうに自分の幻想に浸っていた。このような幻想の中で、私の心はいつまでもかすかな痛みを感じ続け、宿命とでもいうべき感覚を受け入れるのだった。
(チベット族の作家・阿来の旅行記「大地的階梯」をかってに紹介しています。阿来先生、請原諒!)