癒しの森 湯布院(仙人の健康相談室)  


人を、そして自分を癒し真なる喜びをもたらす
   
        人生の生き方を学ぶ 癒しの森湯布院

NO661・・・再びインドで

2022-06-30 | 聖者

 聖者の実態というより、聖者の見方というか?聖者の良し悪しを判断するのに道徳が備わっているか、どうかで判断する人が多いようですが、私が多くの聖者を見て来た経験から言うと、聖者の世界にも硬派と軟派の二通りのタイプがいるようだった。バラサイババのように今生で聖者になられた方は、軟派的教え方でとてもやさしい一般受けのする聖者だったように思うし、一般大衆には受けがとても良いように感じて見ていた。が、この聖者の元で解脱を目指すには、物足りない気がしていた。

 

 バラサイババは、インド人の信者が多く、音楽大学出身の為、歌が大変うまく一般には人気があったようだが、外人の長期滞在者は少なく、どちらかというと指導者ではなく、本来の聖者の仕事である人々の悩みなどを聞いてあげ悩みを和らげるタイプであるように感じていた。それに対して、カレスワールは、インド人は相手にせず、もっぱら外人専門の聖者と見ていたし、実際何か月も滞在していたが、インド人の相談者は見たことがなかった。

 

 傍から見ていて、何故?スワミは、他のアシュラムのようにインド人を大切にしないのかと不思議というより、聖者の義務を果たしていないのではと思う時もあった。インド人から見ると奇異なアシュラムに見えたのではないだろうか?そのような事もあり、一度アシュラムに入ると外出は厳しく制限されており、一歩外に出れば商店もあるのであるが、チャイの一杯も飲むために出ることは許されなかった。

 

 ゆえに村人から見れば、奇異な得体の知れないアシュラムに見えただろう。私達外人が村に行く事が出来れば、お金も村に落ち、村も潤うと思っていたのであるが、スワミはそれを許さなかった。スワミによると、インド人はとても嫉妬心が強い為、ある店だけに集中すると、他の店からやっかみが起こり、焼き討ちなどが発生する可能性があるとのことであった。インド人は神様の国だから、嫉妬心ややっかみは無い国だと思うのも大きな間違いで、日本人より嫉妬心は強い。

 

 そのアシュラムでは工事が進み、崩しては建てる事を行っていた。レンガの塀を作り建物を作る。建物が出来上がるとレンガの塀は壊され、違う場所に新たにレンガの塀が建てられる。この繰り返しである。当時、夕方になると老人がやって来てスワミと打ち合わせをしている。この老人がスワミのワスツー(インド風水)の師匠であり、アシュラムを建てながら学んでいたようだ。それを元にスワミはインドワスツーという本を後に出版する事になる。

 

 インドは暑い国だから、日陰の北側を重要視したワスツーが完成していた。川も風向きで家が涼しくなる位置が吉とされている。そして日差しの強い南側は山や山林で遮る。これを日本で実際に行ったらどうなるであろうか?日本は南東の角地が一等地で地価も高いが、インドでは反対である。国によって風水も違うのだなと思い、私はインドワスツーを日本で広める活動はしないようにしていた。自分が老後過ごすなら、南側の縁側で日向ぼっこしながら過ごしたいと思っている者が広めるのには抵抗があった。が、今年のように暑く、もっと温暖化になるのなら、その時参考にさせて頂くが今ではない。

 

 自分が出来ない事を人に勧めるのには抵抗があるし、インドワスツーで家を建てるなら、作ったり壊したりでとても金銭的にも不可能なので、湯布院アシュラムは良いとこ取りで行っているところであります。このようなワスツーも取り入れたアシュラムで行われるプログラムは、解脱やゴッドヒーリングを目指す人たちの専門学校のようなものであるから、他の聖者やアシュラムと比較すると混乱が起こる。し、スワミにも二面性がある。他の生徒にはなるべく悪い所は見せないようにして、良い聖者を演じ続けないとならないスワミも大変であったろう。私もその点は苦労していた。スワミは良い人で、KENZOは悪い人であった。

 

 スワミの教えは義務教育の様に平等などはありえなく、専門課程によっては、特別授業料が必要となって来る。日本人は聖者養成講座を希望し、多くの外人は長期休暇を利用して物価の安いインドを目指し、半分は避暑感覚であるので、宿泊の安いアシュラムを目指す。スワミのアシュラムは外人の評判では非常に高いアシュラムであったので、どちらかと言えば裕福な層が滞在していたが、キリストの教えの国の人たちは、自分がジーザスと同じように聖者になれるとは、思ってないので瞑想オンリーであるが、日本人が押しかけいろいろの行を授かると嫉妬心が吹き出し妨害をする事もあった中でグルステッキの授与が行われる事になった。

続きます。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

NO660・・・来日3回目2

2022-06-29 | 悟り

 来日する付き人に長期滞在者の日本人の好青年を指名していた。通常スワミは一人で来ることはなく外人の男一人か二人と同伴して来ていたので、今回は私の作戦で、好青年を指名したのであります。この好青年の母親が私に会いにインドに来た時がある。当然息子を心配して来たのであるが、心配するには、心配するだけの理由があったのであります。

 

 日本人グループが結成され、最初のプログラムをインドで行う事になったが、その時、多くの人に紹介して頂き、幸先の良いスタートが出来たのは、この好青年のお陰であり、私は遠くから見守り感謝をしていた。ウッシーと好青年は、エリート同士という共通点と育った環境も似ているようで、ウッシーは好青年を可愛がっていたので、私が余り深く関与しない方が良いだろうと思い、遠くから見守っていたのであるが、私が日本に帰っている時、今回好青年を指名しなければならない理由が発生していた。

 

 インドで行う2回目のプログラムに引率してアシュラムに着き、プログラムを順調に進めていた時、ウッシーから重大な相談を受ける事になった。好青年が、行に必要なある物を取りに帰るようにスワミから命じられ、とんぼ返りで帰らなければならない強硬なスケジュールでインドに戻ったのであるが、一向にその行が行われないとウッシーがスワミに対して怒っていたのだが、軽くいなされるウッシーにはどうすことも出来なかったようだ。

 

 それで困ってウッシーは私に全てを打ち明け、援軍を頼んだのである。KENZOさん、スワミにガツンと言って下さいよ。という事は、ウッシーも絡んでいたので責任を感じているのだろう。それがスワミの一本釣りというやり口で、後に私が禁止令を出した理由でもあるのですが、それでも、中にはスワミと直接交渉したい人もいて、実際した人もいるが、私には責任はない。

 

 が、好青年には知らん振りは出来ない。私の腹心のウッシーが絡んでいるわけだから無視は出来ない。それで、スワミに催促するとバンガロールからケースを持った宝石商がやって来た。その中から私とウッシーでダイヤモンドを選んだのであるが、そのダイヤモンドを使った行は中々行われない。ダイヤモンドアッシズーと呼ばれる行であるが、スワミは行おうとはしない。

 

 ダイヤモンドを手に握り、マントラを唱えながら火の前で瞑想すると化学結合が分解され、ダイヤモンドは粉々になるというミラクルである。その分解するエネルギーを手から吸収するものであるから、相当な価値はあるであろうが、行われない。これをどう、解釈するかが神の世界ゆえに難しい。例えば、全ての欲を捨てることが出来た人なら出来るが、欲が残っている人には出来ないとか?それで、欲が無くなるのをスワミはずっと待っている。とか、解釈が難しい。

 

 その難しい行を何故?スワミは新人にさせようとしたのか?理解が難しい。先ず失敗は、それによって親が不信感を持ったという結果である。日本に帰って一晩親とゆっくりくつろぐ暇もなく、インドにとんぼ返りである。親としては、おかしいのではと思うだろう。変な宗教に嵌ったのではと心配するであろう。それも跡取りの長男である。母親は由緒ある老舗の誰もが知る会社の社長であり、父親は新宿で金融業の会社の社長と聞いた。そのどちらかの跡取りをしなければならない宿命で生まれて来ている。

 

 好青年は、私から見れば真面目過ぎで、スワミを師匠に持てば20年はかかるなと思っていた。スワミの手法は高度でかなりの修行者でなければ着いて行けないだろうと思っていた。現生と神の世界のはざまで生きている人なので理解できる人は少ないであろうと思っていた。「きれいな水には魚は住めない」という、言葉があるように、神の世界も同じような世界である。

 

 少し汚れた水の中で外敵から身を守りながら、神の世界を目指さなければ神の世界に至る事は出来ない。神の世界にたどり着けば純粋な世界であるが、そこに到達するまでは、汚い世界を見続けなければならない。人間の汚さを見続けなければならない。その世界であるのに、スワミは期待したのか、大事に思ったのか?いきなり高度な行を与えた。そして、一番大事な親に不信感を持たれた。

 

 その人間の感情をかぎ分けることに対して聖者はうといと何人の聖者を見て私は思っていた。小学生には小学生に理解できるように教えなければならない。そして習う人も自分のレベルにあった人から学ばなければならない。それが、いきなり小学生が大学生の勉強を始めたのだから混乱はする。親から頼まれる私の立場は苦しい。縁ある人がババに近づいて、それを切り離なさなければならない。

 

 母親からは、懇願するような長い手紙が送られてくる。どうするか?親を取るかババを取らせるべきか、決断が難しい。私は決断した。親を泣かせる修行は。好青年にさせるべきでなかろうと決断した。そして、付き人に指名し、聖者の実態を見せることにした。直立不動でスワミの後ろに立ち、私とスワミの交渉の全てを聞いている。私も普段よりは、大げさに交渉している。中身はお金に関する言い合いである。少し普段より、大げさな実態を見せた。その後、彼は姿を見せることはなかった。スワミも私の作戦を来日前から感づいていたのであろう。一切文句を言う事はなかった。

 

 須藤さん「世間が思っているような立派な叔父ではないのですよ」と中村天風先生の姪の中村有美さんと、真冬の池の行から、肩を寄せながら宿に帰る時、こっそり、つぶやきなら教えて頂いた言葉を忘れる事が出来ない。

 

 そのような状況の中、全てのプログラムは順調に終わる事が出来、最後まで帰る事のなかった、魂のレベルが高い夫婦とナターヤFUMIと4人で夢を語り合った。この旦那さんは、インドのプログラムに参加したことがあり、私の全ての行動や采配に感激して頂いていたそうであります。難しい我の強い生徒達をよく束ね、細かい事まで気を配り、普通の人には絶対出来ないであろうと思って頂いていたと、後からナターヤFUMIから聞くことになった。その奥様とは、初めての面識であったが、奥様からお風呂のドネーションとして250万円振り込まれたのです。その後、何か思うところがあったのでしょう。プログラムに参加することも、会う事も無いし、連絡もない。少し寂しいが、これが見返りを期待しないドネーションかと勉強させられた。普通なら、もうお風呂は出来ましたかとか連絡があるであろうが、一切何もない。今、どうしているかなと思わせる夫婦の思い出でもあるし、このような方と巡り合えることが、セバ行は苦しいがバネになっているように思っている。

 

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

NO659・・・来日3回目

2022-06-28 | 聖者

 インドでいろいろの事が起こっている中、スワミ3回目の来日が実現する。今回のメインは子宮回帰と言われるホーリーウームチャクラの伝授である。今回は非常に重要な行であると共に今後を見据えた場合、何らかの形を持って日本に恩恵が与えられる事を考えていた。私たちは、通訳のセット(インドの聖者を知る第一人者)を入れて話し合っていた。

 

 スワミが今の様に、大伝法を次から次に与えていたら、そう長くは続かないであろう。いつかピークかはわからないが、取れるものは今の内に貰っておくべきだろうとの結論に達した。スワミのエネルギーが10トン車のバッテリーなら、一つの大伝法でどれくらいのエネルギーを使うのか?それを人数で足していくと大体の目安はつく。この計算式はセットの知識といろいろな聖者から入手した情報に基づくもので、後から振り返ってみたら間違いなかった。

 

 弟の死や、他のアシュラムの妨害やスワミの口から出てくる言葉や、やがて起こる結婚などを考えると、ピークは25~28歳くらいでは無かろうかと推測された。当時スワミは25歳くらいであったので時間がない。そこで、今回行われるホーリーウーム、チャクラの伝授は重要である。そこで私は、難しいであろう交渉をした。スワミ「私達、日本人は、ババのシンボルタワーの建設資金の協力を行っており、そのために、多くの人は、高いプログラムを受講してきました。多くの人は、このままでは出す一方で、将来に不安を感じるようになっています。まだ、今後も建設資金の協力をせよというのでしたら、日本の生徒に教えの許可を出して欲しい。今回のホーリーウームチャクラの教えは最適と私は思っています。この教えを広めるためにも、許可を出して欲しい。その教えにおいて収益を得た人々は、建設資金の協力金としてドネーションして頂けるでありましょう。」

 

 スワミは、最初は渋った。当然でありましょう。これは、スワミが小出しにしてきた教えであり、スワミの教えの根幹を為すものである。ゆえになかなか「OK」とは言わない。が、スワミがミラクルと教えをババに授かり、神の世界から下生して来た目的は、ババのシンボルタワーの建設の為である。それを果たすには、日本人グループに頼る以外ない。半分は脅迫である。このために抜け殻になっても本望であろう。

 

 神の世界には四段階あると言われている。塵の集合体が無尽に重なり合って宇宙は形成されている。その無尽の集合体を束ねているのが、集合体の中心に座する「大霊」と言われる中心の神である。その無限の集合体の一つの環がババファミリーとすれば、その中心に座位するのは、ババでそのババを補佐しているのが、三重の環になる。ゆえに神の世界に到達し中心になるのも目的であるなら、四段階目から三段階目を目指さなければならない。

 

 神の世界には、人間界の出世競争のようなものは存在しないのであるが、多くの人々を助けるのが神なら、自分も多くの人を助けたいのは当然であろう。そして、小さな輪の中心のババはなおさらであろう。天界と言われる神の世界に入ると地上に住む人々の苦しみを嫌というほど知る事になる。塵になる事が出来ず、地獄界で苦しんでいる者を見るたび心を痛めるが、全員を救ってあげることは出来ない。ゆえに救ってあげることが出来ると最上の喜びを知る。その喜びをもっともっと高めるためには、困った人々に振り向けるエネルギーが必要となる。そのエネルギーの元は、ババを慕う人を増やし、その人々から送られてくる、感謝のエネルギーを増やす事である。

 

 あっちからもこっちからも「ババ様どうか、お願いします」と縋って来るが、全ての人を救済するだけのエネルギーがない。もっと人々を助けたい。これが見返りを期待しない神の欲である。神の世界の四段階目に呼ばれた神は、神の世界では新参者である。三段階目を目指すにはババの命令は絶対である。ババが言う「カレシュワーラ・・・お前にミラクルの力と教えの雫を与えるので、もう一回人間界に戻り、人々をフックして来なさい」は!はあ~!であろう。

 

 そして、多くの人々をフック(ババの信者にする)するために、ババのシンボルタワーの建設が命じられる。このシンボルタワーが完成しなければ、神の世界に戻っても三段階目の椅子に座る事は出来ない。出来ないといずれまた違う使命をもって、地球に下りてくる。これが生まれ変わりと言われるシステムである。ゆえにスワミもいずれ形を変えて降りてくるだろうが、いつかは誰にも分らないし、どこの国に生まれるかもわからない。

 

 結果的に、シンボルタワーは完成しなかったのであるから、また、いずれどこかで会うかも知れない。な~んか、懐かい匂いのする人に出会うかも知れない。「袖触れ合うも何かの縁」である。それが、自分の子供かも知れない。隣の子供かも知れない。学校の先生かも知れない。それが神縁だったら、その人を困らせますか?自分の師であったかも知れないし、自分の親であった人かも子供であったかも知れない人を困らせますか?

 

 スワミは、私に前世では、私の父親であったと言った時がある。それゆえに、私はお前の言う事は聞かねばならないとも言った。それが、どの前世かは知らないが確かに言った。私が約10年間、無理難題を押し付けたり、時には大変強い口調で文句を言ったりしたが、結果は使命を果たし終える時期までは、首にはならなかったことで証明されている。当時の私とスワミの交渉は死闘であった。食卓のテーブルを叩きながら交渉した時もあった。これは歴史上あり得ない交渉であった。ウッシー、正観、セットは自分の目と耳で事実を見続けた。他の者は、陰では、ぶつぶつ言うがスワミの前に来たら借りて来た猫状態であった。いつも少数が陰で文句を言うので、スワミに直言する場を作ったが、皆逃げた。スワミ、そんな意味で言ったのではないのですよ。私は永遠にスワミに着いていきます。???スワミは3枚舌で生徒は2枚舌、これが人間の実態であることを知り尽くして行くのです。

 最終的には、許可を取り教えが始まったのであります。この価値ある内容は次回書きます。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

NO658・・・スワミの弟2

2022-06-27 | エンジェルスティック

 スワミの弟が大学を卒業した後、アシュラムに度々遊びに来ていた。スワミに似た好青年で親の後を継ぎ教授の道に進むのかと思っていたが、その後会う事もなく、2~3年が経った頃、アメリカで事件に巻き込まれ亡くなったとの情報が舞い込んで来た。当時のアメリカは日本グループに感化されたのか、スワミをアメリカに招致していたようである。

 

 アメリカはキリスト教が多く、日本の様に法を求める修行の教えはなく、教会に行ってお祈りをする宗教である。そもそもジーザスは脇の下から生まれたのであり、人間とは違う次元であると洗脳されている為、自分が修行すればジーザスの様になれるとは教えられていない。日本の教えは、誰でも修行することにおいてブッダやジーザスや聖者のようになれると教えられている。

 

 空海さんは、中国に渡り、恵果阿闍梨の元で修行をされ、まれにみる天性の持ち主である空海さんは、恵果阿闍梨の持つ法を受け継いだ後、日本に帰り各地で、数々の奇跡を起こしたことは歴史が証明している。そして、多くの人を仏に結び付け、真言宗を律宗した事も多くの人が知る事実であります。当時の日本で宗派替えが簡単に出来る時代ではなかったが、空海さんには、それほどの力があったのであろう。

 

 そのようなアメリカでは、スワミは各地を回りスワミダルシャンを行っていたと聞く。スワミダルシャンとは、大勢の前で説法をする事であり、スワミを知って頂く儀式で、その後スワミの元で修行を行う入り口であるのだが、自分がジーザスを目指すなどはご法度と教えられている為、ほとんどが、その場限りで良い話を聞いたで終わっていたように感じる。

 

 ゆえに本当に気持ちのドネーションだけで、後に繋がる事はなかったのではと推測するのであるが、そのドネーションもスワミはインドに持ち帰る事は許されず、インドの建設費に貢献される事はなかった。中には大口献金者もいたであろうが?アメリカのアシュラムの建設を考えていたのであろうか?持ち帰ることはなかった。アメリカ人というのは、個人主義者の集まりであるゆえに、リーダー的存在の人はおらず、まとまりが悪かったのを見かねてか?スワミは弟をアメリカに送り込むことになったようだ。

 

 どれくらいのお金がアメリカに保管されていたのかは知らないが、そのお金がもとで弟は事件に巻き込まれ、短い一生を終えることになる。スワミはババのシンボルタワーの建設資金のために、アメリカで布教活動を行っていたのに、何故?弟は犠牲になったのだろうか?どこで、方程式を間違えたのだろうか?神の為に働いて何故?何故?なのでトップシークレットになっていたのであるが、歴史に残るとすれば真実は後世に残さなければならない。

 

 インドでは、親のいう事が絶対である。スワミが聖者になったのも親は反対していた。自分の後を継いで大学教授を目指して欲しかったと聞く。その夢を弟に求めたのであろうが、スワミは弟も巻き込みアメリカに駐在させた。仏教には、五虐罪という神仏が創った絶対なる誓約がある。これを犯した者は絶対神仏にはさせないという厳しい誓いの約束がある。(生まれ代わりにおいて、聖者でも治すことができない、神が創った病気の原因の一つと考えれる。)その一番目に、自分を授けてくれた父、母を絶対殺してはならないという誓約がある。神は神の力において、神を目指す子に育てて欲しいの願いで、夫婦に子を授けたのであるから、絶対である。

 

 殺すには、親を苦しめることや目でにらみ、口で罵る事も含まれている。これは絶対的で、ババのシンボルタワーの建設に於いても、この誓約の方が絶対ではなかったのだろうか?キリストの教えを邪魔する勢力を抹殺する犠牲者かも知れないが、起こってはならない事が起こったのであります。

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

NO657・・・スワミの弟

2022-06-26 | 聖者

 スワミの父親は、村に近い大きな町にある工業系の大学の教授をしていた。スワミも弟もその大学の卒業生で、もちろんエリートであり、親は自分の道を進んで頂けると思っていたのだが、スワミは大学生の時から信者がおり、その学校の先生たちの一部を信者であったので、進む道はすでに決めていたのであろう。大学を卒業すると同時に聖者になったわけであるから22歳の聖者誕生であった。

 

 多くの聖者は、聖者になるまで何十年も修行を行い、その内のごく一部が聖者になれるわけであるが、スワミは突然変異としか思えない。何故22歳で開花したのかを考えるにおいて、アヴァターや化身という言葉から考えていかなければ結露にたどり着く事は出来ない。そして、過酷な修行をして物質化を会得した物でもない。この物質化は、使命を果たす道具として神から与えられた解釈すれば謎は解けるのであります。

 

 大宇宙を構成してるエネルギーは意志や意識と言われる思考から発生するエネルギーによって維持がなされている。この意志や意識に欠陥がある者が、もし、その一員に加わったなら、おかしな宇宙の構成になるであろう。その意志は、自然放射線を媒体に人間の意志に通じているなら、その意志に誤りがあるなら、正常な情報をキャッチする事は出来なくなるだろう。神の意志とは、何であるか?それは、愛であるとジーザスもブッダも他の多くの聖者が述べている通りである。

 

 その愛を持って宇宙は正常に巡行され進化している。その一員になるのが人間に生まれた目的であり、生まれぬ先の父や母を思い宇宙の神秘に近づいて行かねばならない。決して金儲けや地位や名誉を求めるために人間界に生かされているのではない。スワミは、その大事な修行をすることなく、聖者になり真理を教えている。ジーザスは脇の下から生まれたとキリスト教は教える。

 

 ブッダは生まれてすぐに立ち上がり7歩歩いて、右手を天にあげ、左手は地を指し「天上天下唯我独尊」と言った。この世に人間以上に尊いものはなく、人間に生まれた幸運を天と地に感謝するという意味であろう。自分が特別だとは言っていないのであるが、キリスト教では、そもそも生まれた境地が一般人とは、違うので私たちはジーザスに縋って生きる以外ないと解釈された。

 

 ブッダは、違う。人間に生まれた者は、天と地を理解し、尊い教えを学ぶものは、全ての人が私のようになれると教えた。その結果が私であると教えた。インドのある聖者に信者が質問をした。「貴方は、神ですか?」と質問した。聖者は答えた「イエス、私は神です。そして、貴方も神です。」と答えた。これが答えである。人間に生まれた以上は神になれると説いた。反対に人間に生まれないと、神にはなれない事を教えている。その尊い、神の一部の魂を持つ人間に生まれた幸運は、自分にはわからないが、他の生物はから見れば、憧れの最終目的である。

 

 人間は、今の仕事が嫌なら転職することも出来るし、日本が嫌いならハワイに住むことも出来る。が、やはり日本に愛着があり、実行する事は難しい。何故なのか?日本は仏教国であり、信仰心が強かった前世では、ブッダの魂の一部が自分の魂と共鳴している事を覚えている。ゆえにどちらかと言えば仏教国であるタイやミャンマーなどのアジア諸国に定年後は移住を考える。もちろん物価の事もあるであろうが、これは肉体の方であり、魂はブッダを求めている。

 

 なら、何故?ヒンドゥ教のインドなのか?ブッダは皇太子の位を捨てバラモン教に入信し、6~7年間苦行を行った。一日中バラが生い茂るバラのとげの上に裸で寝る修行などをしたが悟る事はできなかった。そして、バラモン教のカースト制度に嫌気を指し、ヒンドゥー教へと導かれるのであるが、やはり何かが違う。当時の時代背景は、イラン民族であるアーリア人がインドの土着宗教を飲み込み拡大をしていた時代である。ゆえにカースト制度が強いバラモン教はヒンドゥ教にも影響を与える。今でもバラモン教の流れを汲む、ヒマラヤのプリーストには、絶対的な権威を保ち続けている。プリ―ストは王より位は高いのである。

 

 ブッダは皇太子の位を投げ出し、人間の苦しみの原因を解放すために修行の道に進んだブッダはカースト制度を容認することは出来なかった。そのブッダは人間はすべて平等であると説いた。泥棒も売春婦も全ては仏の魂を持つ存在であるから平等だと説いた。そして皆、神仏になる資格があると説いた。私のようになれると説いた。その道に到達するには、苦行は必要ないと説いた。真理を学ぶだけで誰もが到達できると説いた。

 

 その真理とは、六道輪廻の鎖から解放されることだと説いた。魂が自由に解き放たれる事だと説いた。その方法を知ってる人に学ぶべきであると説いた。それを知っている人は、神の世界に一度行き、使命の為に下生した人だという事になる。つまり神の化身という事になる。スワミやブッダは、六道輪廻の鎖から解放され、宇宙の塵となり、その集合体の中心の真ん中でなく、中心を守る位置まで到達し、その中心にいる大グルのシルディババから最終の修行の為に、人間界に送り込まれた。そして、多くの誤った物質界に進んでいる人に、神とは一体なんであるかを考えさせる使命で下生させられた。

 

 その宇宙を形成している輪の集団は数えきれないほど存在し、その輪の集合体で宇宙は成り立っている。またその輪の集合体の中心もある。ゆえに肉体から解放された魂は宇宙の塵となり、魂が欲する輪の一員になれば良いのだが、また、その輪の中心があるので、どの道から神を目指そうが行き着く先は皆同じであると言われているのです。あなたが、ヒンドゥ教の道を歩もうが、仏教の道であろうが、アラーの道であろうが、キリストの道であろうが、行き着く先は同じであり、人間に生まれた者は、皆その中心になる権利があると説かれているのです。 だが、一歩踏み出さなければ永遠に到達できないが、いずれ皆、踏み出す時期が訪れるとも言われており、その時期を機が熟した時と言っているのです。

 

ちょっと長くなりましたので、スワミの弟の運命とスワミの転換期については明日書かせて頂きます。常にそうですが、思いつくままに殴り書きしていますので、後で時間が出来たら漢字の誤りなどを修正致しますので、できれば朝と夕方の二回読んで頂けると理解しやすと思います。参考としてヒーラーとはを合わせてお読み頂ければ理解しやしと思います。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

NO656・・・スワミとジョン

2022-06-25 | 聖者

 アシュラムでのスワミの日課は、マンディールのビッグババ像のステージの上に上がり、第三の目をババの足の親指に当ててからガーデンに向かい散歩をする。これが毎朝の日課であるのだが、ある日から毎朝、ジョン、ジョン、ジョンと呼ぶ声が聞かれ出した。犬でも飼ったのかなと見ていたら、大人の男が呼ばれている。カリフォルニアの有名なTVキャスターらしい。

 

 長期滞在しているアメリカ人の多くは、カリフォルニアの人々が多く、ワシントンやニューヨークなどの人は少ないようだ。珍しい存在では、一人のアラスカの漁師の好青年が来ていた。鮭の漁師らしい。この青年はアメリカ人にしては、良識のある青年で私達とは馬があっていた。アメリカ人は相対的にわがままな人が多い。長期滞在で不満が噴出し出したころ、スワミは奇妙な行をアメリカ人に与えた。

 

 これは、ドイツ人にも日本人にも与えずアメリカ人だけである。アメリカ人って人種は動物界に近いのか?性欲も強く、人の物を奪うDNAもあるようで、現実的に世界経済はアメリカが弱い国から奪う事によって成り立っているようだ。ロシアはアンドロサクソンと言って、アメリカやイギリスを目の敵にして、現実にウクライナに攻め込んだ。これはさておいて、性欲のはけ口かどうかは定かではないのだが、アメリカ人向けの行でタントリック行を始めたのである。

 

 タントリックには、性を現す場合とブラックエネルギーを指す二つの表現方法があるのであるが、今回のは性の方で、どのようにして相手を選んだのかはわからないが、数組のペアーがハンピに行く事になった。このペアーにアラスカの好青年も入っていたので、私たちが冷やかす度に好青年は顔を赤らめていた。相手は、カリフォルニアの美女である。

 

 一か月後アシュラムに戻った好青年の頬はやせこけ、やつれている。相手の女性は顔色も血色も良く、男のエネルギーを吸い取ったのがすぐに分かる。かわいそうな好青年にグッドかと聞いたら、ノーグッドだ二度と嫌だから帰国すると言って、それからは見ることはなかった。なかなかの苦行であるようだ。そのアメリカから来たジョンもやはり図々しい、いくらスワミにお墨付きをもらっても、皆の前では控えめにするのが普通であるが、このジョンは違った。

 

 まるで、スワミ気取りである。これ見よがしにババステージに上がり、ババの足の親指に第三の目を付けガーデンに向かう。まるでスワミである。これで止めとけば良いのに図に乗ってマンディールでスワミの真似をして説法を始めた。何も知らない男が本か何かで学んだのか?セミプロが混じるドイツ人やアメリカ人の長期滞在者達に向かって、喜色満面で説法を始めた。

 

 多分レベルの低い聞くに堪えがたい内容だったのだろう。我慢の限界に達したドイツ人の背の高いおばちゃん、がジョンに向かって毒を吐いた。上から見下ろすように、アメリカ人にしては、小柄なトム・クルーズ似のジョンに言った。私たちは、お前のつまらない説法を聞く為に、ここに来ているのではないのだ。きつ~い一言であった。その後ジョンはみんなの視線から消えていなくなった。これは、日本人には出来ないドイツ民族の勝利であった。私たちも、多くの外人も同感で拍手喝采であった。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

NO655・・・ババのシンボル

2022-06-23 | 聖者

 スワミの話によるとババの教えが永遠に残るシンボルが欲しいとのことであった。もちろん急拡大するアシュラムの宿泊施設の拡大が急務であり、それと並行してインドで一番高い、シバ神の塔を建てるのが目的と聞いていた。その高さは40mと聞いたような記憶があるのだが定かではない。マンディールに向かって左側に建てる計画がなされていた。3階まで部屋でその上からシバ神の像が建てられるとのことであったが、その話はいつの間にか聞くことはなくなった。

 

 それと同時期にスワミの逃亡生活も終わったようであるので、何らかの手打ちが行われたのであろう。この話は当時はトップシークレットであったのだろうか、多く語られることはなかった。そのような時期に、2回目の来日が行われた。最初の内は湯布院に集中していたのであるが、体制が整うと東京公演や他で公演を行う様になるのであるが、今はしっかりと体制を整えなければならない。

 

 一回目と同じく、来日のビザや航空券の手配はセット氏とスワミの中でつつがなく終わり、後は来日を待つばかりであるが、途中乗り換えの香港から電話が入る。KENZO、プロミス、OK?NOなら香港からインドに帰るが、どうか?簡単な英語で知らない人が聞いたら何が何かわからないだろうが、要するに、スワミと約束した金額はそろっているかを聞いているのである。

 

 プログラムと参加者の人数から大体金額は出ているのだが、到底一回でクリアできるような金額ではない。香港に着いてる時間は、こちらには生徒が到着している時間である。来るも来ないも、来なければパニックである。もし来ない事になったら、集まった人になんと説明すれば良いのだろう。まさかお金が予定に届かなかったので、スワミは香港からインドに帰えりましたと言えば良いのだろうか?

 

 スワミは2枚も3枚も舌を持っている人である。ある人には、お金の為に日本に来ているのではないと綺麗ごとを言っている。KENZOにお金を要求したことは無いと言っている。ゆえに私がスワミ受けする為にお金を集めていると思われている。常識ある人は、それは見抜いており、スワミと付き合うのも大変えね~とねぎらって頂いていた。本当にスワミがお金の為に来ているのでないと思っていたのは、常に少数のトンチンカンであるが、算数が出来ないのであろう。

 

 お金を誰も出さなければ、どうしてアシュラムの拡張はどんどん進むのか少し考えれば分かる事だ。それに日本に来る交通費だけでも軽く100万円はかかる。まさかエコノミーで来いとは言えないだろう。それに途中までは外人の付き人が来ている。インドから通訳のセット氏も来るし、帰りはシンガポールで待っている。その人達の宿泊費も必要である。シンガポールからお金を分散してインドに持ち込むので大体4~5人はシンガポールで待機しているのであります。

 

 日本に来る回数が増え成功の内に終わると、私に対する嫉妬ややっかみが益々強くなり、外務省に問い合わせした者がでた。スワミは観光ビザで入国し商売をしているが、違反では無いかのタレコミである。もちろん違法な事は私達(スワミ・ババも含む)はしてない。日本のディバイン、サークルジャパンは法人ではなく、任意の仲良しグループである。その生徒たちが、スワミを招致しているのだから商売ではない。

 

 また、全てのプログラムは参加費ではなく、ドネーションで募集しているので、それぐらいのタレコミは想定内で、何ら心配もしていなかったが、無駄な時間を使わせるものだ。結局何の問題はなかった。それくらいの金額は問題ないとの外務省の見解が下りた。税務署も一回も問題になった事はなかったのだが、最悪の場合は、協力者を10名くらい募って自分らの収入に上げればクリアできることは考えていた。税金を払わない方法を考えれば良いだけである。人間て難しい動物であるとつくづく嫌になる事がある。平気でババとスワミの邪魔をしながら、スワミの前ではおべんちゃらを使う。それが問題になるなら、問題がおこらないようにするのが、古い生徒のセバではないのかと言いたい。そして古くなるほど、自分たちが偉くなったように感じるのか?お局のような振る舞いになる。ひどい人は、スワミの好みの女性が参加するとスワミの側に近寄れないようにガードをする。これが人間の実態である。

 

 このように四方八方に気配りしながらプログラムを実行して、集まったお金の全てをスワミに献上できたのであります。これがアメリカやドイツになると税引き後を渡されていたようである。もっとひどいのはアメリカ人でアメリカに招致して集まったお金はアメリカにキープして、スワミには1ドルも持って帰らさせなかったそうである。お金を人質にアメリカだけのスワミにしようとしたのか?日本人が邪魔で邪魔で仕方ない。ゆえに建設費の大半は日本人が集めていたので、スワミは日本を頼りにしていた。その引き換えに、大伝法の殆どは日本人の魂の中に刻まれる事が出来たのです。タイミングと時期が合致していたのです。

 

 話は、戻しますが、今回のメインプログラムは、ミニババ像からアムリタを出す行で、一人の大きな建設業の男性が選ばれ、その人の頭の上にババ像は乗せられた。スワミがマントラをババ像に吹き込むとアムリタが流れ出だしたのであります。もちろん多くの人が見ている前で行ったので種も仕掛けもないし、スワミの手には何も持っていなかったし、スワミ服の中に隠すスペースは無かったのであります。

 

 そのババ像の名前は、アムリタババ像と名付けられ、そのババ像をどうするのかと、スワミが私に尋ねる。私に対する試しである。この前に、大きな問題が起こっていたのであるが、計算ミスで、スワミとの約束を果たすことが出来ない問題が起こっていた。スワミの前で、私とウッシーでドネーションの計算をしていたら、ウッシーのミスで二重に計上されている事に気が付くことになる。上の方と下の方に同じプログラムと参加者の名前が書かれていたのであります。合計を計算していくと予定通りで問題なかったのだが、二重に計上されている。

 

 ゆえに下に書かれた金額を消すと100万円以上のマイナスが出る。私とウッシーが顔を合わせて苦虫を殺した顔になると、スワミも問題に気が付いたのであろう。その場は何とかするとのことで解散したのであるが、顔は晴れない。ウッシーと二人でう~ん。う~んとした顔をしていると、一人の女性がそれに気づき助け舟になって頂けた。全額は無理だが郵便局に行けば50万円引き出すことが出来るので、それでどうにかしてとの嬉しい言葉だった。その日は土曜日だったので、50万円のドネーションである。見返りを全く期待されないドネーションである。涙が出るほど嬉しかった。

 

 その方は、ウッシーと共に東京のセバをして頂いているリーダーの方で、東京公演の時には大変な苦労をして頂く事になった。その当時はインドに行った人たちの東京の集まり場所として、自前の4階建てマンションの一室を提供して頂いていた。そこのシンボルにするのに最適なババ像である。そこに行くようにババが仕組んだのか?、・・・・ドネーションさせて頂いたので、見返りをして頂く事には、抵抗があるので、絶対それは持って帰る事は出来ないと、何度も断られたが、最後には、東京のシンボルだからと私の無理を聞いて頂いた。

 

 ゆえに、スワミに問われた時に、すぐ東京に持って帰って頂くと答えたら、事情を知らないスワミは、お前は馬鹿かというような顔をした。当然湯布院のシンボルにすべきだろうという顔をしたが、後で事情を知ったスワミは、OK!ベリーグッド。

 

 多分、次の来日の時だったと思うのだが、いまだに忘れられない、素敵な若夫婦に助けられた思い出がある。その時から、今の今まで忘れることはない素敵な夫婦であった。本当に見返りを求めない多額なドネーションをお風呂の建設資金の足しにしてください。と通帳に振り込んでいただいた。この話もいずれさせて頂きます。が、今は何をしているだろうか?強烈に思い出すことがある。菩薩行というセバをしていると嫌な人にも巡り合うが、中には数段高い魂の人にも巡り合える。天風先生の姪の中村有美さん。東京のKさん、若夫婦の二人ともう一人東京の税理士の先生など、ふとした時に思い出す。また、お金が足らないときに、プログラムを急遽申し込んで頂ける人などいて、90%クリアしておけば、どうにか最後は辻褄があって、スワミに喜んで帰国して頂いたことが何度もあった。

 

 また、その上を行くのがスワミで、ある時外人の付き人が1200万円と書かれた契約書を持ってきた事がある。強制的に1200万円持って帰るエネルギーを発散させながら、私にサインしろという。これが無いとインドにお金を持ち込むことは出来ない契約書だと迫る。今では懐かしい思い出ですが、当時は死に物狂いの馬車馬の如く走らされていた、。大幅に足らないときは、罵倒され干し上げられた。これが羨ましいと思い、足を引っ張る人の気持ちが分からない。ババの計画を堂々と邪魔している人の霊性修行って一体何だったのだろうか?おそらく死ぬまで気が付くことなく、修行を続けるのであろう。スワミがババの為のシンボルの建設資金が必要だと言えば、それに向かって進むのが修行だと思うのだが、間違っていたのだろうか?自問自答を繰り返す日々であった。不信感があるのなら、自分がプログラムの申し込みをしないで、そんな所に顔を出さなければ良いだけである。そういう人に限って人を巻き込「五虐罪」を犯す。罪を犯しながら悟りたいという。この罰則は神が創ったのであることを知らない。「触らぬ神に祟りなし」という。

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

NO654・・・プログラム受講の意味

2022-06-23 | 聖者

 人間に生まれた最大の目的は、神(大宇宙の一員)になる事である。なる方法には、師匠について学ぶ方法と、自分で本などを参考にしてなる方法と、何もしないでなる方法があるので、あるが、これには大きく時間と関係して来る。何もしないでも、いずれは神になれるのであるが、当方もない時間を要する。要すると言っても、最初はみんな同じで、どうしても神を信じることが出来ない。というより、動物の本能を持って生まれて来ているので、神など知るゆえもない。

 

 自分の欲しいものがあれば力で奪う本能のままに生きていく。人間の成り立ちは、最初は鉱物に生まれ、鉱物の中に潜む微生物とアミノ酸の力によって、鉱物は分解され、やがて大地になり、その大地に植物が生まれ、植物の力において動物が生まれる。この鉱物・植物・動物には神性(神の魂が宿っている=万物には仏性あり)があるのであるが、まだ未熟ゆえに自分が生きるのに精一杯である。それが時と共に進化し高等な能力を持つ動物に進化して行く。

 

 高等な動物は、人を愛する心を持つ動物の事であり、最初に我が子を外敵から守る愛情が育っていく。その愛情は親子兄弟親戚へと広がって行き、やがては集団が形成されていく。この集団が大きくなり、集団の結束において愛情が更に大きくなる。が、この中でも、思想はバラバラで、油断をすると仲間からも奪おうとする者が出てくる。それを束ねようとする高度な意識を持つものが生まれ、規則や道徳というものが生まれ、自分たちの力ではどうすることが出来ない虚しさを知る者は、何かに動かされていることを知り、神の存在に気が付く。

 

 ここまで、エネルギーが進化するには何億年という月日が必要であり、神という存在を少しでも理解できるものは、人間の魂になって行くのであるが、同じ人間でも進化の過程であり、動物本能が強いものは神を否定しながら進化して行く。人間界は、この集団であるから、当然神を否定する者がいても不思議ではないが、何万年か過ごす間にその人も神の存在を知る事になる。

 

 そして、その中の少数から神を求める者が現れてくる。私たちも、遠い前世では、神を否定して生きてきたのであるから、神を否定する人にも、優しく接しなければならない。自分の前世の姿だと思いださなければならない。親子兄弟でも魂は別なので、神の事で喧嘩になる事がしばしばある。違う魂の者同士が結婚をし、離婚に至る原因において宗教観の違いが多々ある。

 

 特に外人に多く、アシュラムのアメリカ人スタッフに聞いたことがある。あなたは何故?離婚してここにいるのだと聞いたら、私の方が魂が進化したから、進化が止まっている旦那と意見が合わず離婚したという。これも当然ありうるだろう。この神をはさんでする議論は永遠に平行線で交わる事は無いので、仕方ない事である。神をもっと知りたいと思ってインドに渡る事になったのであろうが、その彼女も、そこで止まっている。

 

 アシュラムを訪れる多くの外人の窓口になり、世話をしているのであるが、スタッフであり、修行僧ではない。人の為に尽くしているので、菩薩行に見えるが菩薩行ではない。スタッフという名の事務員で給料を頂いていると聞いたことがある。一か月6万円の給料と聞いたことがある。菩薩行とは、見返りを求めない無償の奉仕であるから、該当しない。

 

 この無償で行う菩薩行が神に至る一番の近道で、その道を求めるには53段の急な坂(東海道53次)を上るのと同じだと言われている。いろいろの障害を乗り越え、53段階を目指さなければならない。その為には、道案内人が必要な様に、その道を歩いて神の世界にたどり着いた人の道案内が必要となる。この道案内をして頂ける人が師匠で師匠を持たない修行は、途方もない時間がかかると言われているが、いつかは神の世界にたどり着くことは出来る。なぜなら、人間に生まれた目的は神になるのが最終目的であるからだ。

 

 師匠を持たないで、自力で修行する人は、途方もなく苦難の連続の道をたどって53番目の菩薩の最高位を目指さなければならない。その間には死後50年間墓場の中で暮らし、やがて微生物の力で水になり、その水は蒸発し雲となり、また、冷やされ水になり大地に注がれ、海の水になる。を繰り返さなければならない。ゆえに自分の事を自(みずか)らと呼ぶ。また香典袋の紐は黒と白で結ばれており、水引きと呼ぶ。更に人間の自然死は引き潮と共に息を引き取る。水に引かれて息が絶える。これを何千回も繰り返しながら、菩薩の最高位に至るのである。

 

 菩薩の53段回目(宇宙の塵)に至った者は、雲の上の段階にいるので、水になって再び大地に落ちる事はない。ここで見返りのない慈悲の心を地球という惑星に住む人々に送り続けるのである。次に地球が生まれ変わる時に、塵の集団の中心に安住する神になるのである。気が遠くなるような時間が必要なので、人間の一生は、神の瞬きの一回の時間であると言われている。その刹那の時間をああでもない、こうでもないと、永遠に続くと思う錯覚の世界で悩み暮らしている。

 

 ゆえに霊性修行の国インドの人々は、刹那(せつな)の時間の「今」を大事に生きてるのです。朝は紅顔でも、夕には、死体となって焼かれている煙になっているかも知れないと仏教では教えているのです。他力で行くか、自力で目指すかは、その人の魂レベルが決める事なので、その時期が来るまでは自力で頑張り「法」というものの存在が分かった人がプログラムを受講し、人々の為に愛情を注げる菩薩様になればと良い、と思うのが目的でプログラムを考え実行したので、高い安いと思う人がいても何ら矛盾はしていないと割り切り、スワミと私たちは、前に進み続けたのです。雲を一気に突破し、53番目の菩薩の一員に至るプログラムを組んで実行したのです。参考にしてください。:満月行


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

NO653・・・二度目の来日の準備

2022-06-22 | 聖者

 霊性修行を行うにおいて考えなければならない事は、学校の先生と生徒と同じく小学生や中学生から高校生になり、大学生へと進んでいく過程において、その段階に相応しい先生が生徒を指導するのであるが、大学生くらいになると、小学校の時に習った先生よりレベルが高くなっている場合が多い。これは学校に於いての事だが、霊性修行には、この教育よりも心というものが重要になって来る。

 

 宗教の事や哲学の事においては、人よりもダントツに勝れ、知識もあり、多くの本なども出版するが、人間性に問題がある人もいるであろう。自分勝手な人もいるだろう。自分より優れている生徒を永遠に弟子の立場から解放しない人もいるだろう。霊性修行の目的は何かを考えた場合。まず、自分が六道輪廻の鎖から解放され、その次に縁ある人にその方法を教えていかなければならない。

 

 これが前提ならば、教える人は解脱しているという事になる。解脱した人が人を支配する、支配欲というものがあるのだろうか?もしくは、解脱してない人が、解脱の道を一緒に歩む場合もあるであろう。小学校の先生が算数や国語の基礎を教えると同時に、人間の道も教えなけれならないが、その先生は不倫や盗撮で世間の注目を浴びる。ゆえに人間の肉体を持っている間は、完全ではないので、教える人の振る舞いや行動や家庭などを参考にしては、ならない事になる。その人を通して見るのは、神という事になる。私達ならシルディー、サイババを見るのであり、シルディババを求め、更に先にある大宇宙を学ばなければならない。この大宇宙を学ばなければ、宗教の信者のまま一生が過ぎて行くのではないだろうか?

 

 シルディババも最初は生徒であった。ベンクーサーという師匠の元で学び、肉体がある時はグルとして、多くの人を神へ導き、そして、自分の死後は大宇宙の塵となり、チリ(密教では、化物化仏=けぶつけぼとけ=菩薩様)の集合体の中の中心(神の世界)にいると思われるが、そこに導くためのシッディー(奇跡力)であるので、ミラクル=悟りでもなく。ミラクル=ヒーリングの力でもない。ミラクルの力はあくまでも人々を神の道に導く道具に過ぎない。この道具を永遠に追い求めるという事は、何故なのだろうか?解脱にミラクルの力は必要ないのに何故?執着するのであろうか?人に注目されたいの?お金儲けしたいの?矛盾してはないだろうか?そんな暇があれば魂を鍛えて、魂のヒーリングで多くの人々を治しなさいと言いたい。

 

 ゆえに、カレスワール、スワミから学ぶという事は、ヒーリングから神を学ぶという事になる。ある日、スワミは言いました。将来お前たちは、ヒーリングセンターを作り多くの人を癒さなければならない。西に山がある麓(ワスツー=インド風水)にヒーリングセンターをつくれば、やがて人は求めてくるようになる。これは間違いのない事実であり、絶対である。「いいな!」・・・・・これは、グル認定の時にも約束させられている。

 

 これを目的にスワミの2回目の招致を行う事になった。設備も一回目よりは充実し、不便は少なくなったであろうが、何ら問題はない。江戸時代は寺子屋で学び多くの偉人を排出したわけであり、学ぶ場所ではない。私たちはインドの僻地でも学ぶべき人がいれば行き、行った先はシャワーもトイレもないところであり、建物は掘っ建て小屋であり、寝るのはダニと一緒であった。

 

 湯布院で行った主な行を列記するが年号が前後するかも知れませんが覚えているだけ、書き留めておきます。タイガースキンプージャ・ペットボトルに入れた水道水をオイルに変える行(生徒):スワミ、サマディ―(スワミ)・カーラーチャクラ行(生徒)・ホーリーウーンム行(日本で教える許可を認定)・小鳥の首を切り、元に戻して飛ばせるカンダナヨーガ行(生徒)・ミニババ像からアムリタを出す行(スワミ):日本で用意した歯科用の水銀を飲み込みアートマリンガムを出す行(スワミ)・ヒーリングステッキの行(生徒)・患者に実際行うスワミヒーリング(スワミ)・・・・当時私は、とても忙しく記録に残すことも考えていなかったので写真なども整理していないが、壊れたPC(数台)から取り出すことは出来ると思い捨てずに保管しています。必要な時期が来れば取り出すが、あと数年はそんな時間もないだろう。

 

  昨日の補足:もう一つの地球とは、この世は、陰と陽のエネルギーで構成されているので、全てに対する物がある。生に対して死・男に対して女・雌しべに対して雄しべ・昼に対して夜の様にすべては対でありますので、生きている地球に対して死んだ地球がある。私たちが死んだ後は魂になり、宇宙の塵となり休息を行い、やがて隕石に吸い込まれアミノ酸や微生物と共に宇宙を彷徨い、何億年か先に帰巣本能で、もう一つの地球に帰り生命が誕生する。この繰り返しでありますので、私たち生命は、自然放射線と微生物とアミノ酸と爆発のエネルギー(熱)で発生されたと言われている。ゆえに死んだ父や母は宇宙の塵の中で私たちを見守っているのかも知れない。その本能が、悲しい時空を見て涙ぐむのではないだろうか?その塵には意志があるので通じる時もあり、その塵の集合体が宇宙の巡行と進化に必要なので人間の生まれた目的は、宇宙の一員になり、宇宙の維持に寄与することだとも言われているのです。

 

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

NO652・・・神と人間

2022-06-21 | 聖者

 神とは一体何だろう?神と聞けばいかがわしく、怪しい存在に聞こえ、多くの人は巻き込まれないように防衛線を張る。これは、マルチ商法などと同じく、お金が絡むからでありましょう。マルチに手を出したら損をする。宗教に入信したらお金を巻き上げられる。それでは、神はどのようにしてお金を巻き上げるのでしょうか?それは、どう考えても無理ですね。

 

 神は与える一方ですから、人間からお金を巻き上げることも出来ないし、どちらかといえば与える方です。神に貴方が出世させて下さいとお願いすると、神は一生懸命努力しますが、結果はあなた次第という事になります。何故なのか?その前に神とは、何なのかを考えなくては理解できないでしょう。人間は、神の一員や神の雫とも言われています。そして大宇宙に対して小宇宙とも呼ばれています。

 

 地球の外には、大宇宙があり、一つの法則で成り立ってる世界があります。そして、その世界は法則通りに運行されているのです。その法則とは、宇宙は規則正しく一定の法則(真理)に従って巡行されており、ある一定の信号によって維持され、向上しています。それをヒンドゥー教の神に置き換え説明して考えますと分かりやすいのですが、最初無の世界から有が発生しました。暗闇の中から一つの光が起こりました、これをブラフマー神、日本では阿弥陀如来のお陰と教えられています。

 

 その光は進化し、大宇宙と言われる計り知れない世界を作りました。それが形成されると、それを維持させなければ後退になりますので、進化させながら維持するエネルギーーが発生しました。その維持を行うのがビシュヌ神の仕事であるのですが、その維持も永遠には続かず、いずれは、破壊されます。その破壊はすべてが終わりでなく、破壊の次には、創造(クリエーション)が始まります。無から有が発生する創造が始まり、また再び、次のサイクルの世界が生まれ、その世界で、同じく進化と向上によって維持される世界が形成されます。

 

 なら、秩序と進化と向上のエネルギーは何かといえば、それが神である宇宙意識なのです。神、即ち宇宙意識なので、人間も宇宙意識というエネルギーによって生かされているという事になります。健康から考えるなら、この大宇宙の法則と共に生活をしなければ弾き飛ばされることになります。人間の肉体ではなく、魂が神の一員であり、その魂は何度も生まれ変わる間に進化と向上を計り、やがては肉体を必要としない魂だけになります。その魂は大宇宙から見れば、一つの塵(チリ)に過ぎないと言われていますが、その塵の一つ一つにも意識はあるのです。

 

 その塵の集合体が神ですから、神の意識に合わせた生活をしなければならないのです。今、地球は、その意識から離れた方向に進んでいます。それは文化と利便性を大義名分に自然を壊し続けているのが原因の一つなのです。それは神が望む方向ではないのですが、悪魔界が牛耳る世界が形成され多くの人は、お金が全てある肉体中心の教えが蔓延り洗脳されています。宗教にお金がかかるも同じで、神の意志ではなく、それを取り巻く人間が神を利用してお金儲けの道具にしているのです。マルチ商法も同じようなもので、大切な友人さえも仲間にし、ネズミのように、楽して儲けようと思う人が増え、宇宙の秩序を壊しているのです。

 

 洗脳された人間は、その時は気が付きません。楽をして魂の進化と向上はあり得ない事を知りません。ただ肉体の快楽を求めている人には気が付きません。神は楽をする者には、神の一員としては、迎え入れないのです。ゆえに楽をして儲けようと思う人は、永遠に六道輪廻の鎖につながれて生きなければなりません。神は超えられないハードルは与えないと言っており、努力をしなければハードルを超すことは出来ないのですが、多くの人は、そのハードルを自分で高くしていきます。

 

 ストレスもそうですが、自分に降りかかってきたストレスを増幅して行きます。ストレスがなければ進化と向上は出来ないのです。無風では物は腐って行くのです。健康もそうですが、ストレスが無くなれば免疫力は低下していくのです。そのストレスが問題なのですが、大きくするのも自分であり、小さくするのも自分なのです。ストレスを大きくしているのは、欲なのです。必要以上の欲なのです。そして名誉や地位に縋りつくことで大きくしているのです。神は、捨てて次の段階に進みなさいと教えているのに、それを無理して離さないのです。自分が、神から来た合図を無視して起こった結果が悪ければ、神に怒りをぶっつけるのです。

 

 今、二人の社畜が一つの空きポストを狙って競争しています。一人は、あらゆる手段を使って手に入れようとしています。まるで馬の鼻先にニンジンなのですが、食べたくて食べたくて仕方ありません。それを手に入れようと相手を蹴落とす算段を考え仕事どころではありません。一人はすべては神に任せ、淡々と与えられた日常を送っています。社畜、社畜と良く聞かれますが、その社畜は誰が作っているのでしょうか?今はニンジンを食べたくて、食べたくて仕方ありませんが、ニンジンを食べることが出来たら、次が欲しくなります。それは永遠に続くのです。

 

 そのシステムは神が造ったのでしょうか?神は神と共に生きている人を可愛がります。今の短い一生の中で負けても、いずれの世界では、その人より上に必ず行けます。無理して手に入れた物はいつまでも手元にはありません。泡銭(あぶくぜに)は泡のように消えていきます。その間、その人は魂の向上ではなく、魂の低下を行ったのです。魂の向上を行うには、魂に栄養を与えなければなりません。その栄養は神が与える試練を大きくしないで、ハードルを超えるだけの知恵です。このハードルを超すための知恵が無欲であったに事に気が付くことが出来るのです。この無欲が神の意識を知るに必要な教材である事に気が付く事になるのです。

 

 神(大宇宙)の意識と共に生き、意識の向上を図りなさいと言っているのです。それが人間に、生まれた唯一の目的であり、人間の終局は宇宙の塵の一つなのです。そして宇宙の秩序と運行と向上を計るのが人間の目的だと言われているのです。そこに、たどり着けば苦労はありません。肉体がないので、享楽も必要ありません。それがムクタ―(羽ばたく)の世界であり、奴隷である六道輪廻の鎖を解放し、自由の身になれる唯一の方法なのです。

 

 人間は肉体を喜ばせるために生まれたのではないのです。そして人間の魂は、宇宙の決められた秩序と進化と向上を図る一員になるための、修行者として修行の場である地球に生まれて来ているのです。それを理解出きず、肉体が全てと思っている人の、病気は治しようがないという事になります。病気は、「自分で創り、自分でしか治すことはできない」と言われる所以なのです。

 

 いずれは、地球は核爆発かウイルスによって破壊されるでしょう。これは宇宙の法則ですから逃れる事は出来ないでしょう。今の地球を長続きさせたいなら、石器時代に戻る以外ないでしょう。世界人口が90億人に達した後、人口は減って行くと言われていますが、今のようなウクライナ戦争が長引けば餓死者が多数出たり、贅沢を追求し続けた結果で温暖化などの影響で、もっと早く減るかも知れませんが、いずれは、この地球は破壊され、宇宙の進化と向上に役立つ人は、もう一つの地球に隕石の中に乗っていく事になるでしょう。この繰り返しですから、選ばれた人の死後の魂は、確証はありませんが、どこかにあるであろう、魂の集合場所に集まるのかも知れません。

 

 まるでSFの世界と思われますが、もし否定するなら、人間は何のために生まれてきたのかを問わなければなりません。幻の夢だけを追いかけるためだけに、満員電車に揺られて上司から怒られ、部下から無能上司とののしられる為に生まれてきたのでしょうか?そして、また子供に同じ道を要求する。何を求めて、今日を生きていくのですか?人の悪口を言う為に生きるのですか?政治が悪い。会社が悪い。世の中が悪い。あいつが悪いから自分は幸になれない。これでは、永遠に解決することは出来ないでしょうね。自分の価値観を変える以外ないのではないでしょうか?

 

 これは、空想の物語で見方によっては脅しに聞こえるかも知れません。死んだ後、何もないかも知れません。なら、老後を心配している人は、自分が心配している老後でなく、孫に囲まれた幸な老後が待っているかも知れません。同じで、死んでみなければわからないのですが、万が一あったら、その時「しまった~」と後悔しない生き方をしたいと思っています。いくら貯金しても、何もない世界なら、生きている時に有効に使わなければ、永遠にストレスを発生させるだけです。残すことを考えなければ、ストレスも減るのではないでしょうか?「子孫に美田残すべからず」です。私は、死後の世界はある方を信じて生きていきます。なければ、無い方が良いのですが?死後がないのなら、葬式もお墓も必要ないでしょうね?


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする