▼寄席に通う意味とは
あたしの落語仲間が言った。落語を「字」で覚えているという人に、落語は「音」で覚えなくちゃあいけない。噺を暗記するだけでは落語は出来ないというのだ。人様の前で落語をやるには「落語の空気」を吸わないとダメ。だから、あたしたちは木戸銭を払って、せっせと寄席に通うのである。
浅草での定期落語会の後、居酒屋に操出し、反省会と称して飲み会を開いた。高座が終わった後のビールは格別だ。冷えたビールが、のどを伝ってキューと一気に胃袋までたどり着く。
▼落語はリズム、流れが大事
早い話がこの一杯のために稽古に来ているようなものだ。酒の肴は落語。この日、落語会を見学に来た20代の女の子に声をかけると、勇んでやってきた。彼女は圓窓に落語を習っているという。聞くと、圓窓師匠は落語を自分流に手直しして、その台本を手本に覚えさせるそうだ。
「じゃ、紙に書いた字で稽古してんのかい?」と落語仲間。「ハイ」と彼女。そりゃあチョイト、まずいな。落語は朗読じゃあないから、字を読んでいたらダメだ。落語はリズム。流れ。これが大事で、そのためには「音」で覚えないと、親身のアドバイスが飛んだ。
▼独特の「落語口調」
初めて聞く話に、彼女はキョトンとしていた。「時そば」「饅頭こわい」など落語の会話を綴った書籍は山ほどある。あたしも落語を習いたてのころ、春、夏、秋、冬と別々になった「落語百選」(筑摩書房)や、志ん朝の落語集「志ん朝の落語」(同)全六巻を買った。これで稽古しようと思った。
ところが、落語の学校、花伝舎で師匠から「落語は本で覚えるものではない」と注意された。本ではあの、独特の「落語口調」というものが身につかないからである。
▼師匠から弟子に口伝え
もともと、落語は「口伝」といって、弟子は師匠から直接、口伝えで教わったものだ。言葉の微妙な間合い、言い回し、抑揚といったものをナマの言葉で教えてもらった。台本で教えることはなかった。落語は伝承芸だ。その基本から外れたら落語は覚えられない。
先輩たちの話を彼女は真剣な顔をして聞き入っていた。落語の先輩たちが目の前で振った賽の目は、彼女にとって丁と出るか、半と出るかー。
あたしの落語仲間が言った。落語を「字」で覚えているという人に、落語は「音」で覚えなくちゃあいけない。噺を暗記するだけでは落語は出来ないというのだ。人様の前で落語をやるには「落語の空気」を吸わないとダメ。だから、あたしたちは木戸銭を払って、せっせと寄席に通うのである。
浅草での定期落語会の後、居酒屋に操出し、反省会と称して飲み会を開いた。高座が終わった後のビールは格別だ。冷えたビールが、のどを伝ってキューと一気に胃袋までたどり着く。
▼落語はリズム、流れが大事
早い話がこの一杯のために稽古に来ているようなものだ。酒の肴は落語。この日、落語会を見学に来た20代の女の子に声をかけると、勇んでやってきた。彼女は圓窓に落語を習っているという。聞くと、圓窓師匠は落語を自分流に手直しして、その台本を手本に覚えさせるそうだ。
「じゃ、紙に書いた字で稽古してんのかい?」と落語仲間。「ハイ」と彼女。そりゃあチョイト、まずいな。落語は朗読じゃあないから、字を読んでいたらダメだ。落語はリズム。流れ。これが大事で、そのためには「音」で覚えないと、親身のアドバイスが飛んだ。
▼独特の「落語口調」
初めて聞く話に、彼女はキョトンとしていた。「時そば」「饅頭こわい」など落語の会話を綴った書籍は山ほどある。あたしも落語を習いたてのころ、春、夏、秋、冬と別々になった「落語百選」(筑摩書房)や、志ん朝の落語集「志ん朝の落語」(同)全六巻を買った。これで稽古しようと思った。
ところが、落語の学校、花伝舎で師匠から「落語は本で覚えるものではない」と注意された。本ではあの、独特の「落語口調」というものが身につかないからである。
▼師匠から弟子に口伝え
もともと、落語は「口伝」といって、弟子は師匠から直接、口伝えで教わったものだ。言葉の微妙な間合い、言い回し、抑揚といったものをナマの言葉で教えてもらった。台本で教えることはなかった。落語は伝承芸だ。その基本から外れたら落語は覚えられない。
先輩たちの話を彼女は真剣な顔をして聞き入っていた。落語の先輩たちが目の前で振った賽の目は、彼女にとって丁と出るか、半と出るかー。
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