物語:黄河湾 その1
更に三日歩くと、黄河湾に、伝えられていた三色の砦が現れた。
誰もがすでに商人たちの口から聞いて、砦を築く石は黄河湾の外の様々な場所から持ってこられたものだと知っていた。
今、砦はすでに完成していた。
屋根を覆っているのはリンから運ばれた青い石の板だ。
石の板は金属のように煌めき、龍のうろこのように敷きつめられていた。
その日、ジョルは正式な礼服を身に纏っていた。
輝くばかりに一新したジョルの姿を見て、人々は額の前に両手を重ね祝の言葉を述べた。
皆が心配していたことは起こらなかった。
ジョルは遊び心から、法力は高いが奇怪な形をした杖に乗っていなかったし、風除けの帽子におかしな角が付いた皮の服を着ていなかった。
整った顔立ちに両の目は澄んだ光を放っいていた。
ジョルは漢の妃の額に口づけし、その後、兄ギャツァの胸に飛び込んでいった。
兄弟はこらえきれず、とめどなく涙を流した。
ジョルはリンの十二人の美しい姉妹に敬意のこもった、また慕わしげな眼差しを投げかけた。
「ああ、どうしましょう」
ジョルの眼差しは娘達を熱くし、娘達はリンの民のみが口にする複雑な意味を含んだ感嘆の声をあげた。
娘達は叫んだ。
「ジョル!」
「ジョルではなく、ケサルよ」
「名前はどうでもいいが」トトンが言った。
「よく覚えていなさい、やつはまだ八歳の子供だ」
娘達は口々に言った。
「体はもうトトン様より大きいわ」
「彼の眼差しは私たちの顔を熱くするの」
「彼はリンの人々のために新しい場所を開いてくれたんですもの」
ジョルは人の群れを掻き分け、タンマに、人々の間に隠れて恥じ入るばかりの老総督を連れて来させた。
食事が整うと、ジョルは一方の手で兄の手を、もう一方で老総督の手を取り、父センロンを含むリンの各の首領、英雄、祭司、呪術師、更にはリンに教えを広めるためやって来たばかりの仏教の僧までも自分の暮らすテントに迎え入れた。
そのテントはリンを追われた時に持って来た物だった。
テントに入り、ギャツァはもう一度自分たちの誤りを恥じ入らずにはいられなかった。
そして、弟のために心配にした。
「この小さなテントにこのような多くの者たちが入り切れるのだろうか」
老総督も不思議に思った。
「あの砦はあれほど雄壮ではないか」
ジョルは何も聞かなかったかのように、テントの入り口の幕を捲り上げた。
中はまるで別世界に迷い込んだかのようだった。
広々として高いところから光が差し込み、よい香りに満たされていた。一人一人がペルシャの絨毯にゆったりと座ることが出来、それぞれの前に大きなテーブルが置かれていた。玉や香木のテーブルには金銀の杯が置かれ、食べ物は元より、赤い瑪瑙の高台に盛られた果物だけでも12回も運ばれた。
そのすべてが遥か遠方から取り寄せられたもので、味や形、更に耳慣れない名前まで、リンの人々がこれまで見たことも聞いたことのないものばかりだった。
ジョルは盃を挙げた。
「神が親しい人々や故郷の民をこの地に導いてくださったことに感謝しよう。
ここに至ってからの三年、このような喜びを味わったことはなかった。
皆のもの、飲み干そう!」
皆が一気に飲み干すと、老総督は席を離れジョルの前に進み出た。
「リンの民に代わって一つ要求がある。お前がそれに応えてくれたら、わしもこの盃を飲み干そう」
「総督、何なりとお申し付け下さい」
「我々の罪によって、麗しいリンは大きな災害に見舞われた。
中でも大きな罪は、我々に情けの心がなくお前たち母子を追放したことだ。
だがあえて、リンの民のためにお前に要求する。
リンの民をお前の開拓した地に三年の間住まわせてくれ」
ジョルに悪戯な心が起こった。
「何故三年なのでしょう。三日ではなく…」
慚愧のあまり、老総督は深く頭を垂れた。
「我々の罪が深いほどに、故郷の原野の積雪も深い。この雪が融け、大地が再び生気を取り戻すのに、丸々三年かかるだろう」
老総督が人々に代わり恥を忍んでいる様子を見て、ジョルの心は針で刺されたような痛みを感じた。
ジョルは老総督を助け起こして上座に座らせ、盃を挙げて言った。
「総督、首領の方々、ご安心あれ。
ジョルがこの地を開いたのはリンの国を永遠に伝え残そうと願ってのことです」
話しているうちに人々を覆っていたテントは消えた。皆の座る席が昇り始めた。
ジョルの高らかな声が響いた。
「さあ、御覧なさい。
美しく広々とした黄河を。
細長く湾曲する様は宝剣のよう。
その刃の南側はインド、剣の先は漢の国。
剣身はタングラ山を突き刺している。
ここに三色の砦を築いたのは、
ユーグラソントこそこれからのリンの中心となるからだ。
リン国が大業を為した後、再び本来の地へと帰ろう」
老総督はこの言葉を聞いて顔をほころばせ、大きな椀でたて続けに三杯飲み干した。
続けて宴席が並べられ、豊かな食事の後、人々は歌い踊り、夜を徹し空が明るくなるまで続いた。
野営のために万を超える松明が焚かれ、燃え盛る火に天の星々もきらめきを失った。
更に三日歩くと、黄河湾に、伝えられていた三色の砦が現れた。
誰もがすでに商人たちの口から聞いて、砦を築く石は黄河湾の外の様々な場所から持ってこられたものだと知っていた。
今、砦はすでに完成していた。
屋根を覆っているのはリンから運ばれた青い石の板だ。
石の板は金属のように煌めき、龍のうろこのように敷きつめられていた。
その日、ジョルは正式な礼服を身に纏っていた。
輝くばかりに一新したジョルの姿を見て、人々は額の前に両手を重ね祝の言葉を述べた。
皆が心配していたことは起こらなかった。
ジョルは遊び心から、法力は高いが奇怪な形をした杖に乗っていなかったし、風除けの帽子におかしな角が付いた皮の服を着ていなかった。
整った顔立ちに両の目は澄んだ光を放っいていた。
ジョルは漢の妃の額に口づけし、その後、兄ギャツァの胸に飛び込んでいった。
兄弟はこらえきれず、とめどなく涙を流した。
ジョルはリンの十二人の美しい姉妹に敬意のこもった、また慕わしげな眼差しを投げかけた。
「ああ、どうしましょう」
ジョルの眼差しは娘達を熱くし、娘達はリンの民のみが口にする複雑な意味を含んだ感嘆の声をあげた。
娘達は叫んだ。
「ジョル!」
「ジョルではなく、ケサルよ」
「名前はどうでもいいが」トトンが言った。
「よく覚えていなさい、やつはまだ八歳の子供だ」
娘達は口々に言った。
「体はもうトトン様より大きいわ」
「彼の眼差しは私たちの顔を熱くするの」
「彼はリンの人々のために新しい場所を開いてくれたんですもの」
ジョルは人の群れを掻き分け、タンマに、人々の間に隠れて恥じ入るばかりの老総督を連れて来させた。
食事が整うと、ジョルは一方の手で兄の手を、もう一方で老総督の手を取り、父センロンを含むリンの各の首領、英雄、祭司、呪術師、更にはリンに教えを広めるためやって来たばかりの仏教の僧までも自分の暮らすテントに迎え入れた。
そのテントはリンを追われた時に持って来た物だった。
テントに入り、ギャツァはもう一度自分たちの誤りを恥じ入らずにはいられなかった。
そして、弟のために心配にした。
「この小さなテントにこのような多くの者たちが入り切れるのだろうか」
老総督も不思議に思った。
「あの砦はあれほど雄壮ではないか」
ジョルは何も聞かなかったかのように、テントの入り口の幕を捲り上げた。
中はまるで別世界に迷い込んだかのようだった。
広々として高いところから光が差し込み、よい香りに満たされていた。一人一人がペルシャの絨毯にゆったりと座ることが出来、それぞれの前に大きなテーブルが置かれていた。玉や香木のテーブルには金銀の杯が置かれ、食べ物は元より、赤い瑪瑙の高台に盛られた果物だけでも12回も運ばれた。
そのすべてが遥か遠方から取り寄せられたもので、味や形、更に耳慣れない名前まで、リンの人々がこれまで見たことも聞いたことのないものばかりだった。
ジョルは盃を挙げた。
「神が親しい人々や故郷の民をこの地に導いてくださったことに感謝しよう。
ここに至ってからの三年、このような喜びを味わったことはなかった。
皆のもの、飲み干そう!」
皆が一気に飲み干すと、老総督は席を離れジョルの前に進み出た。
「リンの民に代わって一つ要求がある。お前がそれに応えてくれたら、わしもこの盃を飲み干そう」
「総督、何なりとお申し付け下さい」
「我々の罪によって、麗しいリンは大きな災害に見舞われた。
中でも大きな罪は、我々に情けの心がなくお前たち母子を追放したことだ。
だがあえて、リンの民のためにお前に要求する。
リンの民をお前の開拓した地に三年の間住まわせてくれ」
ジョルに悪戯な心が起こった。
「何故三年なのでしょう。三日ではなく…」
慚愧のあまり、老総督は深く頭を垂れた。
「我々の罪が深いほどに、故郷の原野の積雪も深い。この雪が融け、大地が再び生気を取り戻すのに、丸々三年かかるだろう」
老総督が人々に代わり恥を忍んでいる様子を見て、ジョルの心は針で刺されたような痛みを感じた。
ジョルは老総督を助け起こして上座に座らせ、盃を挙げて言った。
「総督、首領の方々、ご安心あれ。
ジョルがこの地を開いたのはリンの国を永遠に伝え残そうと願ってのことです」
話しているうちに人々を覆っていたテントは消えた。皆の座る席が昇り始めた。
ジョルの高らかな声が響いた。
「さあ、御覧なさい。
美しく広々とした黄河を。
細長く湾曲する様は宝剣のよう。
その刃の南側はインド、剣の先は漢の国。
剣身はタングラ山を突き刺している。
ここに三色の砦を築いたのは、
ユーグラソントこそこれからのリンの中心となるからだ。
リン国が大業を為した後、再び本来の地へと帰ろう」
老総督はこの言葉を聞いて顔をほころばせ、大きな椀でたて続けに三杯飲み干した。
続けて宴席が並べられ、豊かな食事の後、人々は歌い踊り、夜を徹し空が明るくなるまで続いた。
野営のために万を超える松明が焚かれ、燃え盛る火に天の星々もきらめきを失った。