09.7/18 449回
三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(3)
東宮は、それをお聞きになって明石の女御をとおして、女三宮から唐猫を進呈なさるように、おさせなさったのでした。まことに愛らしい猫との評判どおりで、人々がうち興じていらっしゃるのを、柏木は目的通りに運んだことに満足なさって、数日して内裏に参上なさったのでした。
「御猫どもあまたつどひ侍りにけり。いづら、この見し人は」
――たくさんの猫どもが集まっていますね。どこでしょう、私が見ましたあの時の猫は――
と、尋ね見つけて、たまらなく可愛らしく思って抱いて撫でております。
「まさるども侍ふめるを、これはしばし賜りあづからむ」
――こちらには、この猫以上のものもいるでしょうから、これをしばらく拝借しましょう――
と、申し上げながら、お心の内に、あまりにも私は愚かしいことをするものよ、と思うのでした。
やっとこの猫を迎え取って、真から可愛がっておりますので、猫もよく馴れて纏わりつき、ますます可愛く、夜は抱いて寝る事もあります。
「『恋ひわぶる人のかたみと手ならせばなれよ何とてなく音なるらむ』これも昔の契や、と、顔を見つつ宣へば、いよいよらうたげに鳴くを、懐に入れてながめ居給へり」
――「恋い慕う女三宮の形見として、飼いならしていると、お前は何のつもりで
ねうねうと鳴くのだろう。(ねうねう=寝う寝う)」これも前世からの深い約束であろうか、と、猫の顔を見ながらおっしゃると、ますます可愛らしく泣きたてますので、懐に入れてはぼんやりと物思いに沈んでいらっしゃる――
女房たちは、
「あやしくにはかなる猫のときめくかな。かやうなるもの見入れ給はぬ御心に」
――妙なこともあるものですこと。猫が急に可愛がられるなんて。今まで猫などには見向きもされませんでしたのに――
と、不審がっております。
東宮から「猫をこちらへ返すように」と催促されましても、お返し申さず、猫を側から離さず、なにかと話相手にしていらっしゃる。
◆写真:猫を抱く柏木 wakogenjiより
三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(3)
東宮は、それをお聞きになって明石の女御をとおして、女三宮から唐猫を進呈なさるように、おさせなさったのでした。まことに愛らしい猫との評判どおりで、人々がうち興じていらっしゃるのを、柏木は目的通りに運んだことに満足なさって、数日して内裏に参上なさったのでした。
「御猫どもあまたつどひ侍りにけり。いづら、この見し人は」
――たくさんの猫どもが集まっていますね。どこでしょう、私が見ましたあの時の猫は――
と、尋ね見つけて、たまらなく可愛らしく思って抱いて撫でております。
「まさるども侍ふめるを、これはしばし賜りあづからむ」
――こちらには、この猫以上のものもいるでしょうから、これをしばらく拝借しましょう――
と、申し上げながら、お心の内に、あまりにも私は愚かしいことをするものよ、と思うのでした。
やっとこの猫を迎え取って、真から可愛がっておりますので、猫もよく馴れて纏わりつき、ますます可愛く、夜は抱いて寝る事もあります。
「『恋ひわぶる人のかたみと手ならせばなれよ何とてなく音なるらむ』これも昔の契や、と、顔を見つつ宣へば、いよいよらうたげに鳴くを、懐に入れてながめ居給へり」
――「恋い慕う女三宮の形見として、飼いならしていると、お前は何のつもりで
ねうねうと鳴くのだろう。(ねうねう=寝う寝う)」これも前世からの深い約束であろうか、と、猫の顔を見ながらおっしゃると、ますます可愛らしく泣きたてますので、懐に入れてはぼんやりと物思いに沈んでいらっしゃる――
女房たちは、
「あやしくにはかなる猫のときめくかな。かやうなるもの見入れ給はぬ御心に」
――妙なこともあるものですこと。猫が急に可愛がられるなんて。今まで猫などには見向きもされませんでしたのに――
と、不審がっております。
東宮から「猫をこちらへ返すように」と催促されましても、お返し申さず、猫を側から離さず、なにかと話相手にしていらっしゃる。
◆写真:猫を抱く柏木 wakogenjiより