★ 物語の第一回は 阿来『ケサル王』① 縁起-1 ですhttp://blog.goo.ne.jp/abhttp://blog.goo.ne.jp/aba-tabi/m/201304
物語:ギャツァの霊、姿を現す。
近頃ケサルは毎夜のように夢を見た。夜夢の世界にいると、朝目覚めた時ひどく疲れていた。妃たちは、自分がもう国王の歓心を惹くことは出来ないのだと悲しんだ。
ジュクモは言った。
「私たちの王様は人の世の暮らしに飽きられたのです」ジュクモは言葉を補った。
「何もすることのない日々に」
妃たちは重い心のまま、人の世での意義ある行いを並べてみた。
「狩をするのはどうでしょう」
「無上の教えを修められたらいいのでは」
「薬草について学ぶ」
「病の老人を見舞う」
「地下にある宝物や鉱脈を探す」
「絵を学ぶ」
「王子ザラに変化の術を伝授する」
「陶工に新しい文様を伝える」
「兵器により硬い鉄を錬成させる」
この時、重い御簾の後ろから国王の笑い声が響いた。ずっと耳を傾けていたようだった。
ケサルは言った。
「夢で疲れ果てている私に、そなたたちはまだそのようなことをさせようというのだな」
「では、夢を解く法を学ばれてはいかがですか」
国王は言った。
「このわずかな午睡の間にも夢を見たのだ。どんな夢か当ててみなさい。いや、当てられはすまい。沢山の鉄を見た。鋭利な鉄だった。兵器で錬成される鉄より、はるかに鋭かった」
こう話しているうちに、報告に来た首席大臣が入って来た。国王は首席大臣がこんなにも矍鑠としていることに驚かなかった。
国王は言った。
「座って話そう。今、妃たちに言ったところだ。なぜ鉄の夢ばかり見るのだろうか、と」
「それは夢ではありません。国王が英明にも見通されたのです」
「どういうことだ」
「斥候たちが調べて参りました」
首席大臣は国王に、リン国の西にチタンという国王がいて、彼が治める国がカチェである、と伝えた。
なぜ、これまでこの国のことを聞いたことがなかったのか、と国王が尋ねた。
大臣は答えた。リン国との間を隔てているのは、黒い鉄の山で、その先にもう一つ赤い鉄の山があるのです。半日かからずに行かれる距離なのですが、その間に馬のヒズメがすべて擦り減ってしまいます。雷が落ちればその威力は十倍百倍となり、兵たちが進軍して行っても生還は望めません。
国王は疑問を持った。そうであるなら、国王チタンはどうして兵を率いてこちらに攻め込もうとするのか。
答えは、カチェ国では、この山の鉄でヒズメを作るので、山を上り下りしてもすり減らないのです。また、チタン王は羅刹の生まれ変わりで神通力があり、法術を使って雷を別の場所に落とせば、カチェの軍隊は何事もなく山を超えられます。
ケサルは笑った。
「私の夢の中の鉄には訳があったのか。ならばカチェという小国を倒せば、その鉄と鍛冶師は我々のものとなり、リン国は更に無敵となるということだな」
そこで、すぐさま命を降し、各地の兵を集めた。幾日もせずに各の軍が到着した。
英雄たちは我勝ちに進み出て、チタンの国をねじ伏せ、氷河の下の宝庫を開いて水晶を取り出し、湖の中の宝庫を開いてサンゴを取り出そうと、戦いへの思いを募らせた。
トトンが、それは間違いである、カチェ国には他の国のような宝庫はなく、強くて盛んなのは鉄の山があるからだ、と皆を押し留めた。
ケサルは言った。
「今回英雄たちと各の兵に集まってもらったのは、遠征のためだけではない。今リン国は領土を広げ、皆とは遥かに隔たってしまった。そなたたちのことが懐かしく、チタンが乱を起こしたのを機に、合まみえようと思ったのだ」
英雄たちは、国王がこれほど心のままに親しみの情を表わすのは、リンでの時間がもはや残り少ないからではないかと憶測した。
シンバメルツたちは涙を隠さなかった。
それとは逆に、ザラをはじめとする若い英雄たちは戦いへの決意を漲らせた。
ケサルは神の力で、英雄たち一人一人の盃を酒で満たした。
ケサルはみなに告げた。心置きなく飲み、ともに楽しもう。
カチェ国の恐れを知らぬ大軍がリンに向かって出発していたが、神々の力を借りて大雪を降らせ、カチェの兵馬を山の中に閉じ込めておき、楽しみの日々を過ごしてから決戦に向かうこととした。
こうして君臣共に心おきなく楽しみを尽くした。
物語:ギャツァの霊、姿を現す。
近頃ケサルは毎夜のように夢を見た。夜夢の世界にいると、朝目覚めた時ひどく疲れていた。妃たちは、自分がもう国王の歓心を惹くことは出来ないのだと悲しんだ。
ジュクモは言った。
「私たちの王様は人の世の暮らしに飽きられたのです」ジュクモは言葉を補った。
「何もすることのない日々に」
妃たちは重い心のまま、人の世での意義ある行いを並べてみた。
「狩をするのはどうでしょう」
「無上の教えを修められたらいいのでは」
「薬草について学ぶ」
「病の老人を見舞う」
「地下にある宝物や鉱脈を探す」
「絵を学ぶ」
「王子ザラに変化の術を伝授する」
「陶工に新しい文様を伝える」
「兵器により硬い鉄を錬成させる」
この時、重い御簾の後ろから国王の笑い声が響いた。ずっと耳を傾けていたようだった。
ケサルは言った。
「夢で疲れ果てている私に、そなたたちはまだそのようなことをさせようというのだな」
「では、夢を解く法を学ばれてはいかがですか」
国王は言った。
「このわずかな午睡の間にも夢を見たのだ。どんな夢か当ててみなさい。いや、当てられはすまい。沢山の鉄を見た。鋭利な鉄だった。兵器で錬成される鉄より、はるかに鋭かった」
こう話しているうちに、報告に来た首席大臣が入って来た。国王は首席大臣がこんなにも矍鑠としていることに驚かなかった。
国王は言った。
「座って話そう。今、妃たちに言ったところだ。なぜ鉄の夢ばかり見るのだろうか、と」
「それは夢ではありません。国王が英明にも見通されたのです」
「どういうことだ」
「斥候たちが調べて参りました」
首席大臣は国王に、リン国の西にチタンという国王がいて、彼が治める国がカチェである、と伝えた。
なぜ、これまでこの国のことを聞いたことがなかったのか、と国王が尋ねた。
大臣は答えた。リン国との間を隔てているのは、黒い鉄の山で、その先にもう一つ赤い鉄の山があるのです。半日かからずに行かれる距離なのですが、その間に馬のヒズメがすべて擦り減ってしまいます。雷が落ちればその威力は十倍百倍となり、兵たちが進軍して行っても生還は望めません。
国王は疑問を持った。そうであるなら、国王チタンはどうして兵を率いてこちらに攻め込もうとするのか。
答えは、カチェ国では、この山の鉄でヒズメを作るので、山を上り下りしてもすり減らないのです。また、チタン王は羅刹の生まれ変わりで神通力があり、法術を使って雷を別の場所に落とせば、カチェの軍隊は何事もなく山を超えられます。
ケサルは笑った。
「私の夢の中の鉄には訳があったのか。ならばカチェという小国を倒せば、その鉄と鍛冶師は我々のものとなり、リン国は更に無敵となるということだな」
そこで、すぐさま命を降し、各地の兵を集めた。幾日もせずに各の軍が到着した。
英雄たちは我勝ちに進み出て、チタンの国をねじ伏せ、氷河の下の宝庫を開いて水晶を取り出し、湖の中の宝庫を開いてサンゴを取り出そうと、戦いへの思いを募らせた。
トトンが、それは間違いである、カチェ国には他の国のような宝庫はなく、強くて盛んなのは鉄の山があるからだ、と皆を押し留めた。
ケサルは言った。
「今回英雄たちと各の兵に集まってもらったのは、遠征のためだけではない。今リン国は領土を広げ、皆とは遥かに隔たってしまった。そなたたちのことが懐かしく、チタンが乱を起こしたのを機に、合まみえようと思ったのだ」
英雄たちは、国王がこれほど心のままに親しみの情を表わすのは、リンでの時間がもはや残り少ないからではないかと憶測した。
シンバメルツたちは涙を隠さなかった。
それとは逆に、ザラをはじめとする若い英雄たちは戦いへの決意を漲らせた。
ケサルは神の力で、英雄たち一人一人の盃を酒で満たした。
ケサルはみなに告げた。心置きなく飲み、ともに楽しもう。
カチェ国の恐れを知らぬ大軍がリンに向かって出発していたが、神々の力を借りて大雪を降らせ、カチェの兵馬を山の中に閉じ込めておき、楽しみの日々を過ごしてから決戦に向かうこととした。
こうして君臣共に心おきなく楽しみを尽くした。