癒しの森 湯布院(仙人の健康相談室)  


人を、そして自分を癒し真なる喜びをもたらす
   
        人生の生き方を学ぶ 癒しの森湯布院

NO490・・・虎骨について

2016-02-21 | ヒーリング

私は、行を授けるにおいて虎の頭も使う。これは伝承された「法」であるから行っているのであって、生き神様より伝承された方法なのである。よって虎ならば何でも良いことにはならない。中には濃硫酸などの類似品(砒素を含む)で肉片を溶かした骨が流通しているから危険を伴うからである。当然、頭骨は継承された物であるから登録も行われているものである。

 

この他に、いずれ発表することになるが「宝玉」を使って行う行を行わなければならないのだが、宝玉にも種類があり、そのうちの一つは、前回紹介した「如意宝珠ヒーリングステッキ」に収められている。ご存知のように、このステッキは上品の下に属するもので、宝玉はいずれ発表する中・上で使うことが決められているのである。

 

あせって伝授を催促した時に、このように仰られた。「あくせくガツガツ生きてても、死ぬ時は死ぬんですから、生きているのが趣味だと思う心境にならなければ、入るものも入るもんじゃありませんで。」

 

 

 

虎の骨について、中国の古書に書かれていることを抜粋してみる。

古人は、「死人の悪霊が神から送られて体の開口部、とくに鼻孔から体内に入ると痛みを生じる」と考えていた。

 

 中国の古代において虎はかなり重要な扱いをうけていた。仰紹文化の河南漢陽西水披遺跡(紀元前四五一〇年頃)45号墓にすでに虎からすがいと龍が形象化されている。墓主人の遺体をかこみ、蜂の殻で虎と龍があらわされている。
 
 
 
         
同車には、上記とは別に、龍に騎る人の姿もある。後世、龍は天に登るとされることが多い。その特性を考えると、この時代にすでに龍は魂を天界に運ぶものであったように思われる。一方、虎は、魂のぬけたあとの遺体に入りこもうとする悪鬼をはらう役割をはたしていたと考えられる。
 
 
 
 

虎骨は邪悪の気を除き、鬼症の毒を殺し、驚悸を止どめ、悪瘡、  鼠痩を治することを主る。頭骨尤も良し。膏、狗の噛瘡を治す。  爪、悪魅を辟く。肉は悪心嘔かんと欲するを治し、気力を益す。  又、尿は悪瘡を治す。其の眼晴は癩を治す。其の燦中の骨廊愉  立退を治す。牙は丈夫の陰頭の瘡及び疽痩を治す。鼻は癩疾、 小児の禰を治す。

 

頭 骨

 『別録』は虎骨の効能から説きはじめるが、 「頭骨もっとも良し」と頭骨が特別視さ托ている。ここでは頭骨の意味から考察したい。
 
 
                           
人の場合、頭骨は本来、魂が入っていた場所と意識されていた。死によって頭骨を離れた霊魂も、ふたたびそこに依りつくと考えられた。そのことから中国の古代では頭骨信仰がおこなわれていたようだ。動物の場合もまた同様に考えられたのではないか。悪鬼(悪霊)を追いはらうには、やはり霊魂にたよらねばならない。神もまた霊魂である。ここは虎の頭骨によりつく虎の霊魂によって悪鬼を追いはらうのであろう。悪鬼は体内に入りこみ疾病をおこす。そこで虎の頭骨を服用し、体内の悪霊を追いはらう。
 
 
 
 虎の頭骨を以て枕と為すという。 これらは内服するわけではない。呪術的な効果を期待してのことである。 虎の枕のことは膏、葛洪(二八三〜三四三)の『肘後備二方』にみえる。悪夢をさけるために、虎頭の枕を以てす。
 
 
 
 
魂が睡眠中に一時、肉体を離脱することが夢だと考えられていた。遊離した魂が悪鬼に出くわすことが悪魔であろう。古文には「人、眠睡すれば、則ち魂暁外遊し、鬼邪の魔屈する所と為る」と、夢中に魂が離脱し、悪鬼に連れさられることを記す。また甲骨文の「塵は悪夢にうなされて死ぬこ昂どされる・魂は頭の白門から抜けると考えられたようだが枕は頭に用いるものである。枕によりつく虎の霊魂で悪霊を追いはらうのであろう。

 

 


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NO489・・・篭る

2016-02-20 | ヒーリング

私は、都合あってあるところに篭っています。一日の大半を何も考えずに過ごすと、新たな発見があるのです。昔の知恵や知識がふつふつと湧き上がって来るのです。

 

解脱を行うには、

大昔からな、散歩のついでに

   富士山に登った奴はいないぞ。

      富士山に登ろうと決断した

           奴だけが、登ったのだ。

 

解脱を目的に霊性修行を始めるのか?習い事の一つとして何となく始めるのか?本格的に解脱を求めるなら、それなりの道を歩むことが大事でしょう。また、それなりの装備も必要になるでしょう。富士山の頂上を目指すには、まず登山靴に履き替えなければなりません。コンパスも磁石もピッケルも必要になるでしょう。一番大事なのは、頂上に登ったことがある道案内人が必要なのです。

 

解脱を行うには、親孝行も

この野郎、

   親孝行するのに

      戸惑う

        奴があるか

 

その他の教え

水はたえず海に流れる

   だけど海は

      動揺したりしない

 

 

どろんこの中にしか

    咲かね~花も

       あるんだど 泥の中に咲く

           蓮の花こそが真実だ

 

 

どいつもこいつも獣なら

    おれだけ人間らしく

       生きたって良いじゃないか

 

己の体にある

    うちはゲロも

        食べ物である。ゲロもうんこもションベンも

             己に囚われている内は栄養だが、

                        対外に出たら汚物と呼ばれる

                              解脱とは、汚物になること?

 

 

若い子は、国の宝だ

     であるから、国の宝として

         恥じないように、しないといけません。

 

 

法も財も 天地(神)のもので

    あるから 他人に与える事を

        おしんではならない。

 

 


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NO488・・・菩薩行とは

2016-02-16 | ヒーリング

見返りを求めないで人の役に立つと云う事になるのでしょうが?私たち肉体を持つ者は、食べる必要もあるし子供を育てるにもお金は必要であります。また修行を行うにおいてもインドに行く場合もあるし、法物を入手するにもお金はついて回ります。そこで私が提案する菩薩行とは、以下の事を考えているのです。

 

1、我々は、たゆみなき、魂の向上を目指す修行に励み、

未知医療の進歩と治療道の高揚に努めるとともに

後進の指導に全力をつくします。

 

 

2、我々は、病める縁ある人の為に限りない

愛情と責任を持って、最善の努力をはらいます。

 

道とは、魂が解脱に向かって進むと書きます。柔道や剣道・合気道・弓道等の肉体をもって行うスポーツや武術においても、目指す目的は精神力の向上でありましょう。肉体を鍛えるとともに、魂の向上を行っている事に気づく必要があるのではないでしょうか?まさしく、心技体と云われる所以であります。

 


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NO487・・・実像と虚像

2016-02-14 | ヒーリング

目に見える世界を実像の世界と言い、目に見えない世界を虚像の世界と言う。肉体は目に見え、魂は見えない。どちらが真か?見えない世界に、見える世界は動かされている。肉体は目に見えない魂に動かされている。

 

肉体が病むと云う事は、魂が病んでいるからであろう。勿論怪我などの外傷はこれに当てはまらないのだが、精神的な病気や臓器の病は過度なストレスから発生すると言う。真に正しいことである。

 

前回書いたステッキについて補足したい。私達は目に見える物で価値を計ろうとするが、実際は目に見えない物に動かされている事に注目しなければならない。目に見える物は霊障などにおいては効果を発揮するのであるが、魂の成長には余り期待出来ないのである。

 

すなわち、魂が病んでいるから悪霊に影響を受けたのであり、受けたからその霊障を処理するのが実像の部分である。このステッキを使う最大の目的はあくまでも魂の浄化と成長であるから、目に見えない隠された部分に注目しなければならないのである。

 

杖の中心部をくりぬき金属のパイプを差込んでいる。これが目に見えない部分で、杖の本髄である。パイプの中には「法」が入っているのである。神社には神社の奥義があり、墨の中に五黄を溶かして書く場合もある。

 

これは、密教の目的からしてシークレットであり秘密なのである。伝承されたある物を奥深く差し込んで、さらに如意宝珠を満杯になるまで入れ、封じ込めるために蓋がされる。もしこの蓋を取り中の法物を見たなら、そこで修行は終わりとなるので気をつけなければならない。

 

このように中に埋め込まれた物が本髄であり、それが神のバイブレーションにより外の法物に影響を与え魂に活力を与えるのである。でありますから、最初は4つの法物から始め5つ6つとなるのであるが、通常は6つの段階に進むのは難中の難と云われている。

 

菩薩行の為に法力が必要なのか?個人のエゴの為かが厳しく採点されるのがこの段階である。普通4~5つの法物が揃えば人を導くことは出来るゆえに、この段階が肉体を持つものの最終段階とも云われている所以でもある。

 

 

 

 

 


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NO486・・・如意宝珠

2016-02-13 | エンジェルスティック

如意とは・・・思うままにとか願いが叶うという意味があります。如意宝珠とは、思うままに操ることが出来る宝の珠と云う意味になるのですが、この宝珠が何かは諸説があり、表向きには、解明されていないと云う事になっているのですが、特別行を授かっている方々には伝承されている意味は伝えているところです。

 

当然、この如意宝珠にも上品・中品・下品があり、私達は下品の如意宝珠を使用して如意宝珠ヒーリングステッキを考案して使用しているところです。考案したと云うより伝承されている教えを再現したと言うのが正しいかも知れません。

 

今、私は上品の如意宝珠ステッキを再現させ、さらに自分のエネルギーを注入しているところです。如意宝珠ヒーリングステッキを使用して行うヒーリングを菩薩ヒーリングと名づけているのですが、この菩薩ヒーリングを末期がんのクライアントにヒーリングした結果の報告が生徒よりありました。、当然素晴らしい効果が出ているようです。間違いなく行えば高度なヒーリングが期待出来るでしょう。

 

中品の如意宝珠ステッキには、如意宝珠と5つの法物を使います。下品には4つの法物を使います。が中品は5つなのです。プラスされた1つは6面のブッダの菩提樹の実が加えられますが、勿論ブッダの菩提樹の実は10トントラックの量から1個位の割合でしか産出されない貴重な物であります。

 

上品は六字の名号(南無阿弥陀仏)が動かせる為に6つの法物が必要になるのですが、プラス1つは仏舎利を加えると云う奇跡的な事を行わなければならないのです。これによって「南無阿弥陀仏」のマントラが完全に動きシッディーに向かっての修行が可能になるのです。よって如意宝珠シッディーステッキと呼ばれる魔法の杖が完成するのです。が、もっともっと修行を積まなければ宝の持ち腐れになるのです。間単には達成させて頂けないのが「法」の世界なのであります。


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