塵埃落定の旅  四川省チベット族の街を訪ねて

小説『塵埃落定』の舞台、四川省アバを旅する

阿来『ケサル王』 159 物語:ムヤ或いはメイサ

2016-07-26 00:06:32 | ケサル
      ★ 物語の第一回は 阿来『ケサル王』① 縁起-1 です  http://blog.goo.ne.jp/aba-tabi/m/201304



物語:ムヤ或いはメイサ その4



「どちらがジュクモだ」
「私です」ジュクモはメイサが再び皇后を名乗るのを許してはならぬと、即座に答えた
「私を縛って、柱に吊るしなさい」

 俗王が止めようとすると、法王が先に口を開いた。
 「聞いていたとおりだ」
 そこでニヤリと笑い言った。「と言うことはもう一方がメイサだな」

 メイサは顔を背けて押し黙った。

 「昔、ワシらは縁あって面識があるのだが、忘れたかな。ワシは昔の交わりを重んじる者だ。だからそなたを打ち付けたりはしない。覚えていないだろうか。そなたが魔国の王妃であった時、ワシは魔国へ行き国王と法力を磨き合った。そなたが自ら注いでくれたうまい酒を飲み、そなたを慈しく思ったものだ」

 メイサは言った。
 「国王が昔の交わりを大切になさるなら、リン国との誓いをお忘れになりませんように」

 この言葉に法王ユズトンバの顔色がみるみる変わった。
 「そなたが魔国への想いを忘れたのならそれは良しとしよう。だがリンのために弁解するとは。ならばそなたとの旧交はなかったことにしよう。
  当時ワシは兄弟のよしみでリン国の危機にも兵を挙げなかったのだ。だが、このように長い年月、リン国は我がムヤを存在しないかのように扱ってきた。礼をしないばかりか、この間、風の音にも挨拶の言葉を聞かぬ。
  今リンは巨大になり、古い友情を思わぬばかりか、宝物を盗みに来た。まずそなたが宝を盗み、その後でケサルが兵を挙げるに違いない。恩を仇で返し、ムヤを滅ぼす気だな」

 メイサは答えた。
 「小さなロバに載って鞭を揮うのは良い騎手とは言えません。もし皇后を大切に扱って下されば、ゆっくりお話しいたしましょう」

 「分かった、ワシは多くの法術を身に着けている。皇后が変身して逃げることもないだろう」
 そう言ってジュクモの縄を解かせた。

 メイサは、俗王が医者に言着けてジュクモの傷の手当てをさせているのを目にし、凶悪な法王をこの場から引き離そうと考えた。俗王ユアントンバはまだ優しさを残している。機を見て行動すれば、ケサルが功を成すのを助けられるだけでなく、ジュクモの命を救うことも出来るだろう。

 そこで笑顔を浮かべなよやかな声で法王に言った。
 「昔私が魔国にいた頃、魔国の王様は私に深い愛情を示してくださいました。忘れることがありましょうか。
当時大臣のチンエンと誓いました。必ず王のために敵を討とうと。そこでアダナムと図ってケサルを迷わせ国に返さなかったのです。思いもよらないことに、その間にホルの国王は美女を手に入れて国に戻ってしまいました。そうして今があるのです」

 法王は恨めしそうに俗王を睨み
 「この弟は情にもろく、そのため、ムヤはロンツァタゲンと盟を結んだのだ。そうでなければ最早天下にリン国はなかっただろう」

 「大王様。魔国の旧はすべて大臣チンエンが統率しています。もし彼と連絡を取り、ムヤと魔国の旧が連合したら、リン国と戦うことが出来るでしょう。王様が勝算がないと恐れなければですが」

 「ワシが恐れるだと!ワシはケサルの皇后と妃を縛ることのできない自分を恐れているのだ。よし、弟を魔国につかわしチンエンと策を練らせよう」

 「それでは、俗王様が悩まれるのではと心配です」

 「そなたの言う通りだ。弟は臆病を優しさと取り違えている。分かった。ユアントンバ、ワシの代わりにメイサの相手をしジュクモを見張っていてくれ。わしは魔国へ行ってチンエンと会い、数日の内に良い知らせを持って戻って来よう」
 そう言うや否や大鳥に乗って北へと飛んで行った。

 ユズトンバが出発するのを待って、ジュクモとメイサは俗王ユントンバを誘惑し始めた。ジュクモはこの機に逃げようと望み、メイサは彼の優しさを憐れみながらも策をめぐらせリン国のためにより多くの法器を手に入れようと考えた。

 ユアントンバは暫くはジュクモの美しさに魅了されたが、あまりに居丈高で好きになれなかった。それに反して、メイサは心からの親しみを表わしている。そこで、礼を尽くしてリン国の皇后の世話するよう人に申し付け、メイサ一人とだけ酒を飲み語り合った。酒が回ると、頭の中がガンガンと響いた。

 メイサは考えた。ケサルはこれまで何度も天に帰りたいと漏らしている。今回伽国の妖皇后を滅ぼせば、その日は近いかもしれない。そこでユアントンバに尋ねた。
 「私は天に昇って神仙になれるでしょうか」

 ユアントンバは言った。
 「神仙になるには私の兄のように苦しい修行が必要だと言う者もいれば、天から与えられた果報だと言う者もいる。そなたがどうなのかは私には分からない…」

 美しい人の上気した瞳からあふれる熱いまなざしに、ユアントンバは魂を抜かれたかのよう。だが、メイサは涙を浮かべて言った。
 「私は法術にも通じず、深い罪を負った人間です。その因果でこの体はついには灰となり煙となってしまうのでしょう」

 美しい人の強い語気と辛そうな表情にユアントンバの心に慈しみの思いがあふれ、メイサの玉のような手を取って自らの手の中に包み込んだ。
 「ケサル王は最後には天に帰って行くという。もしそなたがムヤに残りたいと望むのなら、我ら二人、この世の残りの日々を共に過ごそうではないか」

 この言葉にメイサは更に止めどなく涙を流した。
 「大王様、ケサル王は人並みならぬ力を持っています。自分の妃を他の者の愛妾にするはずがありません」

 「ならば、彼が天へ帰るのを待ってそなたを迎えに行こう」

 メイサは言った。
 「実は、私とジュクモがここまで来たのは、ただ、ムヤに法器を借りて伽国へ行き、妖皇后の遺体を消し去るそのためだけなのです。法王が想像するようなムヤを滅ぼそうなどという思いはいささかもありません。もしその法器を私に貸して下さったら、ケサル王はもしかして私がムヤに留まって終生お供をするのを許すかもしれません」

 こうして二人はその夜を共に過ごした。
 ユアントンバは呪文を唱え、秘密の洞窟を開け、鍵の束を取り出しメイサに渡し、この鍵は彼が管理している十八の蔵を開けることが出来ると話した。

 メイサはすぐさま蔵を開け、一つ一つ探して、終に黒い鉄の箱の中から蛇心檀香木を見つけ出した。
 ユアントンバは彼女に言った。この香木は瘴気を防ぐことが出来る。もし伽国に行ったらこれがなくては炎熱の林を通り抜けることは出来ないだろう、と。

 その夜、俗王が深く眠りこんだのを見て、メイサはこっそり起き出し、ジュクモが捕らわれている部屋を探し出し、羽衣を着せ三爪の鉤と蛇心檀香木の二つの法器を持ってすぐにリンへ帰るよう言った。
 国王には、自分はムヤの二人の王を謀るためまだムヤに留まる、と伝えるよう頼んだ。

 ジュクモは逃げ出す機会を得て、話をするどころではなく、高まる気持ちで羽根を震わせ夜の空へと飛び上がり、月の光に乗ってリン国へ帰って行った。





阿来『ケサル王』 158 物語:ムヤ或いはメイサ

2016-07-20 23:17:26 | ケサル
      ★ 物語の第一回は 阿来『ケサル王』① 縁起-1 です  http://blog.goo.ne.jp/aba-tabi/m/201304



物語:ムヤ或いはメイサ その3



 ジュクモとメイサは再び翼をはためかせて空に上がった。ジュクモは笑顔で言った。
 「もし王様が自ら法器を取りに来られたら、どれほどの障碍を乗り越えなければならず、どれほど多くの兵を切り捨てたことでしょう。私たちは長い日々宮の中で寂しく暮らし、お会いすることもできなかったでしょう」

 メイサは辺りに気にしながら言った。
 「不思議です、空に開いた穴は何故湖と同じ大きさなのでしょう。そして私たちが動くのと一緒に動いています。ムヤの国王の法力は強いと聞いていますが、なぜ私たちはこんなに容易く国王の宝物を手に入れることが出来たのでしょう」

 このように思い巡らせている時、彼女たちの下方に若々しい緑の林に囲まれた湖が現われた。湖の上には五色の鳥が飛び交い、湖岸に咲く鮮やかな花の香りが天まで漂って来た。

 ジュクモが呼びかけた。
 「長い間飛んで疲れました。この湖のほとりで少し休みましょう」
 そう言うと、メイサの答えを待たずに、一直線に降りて行った。メイサもそれに従った。

 二人は鮮やかな花々を集めて花輪にし、身に飾り、岸辺で水と戯れた。拓けた高地にあるリン国にはこのように暖かい湖はなかった。ジュクモはあっという間に身に着けた羽衣を脱ぎ棄て、湖に入って行った。
 「まだ朝の内。しばらく楽しんでから戻っても遅くないでしょう。メイサも早くいらっしゃい」

 メイサが羽衣を脱ぎ、湖水に足をつけるより早く、湖畔の大木が突然勇猛な顔つきの若い将軍に変わった。
 「わはは、我が法王は英明であった。私にここでお二人を待てと命じられたのだ。もはや逃げられはせぬぞ」

 メイサはすぐさま衣を身に着け空へ飛び立とうとした。だが、ジュクモが水の中で顔色を失っているのが目に入り、一瞬躊躇しすきに、将軍が投げた縄によって地上へと引き戻された。
 メイサは叫んだ。
 「何をするのですか。私たちはただの旅人ではありません。世に降った仙女です。無礼は許しませんよ」

 若い将軍は一笑に付した。
 「二人の美しさは仙女にも勝るでしょう。だが、人であるのは分かっています。リンの国からいらっしゃったということも。我が法王はおっしゃった。おとなしく付いて来て、盗んだ宝を渡せばそれでよい、と。法王の寵愛はケサル王に勝るでしょう」

 メイサが翼を震わせ逃げようとすると、ジュクモが水の中からすがるように叫んだ。
 「メイサ、助けて」

 その声に後ろ髪を惹かれ、翼を開く間もなく、そのまま地上に倒された。もはや逃げるのをあきらめるしかなかった。

 よりあわれなのはジュクモである。水に入る時に薄い衣の他はすべて脱ぎ捨てたので、皇后でありながら、おずおずと水から上がった姿は、濡れた薄絹が体に張り付き、何も身に着けていないかのようだった。顔色は失われ、恥ずかしさに耐えるばかり。
 礼儀正しい将軍は視線をそらせ、ジュクモはメイサに手伝わせ服を着た。

 メイサは自らの羽衣を脱いでジュクモに着せながら、涙を流した。
 「お姉さま、私があの将軍を捕まえておきます。お姉さまは宝を持って早く飛んで逃げてください。

 将軍は振り向いくと、脅すように尋ねた。
 「どちらがケサルの妃ジュクモだ」

 メイサはジュクモに目で合図し、兵士の前に進み出ると、満面の笑みを湛えて言った。
 「私が美しさで知られたジュクモです。あなたについてムヤの王様に会いに行きましょう。これは私の姉です。無事を伝えるために帰らせてください」

 軍は二人をかわるがわる見たが、すぐには決断できなかった。

 メイサは言った。
 「彼女をごらんなさい。水に入って遊ぼうとその体を露わにしながら、事が起こるとひたすら怖がっているだけ。皇后の気品があると思われますか」

 それを聞いて将軍はなるほどと信じることにした。
 「分かった。そなた一人がおとなしく着いて来れば、これ以上困らせはしない」

 ところなんと、ジュクモはメイサに馬鹿にされたと思い込み、燃え上がった怒りに恐怖を忘れ、名乗りを上げた。

 「一歩進めば百頭の駿馬に値し、一歩退けば百頭のヤクに値する。百人の男が釘付けになり、百人の女が不運を嘆く。私こそケサルの愛する妃、美しさで知られるリン国の皇后ジュクモです」

 言いながら媚びを含むまなざしで見つめて将軍の心を乱そうとしたので、将軍は慌てて法王から与えられた人の皮で出来た袋を開いた。袋が開くや否や突風が起こり、二人の妃を袋の中に放り込んだ。将軍はやっと正気を取り戻し、袋を担いで王城へ戻った。

 二人は暗い袋の中に押し込められ、お互いを責め合ったが、もはやどうすることも出来なかった。口が開くと二人は袋から転がり出た。
 メイサは雀に変身したジュクモを発見し、ジュクモの目にもメイサは小さな雀に変わっていた。

 人の声が雷のように響きわたり、顔を挙げると、王座を並べて座っているムヤの二人の国王はまるで高い山のようだった。法王ユズトンバが俗王ユアントンバに向かって言った。
 「小さな法術を使っただけだ。そうしなければ生きた人間二人を皮で作った袋に押し込められないからな」
 「かなり時間が経ったので、元に戻れないかもしれませんね」

 この言葉を聞いて、ジュクモは自分もまたメイサと同じように醜い雀に変身しているのを知り、焦りと悲しさに、チュンチュンと泣き叫んだ。
 美貌が失われることに比べれば、命を失うことなど怖くはない。ジュクモは翼を振るわせ、法王の目をつつこうと中空まで飛び上がった。だが、法王が手の中の鈴を揺らすと、澄んだ音と共に金の光が放たれ、地に落とされた。

 法王は言った。
 「変われ!」


 すると二人の妃は人間の姿に戻った。







阿来『ケサル王』 157 物語:ムヤ或いはメイサ

2016-07-10 13:15:35 | ケサル
       ★ 物語の第一回は 阿来『ケサル王』① 縁起-1 です  http://blog.goo.ne.jp/aba-tabi/m/201304


物語:ムヤ或いはメイサ その2



 首席大臣の言葉にケサルの疑いはすべて消えた。それでも、嘆かずにはいられなかった。
 「これまで私は考えもしなかった。人の世、人の心がこのように複雑で深いものだとは。天に通じ神の力を持っていても是非を下せないほどに」

 ケサルは後宮に戻り深く自分を責め、しきりにため息をついた。
 メイサはその様子を見て、過ぎし日、国王が魔国に長く留まり、クルカル王が妃をさらって行くに任せ、ギャツァはそのために戦場で犠牲になったことを思い、また今、首席大臣が国の平安を守ろうと、国王の知らぬところでムヤ国との同盟を結び、そのため国王に責められたと知り、心は慙愧に耐えなかった。

 その夜は国王の傍に仕えず、一人で泣き通したが、空けの明星が昇る頃、ある決意を固めた。一人でムヤへ赴き、法器を手に入れ、国王が伽国で妖魔を降す助けとなろう、と。
 そう決心すると心の重荷が解かれ、すぐに起き上がって出発の支度を始めた。

 その夜、ジュクモもまた国王に仕えず、伽国への遥かな道のり、高い山、大きな河を想っていた。だが、それ以上に、国王が伽国の美しい皇后の法術にかかりそのまま帰って来ないのではと思い及ぶと、心に嫉妬の火が燃え盛り、服を羽織ると淡い月の光の下、中庭を彷徨っていた。

 ちょうどその時、メイサが旅装を整え出て行こうとするのを見かけ、呼び止めた。
 「メイサよ、どこへ行こうというのですか」

 メイサは涙を浮かべて答えた。
 「ムヤへ行き、法器を手に入れ、これまでの罪を贖います」

 ジュクモは冷たく笑って言った。
 「昔、あなたは魔国で王様を惑わせました。今、王様がムヤを討ちに行くのを知って、先に行って待ち伏せし、時が来たらまた同じように王様を迷わせようとしているのでしょう」

 メイサはジュクモの前に跪いた。
 「当時は寵愛を受けたいと望むばかりで、このような恐ろしい結果になるとは思いもしませんでした。その後幾度菩薩様に罪を悔いたことでしょう。今魔国へ行くのは法器を手に入れ以前の罪を贖うためです。どうぞお許しください。もし戻ることが出来ましたら、髪を落として尼となり、俗世を離れ、王様の寵愛を争うことは致しません。もし無事に戻れなければ、それは受けるべき報いでしょう。その時は王様に、リン国の国運を重んじ、卑しい妃のことをお心に掛けるには及ばないとお伝えください」
 言い終ると衣を翻し、鶴が羽根を広げたかのように飛び去ろうとした。

 メイサの悲痛な言葉に、ジュクモは止めどなく涙を流し、心の奥の嫉妬の火も消えた。メイサを引き戻すと、心はすでに許しながらも、口から出る言葉は厳しかった。

 「待ちなさい。私もあなたと一緒に行きましょう。もし法物を取りに行くというのが本当なら、私にもわずかばかりの神の力があります。もし、そこで王様を待つつもりなら、あなたに一人占めさせるわけにはいきません」

 言い終ると、手紙をしたため国王の枕元に置いた。もし十日以内に二人の妃が戻らなかったら、兵を寄越して助けるようにと書かれていた。

 こうして、二人の妃は衣を翼として、明るんだ空の下ムヤの国へと飛んで行った。

 太陽が昇りはじめる頃、目の前に高い山が現われた。メイサはジュクモに「この山を越えるとムヤです」と告げた。
 なんとそこに巨大に変身したケサルが立ちはだかり、背後の太陽が幾筋もの金の光を放っていた。よく通る声が空に響いた。

 「二人の妃よ、そのように急いで、どこへ行こうとしているのだ」

 二人はすぐさま翼を収め、国王の前に跪いた。
 ケサルはもとの姿に戻ると、山の頂で二人の妃を扶け起こし、言った。
 「そなたたちの想いはすでに分かっている。私が手助けしよう」

 二人は頭を地につけて感謝を表わした。

 「そのように心急いてはならない。ムヤへ行くなら十分に準備をしなさい」

 三人が高い山の頂からその麓まで飛んで降りると、山の下の林の辺りにすでに大きなテントが張られていた。境界を守るアダナモを除くリン国の十二人の妃が集まっていた。共に宴を開いてひと時楽しんでから、ケサルはジュクモとメイサにさらなる変幻の法を授けた。

 間もなく首席大臣が兵を率いて現われた。
 トトンが新たなに方を授けた。
 もしアサイ羅刹から法力を備えたトルコ石の組紐を手に入れたいのなら、もう一つ特別なものが必要だ。それは、ある竹の根で、何故か人の掌のような形をしている。先端は人の指のように三つの節からなり、呪文を唱えると指のように思いのままに閉じたり開いたりする。これがあれば羅刹の頭からトルコ石の組紐を取ることが出来る。この法器はムヤ法王の加持を受けていて、三つの山が寄り添い二本の河が交わるところにある。

 トトンは言った。
 「お二人がムヤへ行き、もしその三節の道具を持って帰れば、無上の功徳となるじゃろう。アサイ羅刹と戦うには、ワシが自ら出向かなければならぬがな」

 この日、二人の妃は純白の鶴の衣を身に着け、ムヤに向かって飛んで行った。
 ムヤの上空まで飛んで来ると、法王ユズトンバが山の中で修業していたために、濃い霧が山を覆い、上からは何も見えなかった。ジュクモとメイサは身に着けたばかりの神の力を用い、呪文を唱えると、その翼は無限に広がっていき、力を込めて羽ばたかせると、空の下を覆った雲も霧も晴れ、山々に囲まれた広野に河が折れ曲がりながら流れ、岸辺の林の辺りに家々が整然と並んでいるのが見えた。

 法王は洞窟の中にいて、集めた気があたりへと散って行くのを感じ、異国の者が入って来たのを知った。だが、修業はまさに要の時、中断することは出来ず、空が開けたのに任せ、息を整え、天地の精華を体いっぱいに取り込んだ。
 指を使って占うと異国の者が来た訳が分かったので、ジュクモたちが宝を取りに来る場所に青い空を開けて置いた。

 二人の妃は天を旋回して間もなく、予言にあった三つの山と二つの流れが集まる所に竹林の緑が輝いているのを目にした。そこで青い風の道に沿って徐々に降りて行き、すぐに、人の手のように自由に動く竹の鉤を手に入れた。

 呪文を唱え、一声「変われ」と叫ぶと、竹の鉤は人の手のように開いた。