癒しの森 湯布院(仙人の健康相談室)  


人を、そして自分を癒し真なる喜びをもたらす
   
        人生の生き方を学ぶ 癒しの森湯布院

シルディ・サイババ(アーティ)

2011-10-26 | シルディ・サイババ

アーティ

  おお、サイババ、私たちはジーヴァに幸福を授けるあなたの前に光を掲げます。

あなたの召使や帰依者の欲望を破壊して、あなたの御足の塵の下で休ませて下さい。あなたは自己の中に留まっていて、熱望する者には主の姿をお示しになる。熱心にあなたを望む者には、体験や悟りをお与えになる。

 

ああ、優しい心のあなたの力は素晴らしい!あなたの御名に瞑想すればサンサールの恐怖は取り除かれる。あなたの御言葉の力は計り知れず、いつも貧しいものや寄る辺ない者を助けて下さる。このカリ期にあって、万物に浸透しているダッタであるあなたは、サグン・ブラフマンとして顕現された。

 

毎週木曜日にあなたを訪ねる帰依者たちのサンサールの恐怖を取り除き、主の御足を見ることができるようにして下さい。おお、神の中の神よ、あなたの御足に仕えることが私の財産となるように祈ります。雲がチャタック(カッコウ)に清い水を与えるように、マハデヴ(このアーティの作者)に幸福を与え、あなたの約束が守られますように。アーメン!

スリ・サイに頭を垂れよ - 皆に平安が訪れますように


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シルディ・サイババ(プラサド・ヤチャナ)

2011-10-26 | シルディ・サイババ

  本書は次のブラサドを戴くために全能者に祈りを捧げて締めくくりたい。

読者と帰依者が完全に心からサイの足元に全てを委ね信仰することができますように。彼の姿が永遠に彼らの目に焼きついて、万物の中にサイ()を見ることができますように。アーメン!

スリ・サイに頭を垂れよ - 皆に平安が訪れますように


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シルディ・サイババ(ファラ・シュルティ(学びの報酬)

2011-10-26 | シルディ・サイババ

  さて、本書から得られる特典について少し述べておく。聖なるゴダヴァリで沐浴し、シルディのサマディ・マンディールでサマディのダルシャンを受けた後、サッチャリタを読んだり聴いたりするのが良い。そうすれば、あなたの幾重にも重なる苦悩は消えるだろう。何気なくサイの物語について考え、霊性生活に興味を持ち、愛と敬意を持ってその道を進むなら、あなた方の罪は打ち砕かれるだろう。

 

もし誕生と死の循環を断ち切りたいと願うのなら、サイの物語を読んで常に彼のことを思い、彼の足に信仰を捧げるのだ。あなたがサイの物語の海に潜り、それを他の人々にも伝えるなら、永遠に新しいその芳香に浴し、聴く者を未来の不幸から救うであろう。

 

あなたがサイの姿に瞑想をするなら、やがてあなたは自己認識へと導かれるだろう。自己やブラフマンの本質を悟るのは非常に困難であるが、サグン・ブラフマン(サイの姿)を通して近づくなら、容易く進歩を遂げることができる。帰依者が完全に自分自身を彼に委ねるなら、帰依者は個人のエゴを失くし、彼の中に溶け込み、河が海と合流するように一つになるだろう。

あなたが3つのどの状態 - すなわち起きていても、夢の中でも、眠っていても、彼に溶け込むなら、サンサールの束縛から逃れるだろう。沐浴の後に愛と信仰を持って本書を読み、一週間のうちに読み終えるなら、その人の不幸は消えるだろう。また彼が本書を毎日定期的に読んだり聴いたりするのであれば、危険を避けることができるだろう。彼の信頼と信仰に従って報酬を受け取るだろう。

それなくしては、どのような体験も得られないだろう。尊敬を持って本書を読むなら、サイは喜び、あなたの無知と貧困を取り除いて知識と富と財産を授けるだろう。心を集中して毎日本書を読むのであれば、終わりの無い幸福を授かるだろう。心から自身の幸福を願う者は、注意深く学ぶことで、何度生まれ変わった後でも常に有難く喜びに満ちてサイを思い浮かべることだろう。

本書は特にグルプルニマ(アシュダの満月)、ゴクル・アシュタミ、ラーム・ナヴァミ、ダサラ(ババのプニャティティ(命日))には自宅で読むべきである。本書を注意深く読むならあなたの願いは叶い、心にいつもサイの御足を思い浮かべるなら、バーヴァ(この世の幻)・サガール()を容易く越えることができるだろう。これを学ぶことで、病気の者は健康を取り戻し、富に貧して利己的で成功に苦しんでいる者の心はくだらない考えを捨て、しっかりと落ち着くだろう。

 

  親愛なる信仰深き読者たち、傾聴者たちよ、私たちはあなた方にも謝意を申し上げると共に、特別なお願いをする。あなたがたがくる日もくる日も読んできた物語の主人公である彼のことを決して忘れないで戴きたいのだ。熱い情熱でこの物語を読んだり聴いたりすればするほど、サイもより強く私たちを激励し、あなたに仕え、あなたの役に立つだろう。著者と読者は本書で協力しあい、互いに助け合って幸福になれるに違いない。


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シルディ・サイババ(祈り)

2011-10-26 | シルディ・サイババ

  さあ、サイババの前にひざまずき、彼の足を掴みながら大衆のために次の祈りをしよう。私たちの心が彷徨い、あなた以外の何者をも求めることがありませんように。本書(サッチャリタ)がどの家にも置かれ、毎日読まれますように。敬意を持って定期的にこれを学ぶ人々を不幸から守って下さいますように。


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シルディ・サイババ(サドグル・サイの偉大さ)

2011-10-26 | シルディ・サイババ

  私たちはサイ・サマルスの前にひれ伏し彼の中に避難する。彼は宇宙における全ての生物、無生物を包み込んでおり、区別なくあらゆる生き物に平等に浸透している。彼にとっては全ての帰依者は同じであり、名誉、不名誉、好き嫌いを知らない。彼は私たちの願いを叶え、人生の目的地へと到達させてくれる。

 

  この世俗の生活の海は渡るのが非常に困難である。執着の波が悪い考えという岸辺に高く打ち寄せ、不屈の精神という木々をなぎ倒してしまう。エゴイズムの風が強く吹きつけ、海を荒らし興奮させる。怒りと憎しみのワニは恐れを知らずに動き回る。私と私のものという考えや疑念の渦巻きは絶え間なくぐるぐると回り、非難や憎悪や嫉妬の数え切れないほどの魚たちがそこで戯れる。

 

この海がいかに凶暴で猛烈であっても、サドグル・サイはそのアガスティ(破壊者)であり、サイの帰依者たちは何も恐れることはない。私たちのサドグルは、この海を越えたところへ私たちを安全に連れて言ってくれる船なのだ。


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シルディ・サイババ(最終行 結び)

2011-10-26 | シルディ・サイババ

結び

  ここまで51(原書は52)を書き終え、最終章を迎えた。この中で、ヘマドパントは結びの言葉を述べ、マラティ語の聖典のように、詩篇にして全章の内容を記した索引を作るとしているが、残念ながらその索引はヘマドパントの原稿には見当たらなかった。そこでこれについては、サイババの優れた帰依者であるタナのB.V.Dev(退官したマムラトダール)が作成している。

本書英語版では巻頭に索引を設け、それぞれの章の冒頭に内容をまとめたため、この最終章に索引は不要と考える。そこで本章は結びの一章とする。残念ながら、ヘマドパントは本章の原稿を修正し、印刷準備を整えるまで永らえることはなかった。原稿が印刷に回された際、Dev氏が特定の箇所が不完全で分かりにくいことに気づいたのだが、その時には出版せざるを得ない状況であった。掲題の箇所について短く下記に紹介する。


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シルディ・サイババ(バララーム・ドゥランダール(1878-1925))

2011-10-25 | シルディ・サイババ

  バララーム・ドュランダール氏はムンバイ、サンタクルズのパタレ・プラブ・コミュニティに属していた。彼はムンバイ最高裁判所の主唱者であり、ムンバイの国立法律学校の学長でもあった。

 

ドゥランダール一家はみな敬虔で信仰深かった。バララーム氏はコミュニティに奉仕していて、それに関連する出版もしていた。彼は霊的、宗教的事柄に注目していた。彼はギータやドニャネシュワリ解説書や、その他の哲学的、形而上学的書物を学んでいた。彼はパンダルプールのヴィトバの帰依者であった。

 

彼がサイババに会ったのは1912年のことだった。その6ヶ月前、彼の兄弟のバブルジとヴァマンラオがシルディへ行って、ババのダルシャンを受けていた。彼らは家に帰り、自分たちの甘美な体験をバララームや他の家族に話して聞かせた。すると彼らは皆サイババに会いに行こうと決めた。

彼らがシルディにやってくる前に、ババは人前でこう宣言していた。「今日は私のダルバールの人々が大勢やってくる」ドゥランダール兄弟は自分たちの訪問のことを前もって知らせていなかったので、他の人づてにババのこの言葉を聴いて驚いてしまった。他の人々は皆ババの前にひれ伏してから、座ってババと話をしていた。

ババは彼らに言った。「この人たちが、私がさっき言った私のダールバールの人々だ」それからドゥランダール兄弟に向かってこう言った。「私たちは過去60世代に亘って親交があったのだよ」兄弟たちはみな優しく穏やかで、彼らは手を取り合って立ち、ババの足を見つめていた。

皆、純粋な感情がこみ上げて、涙したり、喉を詰まらせたりして、感動し、幸せな気持ちになった。それから彼らは宿に戻り食事を採って少し休憩をすると、再びマスジッドに戻ってきた。バララームはババの側に座り、彼の足をマッサージした。ババはチルムを吸いながら、彼の方へ近づいて一服するよう手招きした。バララームはパイプを吸う習慣がなかったが、それを受け取り、非常に苦労して吸い、うやうやしく返した。これはバララームにとって大変に幸先の良い瞬間であった。

彼は6年間喘息を患っていた。この一服によって彼の病は完全に治癒し、二度と彼を苦しめることはなかった。それから6年後のある日、彼は喘息の発作に襲われた。これはババがマハサマディに入ったまさにその時刻であった。

 

  彼らが訪問したのは木曜日であったので、ドゥランダール兄弟は幸運なことにその夜チャヴァディの行進を見ることができた。チャヴァディでのアーティの後、バララームはババの顔にパンデュラング(ヴィッタル)の輝きを見た。翌朝のカカッド・アーティのときも、最愛の神と同じ光沢のパンデュラングがババの顔に現れる同じ現象が起きていたのだった。

 

  バララーム・ドゥランダール氏はマハラシュートラの聖者トゥカラムの生涯をマラティ語で記したが、その出版を見届けるまで永らえなかった。同書は1928年に彼の兄弟によって出版された。同書の冒頭にあるバララームの生涯についての短い記載の中で、バララームのシルディ訪問についての記述があり、前述の出来事を完全に裏付けるものとなっている(同書6項参照)

スリ・サイに敬礼を - 皆に平安あれ


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シルディ・サイババ(スリ・テンベ・スワミ)

2011-10-25 | シルディ・サイババ

 

  次は聖者同士が互いに兄弟のような愛情で愛し合っている様子について語ろう。あるときスリ・テンベ・スワミとして知られているスリ・ヴァスデヴァナンド・サラスヴァティがゴダヴァリの土手のラジャマヘンドリ(アンドラ地方)で野営していた。彼は信仰深い正統派のドニャニで、ダッタトレヤのヨギ・バクタであった。ナンデッド(ニザム州)の弁護人であるプンダリクラオ氏が友人らと共に彼を訪ねた。

彼らが話をしている時に、ふとシルディとサイババという名前が話題に出た。ババの名前を聞いたスワミは、敬意を込めて手を合わせ、ココナツを取ってプンダリクラオに渡してこう言った。「これを私の兄弟のサイに私のプラナム(敬意を込めた挨拶)を込めて捧げて下さい。そして私を忘れず、ずっと私を愛していて下さいと彼にお願いして下さい」彼はまた、スワミは一般的に他人に頭を下げないが、この場合は例外としなくてはならないと付け加えた。

プンダリクラオ氏はココナツを受け取り、ババに伝言を伝えることを了承した。スワミがババのことを兄弟と呼んだのは正しかった。なぜなら彼は夜も昼も伝統的なやり方でアグニホトラ(聖なる火)を燃やし続けていたように、ババも彼のアグニホトラ、すなわちドゥーニをマスジッドで永遠に燃やし続けたからであった。

 

  プンダリクラオと他の者たちがココナツを持ってシルディへ発ってから一ヶ月後、マンマドへ到着したが、彼らは喉が渇いたので、水を飲みに小川に行った。空きっ腹で水は飲むべきではないので、彼らは少量の軽食、チヴダ(フレークにした米にスパイスを混ぜたスナック)を取り出した。チヴダはピリっと刺激的な味がするので、それを和らげるために誰かの提案でココナツを割って、中身を削り取って混ぜることにした。

それでチヴダは味が良くなりおいしくなった。不幸なことに、そのココナツはプンダリクラオに託されたものだった。彼らがシルディに近づくと、プンダリクラオは託されたココナツのことを思い出し、それを割って食べてしまったことを大変申し訳なく思っていた。彼はシルディにやってきてババに会った。ババは既にテンベ・スワミからココナツに関する電報を受け取っており、最初にババの方からプンダリクラオに、兄弟から託されたものを渡しなさいと言った。

彼はババの足をしっかり掴むと、自分の罪と過失を告白し、後悔してババの許しを乞うた。彼は代わりに他の果物を捧げたが、ババは受け取りを拒否して、あのココナツの価値は普通の果物を遥かに凌ぐもので、他の物に置き換えることはできないと言った。ババはまたこう付け加えた。「さあ、もうこの件で君は心配する必要はない。ココナツを君に託し、最終的には途中で割られてしまうことは私の願いだったのだ。

 

 なぜ君は自分のとった行動の責任を取らなくてはならないのだろうか?悪い行いと同じように良いことをするときでも、行為者であるという感覚を抱いてはいけない。全ての物事においてプライドを捨て、エゴをなくしなさい。そうすれば君の霊的な成長は速まるだろう」ババはなんと美しい霊性の教えを与えたことだろうか!


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シルディ・サイババ(カカサヘブ・ディクシット(1864-1926))

2011-10-25 | シルディ・サイババ

  ハリ・シタラム氏、別名カカサヘブ・ディクシットは1864年にカンドワ(中央州)のヴァドナガラ・ナガールでブラーミンの家に生まれた。彼は初等教育をヒンガンガットのカンドワで受け、中等教育はナグプールで受けた。彼は高等教育を受けるためにムンバイへやって来て、最初はウィルソン・カレッジで学び、後にエルフィンストーン・カレッジで学んだ。

 

1883年に卒業すると、彼はLL.B.(法学学士)を取得し、事務弁護士の試験に合格した。それから政府の事務弁護士組織、Little and Co.,に勤務し、暫くして自ら事務弁護士の会社を興した。

  1909年以前、サイババの名前はカカサヘブには馴染がなかったが、その後彼はすぐにババの熱心な帰依者になった。彼がロナヴラに滞在している時に、偶然旧友のナナサヘブ・チャンドルカールと出会った。二人共積もる話をしてしばらく過ごした。カカサヘブは、ロンドンで列車に乗っている時に、事故にあって足を滑らせて怪我をしたことを話して聞かせた。

山ほど薬を試したが治癒しなかった。そこでナナサヘブは、痛くて不自由な足を治したいなら、彼のサドグル、サイババの処へ行くべきだと言った。彼はまたサイババのことを詳細に彼に話し、サイババの格言を聞かせた。「たとえどれほど遠くにいようとも7つの海を越えていようとも、足に紐を付けたスズメのように、私は自分の帰依者を私の元へ引き寄せる」彼もまた、もし彼がババの帰依者でないのなら、ババに惹きつけられることもなくダルシャンも与えられない、と明言した。カカサヘブはこの話を聞いて喜び、彼もババの所へ行き彼に会って、不自由な足を治してもらうことよりも、むしろ不完全で移ろいやすい心を変えて、永遠の至福を与えてもらうよう祈りたい、とナナサヘブに言った。

 

  しばらく後、カカサヘブはアーメドナガールに行き、ムンバイ立法議会での議決権を確保するために、シルダール・カカサヘブ・ミルカルと共に滞在した。コペルガオンのマムラトダールであるカカサヘブ・ミリカールの息子のバラサヘブ・ミルカール氏も、そこで馬の展覧会がある関係でその時期にアーメドナガールに来ていた。選挙がらみの仕事が終わると、カカサヘブ・ディクシットはシルディに行こうと思い、ミリカール父子もガイドとして適任だと考えていたので、彼らと共に行くことになった。ババは彼を迎える手はずを整えていた。

 

シャマはアーメドナガールにいる義理の父親から電報を受け取り、父の妻が重病なので彼の妻と共に彼女に会いに来るようにと書かれていた。シャマがババの許可を得て出かけていくと、彼の義理の母は回復していた。ナナサヘブ・パンセとアッパサヘブ・ガドレが展覧会に行く途中にシャマに会い、彼らはシャマにミリカールの家へ行って、カカサヘブ・ディクシットに会って彼をシルディに連れて行って欲しいと言った。カカサヘブ・ディクシットとミリカール父子はシャマが訪ねてくることを知らされていた。

 

夜になってシャマはミリカールの家にやってきて、カカサヘブに自己紹介をした。彼らはシャマがカカサヘブを連れて10時の夜の列車でコペルガオンに向かうように手配していた。この予定が決まると、興味深い出来事が起きた。バラサヘブ・ミリカールがヴェールをはいで、ババの大きな肖像画をカカサヘブに見せた。彼は驚いて見つめた。彼がこれからシルディで会おうとしている人物が、肖像画という形でそこにいたのだから。彼はひどく感動して肖像画の前でひれ伏した。

この肖像画はメガのものだった。額のガラスが壊れてしまったので、修繕のためにミリカールの処へ送られてきたのだった。必要な修繕は既に施され、肖像画はカカサヘブとシャマに委ねて返してもらうことになった。

 

  10時前に彼らは駅へ行き座席を予約したが、列車が到着すると二等席は人で溢れていて、彼らの乗るスペースはなかった。幸運なことに列車の車掌がカカサヘブの知り合いだったので、彼らは一等席へ入れてもらえた。それで彼らは快適な旅をしコペルガオンに到着した。

彼らがそこでやはりシルディに向かおうとしているナナサヘブ・チャンドルカールを見つけたときには、彼らは大変に喜んだ。カカサヘブとナナサヘブは互いに抱き合い、聖なるゴダヴァリ河で沐浴をした後、シルディに向けて出発した。シルディに到着してババのダルシャンを受けると、カカサヘブのハートは溶けてしまい、彼の目は涙で一杯になり、心は喜びで溢れていた。ババは彼に、自分も彼を待っていたと言い、彼を迎えにやるためにシャマを先によこしたのだと言った。

 

 

  カカサヘブはその後ババの側で長い年月を幸せに過ごした。彼はシルディにワダを建て、そこが彼の終の棲家となった。彼がババから得た体験はあまりにも多く、ここに全てを記すことは不可能だ。読者にはShri Sai LeelaVol.12, No.6-9の特別号(カカサヘブ・ディクシット)を読むことをお勧めする。

 

  私たちはこの一節を一つの事実を記述して締めくくりたい。ババは最後に彼に慰めの言葉を送っている。「神は空飛ぶ四輪大型馬車(ヴィマン)で彼を連れてゆくだろう」(つまり安らかな死を約束した)これは現実となった。192675日、彼はヘマドパントと列車で旅をしていて、サイババの話をしていた。彼はサイババに深く心酔しているようだった。突然彼の首がヘマドパントの肩に投げ出され、痛みも苦痛の跡形もなく息を引き取ったのだった。


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シルディ・サイババ(第五十章 前置き)

2011-10-25 | シルディ・サイババ

  バクタたちの支柱である私たちのサドグル、ギータの意味を解説し、私たち皆に力を授けてくれるサイに勝利を。ああ、サイ、愛深く私たちを見つめ祝福して下さい。

  

白檀の木々がマラヤ山脈に生い茂り暑さを防いでくれる。雲は雨水を注ぎ、人々を涼ませ爽やかにしてくれる。春には花々が咲き、その花で私たちは神を礼拝することができる。だからサイババの物語は読者を慰め元気付けるために訪れるのだ。ババの物語を語る人々も、聞く人々も、どちらも恵まれていて神聖である。

 

  私たちが数百の方法でサーダナを行っても、サドグルの恩寵によって彼が私たちを祝福してくれない限りは、人生の霊的な終着点にはたどり着けない、というのは揺ぎ無い事実である。この事実を示す物語を次に紹介しよう。


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