癒しの森 湯布院(仙人の健康相談室)  


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シルディ・サイババ(ナナサヘブ・チャンドルカール)

2011-10-25 | シルディ・サイババ

  ヘマドパントは本章をナナサヘブ・チャンドルカールの物語で締めくくっている。ナナサヘブはある時、ムハルサパティやビジャプールから家族と共にババに会いに来たイスラム教との紳士と共に、マスジッドに座っていた。

 

彼と一緒にいるベールを付けた女性たちを見ると、ナナサヘブは立ち去ろうとしたが、ババが彼を止めた。女性たちはやってきてババのダルシャンを受けた。女性たちの中の一人がババの足に敬礼するためにベールを外すと、彼女の顔をちらりと見たナナサヘブはその美しさに大変に魅了され、もう一度彼女の顔を見たいと思った。

 

ナナの心が落ち着かないのを見たババは、女性がその場を去ってから彼に話しかけた。「ナナ、なぜ君はそんなに興奮しているのかね?感覚にはそれぞれの仕事や義務を与えなさい。私たちは感覚の仕事に干渉してはならない。神はこの美しい世界をお創りになり、その美しさに感謝するのが私たちの義務だ。

 

心はゆっくりと徐々に定まり落ち着くだろう。正面の扉が開いているのに、なぜ裏口から出るのかね?ハートが純粋ならば、何事も難しいことはない。よこしまな考えがないのなら、なぜ誰かを恐れなくてはならないのか?目は目の仕事をしているのに、なぜ君は恥ずかしがってよろめくのかね?」

 

 シャマがその場にいたが、彼はババの言っている意味が分からなかった。そこで彼は家に帰る途中でこれについてナナに尋ねた。ナナは美しい女性を見て彼の心が落ち着かなくなったことと、ババがそれを知って彼に助言したことを話した。ナナはババの主旨を次のように説明した。

 

「私たちの心は元々移ろいやすいから、興奮させないようにしなくてはならない。感覚が落ち着かなくなっても、肉体は抑制しなくてはならず、我慢できなくさせてはいけない。感覚は欲望の対象を追いかけるが、私たちはその後を追って対象物を切望してはならない。ゆっくりと徐々に練習をすることで、落ち着かない心は克服できる。感覚は完全には制御できないが、私たちは感覚に左右されてはならない。

 

私たちは必要に応じて正しく感覚を制御しなくてはならない。美しさとは視覚の主題であり、私たちは怖れずに対象物の美しさを見れば良い。恥ずかしがったり怖れたりする必要はない。ただ私たちは邪悪な考えを起こしてはならないのだ。心を無欲にし、神の美しい作品を見る。

 

このようにすれば、感覚は容易にそして自然に制御でき、対象物を楽しんでいる時でさえも、神のことを思い浮かべることができる。もし外側の感覚が抑えられず、心が対象を追いかけてそれに執着してしまうのであれば、私たちの誕生と死の循環は終わることがない。

 

二輪戦車を駆る者としてヴィヴェク(認識力)を持って、私たちは心を制御し、感覚が堕落するのを許してはならない。このような二輪戦車で、私たちはヴィシュヌ・パダ - 最後の住処、二度と戻ることのない私たちの本当の家へたどり着くのである。

スリ・サイに頭を垂れよ - 皆に平安が訪れますように


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シルディ・サイババ(ソマデヴ・スワミ)

2011-10-25 | シルディ・サイババ

  さて、もう一人ババを試すためにやってきた男の話を聞いてみよう。カカサヘブ・ディクシットの兄弟バイジはナグプールに滞在していた。彼が1906年にヒマラヤに行った時に、ガンゴトリ村のふもとのウッター・カシでハードワールのソマデヴ・スワミと知り合いになった。

 

二人とも日記に互いの名前を書き記した。5年後、サマデヴ・スワミはナグプールにやってきて、バイジの客人となった。そこで彼はババのリ-ラを聞いて喜び、シルディに言って彼に会って見たいという強い願望が生じた。彼はバイジから紹介状を受け取ると、シルディへ向かった。マンマドとコペルガオンを通り過ぎた後、彼はトンガに乗ってシルディへ向かった。彼がシルディの近くまで来ると、シルディのマスジッドの上方高く2つの旗がはためいているのが見えた。

おおむね聖者によって行動も異なれば、暮らし方も異なり、建物の設備も異なる。だがこのような外側の目印は聖者の価値を計る基準にはなり得ない。だがソマデヴ・スワミは違っていた。はためく旗を見るとすぐに彼は、「なぜ聖者が旗を飾らねばならないのだ?これが聖者であることを示しているのか?これこそ聖者が名声を欲している証拠ではないか」こう考えて彼はシルディ行きをやめようと思い、仲間に自分は戻ると言った。彼らは彼に言った。

「じゃあ、なぜ君はこんな遠くまで来たんだい?旗を見たぐらいで気持ちが落ち着かなくなるなら、ラス、輿や馬やその他シルディにある装飾を見たらどれほど動揺することだろう」スワミは一層困惑して言った。「いや、馬や輿やトムトム(太鼓)を配するようなサドゥーは見たことがある。そんなサドゥーを見るくらいなら、私は戻った方がマシだ」こう言うと、彼は戻り始めた。仲間たちは彼を止めて、先へ進ませた。彼らは彼の気まぐれな考え方をやめるように言い、そのサドゥー、ババは旗や輿や名声のことなど全く気に掛けない人だと説明した。

こうした装飾品を飾ったのは、ババに愛と信仰を捧げる帰依者たちであった。結局、彼はシルディへの旅を続けてババに会うよう説得された。彼が到着して中庭からババを見ると、彼の内側は溶け、目は涙でいっぱいになり、喉は詰まり、邪悪で歪んだ考えは消えてしまった。彼は彼のグルが「そこは私たちが安らぐ場所であり、心が最も喜び定住する場所だ」と言っていたのを思い出した。

彼はババの足元の土の上にひれ伏したいと願い、ババに近づくと、ババは激昂して大声で叫んだ。「私たちは見かけだけ(装飾品)のペテン師だ。君は家へ帰るがいい。もし君が再びこのマスジッドへ戻ってくる時は注意しなさい。なぜマスジッドの上に旗をはためかせているような者のダルシャンを受けに来たのかね?これは聖者の印かね?一瞬たりともここに留まるな」スワミは驚いて後ろに下がった。

彼は、ババが彼の心を読んで喋っていることに気づいた。なんと彼は全知なのだろうか!彼は、自分の知識などわずかばかりで、ババが気高く純粋であることを知った。彼はババが誰かを抱きしめ、その手で触れ、他者を慰め、優しく見つめたり、笑いあったり、ウディのプラサドを与え、皆を喜ばせ満足させるのを見た。なぜ彼だけがこのようにひどい扱いを受けなくてはならないのか?真剣に考えてみて、彼は、ババの行為は彼の内面の思いに反応していることに気づいた。

そして彼はこのことから教訓を得て、自分を改め、ババは憤って見せただけで本当はそれが祝福であると気づいた。その後彼のババに対する信仰が確固たるものになり、ババの堅固な帰依者になったのは言うまでもない。

1.ウッタランチャルのガルワル地域


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シルディ。サイババ(ハリ・カノバ)

2011-10-25 | シルディ・サイババ

  ムンバイに住む紳士ハリ・カノバは友人や親戚から数々のババのリーラのことを聞いた。彼は疑い深かったので、そうしたことを信じなかった。彼は自分の目でババを見てみたいと思った。そこで彼はムンバイの友人と共にシルディにやってきた。彼はレースで縁取りをしたターバンを頭に巻いており、新しいサンダルを履いていた。

 

遠くからババを見ると、彼はババのところへ行って彼の前でひれ伏そうと思った。彼は自分の新しいサンダルをどうして良いか分からなかった。中庭の片隅に行ってそこにサンダルを置くと、彼はマスジッドに入ってババのダルシャンを受けた。

 

彼はうやうやしくババに頭を下げ、ババからウディとプラサドをもらって戻ってきた。彼が中庭の隅に戻ってくると、サンダルがなくなっていたので彼はひどくうろたえてしまった。彼は辺りを探したが見つからなかった。彼は宿へ戻ると、非常に落胆してしまった。

 

  彼は沐浴をして、礼拝とナイヴァイディヤを捧げてから、食事の席に就いたが、この間もずっと彼はサンダルのことだけを考えていた。食事を終えて手を洗いに外に出ると、マラタの少年が彼の方へやってきた。彼は手に棒を持っていて、その端には真新しいサンダルがぶら下がっていた。

 

彼は手を洗いに出てきた男に向かって、ババが棒を持って男のところへ行くようにと彼をよこしたのであり、「ハリ カ ベタ ジャイ カ ペタ」と叫びながら通りを歩くように告げたと言った。そしてもし誰かがサンダルを返してくれと言ってきたら、まずその人の名前はハリで、彼はつまりカノバの息子であり、彼はレースで縁取りをしたターバンを被っている、ということが確認できたら彼にサンダルを渡してやれと言われたと告げた。

 

これを聞いてハリ・カノバは喜び驚いた。彼は少年の前へ出て、サンダルは自分のものだと主張した。彼は少年に自分の名前はハリで、カ(カノバ)の息子であると言って、レースで縁取りされたターバンを指して見せた。少年は納得して、サンダルを彼に返した。

ハリ・カノバは心の中で、レースの縁取りのターバンは目に見えるからババも見ていたかもしれない。でも彼は初めてシルディに来たのに、彼の名前がハリであることや、彼がカノバの息子であることをどうやって知り得たのだろうかと不思議に思った。彼は他の動機ではなく、ババをテストするという目的の為だけにシルディへ来たのだった。彼はこの出来事によって、ババが偉大なサトプルシュであることを知るに至った。彼は欲しい物を手に入れ、喜んで家に帰った。


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シルディ・サイババ(第四十九章 前置き)

2011-10-25 | シルディ・サイババ

  ヴェーダやプラナスですらブラフマンやサドグルのことを充分に表現しきれないのに、どうして私たち無知な者が私たちのサドグル、スリ・サイババを描写しえようか?この件については私たちは黙っているほうがよさそうである。

 

事実、沈黙の誓い守るのがサドグルを称える最高の方法であるが、サイババの神性は私たちに沈黙の誓いを忘れさせ、私たちは口を開かずにはいられないのである。美味な料理も、一緒に味合う友人や親戚がいなければ無味乾燥であるが、仲間が共であれば料理はより一層おいしいものになる。サイのリーラムリト - サイのリーラという甘露にも同じことが言える。この甘露は一人で味合うことはできない。友人や兄弟がいてこそ、さらに美味になるのだ。

 

  この物語に直感を与え彼の望み通りに書かせたのはサイババ自身である。私たちの義務は彼に完全に全てを委ね、彼に瞑想することである。巡礼をしたり、誓いをしたり、いけにえを捧げたり、慈善をするよりも苦行をするほうがよい。苦行をするよりも、ハリを礼拝する方がよい。

 

そしてサドグルに瞑想するのが一番良い。だから私たちはサイの名を唱え、心の中で彼が言ったことについて考え、彼の姿を瞑想し、彼への真実の愛を心に感じ、彼のために全ての行為をしなくてはならない。サンサールの束縛を切るために、これ以上良い方法はない。私たちが前述の通り自らの役割における義務を果たすことができれば、サイは私たちを助け解放しにきてくれるのだ。さあ、本章の物語に入ることにしよう。


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シルディ・サイババ(サパトネカール夫人)

2011-10-24 | シルディ・サイババ

 

  一年が過ぎた。彼の心はまだ平穏を取り戻せなかった。彼はガンガプールに行き、余計に不安になった。そこで休養のためにマドヘガオンに行き、最終的にカシに行くことにした。出発の2日前、彼の妻はヴィジョンを見た。夢の中で、彼女は水差しを持ってラカッド・シャーの井戸へ行こうとしていた。

そこには頭に布切れを巻いたファーキルが、ニームの木の根元に座っていて、彼女に近づいてきて言った。「私のかわいいお嬢さん、なぜそんなに疲れ切っているのかね?私があなたの水差しを純粋な水でいっぱいにしてあげよう」彼女はファーキルを怖がり、空の水差しを持って急いで走り去った。

ファーキルは彼女についてきた。ここで彼女は目を覚ました。彼女はこのヴィジョンのことを夫に話した。彼らはこれは吉兆のしるしだと思い、二人でシルディに向けて出発した。彼らがマスジッドへ到着すると、ババは留守だった。彼はレンディに出かけていた。彼らはババの帰りを待っていた。

ババが戻ってくると、彼女がヴィジョンで見たファーキルがババとそっくりだったのを見てびっくりした。彼女はうやうやしくババの前にひれ伏し、座って夫を見た。彼女の謙虚な様子を見てババは喜び、彼の一種独特なやり方で第三者に向かって話をし始めた。彼は言った。「私の腕と腹と腰には長い間痛みがあった。いくつもの薬を試したが、痛みは改善しなかった。ちっとも効き目が無いので、私は薬にうんざりしてしまった。だが今驚いたことに、痛みは一瞬にして消えてしまった」名前は言わなかったが、これはサパトネカール夫人自身の話であった。彼女の痛みは、ババが言ったように、すぐになくなり彼女は喜んでいた。

 

  それからサパトネカール氏はダルシャンを受けるべく前に出た。彼はまたしても「出て行け!」という言葉で一蹴された。今回、彼はより我慢強くなっていて屈しなかった。彼は、ババが不機嫌なのは自分の過去の行いのせいであり、改心する決意をしたと述べた。彼は一人でババに会うことに決め、過去の行いについて許しを乞うた。彼はババの足に頭を置くと、ババはその手を彼に乗せ、サパトネカールは座ってババの足を優しく撫でた。

 

それから女性の羊飼いがやってきて座り、ババの背中をマッサージし始めた。ババは独特な様子で、バニアの話を始めた。ババは一人息子の死を含め、人生の変遷について語った。サパトネカールが驚いたことに、ババが語った物語は彼自身のもので、なぜババが詳細に全てのことを知っているのか不思議に思った。彼は、ババが全知であり、全ての人のハートを知っているのだと理解するに至った。

 

このことが彼の心に浮かんだとき、ババはサパトネカールを指差して、女の羊飼いに向かってこう言った。「この男は自分の息子を殺したと言って私を責め非難するのだよ。私が誰かの子供を殺すかね?なぜこの男はマスジッドへやってきて嘆くのか?さあ、それでは私はもう一度その子供を彼の妻の子宮に戻してやろう」こう言うと、ババはその恵み深い手を彼の頭に置き、彼を慰めて言った。「この足は古くて神聖なのだ。お前はもう心配することはない。私に全幅の信頼を置いていれば、すぐに望みの物が手に入るだろう」サパトネカールは感情がこみ上げてきて心動かされ、その涙でババの足を濡らした。それから彼は自分の宿舎へ戻った。

 

  それから彼は礼拝とナイヴァイディアの準備をし、妻と共にマスジッドへやってきた。彼は全てをババに捧げ、ババからプラサドを受け取った。マスジッドは人で混みあっていたが、サパトネカールは行って、ババに何度も何度も頭を下げた。頭同士がぶつかり合うのを見てババはサパトネカールに言った。「おお、なぜそんなにひれ伏すのかね?愛のこもった謙虚な一度のナマスカールだけで充分なのだよ」それからサパトネカールはその夜、前述したチャヴァディへの行進を目撃した。この儀式の中でババは紛れもなくパンデュラング(ヴィッタル)に見えた。

 

  翌日別れ際に、サパトネカールはまずダクシナとして1ルピーを払い、もしババが再び要求したら、旅費を充分に残しておいて、拒否せずにもう一度支払おうと思った。彼はマスジッドへ行って1ルピーを支払うと、ババは彼の思った通りさらに要求してきた。それを支払うと、ババは彼を祝福してこう言った。

「ココナツを取って、細君のオティ(サリーの上部の折り目部分)に入れて、心配せずに帰りなさい」彼はそのようにすると、一年以内に息子に恵まれ、夫婦は8ヶ月の子供を連れてシルディへやって来て、ババの足元に子供を置いて祈った。「おお、サイナス、あなたのご恩にはどう報いてよいやら分かりません。

ですからこうしたあなたの前にひれ伏します。これからも私たち憐れで寄る辺ない者を祝福して下さい。これからはあなたの聖なる御足を私たちの唯一の避難所とさせて下さい。寝ても冷めても、色々な考えが起きて私たちを悩ませます。ですから私たちの心をそうしたものから逸らして、あなたのバジャンに向けて下さい。そして私たちを祝福してください」

 

  息子はムルリダールと名づけられた。その後、二人(バスカールとディンカール)が生まれた。サパトネカール夫妻はババの言葉は必ず真実になり、成就するのだと悟った。

スリ・サイに頭を垂れよ - 皆に平安が訪れますように


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シルディ・サイババ(サパトネカール)

2011-10-24 | シルディ・サイババ

  サパトネカール氏は試験に合格し、アッカルコットに定住して弁護人として開業した。この10年後の1913年、彼は喉の病で一人息子を亡くした。この出来事に彼はひどく悲しんだ。彼は救いを求めてパンダルプールやガンガプールなど聖地を巡礼して回った。だが彼は心の平安を得ることができなかった。

そこで彼はヴェーダンタを読んだが、これも助けにはならなかった。しばらくして、彼はシェヴァデ氏がババを信頼しているという言葉を思い出し、自分もシルディに行ってババに会うべきだと思った。彼は弟のパンディトラオと一緒にシルディに行き、遠くからババを見て非常に喜んだ。彼がババの近くへ行ってひれ伏し、信仰の心を込めてババの前にココナツを置くと、ババはすぐに叫んだ。

「出て行け!」サパトネカールは頭を下げたまま後ろに下がり、脇に座った。彼はどうすればよいのか助言をくれる人に相談をしたいと思った。誰かがバラ・シンピの名前を挙げた。サプトネカールは彼に会って助けを求めた。彼らはババの写真を買い、それを持ってマスジッドへ行った。バラ・シンピはババの写真を手に持って、それをババに渡して、これは誰の写真かと尋ねた。

ババは、サパトネカールを指差しながら、これは彼の愛しい人だと言った。こう言うとババは笑って、他の人々も笑った。バラはなぜ笑ったのかをババに尋ね、サパトネカールに前に出てきてダルシャンを受けるように手招きした。サパトネカールがひれ伏し始めると、ババは再び「出て行け!」と叫んだ。サパトネカールはどうしてよいか分からなかった。そこで彼らは手を繋ぎ祈りながらババの前に座った。

結局ババはサパトネカールにすぐに出て行くように命令した。二人共悲しくなって落胆した。ババの命令には従わなくてはならなかったので、サパトネカールは重い心でシルディを去り、次はダルシャンを受けることを許されますようにと祈った。


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シルディ・サイババ(シェヴァデ氏)

2011-10-24 | シルディ・サイババ

  アッカルコット(ソラプール地区)のサパトネカール氏は法律を学んでいた。生徒仲間のシェヴァデ氏はそこで彼に出会った。他の生徒たちと一緒になって、彼らは自分たちの書き取ったノートを比べていた。彼らの間で質疑応答をするうちに、シェヴァデ氏が最も試験の準備ができていないことが分かった。

そこで生徒たちは皆彼をあざ笑った。だが彼は準備はできていないが、サイババが側にいて助けてくれるから、自分は間違いなく合格すると言った。サパトネカール氏はこれを聴いて驚いた。彼はシェヴァデ氏を脇に連れて行って彼に尋ねた。「そんなにえらく誉めそやすサイババとは誰なんだ?」彼は答えた。

「シルディ(アーメドナガール地区)のマスジッドに住んでいるファーキルさ。彼は偉大なサトプルシュだ。他にも聖者はいるだろうけど、この方は比類のない方だ。たくさんの徳が積まれていなければ、彼に会うことはできない。私は完全に彼を信じているし、彼が言うことが真実にならないことは決してないのさ。彼は私に、来年は必ず試験に通ると保証してくれたから、私は彼の恩寵で最終試験に合格する自信があるんだ」サパトネカール氏は友人の自信を笑い、彼とババを馬鹿にした。


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シルディ・サイババ(サッドグルの証)

2011-10-24 | シルディ・サイババ

第四十八章

帰依者の大惨事を防ぐ

(1)シェヴァデの物語、(2)サパトネカールの物語

本章の叙述に取り掛かる際に、誰かがヘマドパントにサイババはグルなのかサドグルなのかと尋ねた。この質問に答えるために、ヘマドパントはサドグルの証とはどんなものか、次のように述べている。

 

サドグルの証

  ヴェーダやヴェーダンタ、6つのシャーストラ(体系)などを教える者、呼吸を制御し、自分の肉体にムードラ(ヴィシュヌの武器の金属の刻印)で焼印を押したり、ブラフマンに関して満足のいく論説を述べる者、弟子にマントラを授け特定の回数唱えるように指示するが一定の時期に結果が出るとは保証しない者、膨大な知識によって究極の原理を美しく説明するが、自身の経験がなく自己認識に到達していない者は、サドグルではない。

そうではなく、その論説によって、私たちの中にこの世の喜びを嫌悪する気持ちを生じさせ、次には私たちに自己認識の味わいを与えてくれ、(自己認識の)論理的、実際的な知識に精通している者こそサドグルと呼ばれるに値する。自身に自己認識が欠けている者がどうして弟子を導くことができようか?サドグルは夢の中ですらも、弟子から何らかの奉仕や利益を得ようなどと期待したりしない。

それどころか彼は弟子たちに奉仕したいと願う。彼は自分が偉大だとは考えず、取るに足らない弟子だと思っている。彼は弟子を自分の息子のように愛しているが、弟子のことを彼自身と同等にブラフマンとして見ている。サドグルの主な特徴は、平安の中に留まっているということだ。彼は決して不安になったり、感情を掻き乱したりしない。彼は知識があることを誇りに思わない。富める者も貧しい者も、小さな者も大きな者も、彼にとっては同じである。

 

  ヘマドパントは彼の過去世で徳を積んだお陰で、サイババというサドグルに出会い祝福を受けるという幸運に恵まれたのだと思っている。若い時でさえも、ババは何の蓄えも持たなかった(恐らくチルム以外には)。彼には家族もなく、友も、家も、何の支援もなかった。18歳を過ぎると、彼は驚くほど心の制御を完璧にできるようになっていた。彼は人里離れた場所に怖れることなく住み、常に自己の中に留まっていた。

帰依者たちの純粋な愛情を見て、彼はいつも彼らの為に行動した。つまり彼はある意味で帰依者に従属していたのである。彼が肉体に生きていた間に帰依者たちに与えた経験は、彼がマハサマディに入った後の今でさえも、彼を慕う人々は感じることができる。帰依者がしなくてはならないことは、信頼と信仰というハートのランプを手入れすること、そして愛の芯でこれを燃やすことだ。

それが出来たとき、知識の炎(自己認識)が燃え上がって明るく輝くことだろう。愛のないただの知識は乾いていて、誰も欲しがらない。愛が無ければ満ち足りることはないのだから、私たちは壊れることの無い無限の愛を持たなくてはならない。愛についてどのように讃えればよいだろう?愛の前では全てのものが取るに足らない。愛がなければ、読書をしても、論説を聞いても、学んでも、役に立たない。愛に目覚めていれば、信仰や平静さや平安や解脱があらゆる財宝を携えてやってくる。私たちが愛に目覚めていない限り、何に対する愛も感じることはない。

本当に切なる想いのある所に、神は自身を顕現する。愛は神の一部であり、解脱の手段である。

 

  さて、本章の主題に戻ろう。人は純粋な心で本物の聖者の所へ行かなくてはならず、そうでないとしても(詐欺行為だとしても)、聖者の足を掴んでしまえば、最終的には彼は必ず救われるのだ。これが次に描く物語である。

 


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シルディ・サイババ(教訓)

2011-10-24 | シルディ・サイババ

  この物語の教訓は、人は自分が蒔いた結果を収穫しなくてはならず、本人が苦しみ、他者との古い負債や取引を清算しない限り、その結果から逃れることはできないということだ。また金銭欲は強欲な人間を最低のレベルに貶め、結果として本人と他者に破滅をもたらすということである。

スリ・サイに頭を垂れよ - 皆に平安が訪れますように


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シルディ・サイババ(蛇とカエル)

2011-10-24 | シルディ・サイババ

  サイババは言った。「ある朝、朝食の後に散歩をしていると、小さな川岸に出た。私は疲れていたので、そこで休んで、手と足を洗い、沐浴をして再び元気になった。そこには木陰に隠れて足跡と荷車の跡があった。そよ風が優しく吹いていた。私がチルムを吸う支度をしていると、カエルの鳴き声が聴こえた。

 

火打石を叩いて火をつけていると、旅人が現れて、私の隣に座り、頭を下げて丁寧に食事と宿を提供するので自分の家に来ないかと私を招いた。彼はパイプに火をつけて、私に渡した。再びカエルのガーガーという鳴き声がして、彼は何事かと興味を持った。私は彼に、カエルが自分のカルマの苦い結実を味わって、困っているのだと話した。私たちは自分たちが過去世で蒔いた種の果実を収穫しなくてはならない。今、それについて泣いても無駄なのだ。

 

そこで彼はパイプを吸ってからそれを私に渡すと、自分が行って見てくると言った。私はカエルが大きな蛇に捕まって泣いているのだと言った。両方とも過去世でひどく邪悪な行いをし、そのときの行動の結実を現在の姿で収穫しているのだ。彼が行って見ると、大きな黒い蛇が口に大きなカエルを捕まえていた。

 

  彼は私の処へ戻ってきて、10分かそこらでカエルは蛇に食べられてしまうと言った。私は言った。「いや、そうはならない。私は父(守護者)であり、今私がここにいるのだ。どうして蛇が食べることを許すだろうか。私は無駄にここにいるのだろうか?行って、私が逃がしてやる様を見てみなさい」

 

  もう一度パイプを吸うと、私たちはその場所へ行ってみた。彼は怖がって、蛇が自分たちを襲うかもしれないから、それ以上進まないようにと私に言った。彼の言葉は気にせずに、私は先へ進み、生き物たちに話しかけた。「おお、ヴェーバドラッパ、君の敵のバサッパは後悔していなかったかね?彼はカエルに生まれてしまったが、君だって蛇に生まれた。それなのにまだ彼と激しく敵対しているのかね?自分を恥じて、憎しみを捨て、安らかになりなさい」

 

  この言葉を聴いた蛇は、素早くカエルを放し、河の中へ逃げ込んで消えてしまった。カエルもまた飛び上がって、小枝の陰に隠れてしまった。

  

  旅人は大変驚いた。彼はどうして蛇がババの言葉を聴いてカエルを落として消えたのか理解できなかった。ヴェーバドラッパとは誰のことだ?バサッパとは誰だ?彼らの対立の原因は難だったのか?私は彼と共に木の根元に戻り、また数度パイプを吸ってから、全ての謎について説明した。

 

  私の住処から4,5マイルのところにマハデヴ(主シヴァ)の寺院によって聖別された古代の神聖な場所があった。寺院は古く荒廃していた。そこの住人は修復の基金を集めていた。多額の金が集まると、礼拝の手配がされ、修復の見積案が提示された。裕福な地元の男が会計係に指名され、全ての作業が彼に任された。彼は普通口座を作って、全ての取引を公正に行おうとしていた。

だが彼は第一級のけちん坊だったので、修復にはほんのわずかな費用しか使わず、そのため修復はなかなか進まなかった。彼は基金の全額を自分の為に使って、自分の財布からは全く金を出さなかった。彼は口がうまく、非常に狡猾であったので、工事が遅々として進まないことについてはもっともらしい説明を並べていた。人々は再び彼の元へ行き、彼が手を貸して最善を尽くしてくれない限り、工事は終わらないと述べた。人々は事業計画を立てるように彼に求め、再び寄付金を集めて彼に送った。彼はそれを受け取ったが、前と同じように工事に金は出さず黙っていた。

数日後、神が彼の妻の夢に現れて言った。「さあ、寺院の丸天井を造りなさい。そうすればお前の使った金額の百倍を与えよう」彼女はこのヴィジョンのことを夫に話した。彼は自分が出費を迫られるのではないかと危惧したが、結局はその話を笑い飛ばして、それはただの夢だから従う必要などない、そうでなければなぜ神は自分の夢に現れて直接そのことを告げなかったのか?自分と妻は遠く離れていたのか?と言った。これはなんだか夫と妻の間に悪感情を創り出すための悪夢のように見える。彼女は黙っているしかなかった。

 

  神は寄贈者の願いに反して集められた多額の寄付金を好まず、たとえわずかでも愛と信仰心と感謝で与えられた金を好む。数日後、再び神は彼女の夢に現れて言った。「夫や金集めのことであなた自身が悩むことはない。寺院のために金を使うように夫を急き立てなくてよい。私が求めるのは献身と信仰だ。だからあなたが望むなら、あなた自身の物を何か差し出しなさい」彼女はこのビジョンのことを夫に相談して、彼女の父親にもらった装飾品を神に捧げることにした。

 

けちん坊の夫は困惑して、この装飾品で神をもあざむいてやろうと思った。彼は装飾品を1000ルピーと安く値踏みして彼自身が買い、金の代わりに寄付か担保として不毛の土地を神に差し出すことにした。妻はこれに同意した。その土地は彼のものではなく、ドゥバキという貧しい女性の所有で、彼女はそれを抵当に彼から200ルピーを借りていた。彼女は長い間弁済ができないでいた。そこで狡猾なけちん坊は彼の妻もドゥバキも神さえも欺いたのだ。土地は痩せていて未開墾で、何の価値もなく、収穫の時期にさえも何の作物もできなかった。

 

  そこでこの取引は完了し、その土地は貧しい僧侶に譲られ、彼はこの寄付を喜んだ。しばらく後、奇妙なことが起こった。ひどい嵐があって土砂降りの雨になった。けちん坊の家に落雷があって、彼と妻が二人共亡くなったのだった。ドゥバキもまた息を引き取った。

  

  次の人生で、この裕福なけちん坊はマトゥラでブラーミンの家庭に生まれ、ヴィーバドラッパと名づけられた。彼の信心深い妻は寺院の僧侶の娘に生まれ、ゴウリと名づけられた。ドゥバキは、寺院のグラヴ(召使)の家庭に男性として生まれ、チェンバサッパと名づけられた。この寺院の僧侶は私の友人だった。彼はよく私のところへ来て、お喋りをしたりパイプを吸ったりした。彼の娘のゴウリもまた私に帰依していた。彼女は早く成長し、父親は彼女のために良き伴侶を探した。私は花婿が自分で彼女を探しに来るから心配はいらないと彼に告げた。

それからヴェーバドラッパという憐れな少年は、彷徨ってパンを乞い求めて僧侶の家にやってきた。私の承諾で、ゴウリは彼と結婚した。私がゴウリとの結婚を薦めたので、彼も最初は私に帰依していたが、後にけちん坊になった。新しい人生でも彼は金に飢えており、家庭人だったため私にお金のことで助けを求めてきた。

 

  奇妙なことが起こった。突然物価が高騰したのだ。ゴウリの幸運のお陰で、土地にはいい買い手がつき、100万ルピー(彼女の装飾品の100)で売れた。半額が現金で支払われ、残りは2000ルピーずつ25回に分割して支払われることになった。この取引には全員が同意したが、金のことで争いが始まった。彼らは私の処へ相談にやってきた。私は、土地は神のもので僧侶に帰属しており、ゴウリは彼の唯一の女子相続人で所有者であり、彼女の同意なしに一銭たりとも使用してはならない、また彼女の夫にもその金には何の権限も無いと彼らに告げた。

私の意見を聞いたヴェーバドラッパは怒って、私がゴウリの権利を主張するのは、彼女の財産を着服したいからだろうと罵った。彼の言葉を聴いた私は神を思い浮かべて黙っていた。ヴェーバドラッパは妻を叱りつけ、彼女は正午に私のところへやってきて彼の言葉は気にしないで欲しいと言い、私はあなたの娘だから見捨てないでくれと私に懇願した。彼女は私の保護を求めてきたので、私は7つの海を越えて彼女を助けると誓った。するとその夜、ゴウリはヴィジョンを見た。マハデヴが彼女の夢に現れて言った。「金は全部あなたのものだ。誰にも一銭も与えてはならない。金はチェンバサッパと相談して寺院に関わる出費に使いなさい。もしも他の用途に使いたいと思うときは、マスジッドのババに相談しなさい」ゴウリはヴィジョンのことを私に告げ、私は彼女に適切な助言をした。私は彼女に、元金は彼女自身が取り、金利の半分はチェンバサッパに与えるように、そしてヴィーバドラッパはこの件には関係が無い旨を伝えた。私がそのことを話している間に、ヴェーバドラッパとチェンバサッパはやってきて言い争いをしていた。私は彼らを宥めようと最善を尽くし、ゴウリの見た神のヴィジョンについて彼らに話した。ヴェーバドラッパは激昂してチェンバサッパを殺して八つ裂きにしてやると脅した。チェンバサッパは怯えて、私の足を掴んで助けを求めた。私は彼を敵の憤怒から救うことを自分に誓った。そしてしばらくすると、ヴェーバドラッパは死んで蛇として生まれ、チェンバサッパは死んでカエルになって生まれた。チェンバサッパの泣き声を聴いた時、私は自分の誓いを思い出して、ここへやって来て彼を助け約束を守ったのだ。神は危機に瀕する帰依者を助けるために奔走するのだ。神は私をここに送ることでチェンバサッパを救った。全て神のリーラであり、彼のおふざけなのだ」


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