永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(949)

2011年05月31日 | Weblog
2011. 5/31      949

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(10)

さらに、中の君はお心の中で、

「中納言の君の、今に忘らるべき世なく、歎きわたり給ふめれど、もし世におはせましかば、またかやうにおぼすことはありやもせまし、それをいと深く、いかでさはあらじ、思ひ入り給ひて、とざまかうざまにもて離れむことをおぼして、容貌をもかへてむ、と、し給ひしぞかし」
――中納言の君(薫)が、今でも姉君の大君をお忘れになれずに、歎き悲しんでいらっしゃるようですが、もし、大君が生きておられ(薫と結婚なさっていましたならば)、きっと私と同様に歎き悲しむ事もあったでしょう。その点大君は思慮深く、そのようなことにはなるまいと、あれやこれやと薫から離れることを考えられて、いっそ尼にもなろうとお思いになったのでした――

「必ずさるさまにてぞおはせまし、今思ふに、いかに重りかなる御心掟ならまし、亡き御影どもも、われをばいかにこよなきあはつけさと見給ふらむ、と、はづかしく悲しくおぼせど、何かは、かひなきものから、かかるけしきをも見え奉らむ、と、しのびかへして、聞きも入れぬさまにて過ぐし給ふ」
――もしも生きておいでならば、きっと尼姿になっておられた筈。今考えても何と大君は慎重なお考えをお持ちだったのかと思うにつけても、亡くなられた父君、姉君もこの自分をどんなに軽率なことをしたものと、お思いになることでしょう。今更恥ずかしくも悲しくも思ったとて、もうどうにもならないこと。それならばこのような歎きを匂宮にはお見せすべきはないであろう、と思い直されて、六の君のことはお耳にされていない風にしてお過ごしになるのでした――

「宮は常よりも、あはれになつかしく起き臥しかたらひ契りつつ、この世のみならず、長き事をのみぞ頼めきこえ給ふ。さるはこの五月ばかりより、例ならぬさまになやましくし給ふこともありけり」
――匂宮は中の君に対して普段よりもやさしく労られ、起き臥しにつけてしみじみと語り合い、この世ばかりでなく来世も永遠に夫婦であることばかりを熱心に約束なさいます。実は中の君は五月ごろから、いつもと違ってご気分のすぐれないときがありました――

 中の君は特に苦しそうではありませんが、食欲がなく臥せってばかりいますのを、匂宮は女人の懐妊の様子などご存知なく、ただ暑くなってきたからだと、ただそのように思っておいででしたが、それにしてもおかしいとお気になさって、

「もし、いかなるぞ。さる人こそ、かやうにはなやむなれ」
――もしや、どうかしたのではありませんか。妊った人はこういうふうになやむそうだが――

 と、おっしゃる折もありますが、

「いとはづかしくし給ひて、さりげなくのみもてなし給へるを、さし過ぎきこえ出づる人もなければ、かしかにもえ知り給はず」
――(御方・中の君は)たいそう恥ずかしそうになさって、さりげなくしておいでになる上に、差し出がましく申し上げる女房もいませんので、匂宮もはっきりとはお分かりにはなりません――

◆こよなきあはつけさ=はなはだしき軽率さ

では6/1に。

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