2012. 1/13 1053
五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(24)
北の方は、
「かの過ぎにし御かはりに尋ねて見む、と、この数ならぬ人をさへなむ、かの弁の尼君にはのたまひける。さもや、と思う給へ寄るべきことには侍らねど、一本ゆゑにこそは、と、かたじけなけれど、あはれになむ思う給へらるる御心深さなる」
――亡くなられた、あの大君の身代わりに、せめて似た方でもいたならば、尋ね出して世話しようと、取るにも足らぬ浮舟のことまでも、あの弁の君に仰せられたそうです。と言って、お言葉に甘えてその気になってよいとは存じませんが、畏れ多いことながら、それもあなた様方につながる御縁からでしょうと、思いやりの深いお志の程、かたじけなく存じます――
と申し上げます。この機会に、浮舟について思い煩っていることを泣く泣くお話しするのでした。
「こまかにはあらねど、人も聞きけり、と思ふに、少将の思ひあなづりける様などほのめかして、『命侍らむかぎりは、何か、朝夕のなぐさめぐさにて見すぐしつべし。うち棄て侍りなむのちは、思はずなる様に、散りぼひ侍らむが悲しさに、尼になして、深き山にやすゑて、さる方に世の中を思ひ絶えて侍らまし、などなむ、思う給へわびては、思ひ寄りはべる』などいふ」
――それほど委しくではありませんが、少将が浮舟に違約したことは世間も知っていると思いますので、「私が生きております間は、何の、朝夕のお話相手として面倒をみる位の事はできましょう。でも私の死後は、思いもよらぬ姿で落ちぶれ、さまようことになるかと、それが悲しいのです。いっそ尼にしたうえで、深い山にでも居つかせて、世捨て人として、結婚のことなど諦めておりましょう、などと思案にくれて、考えたりしているのです」などと申し上げます――
中の君は、
「『げに心ぐるしき御ありさまにこそはあなあれど、何か、人にあなづらるる御ありさまは、かやうになりぬる人のさがにこそ。さりとてもえたへぬわざなりければ、むげにその方に思ひ掟て給へりし身だに、かく心よりほかにながらふれば、まいていとあるまじき御ことなり。やつい給はむも、いとほしげなる御さまにこそ』など、いとおとなびてのたまへば、母君、いとうれし、と思ひたり」
――「ほんとうにお気の毒なご様子ですけれど、何といっても、人に侮られるのは、私共のように親に先立たれ身寄りのない者の常なのです。そうかといってふっつりと世を捨て去るのもなかなか難しいことです。父宮がひたすら隠遁生活へとお仕向けになった私でさえ、こうして思いがけず浮世に漂っているのですから。まして浮舟が出家なさるなどとはとんでもないことです。姿をやつして尼になられるには勿体ないご器量ですもの」などと、たいそう分別あるご様子でおっしゃいますので、北の方はたいそううれしく思うのでした――
◆一本ゆゑに=古今集「紫の一本(ひともと)故に武蔵野の草はみながらあはれとぞみる」
では1/15に。
五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(24)
北の方は、
「かの過ぎにし御かはりに尋ねて見む、と、この数ならぬ人をさへなむ、かの弁の尼君にはのたまひける。さもや、と思う給へ寄るべきことには侍らねど、一本ゆゑにこそは、と、かたじけなけれど、あはれになむ思う給へらるる御心深さなる」
――亡くなられた、あの大君の身代わりに、せめて似た方でもいたならば、尋ね出して世話しようと、取るにも足らぬ浮舟のことまでも、あの弁の君に仰せられたそうです。と言って、お言葉に甘えてその気になってよいとは存じませんが、畏れ多いことながら、それもあなた様方につながる御縁からでしょうと、思いやりの深いお志の程、かたじけなく存じます――
と申し上げます。この機会に、浮舟について思い煩っていることを泣く泣くお話しするのでした。
「こまかにはあらねど、人も聞きけり、と思ふに、少将の思ひあなづりける様などほのめかして、『命侍らむかぎりは、何か、朝夕のなぐさめぐさにて見すぐしつべし。うち棄て侍りなむのちは、思はずなる様に、散りぼひ侍らむが悲しさに、尼になして、深き山にやすゑて、さる方に世の中を思ひ絶えて侍らまし、などなむ、思う給へわびては、思ひ寄りはべる』などいふ」
――それほど委しくではありませんが、少将が浮舟に違約したことは世間も知っていると思いますので、「私が生きております間は、何の、朝夕のお話相手として面倒をみる位の事はできましょう。でも私の死後は、思いもよらぬ姿で落ちぶれ、さまようことになるかと、それが悲しいのです。いっそ尼にしたうえで、深い山にでも居つかせて、世捨て人として、結婚のことなど諦めておりましょう、などと思案にくれて、考えたりしているのです」などと申し上げます――
中の君は、
「『げに心ぐるしき御ありさまにこそはあなあれど、何か、人にあなづらるる御ありさまは、かやうになりぬる人のさがにこそ。さりとてもえたへぬわざなりければ、むげにその方に思ひ掟て給へりし身だに、かく心よりほかにながらふれば、まいていとあるまじき御ことなり。やつい給はむも、いとほしげなる御さまにこそ』など、いとおとなびてのたまへば、母君、いとうれし、と思ひたり」
――「ほんとうにお気の毒なご様子ですけれど、何といっても、人に侮られるのは、私共のように親に先立たれ身寄りのない者の常なのです。そうかといってふっつりと世を捨て去るのもなかなか難しいことです。父宮がひたすら隠遁生活へとお仕向けになった私でさえ、こうして思いがけず浮世に漂っているのですから。まして浮舟が出家なさるなどとはとんでもないことです。姿をやつして尼になられるには勿体ないご器量ですもの」などと、たいそう分別あるご様子でおっしゃいますので、北の方はたいそううれしく思うのでした――
◆一本ゆゑに=古今集「紫の一本(ひともと)故に武蔵野の草はみながらあはれとぞみる」
では1/15に。