09.1/13 274回
【蛍(ほたる)】の巻】 その(7)
内大臣は、
「かのなでしこを忘れ給はず、物の折にも語り出で給ひしことなれば、いかになりにけむ、物はかなかりける親の心にひかれて、らうたげなりし人を、行方知らずなりにたること、(……)」
――あの撫子の歌を遺した常夏の女の娘(玉鬘のこと)のことを、お忘れにならず、折にふれ、人にもお話しになった(雨夜の品定め)ほどでしたので、今でも、あの子はどうしているのか、薄幸であった母親のために、可愛い娘を行方知れずにしてしまったことよ、とお思いになって、(まったく女というものは、少しも目を離してはいけないものだ)――
と、内大臣は、もしかして、その子はみすぼらしい様子の落ちぶれ方をしているのではないか、いずれにしても、名乗り出てくれれば…とずっと思っておいでで、御子息たちにも、
「もしさやうなる名のりするひとあらば、耳とどめよ。」
――もし、私の娘だと名乗る者があるならば、気をつけて居てくれ――
と、常に申し渡しておりました。ある時期はそのような娘のことなど忘れておられましたのに、先ごろ来、源氏が姫君を何人かお世話していらっしゃるのをお聞きになってからというもの、ふと思い出され、今となっては何もかもご自分の思い通りにならないことが、お辛いのでした。
内大臣は、夢をご覧になって、夢占いの上手な者に判断をおさせになりますと、
「もし年頃御心に知られ給はぬ御子を、人のものになして、聞こし召し出づることや」
――(占者は)、もしや、今までご自分でもご存知ない御子を他人に取られて、そのことをなにかお耳になさったことがおありでしょうか――
と、申し上げますので、内大臣は、
「女子の人の子になることは、をさをさ無しかし。いかなることにかあらむ」
――娘が他人の養女になるようなことは、めったにあるものではない。どういうことだろうか――
と、おっしゃって、この頃しきりにそのことを、話題になさっております。
◆【蛍(ほたる)】の巻】終わり。
ではまた。
【蛍(ほたる)】の巻】 その(7)
内大臣は、
「かのなでしこを忘れ給はず、物の折にも語り出で給ひしことなれば、いかになりにけむ、物はかなかりける親の心にひかれて、らうたげなりし人を、行方知らずなりにたること、(……)」
――あの撫子の歌を遺した常夏の女の娘(玉鬘のこと)のことを、お忘れにならず、折にふれ、人にもお話しになった(雨夜の品定め)ほどでしたので、今でも、あの子はどうしているのか、薄幸であった母親のために、可愛い娘を行方知れずにしてしまったことよ、とお思いになって、(まったく女というものは、少しも目を離してはいけないものだ)――
と、内大臣は、もしかして、その子はみすぼらしい様子の落ちぶれ方をしているのではないか、いずれにしても、名乗り出てくれれば…とずっと思っておいでで、御子息たちにも、
「もしさやうなる名のりするひとあらば、耳とどめよ。」
――もし、私の娘だと名乗る者があるならば、気をつけて居てくれ――
と、常に申し渡しておりました。ある時期はそのような娘のことなど忘れておられましたのに、先ごろ来、源氏が姫君を何人かお世話していらっしゃるのをお聞きになってからというもの、ふと思い出され、今となっては何もかもご自分の思い通りにならないことが、お辛いのでした。
内大臣は、夢をご覧になって、夢占いの上手な者に判断をおさせになりますと、
「もし年頃御心に知られ給はぬ御子を、人のものになして、聞こし召し出づることや」
――(占者は)、もしや、今までご自分でもご存知ない御子を他人に取られて、そのことをなにかお耳になさったことがおありでしょうか――
と、申し上げますので、内大臣は、
「女子の人の子になることは、をさをさ無しかし。いかなることにかあらむ」
――娘が他人の養女になるようなことは、めったにあるものではない。どういうことだろうか――
と、おっしゃって、この頃しきりにそのことを、話題になさっております。
◆【蛍(ほたる)】の巻】終わり。
ではまた。