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【明石】の巻 その(3)
連日連夜のこの雨風波風に騒がしかったこともありましたので、源氏はふと、まどろんで物に寄りかかっておりますと、故院(桐壺院)が、在りし日のままのお姿で立っておられて、
「などかくあやしき所にはものするぞ。住吉の神の導き給ふままに、はや舟出してこの浦を去りね」
――なぜこんな変な所にいるのです。住吉の神のお導きのままに早く舟出して、この須磨の浦を去りなさい――
源氏は、故院にお別れして以来悲しいことばかり多く、もうこの海辺で死んでしまいたいのです、と申し上げますと
故院「いとあるまじきこと。これはただいささかなるものの報いなり。……」
――とんでもないこと。お前の不運はちょっとしたことの報いなのです。(わたしが在位のときは失政はしていないが、知らずの内に犯した罪の償いをするのに暇がなくてこの世を顧みないでいたが、お前がひどい憂き目に沈んでいるのをみると我慢できずに、あの世からはるばる海山を越えて来たのだ。大層疲れてはいるが、こうしたついでに朱雀院に申し上げることがあるので、これから急いで上るところだ)――と仰って立ち去られました。
一瞬のことでしたが、命が尽きそうなこの時に、天翔けて来られたと心に沁みて、そのためにこそ、この悪天候もあったことよ、と源氏は思われるのでした。故院にもう一度お逢いしたいと目をお閉じになりますが、いよいよ目が冴えて明け方になってしましました。
渚に明石の浦より、前の守新発意(さきのかみ・しぼち)の御船が参りまして、入道から
「源少納言侍ひ給はば、対面して事の心とり申さむ、といふ」
――明石入道が、源少納言良清様がおいででしたら、お目にかかって事情を申し上げます、といいます――
良清は驚いて「……わたしにいささかあひ恨むる事はべりて……、波のまぎれに、いかなることかあらむ」
――明石の入道という方は播磨の国の知人ではありますが、わたしにちょっと恨めしく思うことがありまして(娘に文を出して、断られて)、それから特にご消息もせずにおりましたが、この波風の騒ぎに何事かあったのでしょうか――
源氏はこのことをお聞きになり、先日来の夢などと思い合わされて、
「はや逢え」
――早く行って逢いなさい――
と促します。
◆前の守新発意(さきのかみしぼち)=前の播磨守入道、すなわち明石入道のこと。新発意(しぼち)とは、新に発心して仏道に帰した者
ではまた。
【明石】の巻 その(3)
連日連夜のこの雨風波風に騒がしかったこともありましたので、源氏はふと、まどろんで物に寄りかかっておりますと、故院(桐壺院)が、在りし日のままのお姿で立っておられて、
「などかくあやしき所にはものするぞ。住吉の神の導き給ふままに、はや舟出してこの浦を去りね」
――なぜこんな変な所にいるのです。住吉の神のお導きのままに早く舟出して、この須磨の浦を去りなさい――
源氏は、故院にお別れして以来悲しいことばかり多く、もうこの海辺で死んでしまいたいのです、と申し上げますと
故院「いとあるまじきこと。これはただいささかなるものの報いなり。……」
――とんでもないこと。お前の不運はちょっとしたことの報いなのです。(わたしが在位のときは失政はしていないが、知らずの内に犯した罪の償いをするのに暇がなくてこの世を顧みないでいたが、お前がひどい憂き目に沈んでいるのをみると我慢できずに、あの世からはるばる海山を越えて来たのだ。大層疲れてはいるが、こうしたついでに朱雀院に申し上げることがあるので、これから急いで上るところだ)――と仰って立ち去られました。
一瞬のことでしたが、命が尽きそうなこの時に、天翔けて来られたと心に沁みて、そのためにこそ、この悪天候もあったことよ、と源氏は思われるのでした。故院にもう一度お逢いしたいと目をお閉じになりますが、いよいよ目が冴えて明け方になってしましました。
渚に明石の浦より、前の守新発意(さきのかみ・しぼち)の御船が参りまして、入道から
「源少納言侍ひ給はば、対面して事の心とり申さむ、といふ」
――明石入道が、源少納言良清様がおいででしたら、お目にかかって事情を申し上げます、といいます――
良清は驚いて「……わたしにいささかあひ恨むる事はべりて……、波のまぎれに、いかなることかあらむ」
――明石の入道という方は播磨の国の知人ではありますが、わたしにちょっと恨めしく思うことがありまして(娘に文を出して、断られて)、それから特にご消息もせずにおりましたが、この波風の騒ぎに何事かあったのでしょうか――
源氏はこのことをお聞きになり、先日来の夢などと思い合わされて、
「はや逢え」
――早く行って逢いなさい――
と促します。
◆前の守新発意(さきのかみしぼち)=前の播磨守入道、すなわち明石入道のこと。新発意(しぼち)とは、新に発心して仏道に帰した者
ではまた。