★ 物語の第一回は 阿来『ケサル王』① 縁起-1 です http://blog.goo.ne.jp/aba-tabi/m/201304
物語:ムヤ或いはメイサ その4
「どちらがジュクモだ」
「私です」ジュクモはメイサが再び皇后を名乗るのを許してはならぬと、即座に答えた
「私を縛って、柱に吊るしなさい」
俗王が止めようとすると、法王が先に口を開いた。
「聞いていたとおりだ」
そこでニヤリと笑い言った。「と言うことはもう一方がメイサだな」
メイサは顔を背けて押し黙った。
「昔、ワシらは縁あって面識があるのだが、忘れたかな。ワシは昔の交わりを重んじる者だ。だからそなたを打ち付けたりはしない。覚えていないだろうか。そなたが魔国の王妃であった時、ワシは魔国へ行き国王と法力を磨き合った。そなたが自ら注いでくれたうまい酒を飲み、そなたを慈しく思ったものだ」
メイサは言った。
「国王が昔の交わりを大切になさるなら、リン国との誓いをお忘れになりませんように」
この言葉に法王ユズトンバの顔色がみるみる変わった。
「そなたが魔国への想いを忘れたのならそれは良しとしよう。だがリンのために弁解するとは。ならばそなたとの旧交はなかったことにしよう。
当時ワシは兄弟のよしみでリン国の危機にも兵を挙げなかったのだ。だが、このように長い年月、リン国は我がムヤを存在しないかのように扱ってきた。礼をしないばかりか、この間、風の音にも挨拶の言葉を聞かぬ。
今リンは巨大になり、古い友情を思わぬばかりか、宝物を盗みに来た。まずそなたが宝を盗み、その後でケサルが兵を挙げるに違いない。恩を仇で返し、ムヤを滅ぼす気だな」
メイサは答えた。
「小さなロバに載って鞭を揮うのは良い騎手とは言えません。もし皇后を大切に扱って下されば、ゆっくりお話しいたしましょう」
「分かった、ワシは多くの法術を身に着けている。皇后が変身して逃げることもないだろう」
そう言ってジュクモの縄を解かせた。
メイサは、俗王が医者に言着けてジュクモの傷の手当てをさせているのを目にし、凶悪な法王をこの場から引き離そうと考えた。俗王ユアントンバはまだ優しさを残している。機を見て行動すれば、ケサルが功を成すのを助けられるだけでなく、ジュクモの命を救うことも出来るだろう。
そこで笑顔を浮かべなよやかな声で法王に言った。
「昔私が魔国にいた頃、魔国の王様は私に深い愛情を示してくださいました。忘れることがありましょうか。
当時大臣のチンエンと誓いました。必ず王のために敵を討とうと。そこでアダナムと図ってケサルを迷わせ国に返さなかったのです。思いもよらないことに、その間にホルの国王は美女を手に入れて国に戻ってしまいました。そうして今があるのです」
法王は恨めしそうに俗王を睨み
「この弟は情にもろく、そのため、ムヤはロンツァタゲンと盟を結んだのだ。そうでなければ最早天下にリン国はなかっただろう」
「大王様。魔国の旧はすべて大臣チンエンが統率しています。もし彼と連絡を取り、ムヤと魔国の旧が連合したら、リン国と戦うことが出来るでしょう。王様が勝算がないと恐れなければですが」
「ワシが恐れるだと!ワシはケサルの皇后と妃を縛ることのできない自分を恐れているのだ。よし、弟を魔国につかわしチンエンと策を練らせよう」
「それでは、俗王様が悩まれるのではと心配です」
「そなたの言う通りだ。弟は臆病を優しさと取り違えている。分かった。ユアントンバ、ワシの代わりにメイサの相手をしジュクモを見張っていてくれ。わしは魔国へ行ってチンエンと会い、数日の内に良い知らせを持って戻って来よう」
そう言うや否や大鳥に乗って北へと飛んで行った。
ユズトンバが出発するのを待って、ジュクモとメイサは俗王ユントンバを誘惑し始めた。ジュクモはこの機に逃げようと望み、メイサは彼の優しさを憐れみながらも策をめぐらせリン国のためにより多くの法器を手に入れようと考えた。
ユアントンバは暫くはジュクモの美しさに魅了されたが、あまりに居丈高で好きになれなかった。それに反して、メイサは心からの親しみを表わしている。そこで、礼を尽くしてリン国の皇后の世話するよう人に申し付け、メイサ一人とだけ酒を飲み語り合った。酒が回ると、頭の中がガンガンと響いた。
メイサは考えた。ケサルはこれまで何度も天に帰りたいと漏らしている。今回伽国の妖皇后を滅ぼせば、その日は近いかもしれない。そこでユアントンバに尋ねた。
「私は天に昇って神仙になれるでしょうか」
ユアントンバは言った。
「神仙になるには私の兄のように苦しい修行が必要だと言う者もいれば、天から与えられた果報だと言う者もいる。そなたがどうなのかは私には分からない…」
美しい人の上気した瞳からあふれる熱いまなざしに、ユアントンバは魂を抜かれたかのよう。だが、メイサは涙を浮かべて言った。
「私は法術にも通じず、深い罪を負った人間です。その因果でこの体はついには灰となり煙となってしまうのでしょう」
美しい人の強い語気と辛そうな表情にユアントンバの心に慈しみの思いがあふれ、メイサの玉のような手を取って自らの手の中に包み込んだ。
「ケサル王は最後には天に帰って行くという。もしそなたがムヤに残りたいと望むのなら、我ら二人、この世の残りの日々を共に過ごそうではないか」
この言葉にメイサは更に止めどなく涙を流した。
「大王様、ケサル王は人並みならぬ力を持っています。自分の妃を他の者の愛妾にするはずがありません」
「ならば、彼が天へ帰るのを待ってそなたを迎えに行こう」
メイサは言った。
「実は、私とジュクモがここまで来たのは、ただ、ムヤに法器を借りて伽国へ行き、妖皇后の遺体を消し去るそのためだけなのです。法王が想像するようなムヤを滅ぼそうなどという思いはいささかもありません。もしその法器を私に貸して下さったら、ケサル王はもしかして私がムヤに留まって終生お供をするのを許すかもしれません」
こうして二人はその夜を共に過ごした。
ユアントンバは呪文を唱え、秘密の洞窟を開け、鍵の束を取り出しメイサに渡し、この鍵は彼が管理している十八の蔵を開けることが出来ると話した。
メイサはすぐさま蔵を開け、一つ一つ探して、終に黒い鉄の箱の中から蛇心檀香木を見つけ出した。
ユアントンバは彼女に言った。この香木は瘴気を防ぐことが出来る。もし伽国に行ったらこれがなくては炎熱の林を通り抜けることは出来ないだろう、と。
その夜、俗王が深く眠りこんだのを見て、メイサはこっそり起き出し、ジュクモが捕らわれている部屋を探し出し、羽衣を着せ三爪の鉤と蛇心檀香木の二つの法器を持ってすぐにリンへ帰るよう言った。
国王には、自分はムヤの二人の王を謀るためまだムヤに留まる、と伝えるよう頼んだ。
ジュクモは逃げ出す機会を得て、話をするどころではなく、高まる気持ちで羽根を震わせ夜の空へと飛び上がり、月の光に乗ってリン国へ帰って行った。
物語:ムヤ或いはメイサ その4
「どちらがジュクモだ」
「私です」ジュクモはメイサが再び皇后を名乗るのを許してはならぬと、即座に答えた
「私を縛って、柱に吊るしなさい」
俗王が止めようとすると、法王が先に口を開いた。
「聞いていたとおりだ」
そこでニヤリと笑い言った。「と言うことはもう一方がメイサだな」
メイサは顔を背けて押し黙った。
「昔、ワシらは縁あって面識があるのだが、忘れたかな。ワシは昔の交わりを重んじる者だ。だからそなたを打ち付けたりはしない。覚えていないだろうか。そなたが魔国の王妃であった時、ワシは魔国へ行き国王と法力を磨き合った。そなたが自ら注いでくれたうまい酒を飲み、そなたを慈しく思ったものだ」
メイサは言った。
「国王が昔の交わりを大切になさるなら、リン国との誓いをお忘れになりませんように」
この言葉に法王ユズトンバの顔色がみるみる変わった。
「そなたが魔国への想いを忘れたのならそれは良しとしよう。だがリンのために弁解するとは。ならばそなたとの旧交はなかったことにしよう。
当時ワシは兄弟のよしみでリン国の危機にも兵を挙げなかったのだ。だが、このように長い年月、リン国は我がムヤを存在しないかのように扱ってきた。礼をしないばかりか、この間、風の音にも挨拶の言葉を聞かぬ。
今リンは巨大になり、古い友情を思わぬばかりか、宝物を盗みに来た。まずそなたが宝を盗み、その後でケサルが兵を挙げるに違いない。恩を仇で返し、ムヤを滅ぼす気だな」
メイサは答えた。
「小さなロバに載って鞭を揮うのは良い騎手とは言えません。もし皇后を大切に扱って下されば、ゆっくりお話しいたしましょう」
「分かった、ワシは多くの法術を身に着けている。皇后が変身して逃げることもないだろう」
そう言ってジュクモの縄を解かせた。
メイサは、俗王が医者に言着けてジュクモの傷の手当てをさせているのを目にし、凶悪な法王をこの場から引き離そうと考えた。俗王ユアントンバはまだ優しさを残している。機を見て行動すれば、ケサルが功を成すのを助けられるだけでなく、ジュクモの命を救うことも出来るだろう。
そこで笑顔を浮かべなよやかな声で法王に言った。
「昔私が魔国にいた頃、魔国の王様は私に深い愛情を示してくださいました。忘れることがありましょうか。
当時大臣のチンエンと誓いました。必ず王のために敵を討とうと。そこでアダナムと図ってケサルを迷わせ国に返さなかったのです。思いもよらないことに、その間にホルの国王は美女を手に入れて国に戻ってしまいました。そうして今があるのです」
法王は恨めしそうに俗王を睨み
「この弟は情にもろく、そのため、ムヤはロンツァタゲンと盟を結んだのだ。そうでなければ最早天下にリン国はなかっただろう」
「大王様。魔国の旧はすべて大臣チンエンが統率しています。もし彼と連絡を取り、ムヤと魔国の旧が連合したら、リン国と戦うことが出来るでしょう。王様が勝算がないと恐れなければですが」
「ワシが恐れるだと!ワシはケサルの皇后と妃を縛ることのできない自分を恐れているのだ。よし、弟を魔国につかわしチンエンと策を練らせよう」
「それでは、俗王様が悩まれるのではと心配です」
「そなたの言う通りだ。弟は臆病を優しさと取り違えている。分かった。ユアントンバ、ワシの代わりにメイサの相手をしジュクモを見張っていてくれ。わしは魔国へ行ってチンエンと会い、数日の内に良い知らせを持って戻って来よう」
そう言うや否や大鳥に乗って北へと飛んで行った。
ユズトンバが出発するのを待って、ジュクモとメイサは俗王ユントンバを誘惑し始めた。ジュクモはこの機に逃げようと望み、メイサは彼の優しさを憐れみながらも策をめぐらせリン国のためにより多くの法器を手に入れようと考えた。
ユアントンバは暫くはジュクモの美しさに魅了されたが、あまりに居丈高で好きになれなかった。それに反して、メイサは心からの親しみを表わしている。そこで、礼を尽くしてリン国の皇后の世話するよう人に申し付け、メイサ一人とだけ酒を飲み語り合った。酒が回ると、頭の中がガンガンと響いた。
メイサは考えた。ケサルはこれまで何度も天に帰りたいと漏らしている。今回伽国の妖皇后を滅ぼせば、その日は近いかもしれない。そこでユアントンバに尋ねた。
「私は天に昇って神仙になれるでしょうか」
ユアントンバは言った。
「神仙になるには私の兄のように苦しい修行が必要だと言う者もいれば、天から与えられた果報だと言う者もいる。そなたがどうなのかは私には分からない…」
美しい人の上気した瞳からあふれる熱いまなざしに、ユアントンバは魂を抜かれたかのよう。だが、メイサは涙を浮かべて言った。
「私は法術にも通じず、深い罪を負った人間です。その因果でこの体はついには灰となり煙となってしまうのでしょう」
美しい人の強い語気と辛そうな表情にユアントンバの心に慈しみの思いがあふれ、メイサの玉のような手を取って自らの手の中に包み込んだ。
「ケサル王は最後には天に帰って行くという。もしそなたがムヤに残りたいと望むのなら、我ら二人、この世の残りの日々を共に過ごそうではないか」
この言葉にメイサは更に止めどなく涙を流した。
「大王様、ケサル王は人並みならぬ力を持っています。自分の妃を他の者の愛妾にするはずがありません」
「ならば、彼が天へ帰るのを待ってそなたを迎えに行こう」
メイサは言った。
「実は、私とジュクモがここまで来たのは、ただ、ムヤに法器を借りて伽国へ行き、妖皇后の遺体を消し去るそのためだけなのです。法王が想像するようなムヤを滅ぼそうなどという思いはいささかもありません。もしその法器を私に貸して下さったら、ケサル王はもしかして私がムヤに留まって終生お供をするのを許すかもしれません」
こうして二人はその夜を共に過ごした。
ユアントンバは呪文を唱え、秘密の洞窟を開け、鍵の束を取り出しメイサに渡し、この鍵は彼が管理している十八の蔵を開けることが出来ると話した。
メイサはすぐさま蔵を開け、一つ一つ探して、終に黒い鉄の箱の中から蛇心檀香木を見つけ出した。
ユアントンバは彼女に言った。この香木は瘴気を防ぐことが出来る。もし伽国に行ったらこれがなくては炎熱の林を通り抜けることは出来ないだろう、と。
その夜、俗王が深く眠りこんだのを見て、メイサはこっそり起き出し、ジュクモが捕らわれている部屋を探し出し、羽衣を着せ三爪の鉤と蛇心檀香木の二つの法器を持ってすぐにリンへ帰るよう言った。
国王には、自分はムヤの二人の王を謀るためまだムヤに留まる、と伝えるよう頼んだ。
ジュクモは逃げ出す機会を得て、話をするどころではなく、高まる気持ちで羽根を震わせ夜の空へと飛び上がり、月の光に乗ってリン国へ帰って行った。