静 夜 思

挙頭望西峰 傾杯忘憂酒

書評 083-1  「五つの心臓を持った神」~副題:アイヌの神作りと送り~    萱野 茂 著  小峰書店  2003年

2018-11-22 08:02:29 | 書評
 萱野茂(1926-2006)の名を耳にして「ああ、アイヌ人で初めて参議院議員になった(1994-1998)人だった」と記憶を辿れる方もあろう。私は、国会に出て明治以来の屈辱的な
 「アイヌ土人法」を葬り、「アイヌ文化振興法(1997=平成9年)」を成立させた功績を帰国後に知り、感動したことを覚えている。アイヌ民族の伝統文化が失われる前に出来るだけ
 多くの文物・言語・習俗を見える形で残そうと思い立った同氏の努力は、北海道各地にある資料館・博物館と共に貴重な歴史記憶の遺産である。
    萱野氏は戦後の若かりし頃、アイヌ文化に背を向けた時期もあったそうだが、ひとたび思い直すや精力的に保存活動に努め、多くのアイヌ語メモ/録音・録画を遺した。
 それらをまとめた著書は60冊にのぼるというからアカデミックな頭脳の持ち主でもあったろう。加えて、絶滅危惧言語に国連機関から指定されているアイヌ語を家族から受け継ぎ、
 日本語とのバイリンガルだったのも幸いしたのであろう。
  
 本書は、2001年、総合研究大学院に学術博士号の学位請求論文として出した<アイヌ民族における神送りの研究―沙流川流域を中心に>を平易に書き直したものだ。
 それを表す副題が示すのは、人間に限らず命あるものが死に絶えた時、アイヌ人はどう魂を弔い、どう送るのか。食べ物として他の生物の命を貰う時、どう命を迎え・送るのか? 
 命の遣り取りをめぐる風習に潜む死生観や「カムイ=神」と崇める対象と人間の関係などであり、実に興味深い。 <すべての命を迎え・送る>という捉え方に私は多くの示唆を得た。

★ まずは私が新鮮に感じた事柄の幾つかを先に挙げておきたい。
 (1) 仏教儀式の影響
     送りの儀式の中でも人を送る時は、弔い言葉の中にアイヌの「神」だけでなく「ほとけ(ヌぺポ)」が出てくる。仏典や仏壇も持たない生活なのに何故か? 「香典」に相当する
     金銭や品物を渡す習慣にも触れられており、カタチだけだが仏式葬儀の影響が明治以降の和人との接触/同化教育の結果、混入したのだろう。
 (2) あの世意識
     様々な場面における弔いの言葉例がアイヌ語と日本語の対訳で書かれているが、送る対象が人間であれ、動物であれ「此の世(=アイヌの国)からあの世(=先祖の国)へ帰る」
     という捉え方で共通している。 「カムイ(神)」の元へ帰るのではなく、人間であれクマであれ、先に逝った先祖が待つ国に帰るという意識らしい。ここにはどの宗教にもある
     「此の世/あの世意識」と近いものを感じるが、アイヌ人の心に超越的な「主/God」は居ないし、ヒンズー&仏教の<輪廻>観、後世の<浄土>観のどちらも見受けられない。
        <呼び名が何であれ・・”人間の上に立つ主”を戴かない>点において決定的に違うようだ。  然し「だから遅れている」などと断じるのは愚かな蒙昧に過ぎない。
 (3) 送りの言葉
     萱野氏が収録しているアイヌ語弔辞の流れ/展開で気づくのは、(語句の上乗せ)(筋の展開)が日本語の話法と違う点だ。『膠着語』に分類される日本語に対し、アイヌ語は
     『抱合語』と言われ、文法構造が異なるようだ。東シベリア、アラスカ、北米先住民などの言語と同類と理解すればよいそうだ。
     詳しくは、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E8%AA%9E を参照されたい。或は、もっと専門的な文法書に当たられたい。 
 (4) 数(かず)の認識
     面白いのは、数詞<6>は無限大、もう数えられないほどの多さ/大きさを示すという認識だ。萱野氏によれば<6は片手の指5本を超えるから>だそうだ。他の民族でも、
     両手の指10本以上の数詞あるいは数の感覚認識を持たない集団は世界のあちこちに居るというから、特に珍しい認識ではないのだろう。
 (5) 村長は世襲にあらず
     和人社会ではどうだったのか? と問い返すと果たしてどうなのか私は知らないが、アイヌにおいて村長を選ぶ時の基準が興味深い。3項目あり、
     ① 器量のいい男である  ② 勇気/度胸がある男である  ③ 雄弁であること
      萱野氏によると、とりわけ②は狩猟民族であるアイヌとして必須の条件だったし、③は文字を持たない口頭伝承が全ての生活ゆえの要件であった。

    さて明日は、アイヌの生活様式や自然観/世界観が和人文化に与えた影響を軸に紹介したい。                               < つづく >
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