物語:茶 その1
こうして一路進んで行くと、草原を流れる黄河が大きくうねり、河幅を広げている場所に着いた。
空漠とした場所には、わずかな草も生えず、ただ黄河の河辺に葦が生い茂り、馬が通り抜けて行くと、力に満ちた肩と俊敏そうな耳が見えるだけだった。
ジョルは母に言った。
ここが私たちが新しい家を建てるべき場所です。
母メドナズが、ここには名前がない、と言うと山の神が雷を鳴り響かせてこの場所の名前を告げた。
もとはここには多くの民がいて、ユロングラソンドといった。その後、妖魔が数え切れないほどのネズミを放った。
ネズミたちは地底を走り回り、地下を縦横に繋ぐ道は細かい網の目のようだった。
牧草の根が伸びて行き探し当てたのは、真っ暗な空洞ばかり、水と養分を含んだ肥沃な土ではなかった。ネズミたちは地下で絶えず歯をガチガチと動かし植物と大地のつながりを断ち切っていった。
その秋、残った草たちは全員一致で、来年はもう生えるのをやめようと決心した。
草たちは必死で実らせた種を風に託し、自分たちの中の最後の意志と希望を乗せて、どこか遠くの穏やかな場所で、地に落ち根を生やし、そこで育てと願った。
秋の風は種の願いに応え、おにうしのけ草、のびる、にがな、野ゆりの種を遠くまで運んだ。
風はまた、ある日、機縁に適った時に、これらの種を乗せて再び戻って来ると約束した。
草が遠くへ行ってしまった後、人々もその後を追って移って行った。
ジョルと母がこの地へ来た時、ネズミたちは既に一つの国を興していた。二人の王と、百近い大臣。
ジョルはこのネズミの魔物の王国を滅ぼす決意をした。
母メドナズは心を痛めた。
「この地には私たち二人だけ。リンの人々はもう、お前が生き物を殺すのを責めることはないでしょう。
それでも、息子よ、天の神様はすべてを見ていらっしゃるのです」
ジョルは天を見上げ思った。
神がすべてを見ることが出来るなら、リンの人々は自分をこのように不公平には扱わず、龍の娘である母メドナズがただ自分の母と言うだけでこのような辛い思いをすることもなかっただろう。
ジョルは言った。
「母さん、私は追放の辛さを味わったのです。
だから、ねずみに追放された人たちに戻って来てもらわなくてはなりません」
言い終わらないうちに、ジョルは一羽の鷹に変身して青い空へと飛んで行き、大きな翼を広げて空を旋回した。
ここはもともと美しい場所だった。
土地は肥え、谷は開け、豊かな水を湛えた大河がここで大きく美しい弧を描いている。周りに高く聳える山々の峰からはいくつもの山裾がこの盆地に向かって集まっていた。
パドマサンバヴァが言ったように、こここそがリンが一つの国として起こっていくべき地だった。
鷹が空に昇るやいなや、ネズミ国は大慌てとなった。
国王は大臣と策士たちを呼んで対策を協議した。策士は、あの鷹はリンから追放されたジョルの化身だ、と探り当て、言った。
「あの法力を持った者は多くの生き物を殺したため、ここに追放されて来たのです…」
国王は煩わしげに、
「わしはあの者の素性を聞いておるのではない。ただ、このネズミ国はどうしたらこの災難を避けられるかを聞いておるのだ」
「答えはあの者の素性の中にあります。どうぞ、四方八方に広がっていったネズミたちを呼び集めてください。地下の宮殿の周りの山いっぱいに並べさせるのです。その数は百や千ではなく、千の万培、万の万培なくてはなりません。このようにたくさんのネズミを殺すことは、殺生によって追放された者にはもはや出来ないでしょう」
鷹は空の上ですべてを知り、翼をたたんで地に降り、大きな体の武士に変身した。
軽く足を踏み鳴らすと、岩で出来た山が近づいて来て、ドーンと言う音と共に鼠の国の宮殿の上に落ち、ネズミの王と大臣や武将たちは粉みじんになった。ネズミ国の領土のネズミたちはすべて腹が敗れ、地下で命を落とした。
ネズミの害はこうして収まった。
風は、遠くに行った草の種を連れ戻した。
草だけでなく、つつじの花の種、高く聳える柏の木と椛の木の種、雪線の上まで咲く青い花びらの幻想的なまんねんろうの種を連れて来た。
わずか一晩で、それらの種は細かい雨の後、芽を伸ばした。
三日目、テントの風よけの囲いがまだ積みあげられないうちに、生命力を取り戻した草原は再び鮮やかな花々に覆われた。
遠くへ離れたが、まだそこで根を下ろしていなかった人々が、また牛や羊を追って次々とあらゆる方向から帰って来た。
人々は心の中でジョルを自分たちの王とした。
ジョルは彼らが心の中で思うのはともかく、口に出して王と讃えるのは許さなかった。
また、自分に対して礼をするのも許さなかった。
「私は王ではない、ただ、天が人々に与えられた恩恵である」
ジョルは、自分の口ぶりがまるで王のようだと思った。
こうして一路進んで行くと、草原を流れる黄河が大きくうねり、河幅を広げている場所に着いた。
空漠とした場所には、わずかな草も生えず、ただ黄河の河辺に葦が生い茂り、馬が通り抜けて行くと、力に満ちた肩と俊敏そうな耳が見えるだけだった。
ジョルは母に言った。
ここが私たちが新しい家を建てるべき場所です。
母メドナズが、ここには名前がない、と言うと山の神が雷を鳴り響かせてこの場所の名前を告げた。
もとはここには多くの民がいて、ユロングラソンドといった。その後、妖魔が数え切れないほどのネズミを放った。
ネズミたちは地底を走り回り、地下を縦横に繋ぐ道は細かい網の目のようだった。
牧草の根が伸びて行き探し当てたのは、真っ暗な空洞ばかり、水と養分を含んだ肥沃な土ではなかった。ネズミたちは地下で絶えず歯をガチガチと動かし植物と大地のつながりを断ち切っていった。
その秋、残った草たちは全員一致で、来年はもう生えるのをやめようと決心した。
草たちは必死で実らせた種を風に託し、自分たちの中の最後の意志と希望を乗せて、どこか遠くの穏やかな場所で、地に落ち根を生やし、そこで育てと願った。
秋の風は種の願いに応え、おにうしのけ草、のびる、にがな、野ゆりの種を遠くまで運んだ。
風はまた、ある日、機縁に適った時に、これらの種を乗せて再び戻って来ると約束した。
草が遠くへ行ってしまった後、人々もその後を追って移って行った。
ジョルと母がこの地へ来た時、ネズミたちは既に一つの国を興していた。二人の王と、百近い大臣。
ジョルはこのネズミの魔物の王国を滅ぼす決意をした。
母メドナズは心を痛めた。
「この地には私たち二人だけ。リンの人々はもう、お前が生き物を殺すのを責めることはないでしょう。
それでも、息子よ、天の神様はすべてを見ていらっしゃるのです」
ジョルは天を見上げ思った。
神がすべてを見ることが出来るなら、リンの人々は自分をこのように不公平には扱わず、龍の娘である母メドナズがただ自分の母と言うだけでこのような辛い思いをすることもなかっただろう。
ジョルは言った。
「母さん、私は追放の辛さを味わったのです。
だから、ねずみに追放された人たちに戻って来てもらわなくてはなりません」
言い終わらないうちに、ジョルは一羽の鷹に変身して青い空へと飛んで行き、大きな翼を広げて空を旋回した。
ここはもともと美しい場所だった。
土地は肥え、谷は開け、豊かな水を湛えた大河がここで大きく美しい弧を描いている。周りに高く聳える山々の峰からはいくつもの山裾がこの盆地に向かって集まっていた。
パドマサンバヴァが言ったように、こここそがリンが一つの国として起こっていくべき地だった。
鷹が空に昇るやいなや、ネズミ国は大慌てとなった。
国王は大臣と策士たちを呼んで対策を協議した。策士は、あの鷹はリンから追放されたジョルの化身だ、と探り当て、言った。
「あの法力を持った者は多くの生き物を殺したため、ここに追放されて来たのです…」
国王は煩わしげに、
「わしはあの者の素性を聞いておるのではない。ただ、このネズミ国はどうしたらこの災難を避けられるかを聞いておるのだ」
「答えはあの者の素性の中にあります。どうぞ、四方八方に広がっていったネズミたちを呼び集めてください。地下の宮殿の周りの山いっぱいに並べさせるのです。その数は百や千ではなく、千の万培、万の万培なくてはなりません。このようにたくさんのネズミを殺すことは、殺生によって追放された者にはもはや出来ないでしょう」
鷹は空の上ですべてを知り、翼をたたんで地に降り、大きな体の武士に変身した。
軽く足を踏み鳴らすと、岩で出来た山が近づいて来て、ドーンと言う音と共に鼠の国の宮殿の上に落ち、ネズミの王と大臣や武将たちは粉みじんになった。ネズミ国の領土のネズミたちはすべて腹が敗れ、地下で命を落とした。
ネズミの害はこうして収まった。
風は、遠くに行った草の種を連れ戻した。
草だけでなく、つつじの花の種、高く聳える柏の木と椛の木の種、雪線の上まで咲く青い花びらの幻想的なまんねんろうの種を連れて来た。
わずか一晩で、それらの種は細かい雨の後、芽を伸ばした。
三日目、テントの風よけの囲いがまだ積みあげられないうちに、生命力を取り戻した草原は再び鮮やかな花々に覆われた。
遠くへ離れたが、まだそこで根を下ろしていなかった人々が、また牛や羊を追って次々とあらゆる方向から帰って来た。
人々は心の中でジョルを自分たちの王とした。
ジョルは彼らが心の中で思うのはともかく、口に出して王と讃えるのは許さなかった。
また、自分に対して礼をするのも許さなかった。
「私は王ではない、ただ、天が人々に与えられた恩恵である」
ジョルは、自分の口ぶりがまるで王のようだと思った。