晴耕雨読を実践中の毎日である。自分では、百姓ヒーラーと思っており、生物を育てる中で自然を観察し、それを人間の生き方に応用させる研究をしているところである。人間も植物も動物も自然のエネルギーなしでは存在できない事実を、百姓を実践しながら実証しようと思っている矢先に、先駆者の本に出合う事になりました。
私が育てている花は絶滅危惧種であり、ある環境の所でしか群衆しない非常に難しい野生蘭であるが、自分の集大成とも言える、エネルギーの法則を応用して育て始めたところである。この野生蘭は入手不可能と言われているのだが、縁あって入手することが出来た。しかし育て上げる事は博打でもある。
失敗すれば数十万円を捨てる事になるのであるが、50%の自信にかけて入手したのである。これが成功しなければ自分の未熟さが暴露されるだけであり、その時は、次に向かって更なる精進をしなければと思う心意気である。
その折、ある本に出合ったので一部を抜粋させて頂く事になった。いわゆるパクリであるが、このような内容の本を書ける人はパクられても意にも介さないであろう。
飯島秀幸著
フリーエネルギー版「宇宙にたった一つの神様の仕組み」より抜粋
自然は全てのお手本、霊界の入口
自然が作った産物に、これは役に立たない、といった産物は、一つも御座いません。何故、人は仕事に疲れると、山や海に行きたがるのでしょう。山や海からエネルギーを貰えるからですか。いいえ違います。山や海そのものが、エネルギー体なのです。
山や海は、四六時中、原理真理に働いているのです。だからエネルギーが常に注がれている状態なのです。疲れた体がエネルギー体に浸かれば、癒さるのは当たり前の事です。
しかし、エネルギーに浸かっているだけで、エネルギーを得た訳ではないので、家に帰るとまた疲れると思います。頑固で放出型の人が、山や海に行ってもあまり効果がなく、疲れが取れるどころか、行くだけ疲れるかもしれません。
長くなるので途中は抜きます。
人間だけは、、自由意思を持っています。自由意志とは、もう人間界も疲れた、もう人間には成りたくない、という人間放棄、輪廻の克服の事です。輪廻の克服とは、自然界が物質を現わす元である。生命エネルギー体に戻る、原点に帰る、という意味です。
制約された物質界から、誰の制約も受けない、自由な世界に帰る事を、輪廻の克服と言います。人間界で無く霊界を指します。現象界、幽界と三位一体で構成されています。人間界、自然界は、物質を現わす現象界に存在し、人間や動物、植物が死ぬと、自動的に幽界に存在します。
霊界だけは、自由意志を持っている人間だけが、権利を持っていますが、自動的に存在できる所ではありません。物質的な自然意識でなく、普遍的な宇宙意識になる事が条件です。
私は肉体にあらず、私を現わしている本質は、霊である。我神なり、我生命なり、と自分の本質に目覚めた意識体だけが、霊界に存在します。目覚めた人を覚者と言います。霊界はエネルギー体、覚者の世界なのです。
形態を持つ自然界から、制約のない霊界に行くには、先ず霊界の存在を認める事です。そして霊界に意識を一心集中し、霊界の存在を確信する事です。自分自身が霊界を経験しなければ、霊界の存在を確信できません。霊界を経験するには、瞑想 以外絶対ないのです。
続きは満月行で勉強します。
〇ある生徒からのご報告