静夜思

愁多酒雖少 酒傾愁不来

 ≪ 夫婦別姓をめぐる 政府の弥縫的ごまかし ≫   ≪ 被爆者遺族 vs トルーマン大統領孫のコラボ ≫

2016-05-30 08:21:19 | つぶやき
 ☆ (社説)旧姓使用拡大 国の成長の道具ですか http://digital.asahi.com/articles/DA3S12383369.html?rm=150
・ 希望すれば、結婚前の姓を住民票やマイナンバーカードに併記できる。そのように政令を改める方針を政府がきめた。国家公務員が旧姓を使える範囲の拡大なども検討
  するという。
・ 今回の措置が法改正をめぐる議論にブレーキをかける方向に働かないか、注意して見ていく必要がある。夫婦別姓訴訟の判決で最高裁が昨年12月、旧姓使用の広がりを
  根拠のひとつにあげて合憲の結論を導きだしているだけになおさらだ。
  ⇒ ここにも行政府(=内閣・官庁)による司法軽視が明白にうかがえる。 最高裁の注釈は「夫婦別姓」を否定しないが、女性が旧姓を私的に通用させている”現実”で、
    何とか結婚による同性使用を強制する民法の矛盾をかわし、立法府が詰めて欲しいという期待を顕わしたものだ。今回の政令は、立法府として議論を進めるのでなく、
    最高裁の言葉を逆用し「旧姓併用」を促進することで民法改正を葬り去ろうというものであろう。 これまた自民党の「正面から答えない」体質の最たるもの。 
    これでは、いつまでもモノゴトの核心を正面から論じない政治のままだ。

 ☆ 「禎子の鶴」、平和へ願いを 遺族や元大統領孫がNPO http://digital.asahi.com/articles/ASJ5Y4D45J5YUHBI00G.html?rm=452
・ 広島の被爆遺族と原爆投下を命じたトルーマン元大統領の孫が親しく交流を重ね、折り鶴の物語を通して、平和への願いを、雅弘さんやダニエルさんが講演などで伝えるほか、
  日本の学生や教育者を米国に招き、米国の学生らと討論するイベントなどを開くNPOをロサンゼルス拠点で開始するそうだ。
 <祐滋さんは「オバマ大統領も広島を訪ねて原爆の悲惨さがわかったと思う。日本人も真珠湾を訪れるべきだ。戦争で被害を受けたことばかり言ってもだめだと思う」と話した。太平洋戦争を巡る歴史を相手の立場から理解するための教育活動にも力を入れたいという。ダニエルさんは「社会を引き継いでいく子供たちの教育が大切だ」と語った。

 現実の国際政治では、核兵器は通常戦力の劣勢を一発で補える「金の卵」。ロシア、中国、北朝鮮、パキスタンなどが其の実例である。例え使えなくても、持っていることで恫喝はできる。現に、これらの国々の外交安保の基本がそれだ。だから、アメリカ含め、核兵器ゼロの日は来ないだろう。 
   然し、理想を絶やさず訴え続ける精神まで失えば、世界はいよいよ破滅に近づく。 はかない祈りだが、祈り続けるしかない。
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 ≪ 裁判員の参加意欲をどうすれば高められるか?≫ 有給扱い/二審までの拡大/判例踏襲の再検討

2016-05-29 17:01:06 | つぶやき
 ★ (声)裁判員候補の欠席、意味考えて 会社員 永作肇(東京都 40) http://digital.asahi.com/articles/DA3S12382164.html?rm=150
・ 候補になった人の約4割が選定の場に無断欠席するという報道があったようだ。仕事などを理由とする辞退率も上昇中っだとか。 裁判員制度が始まって7年。 
  永作氏の指摘するように、これでは此の制度が「国民の間で定着しつつある」とした先般の最高裁談話は信じがたい。
  1) 裁判員の参加は1審しか認めておらず、2審へ公訴された刑事事件の量刑がプロの裁判官によって<原型に値する新たな証拠が出たわけでない場合も> 
     過去の判例における量刑との『バランス』を欠くとの理由付けから、上級裁判所から差し戻しや減刑要望が出される。これでは、裁判員を務めた国民はやるせない。 
     世の中が変化し、犯罪の質も頻度も変化する。犯罪には決して同じ犯罪など無い。類似の事件に下された過去の判決が現在も適正かどうか、そこをこそ上級裁判所は
     考慮すべきだ。 
      <一律に前例と違うから刺し戻すのだ>としか理解されない理由付けと国民が解釈すること自体、既に国民参加の精神が機能していない証拠だろう。
  2) 裁判員を務める間の経済的負担の救済、職場を離れる損失への危惧を産まない法的環境整備、これらは今の日本で護られているのだろうか?
     事件によっては審理が複数の週間に及ぶこともあろう。交通費だけでなく日当は出しているのだろうか?其の間の給与補償、有給休務扱いの措置など。 
     
<これは国民の神聖なる義務だから協力して欲しい>といくら頼んでも、生身の人間だからカスミを食べて凌げない。誤解してならないのは、裁判員裁判制度の意義に異を唱える国民は居ないし、民主国家の前進に必要な国民参加の一つだと理解はされている。だが、それは<滅私奉公>でもなければ、<清い奉仕>でもない筈だ。 
  若しそこに日本社会独特の「押しつけがましさ」が現れるなら、健全な社会づくりには逆効果でしかない。 くれぐれも、上級裁判所の官僚的体質除去と併せ、参加意義を高める為の実質的な仕組みづくりを疎かにしないでもらいたい。 費用はかかるが、これは必要な支出なのだ。
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 ≪ 裁判員の参加意欲をどうすれば高められるか?≫ 有給扱い/二審までの拡大/判例踏襲の再検討

2016-05-29 17:01:06 | つぶやき
 ★ (声)裁判員候補の欠席、意味考えて 会社員 永作肇(東京都 40) http://digital.asahi.com/articles/DA3S12382164.html?rm=150
・ 候補になった人の約4割が選定の場に無断欠席するという報道があったようだ。仕事などを理由とする辞退率も上昇中っだとか。 裁判員制度が始まって7年。 
  永作氏の指摘するように、これでは此の制度が「国民の間で定着しつつある」とした先般の最高裁談話は信じがたい。
  1) 裁判員の参加は1審しか認めておらず、2審へ公訴された刑事事件の量刑がプロの裁判官によって<原型に値する新たな証拠が出たわけでない場合も> 
     過去の判例における量刑との『バランス』を欠くとの理由付けから、上級裁判所から差し戻しや減刑要望が出される。これでは、裁判員を務めた国民はやるせない。 
     世の中が変化し、犯罪の質も頻度も変化する。犯罪には決して同じ犯罪など無い。類似の事件に下された過去の判決が現在も適正かどうか、そこをこそ上級裁判所は
     考慮すべきだ。 
      <一律に前例と違うから刺し戻すのだ>としか理解されない理由付けと国民が解釈すること自体、既に国民参加の精神が機能していない証拠だろう。
  2) 裁判員を務める間の経済的負担の救済、職場を離れる損失への危惧を産まない法的環境整備、これらは今の日本で護られているのだろうか?
     事件によっては審理が複数の週間に及ぶこともあろう。交通費だけでなく日当は出しているのだろうか?其の間の給与補償、有給休務扱いの措置など。 
     
<これは国民の神聖なる義務だから協力して欲しい>といくら頼んでも、生身の人間だからカスミを食べて凌げない。誤解してならないのは、裁判員裁判制度の意義に異を唱える国民は居ないし、民主国家の前進に必要な国民参加の一つだと理解はされている。だが、それは<滅私奉公>でもなければ、<清い奉仕>でもない筈だ。 
  若しそこに日本社会独特の「押しつけがましさ」が現れるなら、健全な社会づくりには逆効果でしかない。 くれぐれも、上級裁判所の官僚的体質除去と併せ、参加意義を高める為の実質的な仕組みづくりを疎かにしないでもらいたい。 費用はかかるが、これは必要な支出なのだ。
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 ≪ オバマ広島訪問 ≫  メディアは浪花節で売文するな! 劇場型美談は もう要らない

2016-05-27 21:52:30 | つぶやき
 ★ 米大統領歓迎はテレビの役割か 原爆投下の原罪を問う機会に 金平茂紀 http://mainichi.jp/articles/20160527/dde/018/070/043000c?fm=mnm
・ 此の金子氏が記者なのか、編集委員なのか文面だけでは審らかにしない。
 <正直に言うと、どうもこの出来事に対する報道機関としての立ち位置、視点がぼやけているように感じるのは僕だけではないはずだ。端的にいえば、訪問が「歓迎ムード」に覆われかねないような事前の空気を感じるのだ。  「未来志向」という聞こえのよい言葉は、過去を抹消する意味とは異なる。
  そんな折、沖縄で元米海兵隊員がむごい事件を引き起こした。政府当局者たちや一部のテレビコメンテーターたちまでもが「サミット、広島訪問を前に最悪のタイミングだ」と言ってのけるのをきいた。まるで政治日程の滑らかな進行が、ひとりの沖縄女性の命が理不尽に奪われた事実よりも優先されるべきだと言わんばかりだ。こういう「火消し」的な立ちまわりにテレビが加担すべきではない>。 

 ⇒ そう、ここが女性殺人事件発生以来、私が抱いた違和感を苦い想いで噛み締めた部分だ。 「最悪のタイミング」とは、誰にとって「最悪」なのか? それは政治日程を何事も無く運びたかった全ての関係者にとり「最悪」なのである。 其の関係者には政治家/官僚だけでなく<報道メディア>も入っているのだ。  ここを金子氏は自戒を込めて振り返り、猛省を促しているのだ。 媒体を問わずメディアに働き、人生を賭け、また生計の糧を得ている諸君は、これを肝に銘じて戴きたい。    
   君たちが壊れたら、日本は嘗てのファッショ国家に いつでも簡単に舞い戻るぞ!!   それを 君はマジで笑い飛ばせるか?
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 ≪ 赦す文化 赦さない文化 ≫  或る被爆女性の 如何にも日本人的な言葉に想う

2016-05-27 16:50:15 | 時評
 本日午后、オバマ大統領がヒロシマの慰霊碑に献花し、平和記念資料館などを見学した。 どういうメッセージを発したのか、これを書いている時点では耳にしていないが、ここで取り上げたいのは、朝7時台のNHKニュースに登場した或る被爆女性の言葉についてである。 其の女性は85歳とテロップが出ていたが、とても品の良い容貌で、背筋が85歳には見えないほどシャンと伸びており、語る言葉も淀みない。 
  此のニュース番組が特集したテーマは<被爆者側の原爆投下・アメリカへの怨み/憎しみ>である。これは、アメリカ側が大統領の広島訪問を『謝罪の旅ではない』と何度も釘を刺し、わざわざ<元捕虜の代表者>を大統領に随行させてまで、『全ての戦没者を慰霊し、核兵器廃絶への宣言を謳う』事が主目的だとする姿勢に対し、当の被爆者本人は大統領の訪問をどう感じているのか?  それを視聴者に考えさせる趣向である。

 被爆者の反応を大別すると<憾み・憎しみを捨てられず、謝罪を求める人><憾み・憎しみは消えないが、核兵器廃絶の動きの為に謝罪要求は顕わさない人><様々な理由づけで憾み・憎しみを捨てた人>に分かれるそうだ。 登場した女性は、此の最後の分類に当てはまる。彼女が何故、どういう機会に憾み・憎しみの感情から抜け出たのか? 

それを自身の言葉で「自分は70歳を過ぎてから、平和を祈る語り部の会、という集会で高校生を前に被爆体験を語ったいる。そんな或る日のこと、終わったあとに突然アメリカ人の男子高校生が慣れないお辞儀で深々と頭を下げ”本当にすみませんでした。アメリカ人の一人として心から謝ります”と云ってきた。 何故か、その時、急に(あヽ、もう、怨みも憎しみも持つのは止めよう)という自然な気持ちに襲われ、とても心が楽になりました」と語ったのだ。 其の表情を私は食い入るように見つめた。 それは嘘を言っている顔ではなく、とても優し気で穏やかな顔であり、大いに考えさせられたのである。「憎しみを背負い続ける人生は、結局、何も好い事は産まないとも思いますので・・・。」と彼女は静かに言葉を継いだ。
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  さて、皆さんは此の女性の言葉を知り、色々な事を感じ考えられたものと想像する。 私は此の≪赦し≫に関して、米国アーミッシュの人々における殺人者への≪赦し≫について書いた<書評:051/1-3 2015/10月>。 言うまでも無く、アーミッシュの人達が罪を赦す背景はキリスト教の教義に立つものである。 然るに、此の被爆女性の≪赦し≫は何の信心も宗教的教えも関与していない。政治的イデオロギーでもない。 では、どう定義できるのか? そもそも、此の女性の心情は、論理の世界で言葉に載せられるものなのか?   

 日本人以外の、我が身/または肉親に戦争被害を受けた人で、いったい何人が同じ言葉を、戦術的プロパガンダでなく、宗教的バックグラウンドとは別に、発するだろうか? 
発しないどころか、弱い人間だとさえ非難される社会が、日本以外では殆どだ。アジアの隣国しかり。 冷たい言い方をすれば、こういう日本人的マインドセットが有るから、相手は「歴史認識」攻撃が出来るわけだ。  どうしたものか・・・・・。
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