静 夜 思

挙頭望西峰 傾杯忘憂酒

【書評171-4】〆 改憲志向の背景     街 場 の 天 皇 論    内田 樹 著       文春文庫   2020年 12月 

2023-02-25 09:00:48 | 書評
 ここまで≪現行憲法と象徴天皇制≫に絡む≪国家主権≫≪日米安保≫そして≪改憲のモチベイション≫について、内田氏が展開する論旨を追ってきた。
内田氏が〔歴史と語る〕と題された章で述べる事柄は、故安倍元首相が主唱したスローガン『 ”戦後レジームからの脱却”にシンボライズされる精神としての改憲 』の背景論だ。

 著者は21世紀に入り顕著になった<グローバリゼイション>から語り始める。それはITの進化・浸透による”国際経済のボーダーレス化”であったが、ほどなく国際政治でも
”ボーダーレス化”が進み、19世紀以来続いてきた<国民国家>が解体するのでは?との期待を醸し始めた現象を指す。他方、一つの領土単位の中で土地に縛り付けられた経済や暮らし・防衛を前提とする統治体系を<国民国家>と規定するならば、国際経済のボーダーレス化の進化は伝統的な<国民国家>を解体しかねない。そういう不安でもある。

 実際に出現したのはリーマンショックが示したボーダーレス経済のリスクであり<国境を越える国民国家の解体>は幻想と化し、世界は<ナショナリズム>へ回帰した。
安倍氏が目論んだ改憲は<国民国家解体>ムードを利用し、実は戦後の憲法体系を戦前の国家主義に回帰させる動きにすり替えようとした、これが内田氏の解釈である。

 確かに”戦後レジームからの脱却”スローガンは著者が説く世界の流れと符号しており、ひとつの見識だと思うが、”国際経済のボーダーレス化”に乗れないまま30年も国際競争のレース場外で足踏みし続ける日本における<ナショナリズムへの回帰>は、国際情勢との連動よりも、戦後くすぶり続けてきた「対米自立」願望を刺激することを狙う側面が勝っているのでは?というのが私の感覚である。

 米国の支配力が低下し、America First !のナショナリズムに回帰するた今だからこそ、日本は(戦えるクニ)に変身することで存在価値を高められ、親分を繋ぎ止められる。
それなら<国民国家>でなくなっても国民の自尊心は満たされ、<ナショナリズムへの回帰>への抵抗も減るのでは?との期待。これが安倍亡き今も自民党に改憲ポリシーを出させる期待値であり、エネルギーだと私は見る。


 中国の覇権志向、ロシアの大ロシア復帰願望、欧米の分裂混乱、中東の混迷などが”か弱き日本”を取り巻く。ウクライナ侵略は日本人に【外圧としてのナショナリズム志向】を
考えさせる生きたレッスンとなっている。改憲はそういう大きな流れの中にある大事な決意である。国防だけに焦点があたる改憲ではなく、天皇制・人権・自由・民主の角度からの改善としての改憲。それならば大いに議論する意味はあり<ナショナリズムへの回帰>がもたらす不幸は避けられるのではないか?           < 了 >
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【書評171-3】対米自立の為の改憲?     街 場 の 天 皇 論    内田 樹 著       文春文庫   2020年 12月 

2023-02-24 08:34:40 | 書評
 【書評171-1&2】で著者が述べてきたのは、日本史に先例を見ない「象徴天皇」を体現化した昭和+平成の両天皇が築いた戦後新憲法下での天皇制の意義だった。
其の意義とは、明治天皇から昭和の軍部に移った<国家主権>と<明治憲法>のペアが敗戦で消滅したなか、<新憲法と天皇の関係>だけは円滑に着地できた事を指す。

 では<新憲法と国家主権>の関係は? 無条件降伏の敗戦でアメリカの属領となり、軍事主権を失った現在までの日本国は<国家主権なき国家>となったままだ。
新憲法制定における主体性の喪失(=再軍備否定)が日米安保による軍事支配とパラレルな関係に結び付いていることは言うまでもない。
 ★ 著者はジョン・フォスター・ダレスが1951年に言ったとされる次の発言を引用している・・・。
  ≪日米安保体制とはアメリカが、日本国内の好きな場所に、必要な規模で、いつでも、そして必要な期間に基地を置くことができることだ≫・・・・御意!

 大日本帝国憲法に替わる新憲法の裁可者は「朕(ちん)」だが、昭和天皇が作成者ではなく、前文にも「制定したのは誰か」の主語がない。名実ともに日本国民ではなく、
現行憲法の制定主体はGHQだ。天皇制は内実が変わったが、国家主権の方は変わるどころか、憲法制定+日米安保で失われたことになる。これを『対米従属』と呼ぶ。

 だが、対米従属を脱け出て『対米自立』を目指す政治家が居なかったわけではない、と内田氏。70~80年代の経済成長による日本のプレゼンス拡大を活用してアメリカに
外交的な国家主権を認めさせようと動いた日本政府は2005年、国連常任理事国入りを画策した。然し、賛成したのは(ブータン・アフガニスタン・モルジブ)のみ。
当のアメリカは非常任理事国の拡大には賛成する一方、5大国の常任理事国(現状維持)体制を支持したし、中国・韓国・ASEAN 諸国も日本の「大国化」を受容しなかった。

 著者の指摘するとおり、ソ連崩壊後の国際情勢+バブル崩壊後の日本の停滞・国力下落がこの画策の失敗を招いた。90年代以降の経済停滞のみならず、20年を超える国内政局の不安定化のピークが2012年9月「尖閣国有化」と中国の敵対化である。  奇しくも其の直前、2012年8月【第3次アーミテージ/ナイ報告書】*が出た。
 お読みになった方なら同報告書が示した<台頭する中国への対処が必須>との先見性は誰も否定できまい。更に重要なのは「tier-one nation / tier-two nation」どちらを日本は望むのか?と迫ったメッセージであり、それが政権に返り咲いた安倍内閣の改憲主導のエネルギーになった、と内田氏は説く。 あれから10年経った。
「戦闘を厭わないクニ」になって初めて日本は tier-one nation とアメリカ親分から認めてもらえる、これが故安倍元首相の悲願だったのでは?
現行憲法が掲げる(主権在民)(自由と人権)(象徴天皇)は「道具としての天皇」「戦争ができるクニ」を目指す安倍には障害でしかなかった、と内田氏は推察している。


 内田氏が同報告書*を改憲の動きと結びつける背景は、今日現在我々が目にする様々な法的措置が第3次報告書に網羅された”助言”の忠実な実行であるからだ。即ち;
『原発再稼働・TPP参加・自衛隊ホルムズ海峡派遣・特定秘密保護法・PKO権限拡大・集団的自衛権行使・武器輸出解禁』であり、最近岸田首相が決めた「安保3文書」は、
米国太平洋軍と手を携えた作戦協力に踏み込む決意表明である。ここまでくると、正面切って文言を変えずとも従来概念の【非交戦】【専守防衛】は消滅している。
 天皇制の部分は変わらないが、軍事主権の部分的回復にはなるとすれば、これは既に実質上の改憲の始まりだと言えなくはない。改憲への二つのハードルのうち、
天皇祀り上げは平成天皇の自主退位で越せないハードルになったが、軍事主権のハードルは部分的には越せた、と言えるだろう。然し『対米従属』は何も変わらない。


 内田氏は最後の段落で《対米自立を装いつつ従属の継続を悟らせたくない極右及び外務・防衛官僚の欺瞞》を「自傷行為」だと怒りを込め、嘆いている。
もうすぐ戦後80年。何故このような状態が続くのか? 内田氏は〔歴史と語る〕と題された章でその経緯を述べているので見てみよう。     < つづく >
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≪ 非 政 治 キ ャ リ ア 出 身・タ レ ン ト 議 員 へ 投 票 し た 有 権 者 の 責 任 ≫

2023-02-22 08:52:06 | 書評
SMART FLASH <今すぐやめてほしい「タレント議員」500人アンケート結果>
 昨日だったか、猪瀬直樹議員が以下をツイッターに書いていた。 
 「国会に登院しないガーシー議員は、何も議員の仕事をしないまま半年の間、歳費を得ている。税金の無駄使いであり、彼に投票した人の責任は問われないのか?」

 
全く猪瀬氏が言う通り。懲罰の対象範囲は違法・犯罪行為、議院内での不適切行為が対象であろうから、ガーシー事例を機に国会は内規の変更を急ぐ必要がある。
 処分基準は恐らく前代未聞の国外在住や登院拒否を想定しておらず、懲罰委員会での論議に内規変更の検討は含まれているのか?

 併せて、ガーシーに限らず、これまで様々な政党や勢力が担いだ非政治キャリア出身者に投票することが何をもたらすか? 有権者が反省する良い機会だ。
  確かに、如何なる人物でも立候補する権利を保障するのは独裁専制国家には無い<誇るべき代議制民主主義の大事な根幹>だが、同時に、どういう人が歳費に見合う
 仕事をできそうな器なのか、面白半分ではなく、冷静に判断せねば却って有害であり、結局わが身に跳ね返ってくることを忘れてはいけない。
  国会議員選挙はタレントの人気投票的な浮ついたものではない。からかいのつもりの投票なら止めよう。白票の方がよほど為政者・権力者には堪えるからだ。


 ★ ここでSMART FLASH のアンケート結果をみてみよう。「今すぐやめて欲しいタレント議員」のトップ10だ。
  【1位】中条きよし(元歌手)/参院議員(立民)106票  【2位】山本太郎(元タレント)/参院議員(れいわ新選組)75票  【3位】今井絵理子(元SPEED)/参院議員(自民)59票
   【4位】生稲晃子(元おニャン子クラブ)/参院議員(自民)55票  【5位】須藤元気(元格闘家)/参院議員(無所属)50票 【6位】蓮舫(元タレント)/参院議員(立民)47票
   【7位】丸川珠代(元アナウンサー)参院・自民/35票  【8位】三原じゅん子(元歌手)参院・自民/25票  【9位】橋本聖子(元五輪選手)参院・自民/18票
   【10位】塩村あやか(元タレント)参院・立憲/9票


△ どうしてこれらの人々が上がったのか? 選ばれた理由の説明は要るまい。真面目に有権者の権利と重みを考えて選挙を考えてきた人には自明だから・・・。
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≪ 新 型 コ ロ ナ・ ウ イ ル ス 感 染 流 行 か ら 3 年 経 過 ≫  課 題 の 整 理

2023-02-21 10:32:58 | トーク・ネットTalk Net
【1】 厚生労働省発表の数値によると、感染開始の公式認定から2023年2月20日まで累計陽性者数は33,097,952 人。累計死亡者数は71,737 人
 * 日本人の総人口は、前年比73万人減の1億2210万4千人<総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態および世帯数(2022年9月1日現在)」>。
   日本人累計感染率は27.1%、死亡率は0.22%。(感染者・死亡者統計は必ずしも住民基本台帳登録者に限らないので正確な対比にはならないし、時期もズレた比較だが)
  <課題>⇒ 『集団免疫獲得率』理論からすれば日本の感染率は低い。ここを、どう考えるのか? 5類扱いにしても此のまま推移すると整理するのか? 
        諸外国と比べて異様な死亡率の低さを今後の防疫・予防医療開発に活かせるのか? 有効な対策が未知のまま続く後遺症残存にどう対処するのか?

【2】 死亡者の年代別内訳を本年1/11~2/07の27日間に区切ってみると、全死亡者7,463人のうち60代(5.1%)70代(18.2%)80+90代(74.2%)となる。
  <課題>⇒ 50代以下の死亡率が2.5% に留まる一方、高齢の基礎疾患保有者が入通院障害で悪化・死に至る事例は増加。そこを5類下の体制でどう減らすか?
  <課題>⇒ 学校&社会経済活動における制約が招くマイナス側面の評価との両立対策が一層重要になるが、『大事の前の小事!』と国民自身が腹を据えられるか?
        荒っぽい言い方だが<先の短い老人を守るのと将来のある若年層のどちらを社会は大事にするのか?>の問いだ。緊急時ゆえ『命の選別』を受け入れるか?
        つまり「若年層がコロナ前の活動に戻れば、高齢弱者への感染リスクと入通院障害は増々悪化する。それも致し方ない」と老人が腹をくくれるか?


【3】<健康寿命vs平均余命>の図式。上に掲げた<年代別コロナ死亡率>。此の二つを睨むと、70代の者は80代に向かう日々、『蛸つぼ生活』で息を顰めるのか。
   養生訓『養老』に説かれる自然体で送る日々を粛々と営むため、基礎疾患を抱えていても、近い将来感染するかもしれなくても『蛸つぼ生活』はしないか?
      還暦・古希以降、変わらず≪ あるがやうに ≫(明恵上人)の言葉を戴いてきた私が選ぶ道は無論、後者だ。
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【書評171-2】     街 場 の 天 皇 論    内田 樹 著       文春文庫   2020年 12月 

2023-02-20 20:00:25 | 書評
 内田氏は、昭和天皇から平成天皇が引き継いだ<慰霊と共苦の旅>が、新憲法で掲げられた「国民統合の象徴」への(国民ではなく)当事者である天皇自身が編み出した解答であったことを説いた。それゆえ、戦前までの政治家による「玉(ぎょく)」としての天皇利用回帰への決然たる拒否となり、<モノ言う君主>として平成天皇の自主退位宣言に身を結んだとの指摘であり、そこが大変意味深い。

 併せて<慰霊>を行う「霊的存在としての天皇」と「現世権力を担う政治家」が並立すれば、『異なる二つの中心をもつ楕円的な二元支配の方が、一枚岩の政体より生命力も復元力も強い』と著者はいい、霊的権力と世俗権力の二重構造が統治システムとして機能している珍しい国の一つが日本であり、天皇制が政治の暴走を抑止するなんて50年前誰も予測していなかった、と。・・暴走抑止とは自主退位を指す。

「死者たちはどう思うか」「未来の世代はどう評価するか」など何も考えず選挙に勝つことしか頭になく、次の選挙まで一時的に権力を負託されているに過ぎない総理大臣。「もうここには居ない死者たちを身近に感じ」「まだここには居ない未来世代をも身近に感じる」感受性を備える天皇。千年・二千年の時間スパンに身を置き、悠久の歴史の中に自分の言動の適否を判断せねばならないのが「霊的存在としての天皇」であるから天皇は「霊的な存在」であり「道徳的中心」だと内田氏は言う。今の令和天皇も、氏が描くとおりの道徳性を父から承継されているよう、私は強く願う。

 日本の歴史における「クニのかたち」を考えると、楕円の中心の一つが天皇制であり、死者を弔う祭祀的原理(=天皇制)と軍事的・政治的原理が拮抗し合い、干渉し合い、硬直化しないこと、それが日本の伝統的で望ましい「国柄」だと氏は言う。明治維新から敗戦までの”狂信的崇拝対象としての天皇”は長い日本史の中の短い例外であり、著者が用いる「国柄」は、戦後政治と象徴天皇制を否定し戦前スタイルの皇室統治を『国體』と呼びたがる改憲勢力が指す「国柄」と同じではない。

 死者を弔う祭祀的原理(=天皇制)と軍事的・政治的原理が拮抗し合い、干渉し合い、硬直化しない事の優位性は、独裁統治に限らず、議会制統治でありながら国論が分断している西側諸国との対比でみるとわかりやすい、と著者は指摘する。では、BREXIT を選んだ英国における君主権力は日本のような「霊的存在」だったのか? 国論分断に際してどのような関与があったのか、無かったのか? 英国に限らず、世界に残る君主制国家は内田氏が描く≪楕円的二元支配≫の効果を出しているのだろうか? 次なる疑問が涌き、興味が尽きないところだ。

★ 著者同様、私も長い間、立憲民主制と天皇制の並存がしっくりこなかった。国民の大勢が目の前の現実として存続を支持した理由は、内田氏が解釈するとおり<慰霊と共苦の旅>で新憲法の掲げた「国民統合の象徴」の役割が受け入れられたから、ならば肯ける。そして、令和天皇が受け継ぐ象徴天皇制根拠は、自民党改憲案第1条にある「終身国家元首」と言う記号的存在の否定であるから、改憲への高いハードルとなり、安倍元首相を失ったいま、推進力は乏しい。
 確かに乏しいのだが、思わぬ伏兵が国防情勢の急変で、これが≪ 瓢箪から駒 ≫的に改憲を後押ししないか? 此の懸念について氏は語っている。    < つづく >
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