癒しの森 湯布院(仙人の健康相談室)  


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シルディ・サイババ(ムンバイのラムラル・パンジャビ)

2011-10-13 | シルディ・サイババ

ある時、ムンバイのパンジャビ・ブラーミン(パンジャブ州、古来のサラスヴァティ河土手を発祥とするブラーミン宗派)のラムラルの夢にババが現れて、シルディに来るように告げた。ババはマハント(聖者)として彼の前に現れたが、彼はババがどこにいるのかを知らなかった。

 

彼は聖者に会いに行かなくてはと思ったが、所在が分からないので、どうすればよいか分からなかった。だが彼の元へ招いたからには、聖者は必要な手はずも整えるのだ。この場合にもそれが起きた。その日の午後、彼が通りを散歩していると、店にババの絵があるのを見た。彼が夢で見た聖者の姿はその絵とそっくりだった。そこで尋ねてみると、その絵はシルディのサイババであることが分かった。この後彼はすぐにシルディに行き、死ぬまでそこに滞在したのであった。

 

  このようにしてババは帰依者たちをダルシャンに引き寄せ、彼らの魂と同様にその願いや物質的な願望も満たしたのであった。

 

スリ・サイに頭を垂れよ - 皆に平安が訪れますように


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シルディ・サイババ(ラハタのクシャルチャンド)

2011-10-13 | シルディ・サイババ

私たちが朝の非常に早い時間に、意識の目覚めた状態で見る夢は一般的に現実になると言われている。これがその通りであるとしても、ババの夢に関しては時間の制限はない。例を挙げよう。ある日の午後、ババはカカサヘブ・ディクシットにラハタへ行って、クシャルチャンドをシルディに連れてくるように言った。

 

ババは久しく彼に会っていなかったからである。カカサヘブは言われた通りトンガに乗ってラハタへ行った。彼はクシャルチャンドに会い、ババの伝言を伝えた。これを聞くとクシャルチャンドは驚き、彼が昼食の後昼寝をしていたら夢にババが現れて、すぐにシルディに来るようにと告げたので、彼も行きたいと思っていた所だったと言った。彼は自分の馬を持っていなかったので、彼はそのことを伝えに息子をババのところへ行かせた。

 

息子がちょうど村境を出た所で、ディクシットのトンガが現れたのだった。ディクシットは、彼を迎えに行くよう特別に遣わされたのだと言った。そこで彼らはトンガに乗ってシルディに戻った。クシャルチャンドはババに会い、皆喜んだ。ババのリーラを目の当たりにして、クシャルチャンドは大変感動したのだった。


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シルディ・サイババ(シャマの誓い)

2011-10-13 | シルディ・サイババ

カカジがシルディを訪ねようと考えている時、彼をシルディまで連れて行くべく客がやってきた。それは誰あろう、ババに非常に近く懇意にしている帰依者のシャマその人であった。この時彼がどのようにしてヴァニにやってきたのか見てみよう。シャマは若い頃酷く病弱で、彼の母親は家族の守護女神であるヴァニのサプタシュリンギに、もし息子が良くなったら彼を連れてきて女神の足元に彼を捧げるという誓いを立てていた。それから数年後、彼女自身が胸の白癬をひどく患う事になった。その時彼女は女神に別の誓いを立てた。

 

もし彼女が良くなったら、女神に二つの銀製の乳房を捧げるというものだった。これら二つの誓いは未だ果たされないままであった。彼女は死の床で息子のシャマを呼び、誓いを覚えているよう言った。そして彼から誓いを守るという約束を取り付けると、彼女は息を引き取ったのであった。その後シャマはその誓いを忘れてしまい、30年ほどが過ぎた。その頃有名な占星家がシルディにやってきて、一ヶ月滞在した。シュリーマン・ブティとその他の者に対する彼の予言は的中し、皆満足した。シャマの弟のバパジが相談をしたところ、彼の兄が母親の死の床で果たすと約束した母の誓いがまだ果たされていないと告げた。そして女神はそのことで立腹しており、彼らに災いがもたらされようとしていると言

 

った。バパジはこのことを兄のシャマに伝え、シャマはようやく果たされていない誓いのことを思い出したのだった。これ以上遅れては危険だと思い、彼は金細工師を訪ねて銀の乳房の製作を依頼した。それから彼はマスジッドへ行ってババの前にひれ伏すと、彼の前に2つの銀製の乳房を置き、それを受け入れて彼を誓いから解放してくれるよう求めた。

 

彼にとってはババこそが女神サプタシュリンギであったからである。だがババは彼自身がサプタシュリンギ寺院へ行って、女神の足元にそれを捧げてくるようにと言った。そこでババの許可とウディを得て、彼はヴァニへ向かい、寺院の僧侶を探していてカカジの家にたどり着いたのであった。カカジは大変ババに会いたがっており、シャマはまさしくその時彼を訪ねたのである。なんと素晴らしい偶然であろうか!

 

  カカジは彼が誰でどこから来たのかを訪ね、彼こそがシルディから来たということを知ると、その場で彼を抱きしめた。愛の感情に圧倒されたのである。それから彼らはサイ・リーラについて話し、シャマの誓いの儀式を終わらせた後、二人でシルディに向かった。シルディに到着すると、カカジはマスジッドへ行きババの足元にひざまずいた。彼の目は涙でいっぱいになり、心は落ち着きを取り戻した。

 

女神のヴィジョンに従って彼はすぐにババを訪れ、彼の心は平安を取り戻し、穏やかに満たされたのだった。カカジは心の中で考え始めた。「これはなんと素晴らしい力であろう!ババは一言も喋らず、質疑応答もなく、祝福の言葉も発せられていないというのに、ダルシャンを受けただけで私は強力に幸福へ導かれ、心の不安は消えて、喜びの意識が訪れた - これが所謂ダルシャンの偉大さなのか」彼の視線はサイの足元に固定され、一言も発しなかった。ババのリーラを聞くと彼は際限なく喜んだ。彼は完全にババに自らを委ね、不安や心配を忘れ、純粋な幸福を得た。彼はそこで幸福に12日間滞在し、ババにいとまごいを告げてから、ウディと祝福を得て家路に着いた。


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シルディ・サイババ(カカジ・ヴァイディヤ)

2011-10-13 | シルディ・サイババ

ナシク地区にカカジ・ヴァイディヤという男が住んでいた。彼は女神サプタシュリンギを礼拝する僧侶であった。彼は逆境や苦難に耐え切れなくなって、心の平安を失くし不安になっていた。そんなある夜、彼は女神の寺院へ行き、心の底から彼女に祈りを捧げ、自分を困難から自由にしてくれるよう乞い願った。

 

女神は彼の信仰心を喜び、その夜彼の夢に現れてこう言った。「ババの元へ行きなさい。そうすればあなたの心は穏やかに満たされるでしょう」カカジはババとは誰のことか彼女から聞きたかったが、彼が説明を受ける前に目が覚めてしまった。そして彼は、女神が言っていたババとは誰のことなのか考え始めた。しばらく考えて、ババとはトリヤンバケシュワール’(主シヴァ)のことだろうと分析した。

 

そこで彼は聖地トリヤンバク’(ナシク地区)に行き、そこに10日間滞在した。この間、彼は早朝に沐浴し、ルドラの聖歌を唱え、アビシェーカ’(ピンディに新鮮な水をかけること)を行い、その他の宗教的儀式を行ったが、それをもってしても彼は以前と同様落ち着かなかった。そこで彼は自分の家に戻り、再び女神に向かって哀れな様子で懇願した。その夜彼女は再び彼の夢に現れて言った。「なぜあなたはトリヤンバケシュワールなどに行ったのですか?私が言ったのは、シルディのババ、スリ・サイナスのことですよ」

 

  今回のカカジの質問はこうだった。「シルディにはどうやっていつ行けばよいのですか?どうすればババに会えるのですか?」もし誰かが熱心に聖者に会いたいと望むのであれば、聖者だけでなく神が彼の願いを叶えてくれる。実際、聖者と神は一つで同じものであり、両者の間には何ら違いがない。もし誰かが自分自身の願いを叶えるために聖者に会いに行こうと考えるのなら、それはただ自慢話にしたいからに過ぎない。聖者が意図しない限り、誰も彼に会うことはできない。

 

木の葉ですらも彼の命令なしには動くことはないのだ。バクタが聖者に会いたいと願えば願うほど、その信仰心は強まり、彼の願いはより速く効果的に心行くまで叶えられるのである。自分の元を訪れるよう招いた後は、彼を受け入れるべく全ての手はずを整える。カカジの場合にもそうであった。

 


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シルディ・サイババ(第三十章 前置き)

2011-10-13 | シルディ・サイババ

慈悲の住処であり、帰依者に愛情深い、優しいサイに頭を下げよう。彼はダルシャンのみで、帰依者の世俗の幻影(サンサール)による恐れを取り去り、苦難を打ち砕いてくれる。そもそも彼はニルグン(無形)であるが、彼のバクタたちの信仰の為に彼は形を取ってくれたのである。バクタたちの解脱や自己認識を与えることが聖者の使命であり、最高の聖者であるサイにとってその使命は避けられないものである。

 

彼の足に避難する人々の罪は打ち砕かれ、彼らは確実に進歩するのだ。彼の足を思い浮かべて、ブラーミンたちは聖なる土地から彼の元へやって来て、彼の前で聖典を読みガヤトリマントラを唱える。弱く、何の取り柄もない私たちはバクティの何たるかを知らないが、他の全ての人が去ってもサイだけは私たちを見捨てないということをよく知っている。彼が祝福した者たちは計り知れない強さを手に入れ、非現実と現実と知識を区別するようになる。

 

  サイは帰依者の望みを全て知っていて同時にそれを叶えてくれる。だから帰依者たちは望むものを手に入れ感謝するのだ。だから私たちは彼に救いを求めその前にひれ伏すのだ。私たちの欠点を全て忘れ、彼にあらゆる心配事から私たちを自由にしてもらおう。苦難を乗り越えようとサイを思い浮かべ祈る者は、彼の恩寵で心の平安を得るだろう。

 

  慈悲の大海であるサイはヘマドパントに恩恵を与え、その結果が本書サイ・サッチャリタである。そうでなければどんな資格で彼はこの仕事を為しえたというのか?だがサイが全ての責任を負ったので、ヘマドパントは負担に感じることもなく、心配をすることもなかった。知識の力強い光が彼の言葉とペンに霊感を与えている時に、彼が疑いを持ったり不安に感じる必要がどこにあるだろう?サイは彼が成し遂げたこの本の執筆という形の奉仕を受け取った。これは彼の過去世での功徳によるもので、彼は自分が幸運で祝福されていると考えている。

 

  次の物語は単なるお話ではなく、純粋な甘露である。それを飲んだ者はサイの偉大さと彼があまねく遍在していることを理解するであろう。これについて議論したり批判したい向きは本書を読むべきではない。ここで求められているのは議論ではなく、究極の愛と信仰心である。博学で信仰深い信者たち、または自らを聖者の僕であると考える人々は、こうした物語を好み評価するが、そうでない人々はただの作り話だと考えるだろう。幸運なサイのバクタたちはサイのリーラがカルパタル(願いの叶う木)だと知るだろう。サイ・リーラの甘露を味わうことで、無明のジヴァには解脱が、家長には満足が、大望を抱く人にはサーダナが与えられるだろう。それでは本章の主題に入ってゆこう。

 


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シルディ・サイババ((4)ワマン・ナルヴェカール)

2011-10-13 | シルディ・サイババ

さてここで読者には別の物語を読んで戴こう。ワマン・ナルヴェカールという紳士はババを大変に愛していた。彼はあるときルピーを持っていった。

 

ルピーの片面にはラーマと、ラクシュミ、シータの彫刻がされており、反対の面には手を組み合わせているマルティの姿が彫刻されていた。彼はこれをババに捧げながら、ババが触れて聖別されたルピーをウディと共に返して欲しいと願っていた。だがババはすぐさまルピーをポケットに入れてしまった。

 

するとシャマはワマンラオの意向についてババに話し、返してやって欲しいと求めた。するとババはワマンラオの前でこう言った。「なぜ彼に返さなくてはならないのかね?これは私たちのものだ。もし彼が25ルピー払うなら、返してやろう」そこで1ルピーの為に、ワマンラオは25ルピーを集めババの前に置いた。

 

するとババは言った。「そのルピーの価値は25ルピーを遥かに超えるものだ。シャマ、このルピーを持って行って保管しておきなさい。このルピーは君の祭壇に置いて礼拝しなさい!」なぜババがこんな奇妙な行動をしたのか、ババに尋ねる勇気のある者は誰もいなかった。彼はただ皆それぞれにふさわしい最適な方法があることを知っていたのである。

 

スリ・サイに頭を垂れよ - 皆に平安が訪れますように


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シルディ・サイババ(聖別されたルピー)

2011-10-13 | シルディ・サイババ

ある時ハテ大佐は、ババが触れて聖別されたルピーを家に置きたいと願った。彼はシルディに向かう友人に出会った。そこでこの友人に彼はルピーを託した。友人はシルディに行き、いつもの通り敬礼を済ませると、まず自分のダクシナをババに渡した。それから彼はハテのルピーを渡すと、ババはそれを手に取りじっと見つめ始めた。彼はそれを自分の前で握り、右手の親指で放り投げ遊び始めた。

 

それからババは友人に言った。「これをウディのプラサドと一緒に持ち主に渡しなさい。私は彼には何も要求しないから、平安に満足して生きるように、彼に伝えなさい」友人はグワリオールに戻り、聖別されたルピーをハテに手渡しして、シルディで起こったことの全てを彼に話した。ハテはこれを聴いて大変喜び、ババは常に善い考えを鼓舞してくれるのだと理解した。

 


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シルディ・サイババ((3)ハテ大佐)

2011-10-13 | シルディ・サイババ

ビカネールに滞在していたハテ大佐はババの熱心な帰依者だった。ある時ババは彼の夢に現れて言った。「私を忘れたかね?」ハテはすぐにババの足を掴んで答えた。「もしも子供が母親を忘れたら、子供はどうやって命をつなぐのでしょう?」それから彼は庭に出て、新鮮なwalpapadiの野菜を摘み、シダ’(ギー、小麦粉、豆等)とダクシナを用意して、それら全てをババに捧げようとしていたのだが、目が覚めたとき全部が夢だったと知った。それから彼はその全てをシルディのババに送ろうと決めた。数日後彼がグワリオールへ来た時、12ルピーの郵便為替を友人に送り、2ルピーでシダの材料とwalpapadiを買い、10ルピーのダクシナと共にババに捧げてくれるよう依頼をした。

 

友人はシルディへ行って言われた通りの物を買ったが、walpapadiは手に入らなかった。しばらくして、女性が手にカゴを持って現れたのだが、興味深いことにそのカゴにはwalpapadiがたくさん入っていた。彼はそれを買い、こうして全ての材料が揃うと、ハテ大佐の名前でババに捧げられた。ニモンカール氏は翌日ナイヴァイディヤ’(米とwalpapadi)を用意して、同様にこれをババに捧げた。皆が驚いたことに、ババは食事の間walpapadiだけを取って食べ、米やその他のものには手を触れなかった。このことを友人から聞いたハテの喜びはたとえようもなかった。

 


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シルディ・サイババ((2)テンダルカール家)

2011-10-13 | シルディ・サイババ

バンドラ(ムンバイ郊外)にテンダルカール一家が住んでおり、家族全員がババに帰依していた。サヴィトリバイ・テンダルカール夫人は、800のアバンガス(ヴィットバを称えた宗教的な詩)とパダス(韻律の形式の詩)を掲載し、ババのリーラをも描いた”Shri Sainath Bhajan Mala”というマラティ語の著書を出版していた。

 

これはババに興味のある人々には読む価値のある本だった。息子のバブ・テンダルカールは医学試験を受けるために、昼夜を問わず猛勉強に励んでいた。彼は幾人かの占星家に相談した。彼のホロスコープを調べた所、その年は星の位置が思わしくないので、来年試験を受ければ必ずうまくいくだろうと言った。

 

この見立ては彼に暗い影を落とし、彼は不安になった。数日後、彼の母はシルディへ行きババに会った。彼女は数日後に試験を受ける息子の様子が暗く不機嫌であると述べた。これを聴いたババは彼女に言った。

 

「息子に私を信じるように伝えなさい。ホロスコープや占星家や手相見の見立ては忘れて、勉強に励むようにとね。心を落ち着けて試験に臨むようにさせなさい。彼は今年必ず受かるから。彼に私を信じて、元気を出すようにと伝えなさい」母は自宅に戻り、ババの伝言を息子に伝えた。そこで彼は懸命に勉強をし、試験に臨んだ。筆記試験は良くできたものの、疑いの念が襲い掛かってきて、合格するには及ばないのではないかと思った。それで彼は口述試験を受ける気にならなかった。

 

だが試験管が彼を追いかけてきた。試験管は同輩の生徒を通して、彼は筆記試験に合格しているから、口述試験を受けたほうがいいと伝えてきたのだ。息子はこれに勇気付けられて、口述試験を受け、これも見事にこなした。そして星は彼には不利な配置であったにもかかわらず、彼はババの恩寵でその年の試験に合格した。

 

ここで特筆すべき点は、私たちを取り囲む疑いや苦難はただ私たちを動かし、信仰を確信するためにあるということだ。私たちは試されているのだ。もし私たちが完全な信仰心を持ってただババにしっかりとつかまって、頑張り続けてさえいれば、私たちの努力は必ず成功をもって報われるだろう

 

  この少年の父親ラグナトラオは、ムンバイのある外資系商社に勤めていた。年を取るにつれて、彼はきちんと仕事をこなせなくなり、休暇を取って養生しなくてはならなくなった。休暇の期間に体調が回復しなかったので、休暇の延長か早期退職かの選択に迫られた。会社の経営陣は彼が老齢で勤務態度も良かったことから、恩給を出して退職させることにした。

 

ここで問題になるのは支給される恩給の金額であった。彼は一ヶ月に150ルピーの給与を得ていたので、半分の75ルピーの恩給では家族を養うのに充分ではないと思われた。そこで彼らは皆この件で頭を悩ませた。最終的な決断がされる15日前に、ババがテンダルカール夫人の夢に現れて言った。「私は100ルピーに決まるといいと思うが、それで満足かね?」彼女は答えた。「ババ、なぜ私に尋ねるのですか?私たちはあなたを完全に信頼しています」ババは100ルピーと言ったが、特別なケースとして彼は10ルピー上乗せされて、110ルピーを支給されることになった。バクタたちに対してババはこのような素晴らしい愛と気遣いを示したのであった。

 


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シルディ・サイババ(素晴らしいヴィジョン)

2011-10-13 | シルディ・サイババ

このようなことが起きていた時、夫はある晩おかしな夢を見た。彼は大都市にいて、警官が彼を逮捕して手に縄をかけ、彼を檻に入れたのだった。警官が彼の手を強く縛っている時、彼は檻の外で静かに立っているサイババを見た。

 

とても近くでババを見て、彼は悲しげな声で訴えた。「あなたの名声を聞いて、私はあなたの足元に助けを求めたのに、なぜ私が不幸に見舞われるのですか?あなた自身がそこに立っているのに」ババは言った。

 

「お前は自分の行為の結果に苦しまなければならないのだ」彼は言った、「私は今までの人生で自分にこんな不幸が降りかかるような事は何もしていません」ババは言った、「この人生でないなら、過去世で何か罪を犯したはずだ」彼は答えた、

 

「過去世のことは何も分かりませんが、何か罪を犯したのだとして、なぜ火の前に乾燥した草を置いたときのように、あなたの前にいながら私の罪は燃えて破壊されてしまわないのですか?」ババ、「君はそれだけの信仰を持っているのかね?」彼、「はい」ババは彼に目を閉じるように言った。彼が目を閉じるやいなや、何かがドスンと落ちてくる音を聴いて目を開けてみると、彼は自由の身になっていて警官が血を流して倒れているのを見た。

 

彼はとても怖くなってババを見た。ババは言った、「さあ、君は捕らわれの身だ。警官が来て君を逮捕するだろう」すると彼は乞い願った。「あなた以外に救い主はいません。とにかく私を助けて下さい!」するとババは再び彼に目を閉じるように言った。

 

彼がそれに従って、再び目を開けると彼は檻から出て自由になっており、ババが隣にいた。彼はババの足にひざまずいた。するとババは彼に尋ねた。「今のナマスカールと以前のとでは何か違いがあるかね?よく考えて答えてみなさい」彼は言った。「大きな違いがあります。私の以前のナマスカールはあなたからお金をもらう目的で為されたものですが、今のナマスカールは神であるあなたに捧げられたものです。その上以前は、イスラム教徒であるあなたが、ヒンドゥー教徒である私たちをダメにしていると憤慨していました」ババ、「君はイスラム教の神を信じていないのかね?」彼は言った。「信じていません」するとババは言った。

 

「君は家にパンジャ(手の象徴)を置いて、イスラム教の祭典であるタブートで礼拝していないかね?それに君の家にはカドビビという別の神もいるが、結婚式やその他の祭典の時に君は彼にひれ伏して供物を与えたりしているではないか。違うかね?」彼はその全てを認めた。そこでババは言った。

 

「これ以上何が欲しいんだね?」そこで彼の心には彼のグル・ラムダースのダルシャンを受けたいという願いが沸き起こった。するとババは彼に振り向いて見るように言った。そこで彼が振り向くと、なんと、彼の前にはラムダースがいた。彼がその足元にひざまずくや否や、グル・ラムダースは消えてしまった。そこで彼は好奇に満ちてババに尋ねた。「あなたは年老いて見えますが、おいくつですか?」ババ、「なんと!私が年老いていると言うのか!では私と競争してみなさい!」こう言うとババは走り出し、彼はその後を追った。ババは自らが起こした砂煙の中に消えてしまい、そこで男は目を覚ました。

 

  目を覚ますと、彼は夢で見たことについて真剣に考え始めた。彼の心の態度はすっかり変わってしまい、ババの偉大さを悟った。疑い深い傾向はなくなり、ババの御足への本物の信仰心が彼の心に降りてきた。ヴィジョンはただの夢だったが、そこでの質疑応答は非常に重要で興味深かった。

 

翌朝、皆がアーティのためにマスジッドに集まっているとき、ババは彼にプラサドとして2ルピー相当の砂糖飴を与え、またポケットから2ルピーを取り出して与え、彼を祝福した。ババはもう数日彼をそこに滞在させ、祝福を与えて言った。「アラーは君に充分に与え、あらゆる善を為すだろう」彼はもう金銭はもらわなかったが、はるかに素晴らしい物、すなわちババの祝福を受け取り、それはずっと彼の役に立ったのであった。

 

一行はその後たくさんの金銭を手に入れ、巡礼の旅は困難や不自由な目に遭うこともなく、無事に終えることができた。彼らは皆、ババの言葉と祝福、そして彼の恩寵により体験したアナンド(至福)に想いを馳せながら、無事に家に帰り着いた。

 

  この物語は、ババが帰依者を正し改心させるときに何度か使った方法の一つを描いたものである。

 


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