永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(432)

2009年07月01日 | Weblog
09.7/1   432回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(41)

 姫君は、なおも思います。

「母君をば、もとよりかくすこしおぼえ下れる筋と知りながら、生まれ給ひけむ程などをば、さる世離れたるさかひにてなども、知り給はざりけり。」
――母君の明石の御方が、もともと少し身分の低い人だとは知りつつも、生まれたところが、そんな片田舎であったとはご存知なかったのでした。――

 姫君はぼんやりと考え事をしていらっしゃるところへ明石の御方が来て、たくさんの修験者が大声で加持をしているのに、尼君だけが姫君の側に良い気になって伺候していますので、尼君に向かって

「あな見苦しや。短き御几帳ひきよせてこそ侍らひ給はめ。風など騒がしくて、自からほころびの隙もあらむに。医師などやうのさまして。いと盛り過ぎ給へりや」
――まあ、見苦しいこと。短い御几帳などを引きよせて姿を隠していてください。風など吹いて自然に几帳から姿が見えましょうに。まるで医者などのような格好で。随分お歳を召しましたのね――

 と、はらはらしていらっしゃる。

 尼君は老い呆けて耳も良く聞こえておらず、「ああ」と首をかしげています。お歳は六十五、六で上品なご様子ながら、昔を思い出して涙ぐんでおられますので、明石の御方ははっとして、姫君に対して、

「古代のひが言どもや侍りつらむ。よくこの世の外なるやうなるひがおぼえどもにとりまぜつつ、あやしき昔の事ども出で参うで来つらむはや。夢の心地こそし侍れ」
――尼君が間違った昔話でもしたのでしょうか。この世のことではないような思い違いに交って、妙な昔話が出てきたのでしょうね。夢のようなお話ですよ――

 と、明石の姫君に少し微笑まれておっしゃいます。姫君が后の位を極められました時にでも、申し上げようと思っていましたのに、お気の毒にも気後れなさるのでは、と、お可哀そうで気が滅入るのでした。

◆写真:安産祈願・鳴絃(めいげん)

ではまた。