永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(433)

2009年07月02日 | Weblog
09.7/2   433回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(42)

 加持祈祷が終わり修験者たちが退出いましたので、明石の御方が食欲のない姫君を気使って水菓子を差し上げます。尼君はただただ姫君をお美しいとご覧になって涙がとめどもなく、

「顔は笑みて、口つきなどは見苦しくひろごりたれど、まみのあたりうちしぐれて、ひそみいたり」
――お顔はうれしさにほころんで、口つきなど見苦しいほど広がっていますのに、目もとは涙にぬれてべそをかいています――

 明石の御方は、「ああ、見苦しい」と目くばせなさいますが、尼君は聞き入れもせず、

「『老いの波かひある浦に立ちいでてしほたるるあまを誰かとがめむ』昔の世にも、かやうなる古人は、罪ゆるされてなむ侍りける」
――「老いた尼が生きがいを感じて嬉し涙にくれているのを咎めることもないでしょう」昔でも私のような老人は、大目にみてもらったものです――

 尼君のことばに、明石の姫君は、

「しほたるるあまを浪路のしるべにてたづねも見ばや濱のとまやを」
――泣きぬれている尼君を道案内に、祖父のおられる明石の浦の故郷を尋ねてみたい気がします――

 この姫君の御歌に、明石の御方も我慢できずにお泣きになって、

「世をすててあかしの浦にすむ人も心のやみははるけしもせじ」
――出家して明石の浦に住む人道も、姫君や私のことを忘れることはないでしょう――

 と、詠まれました。

 姫君は明石の浦を去ってきた暁の事も、全く思い出されないことを、残念にお思いになるのでした。

◆写真:出産まじかの明石女御
  女房もみな白の衣装  風俗博物館