癒しの森 湯布院(仙人の健康相談室)  


人を、そして自分を癒し真なる喜びをもたらす
   
        人生の生き方を学ぶ 癒しの森湯布院

NO631・・・快進撃の始まり2

2022-05-31 | 聖者

 ある日外人を含む全員の前で、正観は世界一のヒーラーだとスワミは紹介した。そして、それを案内文の一部に書いた反響は、多くのプロ気功師や治療家は怪訝な振る舞いや態度を表してきた。私も同じく、多少ではあるが嫌悪感を持ったのだが、私たちが同居するドアの前には、連日外人の特に女性の順番待ちである。一部の女性は、正観さんにドネーションを渡そうとするが、正観は、余りうれしそうな顔をしない。

 

 健ちゃん、僕なお金をもらうより、カップラーメンや食べ物のほうが嬉しいんや。1000円よりカップラーメン1個の方が嬉しいや。そしてある時は・・・アシュラムを訪れる多くの日本人が・・・・正観さん、正観さんといって食べ物の差し入れをしてくれる夢を見たという。これは暗示的に私にそのようにしてくれと言っているのだが、リーダー特権を使うべきでないと、聞いて聞かないふりをするが、一回だけ皆さんにお願いした時がある。

 

 また、ある時、私は急にスワミの呼び出しを受け、食べかけたカップラーメンをそのままにし、部屋に戻った時は伸びきっていた。そのラーメンを何度も何度も覗き込み、もったいないな~。もったいないな~、こんな事を誰がするんかな~と正観さんは言っていた。

 

 この正観さんが世界一のヒーラーになったのです。というより、そのような正観さんだからこそ、世界一のヒーラーになれたのでしょう。スワミに知り合って新人伝法を授かって1~2年後の事であります。それまでは、仏教寺(密教)の師匠の付き人しかしてない。治療に関しては素人の正観さんがなったのです。この事実を側で見ていた私はスワミのヒーラの種を入れる新人伝法は凄いと直感したのです。

 

 ただ手を当てて、マントラを唱えるだけで治す。それ以外の事は何も考えない。五十肩は脂切れで骨と骨がすり合う事によって痛みが発生し腫れる等は一切考えない。手を当ててマントラを唱えれば治る。だけであるのです。私たちが、ナガナンダ、スワミのアシュラムで修行していた時、私は毎日が暇で退屈なのと運動不足の解消に、部屋の前にある木の枝にぶら下がり運動をしていた。

 

 その内、私の左腕が激痛を発生するようになり、やがて上がらなくなる。別に治す必要もないので放置していたら、夜、激痛で目が覚めるようになる。その時は、正観さんのヒーリングなど信じていないので、放置して置く。その時代は、ライフスペース事件がサイババアシュラムで起こっていた時だから、1999年頃だろう。ライフスペース事件とは、シャクティパットグルが率いる80人くらいがサイババアシュラムを訪問し、占拠しようとした事件であるが、当然、警備するアシュラム警察(州警察)に弾圧される。

 

 その一行がナガナンダ、アシュラムに来ると言っていた時、滞在していたので時期は間違いない。このグルはおかしいが憎めないグルだったようだ。たまに動画を見るがとにかく面白い。おかしくなる前は、地元では評判の良い経営指導者で多くの嘆願書も出たようだ。一度動画を見て頂ければ、当時のインドにおける霊性修行の始まりが理解できるかも知れない。

 

 その後、カレスワール、アシュラムに戻った私たちは、同室になり、夜、痛がる私を正観さんがヒーリングするようになるのであるが、当初、正観のヒーリングを信用していない私は断るのだが、やって頂くことになる。結果信用していない私の腕が一回のヒーリングで治ったのです。当時の私は五十肩のヒーリングというより気功治療で治す自信がなかった五十肩を1回で治したのです。

 

 5分くらいして、どう~と正観は尋ねる。治ってなるものかと思っている私は、全然駄目だという。おかしい~なと言いながら更に続ける。10分経た頃だろうか?痛みは取れていた。それでも正観を見下している私は、まあ~まあ~だという。その後正常になり、痛むことはなかったが、正観に凄いとは言わない。なかったことの様に振る舞っていた。

 

 医学を知れば知るほど混乱する。正観さんのように何も考えず、マントラを唱えながら手を当てれば治る。ここがポイントだろし、この心の持ち方を改善する事が出来れば凄い治療法だと直感した私は、メインのプログラムにすることになるのです。純粋無垢で神に向かう心が全てでありましょう。私の様に疑い深い、ドロドロの心の持つ者は、最初から大きなハンディキャップを背負いながらの修行の始まりとなるのです。潜在意識に刻まれた一切の無駄な知識を捨てて私(神)に向き合いなさい。これを完成させるために、ババは私を3人(スワミ・正観・ウッシー)にくっつけたのでしょう。

 

 

 


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NO630・・・快進撃が始まる

2022-05-30 | 聖者

 私たちは、活動を開始する準備でホールで案内状の作成とプログラムをパソコンに打ち込んでいた。当初スワミが目的としたミラクル聖者の道は、いろいろの方面から検討した結果、無理があると結論が出され、断念することにする。働きながら1週間来てスワミに法の種を魂に入れて頂いても、日本に帰って左脳が全壊すれば、種も枯れてしまうだろうし、そもそもミラクルというものは、神の使命を果たすための道具として与えられるもので、スワミも常々チョコレートと言っていた。

 

 または、フックするという言葉が頻繁に発せられていた。つまり、資本主義経済の仕組みの中で生活している者は、常に生活の向上と無駄な消費の中で生かされているわけだから、霊性修行とは、相反する社会という事になる。つまりミラクルを求めるなら、資本主義経済社会の枠からでなければならない事になる。これが、スワミのいうミラクルはチョコレートであり、フックなのであります。 

 

 つまり資本主義経済の枠の中でお金儲けをしたいやより良い生活を望む人たちの間違いを、正すための道具がミラクルという事になる。その人々を神の世界に呼び戻すための道具という事にもなる。「良く手を見てごらん。何もないだろう。と言いながら手を回すと物が出て来る」わあ~凄い。私もやりたい。」「誰にもできるよ。簡単だよ。」これでフックされる。

 

 そのやりたいと思った人は、何故やりたいのだろうか?それを覚えて何に使うのだろうか?自分の心に聞けばわかるが、お金儲けの道具や名誉や地位を得るために使うであろう。お金や地位や名誉や今まで得た知識をすべて捨て、神の世界に来いと言っているのに、どうして真逆の人に神はミラクルを与えるであろうか?この心がエスカレートしていくと、手品まがいの事を行うようになる。

 

 たとえ、できたとしても、誰が信じるであろうか?心も魂も出来上がってない人が信頼を得ることが出来るであろうか?ヒマラヤで修行するサドゥーは、未開の奥地で修行することにおいて、12年後に何らかの力を神より授かり、里に下りることが許される。12年間であります。その間は1回も里に下りる事は出来ないのであり、また降りる必要のない人がサドゥーなのでありますから、親戚縁者の葬式にもお祝い事にも参加する事は出来ない。であるから、自分の葬式を行い、家族や親戚と絶縁して山に籠るのであるが、その人達でさえ、成功することはない。まして、ミラクルは神から与えられるものであるから、自分が希望するミラクルが与えられる可能性は少ないと、多くのサドゥーは言う。

 

 これでおわかりだろうが、カレスワール、スワミは人々をチョコレート(ミラクル)を使って、神の世界にフックする使命でミラクルを与えられているのです。歯が無くなった人に、クリエーション(創造の力)で歯を創って上げたい。ジーザスの様に目が見えない人を見えるようにしたい。冤罪を晴らしてあげたい。理由はいろいろだが、相反する事を同時に行うという事は、車のアクセルとブレーキを同時に踏むようなことだと、スワミは言う。

 

 お金や名誉を求める人は、相反する事を求めている事になる。ブッダやジーザスやババがどのような環境で生活していたか、考えたことがあるであろうか?家族を持ったことがあるであろうか?高級な家に住み、愛人を囲って贅沢三昧をしていたであろうか?考えれば、わかる事が現生にどっぷり浸かると脳は麻痺して分からなくなる。このような事を目的な人は無駄な時間とお金を使う事になり、どちらも逃がす事になる。

 

 密教の教えに、「金の草鞋、3足履いて里探せ里探せ」という、教えがある。つまり、自分の足で3足の金の草鞋代を使うくらい、努力して里を探せと言う。里とは豪華な神社仏閣や金襴緞子の法衣に包まれた僧の所にあるのではなく、里に隠されているという。インドでも同じことが言い伝えられている。今、あなたが買い物をした店主が法の持ち主かも知れない。今、貴方が追い払った乞食が法者かも知れない。向こうで畑仕事をしている人が法者かも知れない。

 

 老婆が畑仕事を終えた後、川の側の道を歩きながら、家路に着いていた。「おむすび、コロコロおむすびさん」と何度も歌いながら家路に向かっていた。本人は知ってか、知らずかは、わからないが、川の中の小石が歌に合わせてコロコロと調子を取っていたとの、嘘のような本当の世界があるのであります。この農婦はボロをまとって、何の欲もなく、ただ黙々と神が決める天候や災害の中で一生を過ごすのであります。

 

 ババは服装はどうであったろうか?ジーザスはブッダはどうであったろうか?これらから考えてミラクルを募集要項に加える事は邪道であると考え、目的をゴッドヒーラ要請となるのでありますが、参加者の多くは、ミラクルを見ることと、神の側にいるだけで良いという人が大半を占めていた。特に外人には、自分が聖者になる考えはなく、聖者の側にいることが幸せなのであります。

 

 空海さんは、中国の恵果阿闍梨から法を受け継ぎ、日本で数々のミラクルを行い。真言宗という宗派を興した。ジーザスは脇の下から生まれた。西洋人と日本人の違いがここに在るのであります。生まれた次元が違うと教えられる。神は手を合わせて拝むものだと教えられる。ゆえに修行の目的が違うのです。スワミは宗教の奴隷制度を解放すると言っているのに、自分たちが進んで奴隷になっている人たちと混同した中で修行することになるのです。

コロナ後遺症の倦怠感は慢性疲労症候群・筋痛性脳脊髄炎?

私たちの疲れは、これか?パッドで抜く以外なそうです。


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NO629・・・新リーダー誕生

2022-05-29 | 悟り

 サードステージが中止されてからは、スワミの魅力に取りつかれた人々は、仲良しグループでアシュラムを訪れていた。当然出来る限りのお世話を私たちはしていた時、外人の長期滞在者を含む全員がホール(マンディール)に集められた。スワミは、現在のアシュラムの状況を述べられ、サードステージの中止の原因を述べられた。日本人は顔を下に向け、外人はにんまりの笑顔がこぼれ、ざわめきが起こった。

 

 スワミは、おごりを嫌う。アメリカ人の大口献金者は、我が者顔で自分のアシュラムである如き行動をしていた。日本人の一部もそうであったのかも知れない。インド人の習性というか文化は、後から知る事になるのであるが、自分の思っている以上のドネーションを頂くと、今後の期待の為か、帰る時にいう言葉は大体決まっている。KENZOアシュラムに今度何時来るかい?である。いつの間にかKENZOアシュラムになっているのである。

 

 大概の人はいい気になり、上に書いたような行動を起こすようになる。私は何度も経験していくので、間違いないと思う。私たち日本人の多くは、サードステージで完成される物質化を得るために、大金を注ぎ込んできたのに中止とは、詐欺にあったようなものだ、すでに300万円は投資していた。正観さんもウッシーも同じで500万円で物質化が出来るなら安いものだと参加していた。多くの人も同じであったろう。

 

 スワミの怖いところは、いい気にさせて舞い上がらせておいて、頃合いを見てどすーんと落とすやり方であり、この後、私たちは何度も経験し、その裏をかきながら、日本人グループ絶対有利の知恵を得ることになるのであります。悲しむ日本人に相談を受けた私たちは、数日後、私たち3人はスワミに食いついた。きれいな言葉でいえば交渉になるのであるが、スワミを相手にするには、きれいな言葉や行動では通用しない事は、すでに見抜いていた。

 

 スワミ、おかしいではないか?何があったかは知らないが、私たちには関係ない事である。私たちは、スワミを信用してセカンドステージを受講したのである。こんなことになるなら、ファーストステージが終わった後に決めて欲しかった。私たちが生活する日本は約束を守ることが信用であり、インドとは違うところが多々あるが、インドは約束を守らない国と認定されるであろう。

 

 少なくともスワミに縁があった人々は、スワミの事を嘘つきとして、日本で広まるだろう。私たちもそのような行動をスタートさせるつもりだ。スワミは、「私は構わない。来るもの拒まず、去る者追わずだ。」23歳の強気な言葉が返って来る。わかりました。それじゃ失礼します。私たちの日本人魂に火が付いた。それを察したのか?スワミは、・・・・私はババの指示で全ての行動をしている。私は私であってババのもので、ババは自分の本当の教えを広めるための、聖地が欲しいと願っている。

 

 その役目を果たすために、物質化というミラクルの力を与えられている。つまり、物質欲にどっぷり浸かっている人々をババにフックするために与えられており、その使命を忘れカッとしたのかも知れない。そこで、相談なのだが、お前たちで日本人をまとめることが出来るなら、再開しても良いがどうかな。相談して欲しい。お前たち3人と私でババの夢を叶えたいがどうだろうか?

 

 私たち3人は部屋に戻り、いろいろな方面から検討する。正観「健ちゃんは、商売人だから出来るかも知れないけど、僕は何もできへんでえ」。ウッシー「僕は受験のための知識なら誰にも負けない自信はあるが、世間の事は全く使い物にならないし、健三さんには逆立ちしても叶わない事は知っている」。何のことはない。すべて私にサイは振られたのです。正観さんの言葉に、良く健ちゃんは商売人だとの言葉が出る。これは大体決まって、私に対抗心を燃やした時で、自分は右脳人間で霊性が高く計算が弱い事を言いたいのであります。つまり私は左脳人間で現生の仕組みを熟知していることを言いたいらしい。それを言われても、腹が立たない事が正観さんのなんとも言えない魅力でもあるのです。

 

 この3人が何故3人組になったのか?偶然ではなく、必然的にババに仕組まれておるのではないかと、ふと思った。それにスワミで4人組が出来上がる。スワミの手伝いをすることでババに繋がるのでは?幸いB型であるスワミの考えや行動はB型である私は読めるので、社長業をしながら二つを同時にこなす事は大変であるが、面白いと言えば面白そうである。スワミに私は一つの条件を付けて承諾する事になる。

 

 スワミ、私が企画実行するしかないと思うのだが、私は修行のためにインドに来ているのに出来なくなるではないですか?スワミは即答で「お前の代わりに、私が毎日マントラを5分唱える。私の1分はお前の10年分だ。」私は、信じてない。1回はするかも知れないが、毎日するわけない。確信に近いものを持っている私は、ウッシーに毎日しつこく請求するようにお願いする。それでも無理だろうな。

 

 セバ行に勝る行はない。100万回マントラを唱えるより一つのセバを行うことが、どれほど貴重か知っているか?私はババの為に無償の奉仕(セバ行)をしている。それによって多くの人を助けることが出来る。その功徳が返って来る。ゆえに修行をしなくても、修行をした以上が返って来るのだ。また、ババも知らぬふりはしない。お前が本当に困った時は絶対救ってくれる。それをあてにして努力を怠ってはならない。

■緊急情報:

イベルメクチンとオミクロン

 

 

 

 


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NO628・・・スワミと共に

2022-05-28 | 聖者

 いいな!私と別れの時が来るまでは、絶対に、絶対に私以外のグルの教えを魂に刻んではならない。そして、私と別れた後もシルディー、ババが大グルである事を忘れてはならない。ババは偉大だ!そして、私が歩んだ道を進め。そのためには、覚悟が必要だ。いいな。わかるな。私はババの僕であってグルではない。ババの弟子に過ぎない。ババが目指すことを実現させる弟子に過ぎない。

 

 私を見てはならない。ババを見続けるのだ。私も肉体を持っている身であるがゆえに、誤解を与えるだろう。そして、信じられなくなる時が来るであろう。ゆえに、私を見てはならないのだ。ババを見続けるのだ。そして、生涯ババから離れてはならない。約束だ!いいな。4人は共に歩くのだ。今後、私もお前たちも、多くの事で障害が発生するだろう。そして、私の元から逃げ出したくなるだろう。私は、ババの元から逃げ出したくなる時が来るが、時期が来るまで逃げ出してはならない。

 

 スワミの予言通り、その後、幾多の災難が降りかかってくることを、スワミ以外の私たちには、知るすべもなかったのだが、ある時は命を狙われ、インドに入る事が難しい時期が待っていたのです。その夜3人は、地下室のシバ神の部屋に呼ばれ、秘密の中で儀式が行われた。正観、お前にはシバ神のアートマリンガムを与える。ウッシーお前には、ガネーシャのアートマリンガムを与える。このアートマリンガムは、1年後に大きくなるだろう。今年は2個しか出ない。私は一つは日本人に渡すことを約束しており、もう一つをアメリカ人に渡す約束をしている。これを無かったことにすると、どうなるかわかるか?ゆえに当分の間は秘密にして欲しい。

あったが

 KENZO、お前にアートマリンガムはない。ので、ハンピで約束した火と水が出る杖を与えると言って、白い布に包まれた箱に入った物が渡される。私はにんまりであったが小さい!私が思っていたインド伝統の長さとは違う。スワミ、小さいではないですか?そうだ、これから2年の工程を経て完成させる。最初は銅線を巻いた杖であり、その後それが銀に変わり、そして、それが金に変わり、ハンピの河原で完成するのだ。お前が火と思えば火が出り、水と思えば水が出る。凄いものだ!私が生徒に与える最初で最後の行なのだ。

 

 これは事実に基づく話であり、若干の時期の違いがあるかも知れないが、内容はすべて真実であります。その頃、私たちより前の生徒が長期滞在していた。この方は、公務員を辞め、猿に人間の赤ちゃんを産ませる行に参加していた。個人レッスンか何人かの行か不明であるが、その人は信じていたが、私は疑っていた。いくらミラクルスーパー聖者でもそれは無いだろうと思い、馬耳東風である。そもそも神が宇宙形成の枠からはみ出したミラクルを許すわけはないだろう。宇宙は一つの秩序をもって進化と向上に向かっている。その進化が猿が人間を産むなどはあり得ないのであります。

 

 その後、その話は聞かなくなったのですが、それでも彼は定期的にスワミを訪れていた。私たちは、良く彼と話はしたが、心の中では避けていた。彼は一人の弟子と共に行動し、二人で平家の落ち武者と毎日戦っており、疲れるという。そのせいか、彼の近くに行くと、魚が腐ったような臭いがする。何のことはない。この世で畜生界に住まわさせられていたのです。

 

 ある人から聞いた話であるが、彼が小枝で物凄いスピードで地面に神の字を書くことが出来、それを写真に撮り訳すと本当の神の文字(サンスクリット語?)であったとの事で一つの文書になっていたそうです。世の中には、それが凄いと思う人と、私たちのように可笑しいと思う二種類の人種が共存しているようである。その数年後、スワミの生徒に若い女性がいた。この人も同じような事に悩まされていた。深夜2時丁度に電話がかかる。変な事を聞かされる日が連続4~5日続いた時、今から私がいう事を聞いて欲しいと言うので、聞いた。べらべらと流ちょうな聞いたことのない早口が耳元で聞こえる。彼女の声ではない。が、一つの言葉になっているように聞こえる。

 

 多分サンスクリット語だったのだろうが、真実は分からないまま2~3日後に救急車で運ばれたと情報が入った。それから音信不通であります。これらは一体何だろうか?あなたは信じることができますか?その会話の中に私とある人が夜中に股間に入ってくると言った。そのことをもう一人の耳に入れたら。まさか?私があいつに行為を持つわけがないだろうの一蹴であった。もちろん私も同じであり、恋愛の対象外の人でお役目とは言い4~5日も耐えたのです。

 

 彼は、数年後、私はどんな癌でも治すことが出来ると日本で吹聴するようになった。そのことをスワミに告げると、スワミは、彼の弟子になるので伝えて欲しいと即言われた。また、ある人が日本でスワミと同じく手から物を出すミラクルを行っていますが、本当でしょうか?問うと、即あり得ないと答えた。このような事から考えると。その人の強い願望が長く続き、その願望が真理から離れたものであったなら、真理の世界の逆の悪魔界の餌食になるのではと考える。が、多くの人は、悪魔界と聞いただけで拒否反応を示す。が、心の奥底では、人の出来ない事を行い有名になりたいと思っている。そのためのミラクルを求めているのでは考える。それは自分が弱い人間だと自分が知っているからではないだろうか?

 

 しかし、奇病や難病に悩まされる人は、何か目に見えない世界があるのではと、気が付くようになる。危険であり、紙一重の所であるが、これを避けては神にたどり着けないのも事実なのです。魂が肉体から離れると悪魔界に突入するとブッダも多くの覚者が述べている。それに取り憑かれないようにするのが、魔除けであり、多くの人は神社でお守り袋を授かっている。そして、多くの儀式が日本には存在し、若い女性は占いが大好きであります。頭では信じないが魂は分かってる。

 

 この相反する世界に生かされていますので、心が情緒不安になると、ついつい、楽な方を選ぶ。その楽な道とは、人のせいにすることであり、絶対に私は正しいと思う方向なのであり、毎日、毎日人の悪い事を吹聴し、失敗したのはあいつのせいだ、私が出世しないのはあいつのせいだ。はたまた、あいつが合格しなければ、私が受かっていたのに、等などが原因であるのです。

 

 この世界よりもっと強力な世界に私たちは送りこまれたのです。あいつは、お金を私たちに出させ、あいつはスワミにちやほやされいる。陰の声が数年後に聞こえてくるようになるのでありました。その人たちも自分が正しく自分が正しいとの錯覚の定規を持っているのです。なら、貴方が私の代わりになったらどうですか?(ババはさせないでしょうが)理由を付けて逃げる。あなたの何倍のお金も何倍の時間も使っている事を知らない。スワミは、それが人間だと知っているので、道徳は教えないし、魔に向かったものは助けない。無駄だという。一人助けるエネルギーは百倍かかるという。自分で創ったものは自分で解決する以外ないのだという。ゆえにお前たちは、回り道をするなという。茨(いばら)の道が神へたどり着く道だという。ゆえに大グルが必要だという。この茨の道を歩むことになった日の思い出を綴りました。


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NO627・・・ペヌコンダに帰る

2022-05-27 | 聖者

 この話は、2000年頃の話であり、多少年号が前後することもあるが、本当の聖者とは、聖者の日常の生活とは、聖者の真の姿などを知らせるために連載しており、多くの方々が体験するインドとは多少違う事もあると思うのであるが、なるべく真実の世界を書きたいと思っている。1週間や1か月の滞在では、ただうわべを見ているだけで到底真実とはかけ離れた体験本を見かける。

 

 このようにして、真実とかけ離れた人物像が出来上がって行くのではと思っている。カレスワール、スワミが出版された「ジーザス・クライストの本当の教え」を紹介している時、気が付いたのは、多くの人は、スワミを知らない。会った事もない。話したこともない。たとえ、話をされても雲の上の人であり、上下関係の立場で聞いている。その中において、100年後に、この教えが花開き、多くの人がスワミを思う時の材料が必要であろうと思い、連載しているのです。

 

 シルディー、サイババの本もそうであるが、その側におられた方々が書かれた本に巡り合う事はない。また助けられた人や村人の体験本や一緒に修行された方々の体験談も見かけない。その後に書かれた本などはブッダの経典と同じで「如是我聞=にょぜいがもん=我はこのように聞いた」あり、対機説法(たいきせっぽう)が多い。対機説法とは、その生徒のレベルにおいて話すわけだから、レベルによっては、真逆の事も教えられる。

 

 友人2人が、スワミのインタビューを受けた。出して頂いたグッズを手に持って出てきた2人の顔は違う表情である。1人はグッズ(指輪やミニ神像)を2個頂き、顔はほころんでいる。もう1人は1個で顔は曇っている。何故?そのような事をするのであろうか?日本では平等が普通であるから、同じドネーションなら個数も同じであるのだが、スワミはあえてそれを行わない。スワミどうしてなのですか?と私が尋ねると、明確な答えは言わない。

 

 それをフォローするのが私の仕事でもある。と私は思っていたのだが、スワミは違うという。これを行うことが、私の修行法だという。何故かを考えさせることが重要だという。一人は悲しみながら何故かを考え、もう一人は有頂天になるだろう。それで良いのだ。その後、どのようにして解決していくかが修行なのだ。また、違うインタビューでは、手を回して空間から物質化した物を渡すときと、そばに置いていたグッズを渡す場合もある。

 

 一人は、物質化とは手を回して空中から出すものだ。もう一人は、インチキだと言うだろう。この時、まだ未熟な者には、本当の物質化を見せ、上級者には手渡しして、疑問を生じさせる。そして疑問を持たせることにおいてネガティブを噴出させる。これがスワミの手法であるが、私はフォローしてスワミの邪魔をし続ける。貴女は見込みがあるから、2つ頂けたのだよ。もう一人には、貴女はかなり浄化しているから1個で良いのだよと、フォローする。KENZO、お前は私の仕事を邪魔していると、スワミから後に怒られる。私の修行法を邪魔をするなと怒る。このような事を誰が知るでありましょうか?これが裏側、即ち実行する立ち位置から観察し続けた聖者の真実なのです。

 

 これらの事を知るゆえも無く、聖者を語っている。その行為は巨像の足元のアリと同じく、蟻が像について語り合っているのと同じである。像とは、鼻が長く、耳は小さく、草は手で取って食べているのだと年老いた蟻の長老が若い蟻に教える。ーーーーーーこのようなものであると、インドでは教えられている。ゆえに、スワミの横にいて真実を学ばなければ、神の本当の教えは理解できないのです。

本題

 ドンドンドン、アンクル、アンクルと言いながらドアが毎朝叩かれる。ナガナンダ、スワミの宿坊は粗末で地面とほぼ同じの一階だけの長屋だった。6畳一間に日本式の汲み取り式のトイレがあり、その上には水シャワーが出るホースがある。トイレットペーパーなどはなく、用が終わったら左手で拭く。そのための水道があり、バケツに水を蓄えておく。トイレの上でシャワーもするのであり、ちょっと間違えると大変な事になる。

 

 ドアーを開けると、いきなりホウキを片手に突進して来る。追い出されないように突進して、土間の掃除を始める。そして、いろいろの理由をつけて小遣いをおねだりする。病気の父親がおり、大変だ。みんなは、ブレスレットをしているが、私はお金がないので買えない。日ごと違う理由を付けて小遣いをゲットしに来る。

 

 アシュラムの宿坊の横の奥に地元の若夫婦の小屋がある。雨風が防げるだけの藁ぶきの小屋で、暗い奥の片隅に火を焚くレンガを積み上げただけの炊事場がある。家具などは見当たらない。ある日、その若奥さんから食事の招待を受ける。鶏肉のインド風の料理だけであったが、とても美味しく頂いたのだが、その後が大変である。もう少しで私は出産の為、サティア、サイババの病院に行かなければならない。お金は無料なのだが、衣類を入れるバッグがない。みんな持ってくるので、私はみじめだ。このようなバッグだと手で教える。カレスワール、スワミの実家がある村(歩いて15分くらい)に売っているので買って欲しいという。

 

 食事をいただいた弱みから、誰にも言わない条件で、買いにいくのだが800ルピー(1600円)であった。次の日には村中の人に知れ渡り、ナガナンダ、スワミから苦言を言い渡された。お前は、農婦に毎日50ルピー(100円)渡しているだろう。50ルピーは農園の日当より高く、他の若い娘たちも騒いで仕事をしなくなった。それにお前はインドの風習と文化を壊してる。インドは貧しい国なので、いくらお前が頑張っても良くなることは出来ない。その中で生きていく者をお前は狂わしている。ーーーーーーー良いことをしたと思っていた行為が実は悪い事をしていたのであります。ゆえに物事は裏と表から見ないとわからないのです。

 私が渡すのでお前が持っている10ルピー札を持って来なさい。別れの日、私は全ての50ルピー札より小さなルピーを渡し、去る事になるのです。その足でカレスワール、スワミのアシュラムに舞い戻るのであるが、私たちはすぐスワミに呼び出される。お前たちは、二度と他のアシュラムに滞在してはならない。私に仕事を増やさないで欲しい。お前たちがやっている行動は、グルパランパラの流れを複雑にしている。

 

 他の者がどこに行こうが勝手だがお前たちは違う。お前たちの魂の中で流れが複雑に絡み合と、それを元に戻すのが大変なのだ。私に無駄な仕事をさせないで欲しい。早速戻るまで瞑想しなさい。後日、1000ルピー(2000円で半月分)の口止め料を渡した運転手に文句を言うが、けろっとしたもので、俺はスワミの使用人だ。でお終いでした。その時スワミは里帰りしていたとの事でした。

 

 


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NO626・・・ナガナンダ、スワミ

2022-05-26 | エンジェルスティック

 スワミの生家の村にナガナンダ、スワミのアシュラムがある。この村は、サティア、サイババのアシュラムがあるプッタパルティ―の一角にあり、カレスワール、スワミもナガナンダ、スワミも子供の頃、サティア、サイババアシュラムの境内が遊び場であったと聞いた。そして、ナガナンダ、スワミ(私と同じ年齢で数年前亡くなった)とカレスワール、スワミのお母さんは、仲の良い知り合いで、スワミが聖者を始める条件として、違うエリアで行う事を約束されペヌコンダで聖者のスタートをきったのです。

 

 この地区は神の言語に近いローカルの言葉であるために、多くのミラクル聖者が生まれている。インドは州ごとに言葉が違い、南と北ではインド人でも全然わからないそうで、英語が第二の国民後として普及したのであります。日本なら東北弁でも大分のド田舎の言葉でも80%以上は理解できるが、インドは違うらしい。ゆえに小学校の3年生より英語を習い、英語なら大概の所で通じる。

 

 ヒマラヤの奥地で修行している時、小学校の4,5年生からお前の英語は分からないとからかわれたのも思い出として残っている。インドはカースト制度が未だに残っており、日本で習うカーストではなく、親の職業がカーストになっており、大工さんの家に生まれたなら、大工さんになる以外はないので、子供の頃から親の仕事の現場の飯場で寝泊まりしながら、手伝いを行うので、学校に行くことも出来ない。当時の報酬は、奥さんも子供も含めて5000円くらいが相場であった。

 

 カーストが出来たころの職業によってカーストは引き継がれているので、その後に新しくできた職業はカーストの枠にはまらないので、そのカーストから抜け出すために、多くのやる気のある青年は、夜間の塾に通い、死に物狂いで勉強し、コンピューター王国となって成長することになるのです。アメリカの夜は、インドの朝で英語が通じる。昼はソフトをアメリカで開発し、夜その続きはインドで行う。これにおいて安いソフトが出来、日本でも多くのコンピュータ技師が活動しているのです。

 

 話はそれたが、私たちは、ナガナンダ、スワミのアシュラムに長期滞在していた。私と正観さんとタイ仏教で修行した女サドゥの3人で修行していた。ナガナンダ、スワミはオイルを採る果実の農園主でもあり、多くの若い農夫(主に若い女性で日当は30ルピー=60円)を雇っていた。その農夫らと共同生活ではないが、食事や宿はほぼ同じで、冷や飯にカレー汁の毎日であるために、私と正観は近所のチャイ屋に度々脱出して栄養補給をしていた。

 

 その村の一番のチャイ屋の前にカレスワール、スワミの生家があり、ある日スワミの運転手と遭遇し、口止めの賄賂を渡したのだが、インド人ゆえに賄賂の効果がなかったことが後日わかるのであります。また、サティア、サイババのアシュラムにもリキシャで行ける距離なので、何回か訪れる事になるのであります。サティ、サイババのアシュラムは規模もでかく、そこで生活する人(土産物屋)や観光客(修行者)の為の町が形成されていたので、何でもそろっているし、美味しいダバ(食堂)も沢山ある。

 

 この環境で、私たちは、ビブーティーを出すミラクルの修行をしていたのです。ナガナンダ、スワミのお寺のご神体はカーリー神であり、大きな真っ黒な舌が赤いカ―リ神がホーマ(コインを灰の中にいれ、プージャしたコインを渡す)の後ろに奉られていた。規模は小さく一人のヨーロッパ人の中年の女性が滞在していたのだが、メンタルの病気か嫉妬心が非常に強く、私たちに対してあらゆる意地悪を行うので本当に困った毎日であった。

 

 ある日、カレスワール、スワミが始めたサードステージが突然中止されることになった。私たちはサードステージに夢を膨らませ、大金を投資したのであるが、突然中止が申し渡された。詐欺~だ。原因はスワミとリーダーの考えの違いが生じたそうで、突然中止されたとのことであったようです。詳しい事はここでは割愛させて頂きますが、そのような事情により、次のミラクルを得る先発隊としてナガナンダ、スワミを訪ねたのです。

 

 ある深夜、スタッフに叩き起こされる。何かと思い、急いでホールに行くと村人が戸板に乗せられ運び込まれていた。足は丸太の様に大きくはれ上がり失神していた。夜、外で排尿をするために出たら、いきなりコブラに噛まれたそうだ。スワミは、ある日、私はコブラやサソリに噛まれた村人々を、無料でヒーリングを行うのが使命だと言ったことがある。最初に訪れた日も若い女性がお礼に来ていた。サソリに噛まれたのをヒーリングで治したそうである。インドは貧しい為に普通の人は病院に行くことは出来ず、無料の聖者に身を委ねるそうで、それが本当の聖者だと胸を張って言われる。あたかもサティア、サイババやカレスワール、スワミに対する当てつけの様にも感じた。

 

 KENZO今日昼教えたカーリーマントラを唱えながら、足の親指で牙を抜きなさい。そうだ、うまいではないか。おお、それでよい。と言いながら、すぐ後にスワミが行う。翌日その村人は来たのだが、まだ足は丸太の様だった。その後は見かけなかったので、どうなったのか?そのような毎日であったが、女サドゥーは私たちと戯れることなく、真面目に行を行っていた。

 

 一か月アシュラムに滞在すれば手からビブーティーが出るようにしてあげよう。その時カレスワール、スワミの五大行の地の行を行っていたので、ゆっくりできるあろうとの事もあり滞在することにしたのです。夕方から親指を地面につけて行をする毎日を過ごし、一か月が近づいた日に3人はホールに呼ばれた。今から最終のエネルギーを送るので両手を開いて目を閉じ瞑想をしなさい。

 

 1時間過ぎた頃であろうか?私の手首に何かが落ちたように感じた。目を明けて手のひらを見なさい。スワミの声が聞こえる。私の手のひらの中だけにビブーティー(聖なる灰)があった。スワミが出たではないか。これが物質化だ。女サドゥ―が大きな声で質問する。私には出ていないではないか?何故なのだ。一番神に近い私には何故でないのだ。落ちこぼれのKENZOに出て、何故でないのだ、おかしいではないか?それから、何日かスワミを困らせ、遂にスワミは声を荒げた。俺は知らない。すべては神が決めることだ。その女サドゥはある日スワミに聖者になる方法も尋ねていた。

 

 スワミは簡単だ。お前が後継者がいない廃寺に住み着いて信者が来るのを待てばよい。お前に何らかの力があれば人は集まって来るであろう。私の様にコブラやサソリの毒を消すことが出来れば人は集まって来る。聖者とは、自分が名乗るのではなく、人々が決める事なのだ。ゆえに聖者になる試験も資格もない。

 

 私は満足していない。上から落ちてきただけは意味がない。自分の意志で出すことが出来なければ意味がない。スワミ、私の意志でサティア、サイババのように手を振って出すことは出来るのか?スワミは答える。ブッダのお寺を寄進しなさい。そうすれば可能だ。だめだ、こりゃ~!信じていない私と正観さんは翌朝アシュラムを去る事に決める。女サドゥは、それから水中の行を行えば、可能だとの言葉に釣られ居残り、農業用水の水路で頑張るが、さすがに気が付いたのか、1週間後に去ったと風の声に聞いた。


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NO625・・・スワミの教え3

2022-05-25 | ヒーリングスティック

 ファーストステージが終わりセカンドステージまでの間にアシュラム訪問ツアーが開催された。その当時のアシュラムはマンディールだけしかなく、トイレ、シャワーは外に備えられており、決して快適な環境ではなかった。が、アメリカ人の一人による大口献金(5億円くらい)で、これから急激に建設されていく工程の初期の時代だったのです。

 

 その設備が整っていない、アシュラムで正観さんと再会することになる。アシュラムでは禁酒、禁煙は当然であるのだが、ニコチン中毒の二人は、建設中の囲いの外にでて定期的にタバコを吸っていた状況の中で、親しくなり、情報交換が行われる。その中で、びっくりするのは、単独でアシュラムで修行した方がグループで行う行より先を行っている事だったのです。

 

 高いお金を払ってグループで参加するより、宿泊費と食事代と参加費で私たちより可成り少ない金額で修行が出来る。親しくなった二人は、健ちゃん正観さんと呼び合うようになり、次回の再開を約束した。今すぐ、グループから離れることは出来ないので、セカンドステージが終わって、正観さんを頼りにアシュラムに来るので、宜しくと硬い約束がなされたのであります。

 

 もう一人来るので3人で頑張ろう。もう一人?このもう一人は、後日わかるのであるがウッシーだったのです。その約束を実行するためにセカンドステージが終わった後、正観さんと合流しアシュラムを訪れる。スワミはテント張りの二階(今のジーザステンプル)から外を眺めており、正観さんに紹介された時、スワミはウエルカム、よく来たね。私はお前の事はよく覚えている。本当によく来たね。ゆっくりした後、話し合いを持ちましょう。

 ウッシーに紹介された時、こいつだ。ビックリしたがウッシーも私を歓待してくれた。正観さんと一緒で参っていたところで本当に助かります。もうイライラの毎日だったので、本当に救世主のように感じます。と、ウッシーと初めての会話がなされた。

 後日スワミから、三段界アップする特別のプージャがあるが、お前たち3人の為に虎皮もゲット済みだがどうする。その3段階とはどのようなものでしょうか?正観さんが質問すると、シバのエネルギーで決して落ちることのない境地に達することである。※注:後に私が行う仕事を当時はスワミが行っていたので、一人三役も四役もスワミは行っていたのです。

 この頃のアシュラムには、多くの外人が押し寄せ設備が追い付かない状況であったので、ババの指示かどうかは分からないが、スワミも闘志むき出しで精力的に活動し、なおかつ、ババの夢をかなえるために、シークレットな行も秘密裏に行っていた。虎皮は当時の日本よりはるかに規制が厳しく誰もが寝静まった夜に行われることになった。臭いを消すために、周囲に多くのインセンスが焚かれ、誰も近寄れないようにガードマンを配置して行われた。

 お前たちが必要ないなら、外人に回すがどうする?費用はどれくらいでしょうか?正観さんが尋ねるとババが提示したという金額をスワミは提示した。私たちは検討しあう話し合いの中で、正観さんから提案がなされた。僕とウッシーは英語が出来るが、健ちゃんは出来ないので、今後の通訳料として健ちゃんが払ってくれないだろうか?ごもっとも、なかなか言いずらい事をいう正観さんの意を汲んで承諾し深夜実行されたのであります。

 小さな虎皮であったが3頭用意されていた。規制がかかっているので、見つかると御用だそうで、私たち3人が初めてのプージャであるとのことであった。インドでも今は幻のプージャで他のお寺では行っていないだろう。虎はシバ神であり、シバ神は破壊、即ちお前たちのカルマを破壊した後、魂が神の世界で再生される。昔も地位のある人しか授かることが出来なかったプージャなのだ。

 通常の修行では何十年もかかる行果をプージャで三段跳び出来る貴重なプージャだ。いくら希望してもババが許可を出さなければ授かる事はできない。お前たちは高額だと思うだろうが、虎の皮代だけで私の奉仕で行われる事を理解しなければならない。いくらお金を積んでも大グルであるババの許可が出ない者には出来ない。これが神(ババ)との誓約なのだ。これらの内容を二人は私が理解できるように通訳する。

 高いようだが、安いかも知れないと思う中行われたのであります。スワミはババのアシュラム建設の為には、自分の身を切り刻んでも、お金が必要な時期であったのであろう。後半になって気づくのであるが、この時期のスワミはとてもパワフルであった。そのパワフルなエネルギーを、私たちがリーダーになった後の10年でほぼ吸い尽くすことになろうとは、この時の4人には知るすべもなかった。


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NO624・・・スワミの教え2

2022-05-24 | エンジェルスティック

 私たちは、大阪のホテルに集合していた。そこでリーダーより金の板が渡される。20人くらいで分散してインドに持ち込むためである。この金は、金とオイルと薬草を沸騰させながら、スワミが唱えるマントラの力によって「幻のヒーリングオイル」を創るために持ち込まれた。

 

 お前たちは、外に出ていなさい。この沸騰した湯気が目に入ると失明する。非常に危険な工程であるので見せることは出来ない。そして何時間かしてオイルは完成する。これは当時のリーダーから聞いた話なので詳しい事は解らずじまいで、最強のミラクルで作られたのであろう。このオイルを積み込んだバスはシルディー村へと向かう。「サイラム、サイラムを唱えながらシルディー村に向かう。

 

 オイルはシルディー村にあるマンディールのババに祝福するための工程であったのだろう。無事工程が終了すると、翌日の早朝バスは、セカンドステージが行われるスリ―セイラム(シバ神の聖地)へと向かって出発した。また、サイラム、サイラムを唱えながら現地に向かう。多分5時ごろ出発したと記憶しているが、バスの中から見る朝日は格段に大きく赤い。これがインドの朝日かと感動したのを覚えている。

 

 スリ―セイラムのコテージでスワミは待っていた。今回はこのガーデンの草むらにいるコブラを捕獲して全員に噛ませる。噛まれたものは失神し神との遭遇がなされ、悟りの境地に至る。みんな魂を浄化して待ちなさい。誰が一番に行うかな?その時4~5人の生徒が手を挙げたあと、スワミは畳みかけるように、この行は相当な魂の浄化が必要であり、浄化不足の者は、そのまま成仏して神の世界で暮らすことになる。これは、これで素晴らしいものだ。

 

 それでは、誰から始めるかな?希望者は手を挙げて。し~ん、一瞬静けさが辺りに漂う。う~ん、こんな素晴らしい行を誰も希望しないのか?もう一度手を挙げて!この時、私は手を挙げたような気がするのであるが、未熟さの為か無視され、代わりに、魂の浄化を行うヤントラの授与へと変更されたのであります。後から思えば最初から計画されていたのであろう。(この1~2年後に私だけスワミのアシュラムのジーザステンプルでコブラバイトの行を授かる。外人を含め最初で最後の伝授者となるのです。が、この時、私が選ばれる事など誰しも想像さえできなかったでありましょう)。

 

 スリ―セイラムには、インドの全土よりシバ神の信者が訪れる。すべての男性は坊主頭にして、ガンジス川に続く路を神妙な顔で進む。ガンジス川は日本の川を想像しては、期待を裏切るくらい汚い。その川に浸かり沐浴するのであるが、日本人がその水を一滴でも口に入れたら、100%下痢は間違いないであろう。インドには、多くのチャイ屋が道路の休憩場所に存在するのであるが、その周りにはハエの大群が押し寄せてくる。

 

 新聞紙と思って文字を見ろうと手を伸ばしたら、ハエが一斉に逃げ出し、文字が消える。文字と思ったのはハエの大群だったなどが普通なのが当時のインドなのです。当然、途中で休憩するレストラン(ダバ)で、提供される水は飲んではいけない。テーブルを拭いた雑巾でコップを拭いて出すので普通なのです。水だけでなく、コップも危ないのがインドなのです。長期滞在すると裏側を見る機会が増えるので、誰よりもインドを知る事になるのです。

 

 スワミは、マントラを書きながらヤントラを書いていく。ノートを見ながらではなく、頭の中に刻んだ知識を紙に書いていくだけである。それを50~100書くのであるから、やはり神の使いと思う以外ないのであります。スワミはミラクルの力を持って手から物を出し、人々に興味を持たせる。ゆえに、スワミが行うミラクルは、人々をフックする道具であるとスワミは口にする。

 

 このマントラとこのヤントラを覚えると、お前も私の様に出来るよと、心をフックスする。これを使命にスワミはミラクルの力を神から拝受されたのであろう。ゆえに自分の為にこの力を使ったなら、神によって消される。スワミは、ババの教えを広めるお寺が必要であるという。人は、ならミラクルで金を出せば良いではないかと反論する。そんな単純でないのが、神の世界で行われている事だから、神を知るまでは反骨だけで一生過ごす人も沢山いる。ユーホー否定学者の何とかさんのような人が沢山いる。

 

 宗教を使ってビジネスを成功させる。また否定して自分の身分を高める。宗教を受け入れたら競争の社会からはじき出されるので否定する。製薬企業などは、否定し続けないと自分の首を絞めることになるので認めない。これらが混同しながら進化しているのが、人間界であるので、霊性修行の成功を願うなら、知識として潜在意識に刻まれたものを捨てるのが聖性修行の始まりという事になるゆえに、排除出来てない者を、コブラに噛ませる行為は下手をすれば殺人になるので、中止されたのであります。無駄な知識を出さなければ、新しい神の知識を入れようがないと多くのグルはいう。

 

 このオイルが欲しい人は手を挙げなさい。当然私はゲットして何十個かのヤントラを手にして帰途に着いたのです。

平地より気温が低いのでブルベリーは良く育ち、キュウリやナスやトマトの植え付けは平地より遅く行われます。

 

 

 


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NO623・・・スワミの教えが始まる

2022-05-23 | エンジェルスティック

 いよいよ待望のカレスワール、スワミの教えが開始される事になった。この講座はファーストステージ・セカンドステージ・サードステージの3段階でミラクル(物質化)を完成させることを目的に開始され、1回目のファーストステージは50~60名の参加者でハンピにて行われることになった。この時のメインは60個のマントラの授与とヒーリングステッキの作成であり、私はこのステッキに非常なる興味が湧き、高い参加費であったが即参加を決めたのであります。

 

 ハンピは世界遺産で有名であり、昔の面影を残す川がきれいな聖地でもあります。山々には今にも落ちて来そうな巨大な岩石群が連なり、自然の不思議が満喫できるところでもあります。行はハンピで一番大きなホテルの庭で行われる。このガーデンで、スワミは空に向かって手をふり上げた。その数秒後空からはジャパマーラーが人数分スワミの手に落ちてきたのです。

 

 多くの人からは、感嘆の声が漏れる。超ミラクルであります。私は2回目のミラクルを目の当たりで見たのですが、空から60本近くのマーラーが降って来る。????当然手には何も持っていなかったわけですから、目は点になって当然なのです。とにかくスワミは若かった!この頃のスワミはとてつもなくパワフルであった。このマーラーを使って行は進むのであるが、最初に60個のマントラが与えられ、このマントラすべてを滞在中の4日間で覚えるように指示がなされた。翌日いよいよヒーリングスティックの制作であります。

 

 翌日ホテルのホールにはスワミのスタッフにより材料が揃えられていた。わくわくであります。その材料は、インドの竹(中は空洞でなく詰まっている)50cmくらいとタコ糸が用意されていた。マントラを唱えながら竹にタコ糸を巻きつけて行くのでありますが、隅から隅まで2重3重に巻いていくと1~2時間かかり、完成後スワミのプージャで魔法のスティックになる。

 

 私は嬉しくてうれしくて、その後もステイックに夢中で、マントラなど覚える気にもなれなく、テラスで握りしめ続け、少し疲れるとハンピの街中の探索である。他の人は部屋やガーデンでマントラを唱えているようであったが、私は気にすることもなく、スティックと探索に夢中であった。

 

 4日間の工程中には、物質化やプージャなどもあったのだが、それは、それで感動の毎日であったが、私には今回の目的は達成されていた。スティックの行を行えば、高度なヒーリングが出来る。また空からマーラー(マントラをカウントする数珠)が降って来るミラクルを見れただけで大満足であった。

 

 最終日全員ホールに集めれらマントラのチェックが行われる。10個以上覚えた者は手を挙げて、20個以上覚えた者、30、40、50個と順番にチェックが進むが、私の手は挙げられていない。最後に60個すべて覚えた者は手を挙げてとの言葉に、全員が集中した中一人の青年が手を挙げた。わあ~というどよめきがホールに響き渡る。私は、こいつは天才だと思った。私と違い真面目に行をしたのか?観光はしなかったのか?

 

 これがウッシーとの初対面だったのです。正観は、日本から参加した知人たちのエスコートで参加していたので、そちらに忙しいそうで、この時は、ウッシーも正観さんとも顔を合わせる程度で深く知り合える仲ではなかった。当然と言えば当然であるが、企業戦士の落ちこぼれと秀才と人懐こい3人の出会いであった。

 

 私は、手を挙げることはなかったので想像して頂ければよいのだが、5個だけしか覚えていなかったのです。この時、スワミを含む全員は将来のリーダーになる事は予言できなかったでしょう。神の世界は道徳ではなく、信仰心である。一見真面目そうに見えるが、人の面倒はみないで、自分の行果だけに熱中するエゴな人々を、今後見続けなければならない運命が待っていたのです。

 

■ハヌマン・ジャヤンティ 5月25日
ハヌマンのための喜ばしく心開く祝祭です。ハヌマン・マントラ- Om Hreem Hari Markata Markataya Suvaha -と瞑想を通じてつながります。


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NO622・・・スワミとの出会い

2022-05-22 | エンジェルスティック

 1997年ごろ世は波動ブームで湧いていた。SE5という波動測定器をアメリカより輸入し、日本に広めたのがA氏で、そのA氏の貢献度は素晴らしいもので、感動した私は測定器を3台購入し、研究に研究を重ねたのだが、測定結果は一回一回違う。当然講習会にも参加し、測定するが違う。疑問に思った私は、その後、他社より発売された高価な波動測定器を2社より求め、研究するがやはりバラバラの測定結果しか出ない。

 

 当時、ソーマダインという200万円以上する高価な気エネルギーを発生させ、患者のエネルギーを調整する器械も購入し、治療に応用するが何の役にも立たない。研究するうちにわかったのが、所詮器械は器械で、それを使う人の心(魂)に問題があるのではないかと思うようになり、インドを目指すことになった。SE5を日本に紹介したA氏は波動測定器の普及を行いつつインドツアーも開催していたので、もう一人のサイババツアーに参加したのが、最初のインド行きだった。

 

 そのツアーはバラサイババのお寺に行き、ダルシャンを得た後、ミラクルで空中より物質化されたグッズを拝受するツアーであった。その当時は、グッズのコレクターのような心境で5個グッズをゲットするまで参加する意気込みであった。そのツアーには、シルディー村訪問もセットであったので、当然3回はシルディー村にも訪問しているのだが、深い意味は知らず観光気分であった時に、ふとA師が漏らした言葉に私の心は釘付けになったのであります。

 

 ペヌコンダに超ミラクルを行う若い聖者がいるとの言葉であった。バンガロールの空港で外人の会話を聞いたA氏はそれを見逃すことなく、スワミの元を訪ねたとのことであります。外人はスワミを訪ねる時花束を持って行くそうだが、A氏は米を持参し、スワミの心をゲットしたのであります。当時のスワミはハットと呼ばれる掘っ建て小屋に弟子一人と生活しており、食うに食えない毎日を過ごしていたのです。

 

 スワミの口癖に、成功する秘訣は、私の心をゲットする必要があると常に言っていたのは、この当時の辛い日々を過ごしていた時に、花より団子でコメの有難さを思い出しての言葉でないかと後に気づくのであります。そのスワミが最初に日本に来たのが1998年頃で、長野県に私も招待されたのであります。スワミが22~3歳の時であり、とてもとてもパワフルな時期であり、若者がたどる無謀な好奇心旺盛な時期だったのです。

 

 10人くらいの参加者であったと思うが、私だけが、当時幻と言われていたリンガムを物質化して頂いたのです。その時のスワミから発するエネルギーは天にも届くほどの超強力なエネルギーであり、飛ばされると思った瞬間に天よりリンガムは物質化された。その強力さは、今でも忘れることは出来ない。その時ヒーリングオイルを作る行が行われ、幻の花ジャガンマーターの濃縮オイル5mlをピュアオリーブオイル50mlに溶かすものであった。

 

 当然、私は舞い上がった。所詮器械は器械と思っていた時に、自分の魂の浄化も相手の魂の浄化も出来る。それもインド伝統のグルパランパラで引き継がれた聖者しか知らない、ヒマラヤの秘境に咲く幻のオイルを実際手にしたのですから、舞い上がって当然というものです。この時が、スワミとの運命の出会いだったのです。共に苦労が始まる運命の出会いだったのです。

 

 


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