物語:大雪
神の子ジョルも雪の夢を見ていた。夢で雪を見たのは初めてではなかった。
ジョルは上着を羽織ってテントの外へ出た。
雪はなかった。そして、今は夏だ。
月の光の密度があまりに濃く、まるで牛の乳のように地上を流れていた。
ジョルは思った。これは神の意志が示されているのではないだろうか。なぜなら月の光は普通ならこのように濃くなるはずはないのだから。
ジョルはその啓示を理解した。
それは告げていた。
この地が未来の祝福された地であり、牛の乳が水のように流れているのは、この地で将来家畜が盛んに生まれ育つのを意味していることを。
では、夢の中に舞う雪は何を表しているのだろう。
ジョルは神に尋ねた。神の答えはなかった。
密かに彼を守っている神の兵たちはこの問題に答えないように、月と共に灰色の雲に隠れた。
南へと向かった渡り鳥たちは、ギャアギャアと鳴きながら北へと帰って来て、黄河が湾曲する沼地に降りた。
風向きは変わらなかった。湿り気を帯びて温かい東南の風が西北の風と同じ寒気を帯びていた。
母メドナズも驚いたような鳥の鳴き声を聞き、衣を羽織って起きて来て、ジョルの後ろに立った。
ジョルは何かを感じて言った。
「神はリンを罰しようとしています」
母はため息をついて。
「それでは、リンの人々は私の息子への恨みをさらに強くするのではないでしょうか」
「そんなことはありません」
「誰が私を人の世に寄こしたのでしょう、あなたを生み、そしてあなたをこんなにつらい目に遭わせてしまって」
「母さん、僕はもうそのようには考えていません」
「私はそう思わずにいられないのです」
「愛しています。母さん」
「それが神の下さった唯一の幸せです」
今ジョルははっきりと見た。
「リンに雪が降りました」
こう言った時、ジョルの表情は限りなく悲しそうだった。
「私たちは、雪の災で逃げて来るリンの人々を迎える用意をしなくてはなりません」
リンに本当に雪が降った。
タンマはギャツァの元に駆けつけ報告した。
ギャツは総督に報告に走った。
老総督ロンツァは言った。
「夏に雪が舞うとは、奇怪な天の現象だ。これは神の子を追放した罪だ。リンの民すべてがこの罪を犯したのだ」
彼らは外に出た。大雪は舞い落ち舞い上がり、夏の緑の草は黄色く枯れていった。
夕方、雪は少しおさまり、西の天の際から微かな光が差した。人々は祝福された口ぶりで言った。
「雪はもう止むだろう」
老総督は強く寄せた濃い眉を緩めることなく言った。
「雪はもうじき止む。もう止んだと言えるだろう。だが、愚かな者たちよ、自分たちの過ちを思いなさい。これは神が我々へ降された警告なのだ」
「老総督よ、そのようしかめっ面はやめなさい」
トトンは自分の宝馬の背から飛び降り、
「さもないと民たちは恐れたままだ。安心しなさい。明日起きた時、牛や羊と争って牧草を食べていた虫はすべて凍って死んでいるだろう。
いいかね。これはこのトトンが法術で降らせた大雪なのだ」
老総督は言った。
「わしにはお前が法術で良い行いをするとは信じられん。ならば、この大雪を神が我々に特別に下された配慮と見ることにしよう」
ギャツァは言った。
「だとしたら、神はどんな訳があって私たちに福を下さったのでしょう」
老総督は答えることなく、手を後ろに回して砦に帰って行った。
「見ろ、雪は止んだ」
トトンは大声で叫んだ。雪は止んでいた。
西の空の厚い雲の層が大きく裂け、この日最後の日の光をこれまでにないほどに明るく輝かせていた。
トトンは両手を上げて叫んだ。
「雪は止んだ。わしの神通力を見たか。大雪で害虫はすべて死んだ。最早害虫たちが牛や羊たちと牧草を争うことはない」
牧人たちは喜びの声を挙げた。牧人たちは思った。
「常に憂い顔のままの老総督と比べて、この人物こそリンの首領にふさわしい」
だが、農夫たちには心配があった。
「オレたちの畑は虫たちと一緒に寒さにやられてしまう」
「明日、畑は復活するだろう」
この日の眩い黄昏の中、リンの民たちはトトンが成功を確信している様子を見て言った。
「神は我々に王を降したと言われてきた。もしかしてトトン様が神から賜った王なのではないだろうか」
だが、西の空に開いた雲の切れ目はあっという間に塞がった。厚い雲がまた空を覆った。
トトンは形勢が悪いと見るや、彼の鞭の元で飛ぶように走る宝馬に乗って自分のに急ぎ帰って行った。
トトンには、このようにたやすく彼の臣下になろうとする者たちは、また、あっという間に彼に背くことが出来るのを知っていた。
諺に言う
「善人は人の心の中の良い種を見る。悪人は人の心の中の悪い胚芽を見る」
盲従する人々とは、ある時は羊、ある時は狼となるのである。
トトンが逃げ帰る途中で、また雪が降って来た。今回は、九日九夜降り続いた。
その後、天は再び晴れた。
老総督はギャツァに言った。
「わしは山の頂の祭壇に行って敬虔に祈ろうと思う。神は必ず何かの印を下さるだろう。だが。雪はすべての道を埋め尽くしている。馬は雪に踏み込むと深い淵に落ち込んでしまうのだ」
ギャツァは箙から矢を一本取り出し、弓を一杯に引いた。放たれた矢は地を這うように飛んで行き、厚く積もった雪を二つに分けた。ギャツァが続けて三本の矢を放つと、雪はまるで大きな波のように両側にうねりをあげ、一本の道が現われた。
老総督は祭司を伴って祭壇に上った。
「天の神よ、本来ならいけにえを捧げるべきですが、我が民は既に多くの苦難に遭ってきました。
もし望まれるのでしたら、この老いた身が喜んで捧げものとなりましょう。
あなたの鋭い刃で私の胸を切り裂いてください。
神よ、リンでは、私を王という者がおります。だが私は王でないことを知っています。
私を死なせ、その後民を苦しみの海から救い出す王をお授けください」
神の子ジョルも雪の夢を見ていた。夢で雪を見たのは初めてではなかった。
ジョルは上着を羽織ってテントの外へ出た。
雪はなかった。そして、今は夏だ。
月の光の密度があまりに濃く、まるで牛の乳のように地上を流れていた。
ジョルは思った。これは神の意志が示されているのではないだろうか。なぜなら月の光は普通ならこのように濃くなるはずはないのだから。
ジョルはその啓示を理解した。
それは告げていた。
この地が未来の祝福された地であり、牛の乳が水のように流れているのは、この地で将来家畜が盛んに生まれ育つのを意味していることを。
では、夢の中に舞う雪は何を表しているのだろう。
ジョルは神に尋ねた。神の答えはなかった。
密かに彼を守っている神の兵たちはこの問題に答えないように、月と共に灰色の雲に隠れた。
南へと向かった渡り鳥たちは、ギャアギャアと鳴きながら北へと帰って来て、黄河が湾曲する沼地に降りた。
風向きは変わらなかった。湿り気を帯びて温かい東南の風が西北の風と同じ寒気を帯びていた。
母メドナズも驚いたような鳥の鳴き声を聞き、衣を羽織って起きて来て、ジョルの後ろに立った。
ジョルは何かを感じて言った。
「神はリンを罰しようとしています」
母はため息をついて。
「それでは、リンの人々は私の息子への恨みをさらに強くするのではないでしょうか」
「そんなことはありません」
「誰が私を人の世に寄こしたのでしょう、あなたを生み、そしてあなたをこんなにつらい目に遭わせてしまって」
「母さん、僕はもうそのようには考えていません」
「私はそう思わずにいられないのです」
「愛しています。母さん」
「それが神の下さった唯一の幸せです」
今ジョルははっきりと見た。
「リンに雪が降りました」
こう言った時、ジョルの表情は限りなく悲しそうだった。
「私たちは、雪の災で逃げて来るリンの人々を迎える用意をしなくてはなりません」
リンに本当に雪が降った。
タンマはギャツァの元に駆けつけ報告した。
ギャツは総督に報告に走った。
老総督ロンツァは言った。
「夏に雪が舞うとは、奇怪な天の現象だ。これは神の子を追放した罪だ。リンの民すべてがこの罪を犯したのだ」
彼らは外に出た。大雪は舞い落ち舞い上がり、夏の緑の草は黄色く枯れていった。
夕方、雪は少しおさまり、西の天の際から微かな光が差した。人々は祝福された口ぶりで言った。
「雪はもう止むだろう」
老総督は強く寄せた濃い眉を緩めることなく言った。
「雪はもうじき止む。もう止んだと言えるだろう。だが、愚かな者たちよ、自分たちの過ちを思いなさい。これは神が我々へ降された警告なのだ」
「老総督よ、そのようしかめっ面はやめなさい」
トトンは自分の宝馬の背から飛び降り、
「さもないと民たちは恐れたままだ。安心しなさい。明日起きた時、牛や羊と争って牧草を食べていた虫はすべて凍って死んでいるだろう。
いいかね。これはこのトトンが法術で降らせた大雪なのだ」
老総督は言った。
「わしにはお前が法術で良い行いをするとは信じられん。ならば、この大雪を神が我々に特別に下された配慮と見ることにしよう」
ギャツァは言った。
「だとしたら、神はどんな訳があって私たちに福を下さったのでしょう」
老総督は答えることなく、手を後ろに回して砦に帰って行った。
「見ろ、雪は止んだ」
トトンは大声で叫んだ。雪は止んでいた。
西の空の厚い雲の層が大きく裂け、この日最後の日の光をこれまでにないほどに明るく輝かせていた。
トトンは両手を上げて叫んだ。
「雪は止んだ。わしの神通力を見たか。大雪で害虫はすべて死んだ。最早害虫たちが牛や羊たちと牧草を争うことはない」
牧人たちは喜びの声を挙げた。牧人たちは思った。
「常に憂い顔のままの老総督と比べて、この人物こそリンの首領にふさわしい」
だが、農夫たちには心配があった。
「オレたちの畑は虫たちと一緒に寒さにやられてしまう」
「明日、畑は復活するだろう」
この日の眩い黄昏の中、リンの民たちはトトンが成功を確信している様子を見て言った。
「神は我々に王を降したと言われてきた。もしかしてトトン様が神から賜った王なのではないだろうか」
だが、西の空に開いた雲の切れ目はあっという間に塞がった。厚い雲がまた空を覆った。
トトンは形勢が悪いと見るや、彼の鞭の元で飛ぶように走る宝馬に乗って自分のに急ぎ帰って行った。
トトンには、このようにたやすく彼の臣下になろうとする者たちは、また、あっという間に彼に背くことが出来るのを知っていた。
諺に言う
「善人は人の心の中の良い種を見る。悪人は人の心の中の悪い胚芽を見る」
盲従する人々とは、ある時は羊、ある時は狼となるのである。
トトンが逃げ帰る途中で、また雪が降って来た。今回は、九日九夜降り続いた。
その後、天は再び晴れた。
老総督はギャツァに言った。
「わしは山の頂の祭壇に行って敬虔に祈ろうと思う。神は必ず何かの印を下さるだろう。だが。雪はすべての道を埋め尽くしている。馬は雪に踏み込むと深い淵に落ち込んでしまうのだ」
ギャツァは箙から矢を一本取り出し、弓を一杯に引いた。放たれた矢は地を這うように飛んで行き、厚く積もった雪を二つに分けた。ギャツァが続けて三本の矢を放つと、雪はまるで大きな波のように両側にうねりをあげ、一本の道が現われた。
老総督は祭司を伴って祭壇に上った。
「天の神よ、本来ならいけにえを捧げるべきですが、我が民は既に多くの苦難に遭ってきました。
もし望まれるのでしたら、この老いた身が喜んで捧げものとなりましょう。
あなたの鋭い刃で私の胸を切り裂いてください。
神よ、リンでは、私を王という者がおります。だが私は王でないことを知っています。
私を死なせ、その後民を苦しみの海から救い出す王をお授けください」