永子の窓

趣味の世界

蜻蛉日記を読んできて(149)

2016年11月16日 | Weblog
蜻蛉日記  下巻 (149) 2016.11.17

「閏二月のついたちの日、雨のどかなり。それよりのち天晴れたり。
三日、方あきぬと思ふを、音なし。
四日もさて暮れぬるを、あやしと思ふ思ふ寝て聞けば、夜中ばかりに火のさわぎをするところあり。『近し』と聞けど物うくて起きもあがられぬを、これかれとふべき人、徒歩からあるまじきもあり。それにぞ起きて出でて答へなどして、『火しめりぬめり』とてあかれぬれば、入りてうち臥すほどに、先追ふ者、門にとまる心ちす。あやしと聞くほどに『おはします』と言ふ。」

◆◆閏二月の一日の日、雨がのどかに降る。それから後晴れ。
三日、方角が開いたというのに、あの人からの消息がありません。
四日もそのまま暮れてしまったので、不思議だと思い思い寝ていると、夜中に火事騒ぎをする家がありました。「近い」と聞くけれど、億劫で起き上がりもせずにいると、あれこれ見舞いに来るべき人、徒歩ではとても来られないと思う人までが来ました。それでやっと起きて応対などしていますと、「どうやら火事も収まったようですから」と言って見舞いの客らも帰って行ったので、奥に入って横になっていると、先払いの者が門口に止まる様なきがしました。変だと思って侍女に聞くと、「殿がお越しです」と言います。◆◆



「ともし火の消えて、はひ入るに暗ければ、『あな暗、ありつるものをたのまれたりけるにこそありけれ。近き心ちのしつればなん。今は帰りなんかし』と言ふ言ふうち臥して、『宵よりまゐりこまほしうてありつるを、男どもも皆まかり出にければ、えものせで。昔ならましかば、馬にはひ乗りてもものしなまし。なでふ身にかあらむ、何ばかりのことあらばかくて来なんなど思ひつつ寝にけるを、かうののしりつればいとをかし。あやしうこそありつれ』など、心ざしありげにありけり。明けぬれば『車など、異様ならん』とて、いそぎ帰られぬ。
六七日、物忌みときく。
八日、雨ふる。夜は石の上の苔くるしげにきこえたり。」

◆◆灯火が消えて、入るのに暗いので、あの人は、「ああ、真っ暗だ。さっきの火事の明かりを当てにしていたのだな。火事が近いようなので来て見た。鎮まったようだから帰ろうかな」などと言い言いして横になって、「宵から参ろうと思っていたのだが、供の者どもがみな退出してしまったので、出かけられず、昔だったら馬に乗ってでも来たろうに、なんという窮屈な身だろうか、どれほどのことがあれば、これこれだと飛んでこられよう、などと思いながら寝てしまったが、こんな騒ぎがおきたのだから、実際おもしろいものだ。不思議な気がしたね」などと言って、気を使ってくれている様子でした。夜が明けると、「車などぶざまな格好だろうから」と言って帰って行きました。◆◆

■車など、異様ならん=昨夜の騒ぎで、粗末な車に乗ってきたので。


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