物語:トトンの夢 その2
老総督は常と同じく落ち着いていた。
これは、天から降った神の子がリンで王となるという予言が実現されるためではないか、と考えていた。
そこで彼は明るい表情でうなずき、言った。
「名に恥じず行動力のある英雄が老いていく者に代わるべきである。
競馬の賞品とするのもよい考えだ。公明正大な方法でリンの王位、美女、七宝を手に入れるのなら、
誰も反対する理由はないだろう。
ただ、ダロン部の首領に伺いたい。
空が凍り雪の降る季節は競馬にふさわしくないのではないか。
何故首領のご本尊はこの時にこの予言を降されたのだろう」
誰もが老総督の言葉は理に適っていると思った。
草原には確かに競馬の習慣がある。だがそれは毎年、春花が開き、山神を祭る季節であり、雪と氷に閉ざされる時ではなかった。
トトンはかなり焦っていた。
「古いしきたりを変えていけないことがあろうか。
ワシは占ってみた。五日後の正月十五日が吉日である。
競馬はその日に行おう」
老総督はゆっくりと口を開いた。
「十五日が吉日であるのなら、このように重大な問題は、リンの全ての主だった者たちを招集し、
もう一度競馬を催す時を協議すべきではないだろうか」
みなは頷いて同意した。
ギャツァには分かった。
これは老総督が十分な時間を用意して、弟ジョルを探し出し、彼を競馬に出てさせるためだ、と。
もしジョルが参加しなかったら、リンではどの英雄の馬もトトンの玉佳には勝てないだろう。
ギャツァは言った。
「競馬のことには反対しない。だが、私の弟ジョルを忘れないで頂きたい。
ジョルと母メドナズは我々によって追放された。
にもかかわらず、彼は我々に新たな生存の地を見つけてくれたのだ。
もし彼を参加させないのなら、私はこの新しい国には残らない」
トトンが鋭い声で言った。
「それはお前の母親が違う国から来たからではないのか」
「では、私の弟は参加できないというのか」
トトンは笑った。
「誰かジョルが駿馬に乗っているのを見た者がいるかね。
わしは同意する!
ただし、ワシが送った杖を馬代わりにしてはならぬ」
この時、正月十五日まではわずか五日しかなかった。だが、この五日間がトトンにとってはこの一生で過ごした全ての時間より長く感じられた。
この世にこれより素晴らしい賞品はない。王位、美女、七つの宝はすぐ目の前にある。
彼にすれば、この賞品はまぎれもなく自分に合わせて設けられたもので、競馬大会が始まれば、それはいとも簡単に手に入るのだ。
だが、彼は出来るだけ心の焦りを抑え、表面はいつもの落ち着きを装い、これまでにない忍耐力で、リン始まって以来最も参加者の多い酒席を用意した。
今回の宴は実は自分が王になる前奏であり、出来る限り盛大でなくてはならず、会場は煌びやかでなくてはならなかった。
正月十五日になった。
交差する小道はすべて太い道に集まり、太い道はダロンの城塞に通じていた。
リンの有力な人物たちが、渓流のように一つに集まった道を通って連なるようにこちらに向かって来る。
男たちは雪山のように荘厳で、娘たちは湖水のように穏やかだった。
勇み立つ若者たちは、弦の上で放たれるのを待っていた矢のように一斉にダロン部の宴のため建てられたテントに集まった。
始まりを告げる高らかな声が響き渡った。
「上座の花模様の金の敷物には、ギャツァ・シエガ様、ニぺンダヤ様、アヌバセン様、レンチンダル様、四名の王子と英雄がお座りください」
「中央の錦の敷物の席には、老総督、ダロン長官トトン様、センロン様、ランカセンシエ様、四名の王さま方がお座りください」
「熊の皮の席には、遥かに名を轟かす占い師、公証人、医師、星占い師の方々がお座りください」
後方の一列は、リンのセンジアン・ジュクモをはじめとする十二人の美女が座る場所だった。
その他の人々も美食の盛られた膳の前に座った。
みなが肉や酒を大いに味わった頃、トトンは、神が夢に現われリンは競馬で王を選ぶよう託されたことを話した。
勿論、王位に加えて美女と珍宝が競馬の賞品になるということも忘れなかった。
「すべては神のみ旨である。
今日我がダロン部に出向いて頂いたのは、競馬の時と道筋をすぐにでも決めるためである」
トトンは会場を見まわし、ひどくがっかりしたように口調に変えて続けた。
「ただ残念なのは、我が親愛なる甥ジョルがまだ来ていないことだ!
だが、彼が本当に参加したいなら、その時は杖に乗って現われるだろう」
トトンの息子トングは言った。
「リンのこれから催される競馬について、道筋は短すぎてはならない。
この競馬を世に知ら示すため、起点は最もインドに近い場所とし、
終点は最も漢に近い東方にすべきである」
それはあまりに突拍子もない思い付きで、全ては手に入れたも同然というダロン部の傲慢さを露にしていた。
センロンは皮肉を込めた口ぶりで言った。
「競馬を真に名だたるものにしたいなら、起点は空に、終点は海にすべきだろう。
賞品は当然日と月であり、リンの幾万の民が競馬を観戦する席は星々の上に設ければよい!」
これを聞いて皆はどっと笑った。
トトンは自分が精魂を傾けて膳立てした盛大な宴会が、人々の心を抱え込めなかっただけでなく、逆に嘲笑される結果になるとは想像していなかった。 そこで大声で息子を下がらせた。
この時ギャツァが立ち上がった。
「競馬の起点は阿玉底山、終点は古熱山、途中で美しい黄河を超える。
みなが競馬を見る場所は魯底山の頂、法術師と僧が祈祷する場所はその反対側の拉底山としよう。
時間は早くからの慣わしの通り、草が萌え水の美しい夏としよう」
居並ぶ者たちは声をそろえて「よし!」と賛同した。
トトンも仕方なくはやる心を抑え、みなと共にまだ来ない夏を待った。
老総督は常と同じく落ち着いていた。
これは、天から降った神の子がリンで王となるという予言が実現されるためではないか、と考えていた。
そこで彼は明るい表情でうなずき、言った。
「名に恥じず行動力のある英雄が老いていく者に代わるべきである。
競馬の賞品とするのもよい考えだ。公明正大な方法でリンの王位、美女、七宝を手に入れるのなら、
誰も反対する理由はないだろう。
ただ、ダロン部の首領に伺いたい。
空が凍り雪の降る季節は競馬にふさわしくないのではないか。
何故首領のご本尊はこの時にこの予言を降されたのだろう」
誰もが老総督の言葉は理に適っていると思った。
草原には確かに競馬の習慣がある。だがそれは毎年、春花が開き、山神を祭る季節であり、雪と氷に閉ざされる時ではなかった。
トトンはかなり焦っていた。
「古いしきたりを変えていけないことがあろうか。
ワシは占ってみた。五日後の正月十五日が吉日である。
競馬はその日に行おう」
老総督はゆっくりと口を開いた。
「十五日が吉日であるのなら、このように重大な問題は、リンの全ての主だった者たちを招集し、
もう一度競馬を催す時を協議すべきではないだろうか」
みなは頷いて同意した。
ギャツァには分かった。
これは老総督が十分な時間を用意して、弟ジョルを探し出し、彼を競馬に出てさせるためだ、と。
もしジョルが参加しなかったら、リンではどの英雄の馬もトトンの玉佳には勝てないだろう。
ギャツァは言った。
「競馬のことには反対しない。だが、私の弟ジョルを忘れないで頂きたい。
ジョルと母メドナズは我々によって追放された。
にもかかわらず、彼は我々に新たな生存の地を見つけてくれたのだ。
もし彼を参加させないのなら、私はこの新しい国には残らない」
トトンが鋭い声で言った。
「それはお前の母親が違う国から来たからではないのか」
「では、私の弟は参加できないというのか」
トトンは笑った。
「誰かジョルが駿馬に乗っているのを見た者がいるかね。
わしは同意する!
ただし、ワシが送った杖を馬代わりにしてはならぬ」
この時、正月十五日まではわずか五日しかなかった。だが、この五日間がトトンにとってはこの一生で過ごした全ての時間より長く感じられた。
この世にこれより素晴らしい賞品はない。王位、美女、七つの宝はすぐ目の前にある。
彼にすれば、この賞品はまぎれもなく自分に合わせて設けられたもので、競馬大会が始まれば、それはいとも簡単に手に入るのだ。
だが、彼は出来るだけ心の焦りを抑え、表面はいつもの落ち着きを装い、これまでにない忍耐力で、リン始まって以来最も参加者の多い酒席を用意した。
今回の宴は実は自分が王になる前奏であり、出来る限り盛大でなくてはならず、会場は煌びやかでなくてはならなかった。
正月十五日になった。
交差する小道はすべて太い道に集まり、太い道はダロンの城塞に通じていた。
リンの有力な人物たちが、渓流のように一つに集まった道を通って連なるようにこちらに向かって来る。
男たちは雪山のように荘厳で、娘たちは湖水のように穏やかだった。
勇み立つ若者たちは、弦の上で放たれるのを待っていた矢のように一斉にダロン部の宴のため建てられたテントに集まった。
始まりを告げる高らかな声が響き渡った。
「上座の花模様の金の敷物には、ギャツァ・シエガ様、ニぺンダヤ様、アヌバセン様、レンチンダル様、四名の王子と英雄がお座りください」
「中央の錦の敷物の席には、老総督、ダロン長官トトン様、センロン様、ランカセンシエ様、四名の王さま方がお座りください」
「熊の皮の席には、遥かに名を轟かす占い師、公証人、医師、星占い師の方々がお座りください」
後方の一列は、リンのセンジアン・ジュクモをはじめとする十二人の美女が座る場所だった。
その他の人々も美食の盛られた膳の前に座った。
みなが肉や酒を大いに味わった頃、トトンは、神が夢に現われリンは競馬で王を選ぶよう託されたことを話した。
勿論、王位に加えて美女と珍宝が競馬の賞品になるということも忘れなかった。
「すべては神のみ旨である。
今日我がダロン部に出向いて頂いたのは、競馬の時と道筋をすぐにでも決めるためである」
トトンは会場を見まわし、ひどくがっかりしたように口調に変えて続けた。
「ただ残念なのは、我が親愛なる甥ジョルがまだ来ていないことだ!
だが、彼が本当に参加したいなら、その時は杖に乗って現われるだろう」
トトンの息子トングは言った。
「リンのこれから催される競馬について、道筋は短すぎてはならない。
この競馬を世に知ら示すため、起点は最もインドに近い場所とし、
終点は最も漢に近い東方にすべきである」
それはあまりに突拍子もない思い付きで、全ては手に入れたも同然というダロン部の傲慢さを露にしていた。
センロンは皮肉を込めた口ぶりで言った。
「競馬を真に名だたるものにしたいなら、起点は空に、終点は海にすべきだろう。
賞品は当然日と月であり、リンの幾万の民が競馬を観戦する席は星々の上に設ければよい!」
これを聞いて皆はどっと笑った。
トトンは自分が精魂を傾けて膳立てした盛大な宴会が、人々の心を抱え込めなかっただけでなく、逆に嘲笑される結果になるとは想像していなかった。 そこで大声で息子を下がらせた。
この時ギャツァが立ち上がった。
「競馬の起点は阿玉底山、終点は古熱山、途中で美しい黄河を超える。
みなが競馬を見る場所は魯底山の頂、法術師と僧が祈祷する場所はその反対側の拉底山としよう。
時間は早くからの慣わしの通り、草が萌え水の美しい夏としよう」
居並ぶ者たちは声をそろえて「よし!」と賛同した。
トトンも仕方なくはやる心を抑え、みなと共にまだ来ない夏を待った。