2010.3/Ⅰ 662回
四十帖 【御法(みのり)の巻】 その(5)
この法会が終わり、それぞれお帰りになろうとするのにも、紫の上には最後のお別れのようで、たまらなく名残惜しく思われて、花散里にお文を出されます。
(歌)「絶えぬべきみのりながらぞ頼まるる世々にとむすぶ中のちぎりを」
――やがて死ぬべき身ですが、この御法を頼みにと思います。あなたとは来世も永久に御縁のつきない間柄ですものを――
花散里からの返歌は、
(歌「結びおくちぎりは絶えじ大かたののこりすくなきみのりなりとも」
――私は行く末短い身ではありますけれども、この御法でお約束しました貴女様との御縁はいつまでも絶えないでしょう――
こうして、この法会に引き続いて、不断の読経、懺法などを怠らず、さまざまの尊い勤行をおさせになります。御修法は、紫の上のご病気には目に立つほどの効験もなく月日が経っていきますので、それはそのままお続けになって、更に大々的に所所の寺で行わせていらっしゃる。
「夏になりては、例の暑さにさへ、いとど消え入り給ひぬべき折々多かり。その事と、おどろおどろしからぬ御心地なれど、ただいと弱きさまになり給へば、むつかしげに所狭くなやみ給ふ事もなし」
――夏に入りまして、例年なみの暑さでしたがやはりご病状が進んでいかれました。どこがどこという程のこともないのですが、ただ衰弱の具合で何となくおすごしなのでした――
「侍ふ人々も、いかにおはしまさむとするにか、と思ひ寄るにも、先づかきくらし、あたらしう悲しき御有様と見奉る」
――お側にお仕えしている人々も、いったいどうおなりになるのかと思い始めますと、目の前が真っ暗になってしまって、亡くなられるなどとは残念で悲しくてならないご様子だと拝見しております――
このような紫の上のご病状を心配なさって、明石の中宮が二条院に退出されていらっしゃいました。東の対にいらっしゃる明石の中宮に、紫の上は西の対でご対面をお持ちになっております。
◆不断の読経(ふだんのどきょう)=僧に昼夜を通し、交替で読経させる。
◆懺法(せんぽう)=眼耳鼻舌身意の6根による罪障を懺悔(ざんげ)する修法
◆御修法(みずほう)=密教でおこなう加持祈祷の法。御(み)は接頭語
ではまた。
四十帖 【御法(みのり)の巻】 その(5)
この法会が終わり、それぞれお帰りになろうとするのにも、紫の上には最後のお別れのようで、たまらなく名残惜しく思われて、花散里にお文を出されます。
(歌)「絶えぬべきみのりながらぞ頼まるる世々にとむすぶ中のちぎりを」
――やがて死ぬべき身ですが、この御法を頼みにと思います。あなたとは来世も永久に御縁のつきない間柄ですものを――
花散里からの返歌は、
(歌「結びおくちぎりは絶えじ大かたののこりすくなきみのりなりとも」
――私は行く末短い身ではありますけれども、この御法でお約束しました貴女様との御縁はいつまでも絶えないでしょう――
こうして、この法会に引き続いて、不断の読経、懺法などを怠らず、さまざまの尊い勤行をおさせになります。御修法は、紫の上のご病気には目に立つほどの効験もなく月日が経っていきますので、それはそのままお続けになって、更に大々的に所所の寺で行わせていらっしゃる。
「夏になりては、例の暑さにさへ、いとど消え入り給ひぬべき折々多かり。その事と、おどろおどろしからぬ御心地なれど、ただいと弱きさまになり給へば、むつかしげに所狭くなやみ給ふ事もなし」
――夏に入りまして、例年なみの暑さでしたがやはりご病状が進んでいかれました。どこがどこという程のこともないのですが、ただ衰弱の具合で何となくおすごしなのでした――
「侍ふ人々も、いかにおはしまさむとするにか、と思ひ寄るにも、先づかきくらし、あたらしう悲しき御有様と見奉る」
――お側にお仕えしている人々も、いったいどうおなりになるのかと思い始めますと、目の前が真っ暗になってしまって、亡くなられるなどとは残念で悲しくてならないご様子だと拝見しております――
このような紫の上のご病状を心配なさって、明石の中宮が二条院に退出されていらっしゃいました。東の対にいらっしゃる明石の中宮に、紫の上は西の対でご対面をお持ちになっております。
◆不断の読経(ふだんのどきょう)=僧に昼夜を通し、交替で読経させる。
◆懺法(せんぽう)=眼耳鼻舌身意の6根による罪障を懺悔(ざんげ)する修法
◆御修法(みずほう)=密教でおこなう加持祈祷の法。御(み)は接頭語
ではまた。