心の免疫力~書とことばから

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雲のように水のように あっけらかんと自在に生きるヒントを
求めて~ by 沙於里

自分の感性くらい

2011-06-09 | つれづれ

                     (はがき)

 

 

今日は仕事がお休みだったので、本棚の整理をば。

で、大学の頃、よく読んでいた詩集が何冊か出てきて。

 

寺山修司、辻井喬吉増剛造清岡卓行ねじめ正一、そして茂木のり子。

久々に頁をめくって、ふと目に止まった詩。

 

なんだか、ぐぐっときて

読み終わったあと、背筋を伸ばして大きく深呼吸した。

 

 

 

茨木のり子

『自分の感受性くらい』 

 

ぱさぱさに乾いてゆく心を

ひとのせいにはするな

みずから水やりを怠っておいて

 

気難かしくなってきたのを

友人のせいにはするな

しなやかさを失ったのはどちらなのか

 

苛立つのを

近親のせいにはするな

なにもかも下手だったのはわたくし

 

初心消えかかるのを

暮しのせいにはするな

そもそもが ひよわな志にすぎなかった

 

駄目なことの一切を

時代のせいにはするな

わずかに光る尊厳の放棄

 

自分の感受性くらい

自分で守れ

ばかものよ

 


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2 コメント

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Unknown (ichii)
2011-06-10 22:16:21
時々、感受性や感性って何だろう?と思います。
世の中の取るに足らない小さな存在で日常を送る自分に、感受性や感性が逆に邪魔になることの方が多い環境。
私が子供の頃に見た大人は食べていくのに必死で、感受性や感性を持つことを寧ろ心の堕落とし、悪いことだと拒絶していたようにさえ感じました。
ネットの世界には意外な事に、これらが堂々と肯定されていて、ある意味私は『今現在』に救われているとしみじみ感じます。
沙於里さんのおかげで山頭火を知り、また沙於里さんの感受性に心地よく触れ、浸る。又自分も絵を描いたり、文字を綴ったり、音楽をつくったりすることを、肯定して許される『今現在』に救われていると、しみじみありがたいと感じる今日この頃です。
いやあ、ヘビーなコメントになってしまいました。
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ichiiさんへ (沙於里)
2011-06-11 21:38:19
そうですね・・生きた時代によっても、感受性や感性の行き場(生き場)も違ってきますよね。
父母の子供の頃の話を聞くたびに、今の時代に生まれてこれて、ありがたいことだなぁ・・って 
 
感性とか感受性って、特別な人の選ばれたものとかじゃなくて、当たり前の小さな日常の中でこそ、気づくことができたらなぁ・・って、凡人の私の言い訳ですが 
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