【解説】蜻蛉日記 下巻 上村悦子著より 2017.7.20
作者が忌みきらっている近江が女児を産んだと聞いて、もちろん、ショックをうけたであろうが、町小路女の場合のように取り乱したりせず無関心を装うているが、日記に書きとめるくらいであるから、やはり気にかかっているのであろう。嫉妬もあろうし、養女のライバルともなるであろうと案じたのでもあろう。
ここにはこの日記の最後をかざる一つの事件が起きた。太政大臣兼通が、「かの、いかなる駒か…」の詞書で作者に懸想文を送って来たのである。瓢箪から駒が出てきたとはこの事で作者は仰天した。そもそも「いかなる駒か」の歌句を兼通がどうして知ったか不思議でならないので「いとあやし」とか、「思へども思へどもあやし」と首をひねっている。
(中略)
兼通が太政大臣としてときめいている陰に切歯扼(腕しているのは兼家である。血で血を洗う二人の仲であるから、兼家が兼通にこの歌句を漏らすことはあり得ない。すると兼通はどうしてこの歌句を知り得たか。この歌句を知っている今一人は右馬頭遠度である。しかも彼はそれをそっと破り取って持ち帰っていたことは前に延べた通りである。
遠度は作者邸に出入りしている間に、兼家の訪れのないこと、彼の顧みの薄いことを知った。しかあし作者の性格やプライドの高いこと、また兼家の北の方である点等から、遠度にとっては高嶺の花で、遠度はひきさがって他人の妻をぬすんだのであろう。遠度は兼通に会ったとき、作者のことを話したのであろうか(兼通の機嫌をとるためか、どうかはわからないが、昇任の頼みで訪れたとき、話のついでに、作者の近況やこの歌の事を漏らしたと思われる)。
兼通は陰険で一筋なわで行かぬ男である。兼家の鼻を明かしてやろうと、この才媛に懸想文を贈ったと憶測するのである。
作者は途方にくれたであろうが、昔気質の律儀な父倫寧(ともやす)が恐縮して返歌を勧めるので、柳に風と当たり障りのない辞退の歌を贈ってすませた。
作者が忌みきらっている近江が女児を産んだと聞いて、もちろん、ショックをうけたであろうが、町小路女の場合のように取り乱したりせず無関心を装うているが、日記に書きとめるくらいであるから、やはり気にかかっているのであろう。嫉妬もあろうし、養女のライバルともなるであろうと案じたのでもあろう。
ここにはこの日記の最後をかざる一つの事件が起きた。太政大臣兼通が、「かの、いかなる駒か…」の詞書で作者に懸想文を送って来たのである。瓢箪から駒が出てきたとはこの事で作者は仰天した。そもそも「いかなる駒か」の歌句を兼通がどうして知ったか不思議でならないので「いとあやし」とか、「思へども思へどもあやし」と首をひねっている。
(中略)
兼通が太政大臣としてときめいている陰に切歯扼(腕しているのは兼家である。血で血を洗う二人の仲であるから、兼家が兼通にこの歌句を漏らすことはあり得ない。すると兼通はどうしてこの歌句を知り得たか。この歌句を知っている今一人は右馬頭遠度である。しかも彼はそれをそっと破り取って持ち帰っていたことは前に延べた通りである。
遠度は作者邸に出入りしている間に、兼家の訪れのないこと、彼の顧みの薄いことを知った。しかあし作者の性格やプライドの高いこと、また兼家の北の方である点等から、遠度にとっては高嶺の花で、遠度はひきさがって他人の妻をぬすんだのであろう。遠度は兼通に会ったとき、作者のことを話したのであろうか(兼通の機嫌をとるためか、どうかはわからないが、昇任の頼みで訪れたとき、話のついでに、作者の近況やこの歌の事を漏らしたと思われる)。
兼通は陰険で一筋なわで行かぬ男である。兼家の鼻を明かしてやろうと、この才媛に懸想文を贈ったと憶測するのである。
作者は途方にくれたであろうが、昔気質の律儀な父倫寧(ともやす)が恐縮して返歌を勧めるので、柳に風と当たり障りのない辞退の歌を贈ってすませた。