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【書評188】   モーッアルト 天才の秘密   中野 雄 著   文春新書487    2006年1月

2024-06-03 09:22:49 | 書評
 モーッアルトについては書評に挙げた【80】「モーッアルト考」 池内 紀(著)/【143】モーッアルトの食卓 関田 淳子(著)の他、「モーツアルトはアマデウスではない(石井 宏)を読んだ。
本書はこれら3書と比べ、最も伝記の色彩が濃い。各書と共通する論点は<父親レオポルトの影響><宮廷貴族に振り回された境遇><イタリア旅行の影響>だが、本書はアマデウスの成長と能力開花の
歩みから踏み外すことなく、死を迎える最後までモーッアルト本人の叫びから捉えた35年の生涯を描いている。

 教会や宮廷貴族の雇われ芸人として位置づけられていた作曲家・演奏者・台本作家たちが貴族支配のくびきから脱出しようともがき始めた端境期、まさにそのまん真ん中にモーツアルトは生きた。
此の意味で、ベートーヴェンではなく、モーッアルトこそ、宮廷音楽から大衆音楽への橋渡し役だったというのが正しいであろう。
パトロンからの頼まれ仕事で生計を立てる傍ら、自ら作曲した作品を演奏するコンサートを予告し、その収入と楽譜の印刷屋への売却収入。これはベートーヴェンが最初ではなく、実は夫婦揃って浪費家だった家計を救うためモーツアルトが編み出したと本書で知り、私は認識を新たにした。

 こうデッサンすると如何にも金儲けに邁進した世俗丸出しの男に映りかねないが、その作品はハイドン・ヘンデル・バッハ以前の世界でもなく、ベートーヴェン以降のロマン派音楽でもない、孤高の
高みにある。よく≪天上の音楽≫と評される独特な純粋さ・美しさを我々に届けた作曲家はモーッアルトの前にも後ろにも居ない。とりわけ著者が力説するとおり、ウイーンの宮廷と地元ザルツブルクの
貴族から、貴族風刺のオペラ「魔的」「「ドン・ジョヴァンニ」の成功で却って反感を買ってからの没落以降、短調の曲想が増え、いっそう愁いを帯びた孤高の美は未だに人の心を捉え離さない。
 著者がいうとおり、フルートとハープの為の協奏曲、短調のシンフォニー、ヴァイオリンソナタは、いつ聞いても苦しい。私はVn.Sonata K304 を弾くたび、悲しくなるので滅多に手を出さない。

フランス革命の直後に世を去ったモーッアルトは、晩年に闘う作曲家となり、いのち果てた。16歳の時、モーッアルトに教えを乞うた
ベートーヴェンが受けた影響ははかりしれない。 < 了 >
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