永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(453)

2009年07月22日 | Weblog
09.7/22   453回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(7)

冷泉帝は、

「次の君とならせ給ふべき御子おはしまさず、物の栄なきに、世の中はかなく覚ゆるを、心安く、思ふ人々にも対面し、わたくし様に心をやりて、のどかに過ぎまほしくなむ」
――次の帝となるべき親王が私にはいない。譲るべき御子がいないのは張り合いがなく、命もいつまであるかわからない。心やすらかにして会いたい人に会い、公事を離れて気ままにのんびりと暮したい――

 と、この数年来お考えになり、口にもしていらっしゃったのですが、このところご病気になられて、急に御譲位なさったのでした。二十八歳でいらっしゃいます。今後は冷泉院(れいぜいいん)とお呼びします。
世の人々に惜しまれましたが、東宮(父帝は朱雀院で、御母は髭黒大将の御妹の承香殿女御)がすぐに後を継がれて無難に政治をおこなわれました。御母上の承香殿女御は、すでに亡くなれておりましたので、追贈という形で皇后の御位をいただきましたが、形ばかりになってしまわれました。
新しい東宮には、明石の女御腹の第一皇子が立たれました。そうなるものと思われていましたことが、いよいよこのように東宮におなりになりましたことは、やはり素晴らしい宿世というものです。

太政大臣は辞表を差し出して引き籠られました。
髭黒の大将は右大臣に、
右大将だった夕霧は大納言に昇進されました。

源氏は、

「おり居給ひぬる冷泉院の、御つぎおはしまさぬを、飽かず御心のうちに思す。」
――御譲位なさった冷泉院にお世継のない事を、いかにも残念なことに、お心のうちでは思っていらっしゃる――

「同じ筋なれど、思ひなやましき御事なくて過ぐし給へるばかりに、罪は隠れて、末の世までは、え伝ふまじかりける御宿世、口惜しくさうざうしく思せど、人に宣ひ合はせぬことなれば、いぶせくなむ」
――新東宮も同じく源氏の御血統ですが、やはり冷泉院に対しての御愛情には、格別のものがおありです。この帝のご在位中は煩悶をお現わしになることもなくお過ごしになられましたお陰で、藤壺との深い罪が漏れることなく済みましたが、その代り、末代までは帝位を伝えられない御宿運を、源氏は口惜しくも物足りなくも思っていらっしゃる。けれども他人にご相談できることではないので、お心の晴れようがありません――

◆いぶせく=いぶせし=気持が晴れない。鬱陶しい。

ではまた。